幸せの鐘を撞いてみるのだ〜寒山寺、蘇州
 
幸せの鐘を撞いてみるのだ
〜寒山寺、蘇州
 

   ほんのりと汗ばんだからだに冷えた蘇州ビールが美味い。午前の観光を終えた僕たちを待っていたのは蘇州料理の昼食だった。同行のツアーメンバーである日本人と中国人のカップル、それにガイド、ドライバーと、計6人で円卓を囲む。大皿に盛られた料理が次々と運ばれてくる。
 白魚のオムレツ、じゅんさいのスープ、青菜の炒め物、水餃子、揚州炒飯。みな薄い塩味で、あっさりとしていて食べやすい。メインは蘇州名物の淡水魚。一匹丸ごと蒸し上げた大きな川魚に香草を散らして彩を添えてある。白身の肉が持つ淡白さと濃厚さがバランスよく引き出された上品な味だ。四川に代表されるように中華料理というと味の輪郭がはっきりしたものが多いが、なかなかどうして薄味もいける。食べ飽きるということがない。
 エネルギー充填120%。食後の休養もたっぷり。さあ、午後の観光に出発だ。運河に沿って車は走る。道すがら、護岸を手直ししていたり、新しい橋を造っていたりという場面をよく見かける。世界遺産の指定を受けてからというもの、街中で工事が増えたのだという。旅行者の増加に備えた整備の意味もあるが、政府からの資金が下りやすくなったのが原因らしい。
 蘇州は運河の街でもある。かつては物資の運搬に盛んに利用された水路が道沿いに縦横に張り巡らされ、車窓風景の一部となっている。時間に余裕があるならば本当は自転車で移動するのがいい。土手沿いの柳を愛でつつ、頬に風を受けながらのんびりと走る。少し前に訪れた妻の友人はレンタサイクルを借りて街の四方に散らばる名所旧跡を訪ね歩いたそうだ。羨ましい。
 蘇州最後の観光ポイントである寒山寺も運河のほとりにあった。道路を挟んで寺の敷地と相対するように水路があり、水郷地帯独特の形状をした石橋が架けられてある。船が通り抜けられるように中央部が高くなっているのだ。対岸へは「渡る」のではなく「登って降りる」。感覚としては歩道橋に近い。頂部はせいぜい三階くらいの高さだが、周囲に高い建物がないため見晴らしがよい。足元を真っ直ぐに水路が伸びている。遠くに近代的な高層ビルがひとつふたつ霞んでいる。
 寒山寺の境内は黄色い壁に囲まれていた。山吹色よりもオレンジに近い濃い色で、日本の寺社ではまずありえないセンスだ。誤解を怖れずに言えば悪趣味ぎりぎり。文化の違いを感じる。
 それでも中はいわゆる「寺」だった。砂利が敷かれ、清めの香が焚かれ、本堂と五重塔がある。やや狭いかなという印象はあるものの、老木があちこちに枝を伸ばし緑も多い。宗教施設らしい落ち着いた雰囲気だ。
 本堂の脇の一角がやけに賑わっていた。よくわからないままチケットを買い、列に並ぶ。どうやら鐘楼があるらしい。寺に鐘は付き物だが、寒山寺のそれは何かしら由緒のある名物のようだ。おのぼりさんたるもの、せっかく来たからには撞いてみなくてはなるまい。
 鐘楼は独立した小堂で、すれ違うのもやっとの狭い階段を昇って二階に出る。四畳半大の部屋に比較的小ぶりの鐘が天井から吊り下げられている。朱に塗られた撞き棒は短く、気持ち細い。それでも手元で勢いをつけ、思い切りぶつけてみた。コーン。乾いた軽い音。何だこりゃ。威厳というものがまるで感じられないではないか。
「寒山寺の鐘は一回撞くと10年若返ると言われています。幸せの鐘です。大晦日には日本からお客さんがいっぱい来ます」
 音色は重厚さに欠けるがご利益は確からしい。しかし、コンコンコンコンと百八回も撞かれるのも聞いていてどうなのだろう。野球のノックみたいだ。ちょっと拍子抜けする。
 境内に書籍を売る露店が出ていた。寺社では珍しい。しかも百科事典など大型本が多く並んでいる。書の国を感じさせ、ちょっと趣がある。何を隠そう、かの有名な唐詩「月落烏啼霜満天」はここで詠まれた。そういえば詩の後半には「夜半鐘聲到客船」ともあった。幸せの鐘は昔から名物だったのだ。
 

   
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虹色の上海
 

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