2020年のジオラマ〜上海城市規画展示館
 
2020年のジオラマ
〜上海城市規画展示館
 

   上海で博物館と言えば、誰もがまず思い浮かべるのは上海博物館だろう。中国四千年の歴史的遺物の収蔵で誉れ高いそれは、地下鉄一号線と二号線が交差する「上海のへそ」人民広場の中にある。だが、そのすぐ近くにもうひとつ、未来の上海を知る上で見逃すことのできない博物館があることをご存知だろうか。市庁舎の隣、道を挟んで租界時代は競馬場だったという広大な公園に面する、テンガロンハットのような奇妙なビル、上海城市規画展示館だ。
 建物の外で入場券を買って中に入る。吹き抜けになっている一階では、燦然と輝く金色の模型がいきなり目に飛び込んでくる。人の背丈ほどの大きさをしたそれは、東方明珠塔をはじめとする浦東の代表的な建築を寄せ集めて形造られている。ミニチュアのようだが近寄って見ると建物と建物の間隔がやけに狭い。必ずしも正しい縮尺ではないようだ。どうやら一種の「芸術作品」らしい。上海の未来感をアピールするオブジェといったところか。
 奥のエスカレーターを昇り二階へ。吹き抜けの上部空間を取り囲むように、壁に写真やパネルが飾られている。ここは小規模な特設展示に使用しているようだ。中二階っぽくもあり、展示品にも「ちょっと箸休め」的な手を抜いた雰囲気が感じられる。
 続いて三階へ。ここでは中国現代絵画展をやっていた。通路の壁代わりにしつらえられた白いボードに、カンディンスキーやミロを思わせるタッチの抽象画が並べられている。中国の伝統的な色彩感や造形感といったものが皆目感じられないところが逆に面白い。
 と、ここまでは普通の博物館なのだが、四階に上ると、この街ならではの極めつけの見世物がある。2020年の上海を精密に再現したという「都市計画ジオラマ」だ。
 エスカレーターを降りフロアを一望した途端、僕はあまりの壮観に思わず息を呑んだ。そしてつい「何だこりゃ」と叫んで立ち止まってしまった。
 小さな体育館ほどの広々とした空間。その床一面を埋め尽くして模型の王国が拡がっている。細部に至るまで正確な意匠を施され、四方八方無数に林立するマッチ箱サイズの建物。合い間を縫って走る道路と高架鉄道。青く塗られた黄浦江が全体を貫くように蛇行し、特徴的なフォルムそのままの橋が見事なアーチを描いている。小さな船が川に浮かび、公園の樹木の一本一本が芸の細かさを一層際立たせる。子供の頃プラモデルに熱中した人にはたまらない眺めだ。
 まだ地図にない構造物も多く表現されていた。河川敷は港になり、沼地はリゾートマンションになっている。将来どこがどう変わるのか一目瞭然だ。浦東の新街区さえ、この全体計画の中ではほんの氷山の一角に過ぎないことがよくわかる。と同時に、それほど大規模な都市計画が既に完成していることに驚嘆してしまう。
 しかも、この計画はわずか十数年後には実現するという。土地を収用し、住民を立ち退かせ、膨大な資金を投入して工事をしなければならない。強固な中央集権体制と有能なテクノクラート集団、それに高度な経済発展がなければできない仕業だ。善し悪しは別にしても、中国の底力を感じさせる。まさに大陸。スケールが桁違いだ。
 再び一階に戻ると出口で係員の女性に呼び止められた。上海南駅の駅前広場に関するデザインコンペをやっているから投票していかないかと誘われる。外国人だが構わないかと訊くと、少し困った顔をしながらも用紙をくれた。壁にイメージパースが描かれた七枚のパネルが掛けられてある。しばらく考え、気に入った二案を選んで投票した。
 上海は日々新しくなる。それも凄まじいスピードで。次に訪れる時にはきっと駅前広場も完成していることだろう。僕の推した案は採用されているだろうか。ぜひ確認しに行きたい。なにせこの街の将来を見届ける権利を手に入れたのだから。2020年のジオラマに自分の手で一筆を塗り加えたような気がして、なんだかとても嬉しくなった。
 

   
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虹色の上海
 

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