遥かな旅路〜Harappa
 
遥かな旅路
〜 Harappa
 

   一直線に続く舗装路をバスはひた走る。といっても大型の観光バスではない。配達などによく使われる商用のバンだ。屋根にルーフキャリアが付いている。本来であればここに紐でスーツケースを括り付けてムルターンまで運ぶはずだった。パキスタンでは一般的とのことだが、いかにもバランスが悪そうで、でこぼこ道でなくとも簡単に転げ落ちそうだ。予定が変更になって、かえって幸いだったかもしれない。
 ラホールを出発して二時間。へなへなのシートに打たれいいかげんお尻が痛くなってきた頃、ようやくトイレ休憩となった。手洗いを済ますとともに、駐車場でラジオ体操をする。ずっと座っていたので腕も脚もガチガチだ。
「あちらで焼きたてのナンが食べられますよ」
 駐車場の一角がドライブインになっていた。大きな石窯が置かれ、それを取り囲むようにテーブルや椅子が雑然と並んでいる。席はお客さんでほぼ一杯だ。みんな長距離のトラック運転手なのだろう。井戸端会議に花が咲いている。
 分けてもらったナンはとても美味しかった。調味料も使わない素朴な味なのに香ばしさが抜群で、食べ始めると止められない。思わずお代わりをしてしまった。
 バスに戻る途中、道の向こうをふたりの男が歩いていた。目が合うとこちらに向き直って立ち止まる。髭もじゃらで何だか怖そうな雰囲気だ。因縁でもつけられるのか。だが、いつまでたっても彼らは直立姿勢のまま微動だにしない。もしやと思いカメラを指差すと小さく頷く。一般論としてムスリムは写真を嫌うと聞いていたが、意外と当てにならない。この男たちも、僕がシャッターを押すのを見届けると満足げに微笑んで去って行った。
 さらに小一時間走ったところで昼食。道沿いの芝生にテーブルや椅子が置いてある。青空レストランだろうか。その割には営業している気配はない。いささか釈然としないながらもホテルで作ってもらったランチボックスを開ける。パン、大きなフライドチキン、山盛りのフライドポテト。ケンタッキーとマクドナルドを合わせたようなメニューだ。ただし、味はいける。かなりボリュームがあったが残さず平らげてしまった。
 満腹になるとまぶたが重くなる。うつらうつらとバスに揺られる。かなり時間が経ったと思われた頃、「もうすぐハラッパに着きます」という添乗員の声で目が覚めた。
 街道を外れ、村に入っていく。人々が空き地に枯れ草を集めて野焼きをしている。さとうきびを荷台の倍くらい横にはみ出して積んだトラクターとすれ違う。収穫の季節なのだ。
 少し行くと珍しく踏切に出くわした。遮断機が下りている。どんな列車がやってくるのかと待っていたら貨物だった。コンテナが延々とつながっている。かなり長い。何両あるのか最初のうちは数えていたが、やがて切りがないのでやめた。
 5分以上経った頃だ。コンテナが終わったかと思うと次に現れたのはなんと戦車だった。迷彩塗装を施された戦車が架台に載せられ、線路の上を滑るように進んでいくではないか。しかも次から次へと何台も。最後尾には2両だけ客車が付いていた。乗っていたのはこれも迷彩服の兵士たち。演習に向かう軍の輸送列車だったのだ。
「10分以上足止めを食いましたね。博物館がまだ開いているといいのですが」
 時計の針は4時に近かった。オレンジに傾いた陽が道端を照らす。影が長い。そういえば今日は日帰りだったよな。そんな思いが頭をよぎったが、遺跡を見てもいないのに帰り時刻を計算するのは無粋だからやめておいた。
 

   
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岐路のパキスタン
 

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