■ 2023年に観た映画
  
2023年12月 「ホットファズー俺たちスーパーポリスメン!-」
年末の忙しい時期、文句なしに楽しく痛快で面白い作品をと思い、15年ぶりくらいで再見。この頃のサイモン・ペッグは二の線だったのかと驚く。ティモシー・ダルトンが堂々たる悪役を演じているのも新鮮に映った。ストーリー自体はさほどでもないが、ギャグとシリアスのバランスがうまくとられ、小気味よい作品に仕上がっている。エドガー・ライト監督については、本作と『ショーン・オブ・ザ・デッド』は好きだったが、その後はあまり乗れなくなってしまった。
  
2023年11月 「BROTHER」
北野映画の中ではあまり語られることのない地味な存在だが、僕はなぜか好きで何度か観ている一作。たけし扮する武闘派ヤクザが組の揉めごとの末にアメリカに逃げ延び、そこで静かに暮らすはずが弟と共にマフィアとの抗争に巻き込まれていく。日本で兄弟分だった男との交流も平行して描かれ、後半になるにつれタイトルの意味が深みを増していくという構造。たけしの兄弟分を演じる大杉漣が、自分を馬鹿にする仲間に対し、自ら腹をかっさばいて見せるシーンが印象的。
  
2023年10月 「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」
かなりの悪評も散見するなか、『レイダース』から見てきた世代の僕としては、それほど酷くもないのではという感想を抱いた。冒険活劇として一定の水準はクリアしていると思うし、シリーズ最終作としてふろしきを畳むということがなんとかできているとも思う。CG合成された“若いハリソン・フォード”にも違和感は感じなかった。飛行機内での鑑賞はただでさえ映画の評価を下げがちなので、劇場もしくは自宅で鑑賞していたらさらに高評価だったかもしれない。もちろん、たくさんある瑕には目をつぶるとしてだけれど、もちろん。
2023年10月 「私ときどきレッサーパンダ」
親に人生を台無しにされている子供は多い、といつも思う。いい子だと親に思われることに腐心するあまり、人生が苦しいものになってしまう。そうした苦悩とその克服をユーモアたっぷりに表現した点で非常に意義深い作品。
  
2023年 9月 「青春残酷物語」
大島渚の長編第二作。これが大ヒットし、松竹ヌーヴェルヴァーグという言葉が生まれたという。先に見て大いに感銘を受けた『太陽の墓場』と同じ年に作られている。若い男女がなりふり構わず生きる姿はまさにタイトルどおりの残酷物語で、大島監督は容赦がない。主演の川津祐介も、若者特有の得体の知れなさをよく演じていると思う。
2023年 9月 「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」
ファーストガンダムファンとしては、何一つ納得できない出来。オリジナルの声優さんと違っている点は仕方ないとしても、だらだらとした展開、映像の恐ろしいまでのクオリティの低さなど、どこにも魂を感じさせない作りにあきれた。
  
