高座山南面の草原高座山から杓子山

杓子(しゃくし)山は富士山の近傍にあって1,500メートルを超え、すぐ隣の鹿留(ししどめ)山とともに周辺山岳から独立峰の風情で眺められて気になる山だった。だが車道が何本も稜線近くまで迫っており、コースが多様に取れるため、どう歩くか迷っていた。
この夏、東北の山に小屋泊まりで出かける友人が事前に足慣らしをしたいとのことでこの山の名が上がった。相談の結果、富士急行の富士吉田駅からバスで忍野村役場まで行き、ここから高座(たかざす)山・大●首(おおざす)峠を経由して杓子山に登り、峠に戻って下ることにした。行程はやや短いが高座山から杓子へとたどる山道は登り一辺倒でなく変化があって楽しそうだし、帰路は途中の不動ノ湯で一風呂浴びることができるのが魅力的だ。鹿留山は後日の楽しみに取っておこう。

●=木偏に「確」の旁

大月駅にて、同行者とは北海道のトムラウシから数えて二年ぶりの再会だった。富士急行の車内で、最近どうしているの、などと会話しているとすぐに富士吉田駅で、バスに乗り込んでもすぐに登山口の忍野役場前に着く。
土曜日で閉館している建物の前で身支度していると、ぽつぽつと降ってくる。懸念を抱えつつ歩き出すと、すぐに雨は止んだ。ほんとうであればもう梅雨明けしているはずなのだが、晴れ間が見えてもまわりには濃淡の雲が入り乱れるという空模様で、どうにもはっきりしない天気だ。それでも久しぶりの山歩きに気分は高揚している。
夏休みの部活で賑やかな小中学校を右に左に見ながら車道をたどり、集落が丘陵部に迫るあたりで山に向かう分岐に入る。高座山・杓子山につながる稜線上の鳥居地峠にはすぐにでも着くかと思っていたが、舗装路はゆるやかに上下しつつとりとめもなく続く。しかし会話もとめどなく続くので道のりの長さは気にならない。それでも「ほんとうにこの道でよかったのか」と多少不安に思うころ、車道分岐に標識があって高座山へを示している。未舗装となった道路が車止めのゲート(とは言っても車はいくらでも進入できる)にぶつかるところから、本格的な山歩きが始まった。
高座山へ登る
高座山へ登る
登り初めは急路だったが、すぐ穏やかな稜線に乗り、右手に草原の広い斜面を見張らかすようになる。日差しがないおかげで湿度は高いものの気温はそれほどでもない。ときおり吹き超えていく風も涼しく、なかなかよい散歩道だ。山道脇にはナデシコの花が見え隠れし、草原はお花畑で、高い茎の先端から左右水平にいくつもの花序を突き出すオオバギボシの群落、そのなかに咲くユリが鮮烈なオレンジ色でアクセントを付けている。ただ富士は裾野だけ残して本体は雲の中で、久しぶりに目の前で迫力ある姿を見たいと思っていた同行者には残念なことだった。間近には石割山から大平山に続く稜線が湿気の多い大気のなかに黒々と浮かび、その背後には登るにつれて山中湖の水面が銀白色に見えてくる。
選挙が近いのか、麓から「よろしくお願いします」の連呼が伝わってくるが、稜線左手の林のなかで聞こえるセミの声ほどには届かない。カナカナカナ…という澄んだ響きに浸っていると、子供のころに田舎で過ごしたけだるい夏の日々の感覚が戻ってくる。同行者曰く、「夏休みの宿題に追われていたことを思い出す」。滑りやすく足の置き場にも困る急坂を登っているときは二人とも黙りがちだが、楽なところでは思い出話なども交わしつつ賑やかに行く。


ひとの訪れのない高座山を越えれば、それまでの見晴らしのよさとは異なる自然林の中だった。明るい葉群は目に優しく、平坦な土の道は足裏にも心地よい。大●首(おおざす)峠までは途中に多少岩の出たところもあり、二度ばかり登り返しもあった。あいかわらず何度か雨がぱらつくのだが、気がつくと止んでるというのを繰り返していた。
高座山から大権首峠への山道
高座山から大●首峠への山道
林道の達する峠のすぐ上にはハンググライダーの出発点が設けられている。車で道具を上げてくるのだろうと思っていたら、荷物運搬用のモノレールで山腹から人間ごと運んでくるのだった。ここでまた長々と休憩し、乾燥フルーツなどもらって食べながら仕事の話など聞かせてもらう。やはりそれなりの年齢に達するとみな多かれ少なかれ責任ある立場になることは必至だということを改めて認識する。
峠からは山道脇にシモツケソウが目立つ樹林の中を小一時間で山頂なのだが、二年ぶりに山を歩く同行者と、そこまでは行かないまでも前の山行から二ヶ月ぶりの私と、体力の低下は覆い隠しようもなく、急傾斜の山道では途中で休憩せざるをえない。登山口から山頂まで休憩も含めるとだいぶ時間がかかってしまったのは、休むたびごとに話をして再出発が遅くなったばかりでなく、そもそも足取りが捗らないことも一因だっただろう。二人とも寝不足で、一週間の仕事の疲労がたまっていた。山頂近くでは空腹で力が入らなくなってもいた。
だからようやく着いたピークでは周囲の眺めがないのをよいことに一も二もなく昼食とした。同行者から新鮮なキュウリのお裾分けに預かり、おにぎりだけのメニューが豊富になる。日が照っていない山頂は涼しいもので、バーナーとケトルを持って来てコーヒーなり紅茶なりを淹れられればよかったと思う。すでに二時だからかあたりは閑散としていたが、デポされているザックも多かった。おそらく持ち主はみな鹿留山往復にでかけたのだろう。


下山途中にある不動ノ湯は、温泉に詳しい同行者によればいい湯だそうだ。しかし遅くならないうちに自宅に戻って仕事に取りかかりたいとのことだったので長くは時間を取らず、早々に汗を流したのちタクシーで富士吉田駅に出ることになった。
しかし駅に着いてみると大月行きは出たばかりで次は30分後だという。こんなことならもっとゆっくり入浴していればよかった、と残念がる相方とともに、生ビールを求めて駅前の食堂に向かう。見上げれば濃淡のある雲はすっかり晴れて、青空が広がっていた。梅雨空け宣言が出されたことを知ったのは帰宅してからだった。
2003/ 8/ 2

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