「ジョジョ」の世界〜Peshawar
 
「ジョジョ」の世界
〜 Peshawar
 

   僕の好きな漫画に「ジョジョの奇妙な冒険」がある。知的好奇心を刺激するストーリーもさることながら、デフォルメされた筆致で描かれる独特の絵が面白い。マヤ遺跡のレリーフに似ていて、おどろおどろしくも一度見たら病みつきになる不思議な魅力がある。
 第三部ではエジプトのカイロが舞台となっていた。今もイスラム中世の面影を色濃く残すこの街を、アラビアンナイトのイメージそのままに描いていて、いかにも怪しそうな雰囲気がぷんぷん伝わってきた。それがきっかけで現地を訪れたのだが、さすがに漫画の通りとはいかなかった。確かにモスクのミナレットは林立していたが、基本的には欧米の近代都市とさほど変わらなかった。
 ところが実在したのだ。「ジョジョ」の世界が。エジプトのカイロではなく、パキスタンのペシャワールに。
 カイバル峠から戻った僕たちは、引き続きペシャワールの市内観光に出かけた。博物館は昨日見てしまったので、今日はもうひとつの目玉であるバザールの散策だ。
 イスラム世界のバザールは面白い。迷路のように入り組んだ旧市街に小さな店が密集し、ありとあらゆるものを売っている。その国の縮図のような場所だ。
 最初に訪れた界隈は武器市場だった。裸電球が照らすショーケースに大きさの異なる銃がいくつも並べられている。カラシニコフだろうか、ライフルもある。ガンメタルというのはまさにこんな色なのだろう。砲身が鈍く輝いている。みなズシリとして重そうだ。この地域では正当な商行為なのだろうが、いるだけで罪悪感や背徳感が湧いてくる。まるで暴力団の取引現場を盗み見てしまったような気持ちだ。
 続く界隈は貴金属市場。一転して路地がキラキラしている。広告看板も多い。では明るい雰囲気なのかというとそうでもない。さっきから感じていたのだが、このバザールは何だか全体的に薄暗い。曇り空であることを割り引いてもそうだ。だから眩いばかりに光っている場所は逆にいかがわしい。ひょっとして密輸品を売っているんじゃなかろうか。この灯りはダーティーな手段で稼いだ金で点されているのではないか。
 そんなことを思いながら歩いていた矢先だった。
 ふと見上げると、店の軒先で切り取られた狭い空からモスクのミナレットが覗いていた。よくある円柱ではなく八角柱をしている。蜘蛛の巣のように、それを取り囲む何本もの電線が右や左へ複雑に交差している。まるで結界だ。
「ジョジョだ」
 僕は釘付けになった。漫画で見た絵のイメージそのままだったのだ。
 空間が歪んでいるような錯覚を覚える。ミナレットは角度のせいか、いくぶん傾き加減に見える。建物の前後関係がよくわからない。何より、雰囲気が明らかに怪しい。ジョジョの敵は吸血鬼だったが、確かにこの様子では魔物が潜んでいて何の不思議もない。
 だが、僕の足を止めさせたのは怪しさよりも美しさだった。そう、美しかったのだ。八角形のミナレットも、交差する電線も、重なり合う建物も、構成要素すべてが今にも崩れそうな微妙なバランスの上に成り立っていて、構図としての完成度がとても高かったのだ。
 本当にあるんだ。こんな景色が。
 切り取ればそのまま絵葉書になると思った。僕はさっそくカメラを取り出しファインダーを覗き込んだ。
 

   
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岐路のパキスタン
 

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