2023年 8月 「コーダ あいのうた」
2022年のアカデミー作品賞、助演男優賞を獲得し、話題になった一作。CODA(聴覚障碍者の子供)として生きる女子高生の苦悩を描く。家族でただ一人健常者である彼女は世界との懸け橋であり、大いに頼りにされている。彼女も家族内での自分の役割を認識し、その立場に誇りも感じているだろうが、年齢を経て自分の世界が広がるにつれ、頼られることをうとましく思うようになる。映画では、家族はそれでも理解ある人々として描かれるが、現実はもっと酷い状況があるのだろうと思うと、本作を見て爽やかな気持ちになることがためらわれてしまう。
2023年 8月 「西部戦線異状なし」
1979年版。15年以上前に見たものを、妻と再見。希望に燃える若者が、老いた教師にほだされて自らの意志で戦場へ赴き、当初のヒロイズムをすり減らしながら倒れていく様は、今観ても新鮮だ。声高に反戦をうたわなくても、本作が伝えるメッセージは強い。
2023年 8月 「グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状」
ハプスブルク家が蒐集した膨大な数の美術品を所蔵するウィーン美術史美術館。本作では館の改装工事に密着し、様々な部門仕事を紹介する。こういう仕事もあるのか、と感嘆もしたのだが、観る前に僕が期待したのは美術館の作品をできるだけ多く見たいというもので、その点では不満が残った。まあこれは僕の好みの問題なので仕方ない。
2023年 8月 「カイロの紫のバラ」
妻となにか楽しい映画を観ようと思い、選んだ一作。ウディ・アレンの意地悪さは影を潜め、おしゃれでかわいい映画に仕上がっている。ラストでのミア・ファローの表情の変わりゆく様は、何度見てもすごい。
2023年 8月 「灯台守の恋」
映画「喜びも悲しみも幾年月」を観たり、三重県に旅行に行った際、ロケ地になった灯台を訪れたことなどから夫婦して最近、灯台に興味を抱いている。妻から、灯台の映画を観たいということでリクエストされ、本作を鑑賞。僕は一人でずいぶん前に見たことのある作品だ。
 フランス・ブルターニュ地方の小さな島に、新たな灯台守として若い男性がやってくる。ベテラン灯台守の妻との間に、やがて密かな感情が芽生えて……という物語。島の美しい景色、灯台守の厳しい仕事、もどかしい恋愛模様などがゆるやかに展開していく。現代パートと過去パートの入り乱れる構成やそれに伴う人間関係のわかりづらさが難点だが、灯台好きの欲求を満たしてくれるだけの内容はある。
2023年 8月 「二人で歩いた幾春秋」
木下惠介監督が、『喜びも悲しみも幾年月』につづき、同じ夫婦キャストで撮った一作。佐田啓二が頭の固い夫を、高峰秀子が献身的な妻を演じる。夫の初恋相手との遭遇や、大学に進んだ息子の意外な行動など、『喜びも〜』ほどのスケール感はないものの、波乱に満ちた生活がじっくりと描かれる。
  
2023年 7月 「ゆきゆきて、神軍」
昔からずっと見たいと思っていた作品を、U-NEXTで遂に見た。評判どおり深く考えさせられるドキュメンタリーだった。よくこの内容を映像化できたなあとも思う。見る前は、奥崎謙三という人物を雑多な角度から追った内容かと予想していたが、実際は戦争犯罪の責任者を一人一人訪ね、真相を問いただすというもので、強いストーリー性を感じた。問われた者はみな最初は口を固く閉ざしながらも、徐々に当時のことを語り始める。奥崎のしぶとい追及には鬼気迫るものを覚えた。人間は恐ろしいとか、正義と言う名の暴力のほうが恐ろしいとか、様々な見方ができると思う。また、奥崎謙三の意図とこの映画製作陣の意図は違っていて、映画として見ればやはり本作は強い反戦メッセージを持った作品だと思う。
2023年 7月 「情婦」
アガサ・クリスティー原作『検察側の証人』を映画化したものとしては、2016年にBBCで制作され日本ではWOWOWで放送された『アガサ・クリスティー 検察側の証人』を先日、視聴した。妙に現代的な味付けがされており、そのくせ肝心の真相が明かされるシーンの迫力は足りず、主役の弁護士は影が薄く、全く良い感想は持てなかった。ならば、と1958年に映画化された本作を再見した。これで3回目か4回目になるが、何度見ても面白い。弁護士のキャラクターがしっかり作り込まれ、だからこそあのラストが強烈に響いてくる。モノクロ映像もきらびやかに見えるほど絵作りも考えられている。こちらはまごうことなき傑作。
2023年 7月 「ダウントン・アビー」
ドラマ版6シリーズを見終えてすっかり心を奪われた作品の、初の映画版。ドラマの2年後が舞台で、英国王がダウントン・アビーに立ち寄る際の騒動を描く。ドラマ版からの続きで、各キャラクターがその持ち味を十分に生かし、うまく物語に組み込まれている。映像美もドラマをそのまま引き継いでおり、安心して見られた。
2023年 7月 「ダウントン・アビー/新たなる時代へ」
テレビシリーズを全て見終え、映画の第二弾となる本作を見て、現時点で作られているダウントン・アビーはコンプリートした。達成感と共に寂しさを感じている。ストーリーとしてはスピンオフ的なものだが、楽しく見るには十分の出来栄えだった。とにかく全てのキャラクターが素晴らしく、現実に存在する人間としての愛おしさを感じてしまうのが、本シリーズの最大の美点だろう。
2023年 7月 「君たちはどう生きるか」
宮崎駿監督の最新作にておそらく最終作。宮崎駿が自身のリミッターを完全に外し、ただ好き勝手に自分のイメージをふくらませて作ったのだろうが、それでいて骨子の通った、よくできた一作になっていると感じる。とはいえ一回見ただけでは、どこがどう良いのか、なぜ良いのかを語るには足りない。一つ伝わってきた大きなメッセージは、コミック版『ナウシカ』と同様、我々はこの汚れてしまった世界をきれいなものに変えるのではなく、汚れた世界のままでなんとか生きていくしかないのだ、というもの。
2023年 7月 「ぐるりのこと。」
橋口亮輔監督の作品は、けっして断罪したり、声高に訴えたり、安いドラマを強要することはない。不備なものを抱えた人間たちの中にそれでもかいまみえる美しさ、尊さを描こうとする。だからときに下品だったり非道徳だったりするから、見る人を選ぶかもしれない。僕はこの監督がつくる映画が好きで、本作は中でも傑作だと思う。比較的短めのエピソードが時系列で連なり、あまりつっこんだところまでは描かない。その隙間は見る人それぞれの人生に合わせて自由に決めてよい、と言われている気がする。
 役者を見る監督の目も確かだ。安藤玉恵、山中崇あたりの中堅どころも、嫌な嫌な人間を実にうまく表現しており、見ている間は本当にその人のことが嫌いになる。
  
2023年 6月 「THE FIRST SLAM DUNK」
『スラムダンク』についてはバスケット漫画という認識しかなく、今回の映画についても、いつもは脇役の人が主人公になっているという情報だけで見に行った。にもかかわらず、十全に楽しむことができた。人物紹介はわかりやすく、一つの試合の一部始終を回想を交えながら描くという、非常に大胆な試みも見事に成功している。評判どおりバスケットの表現が素晴らしくて、感心して見入ってしまった。
2023年 6月 「1999年の夏休み」
萩尾望都の漫画「トーマの心臓」をモチーフに、男子中学生を女性の俳優が演じるという奇妙なやり方で撮られた作品。近未来社会をシュールに描き、ポエティックな表現が多いため、つかみどころがない。演技が上手いということもないので、奇妙な雰囲気に戸惑いながら見続け、そのまま終わってしまった感じ。ただ、評判が高いのもわかる気はする。
2023年 6月 「さかなのこ」
沖田修一監督作は、やはり『滝を見にいく』以外にはピンとこない。本作も、無理に喜劇的演出をしようとしてことごとくわざとらしさばかりが目立ち、失敗している。僕はさかなクンのことを心から尊敬していて、人として実に真っ当で幸せな道を歩いていると思うが、そのあたりもあまりうまく表現されていない。
2023年 6月 「ルパン三世 カリオストロの城」
体調の悪いなか、ぜったい元気が出る映画として鑑賞し、その通りになった。最初から最後まで隙がなく、駆け抜けるように見終えた。鑑賞後に胸に残るせつない思いがたまらない。子供の頃から大好きな映画。
2023年 6月 「ベルファスト」
ケネス・ブラナー監督作にはどうも乗れないものが多い。本作も、シリアスな社会派作品のルックをしているのに、いちばんのドラマティックな場面でファンタジーのような演出をしていて、ほのぼのとするというより、ちぐはぐな印象を受けてしまった。モノクロの映像は確かに美しいけれど。
2023年 6月 「PLAN 75」
高齢化がさらに進んだ未来社会で、75歳以上の高齢者には自主的に死を選ぶことを推奨する制度が設けられた、という設定。目のつけどころは良いと思うが、意味なく長いショットなど思わせぶりな演出が多く、核となる人物の掘り下げもあまりないため、浅い内容になってしまった。
2023年 6月 「滝を見にいく」
沖田修一監督作では、やはり本作がピカイチだ。無名俳優とほぼ素人の俳優を使い、無理な演出をなるべく排除して自然に作られた作品。監督自身、このような出来栄えになって驚いているのではないかと思う。人間が人間であることを賛美し、心の深いところから元気を出させてくれる作品。
2023年 6月 「エスター」
評判のよいホラーなので見てみたが、やはり最近の僕はもう、こういう映画はどうでもよくなってしまった。昔はホラーが大好きで怖さを楽しむことができたが、本作などを見ていると、イライラが募るばかりで、なんで好き好んでこんな思いをしなきゃならんのかと思ってしまうばかり。少女の秘密についてはまあ斬新なのかもしれないが、およそのストーリーは始めからわかっているので、それを時間をかけてなぞっているだけだった。
2023年 6月 「ベイビー・ブローカー」
是枝裕和監督作は、最新作『怪物』以外すべて見ているが、『万引き家族』以降は今一つ乗れない作品が続いている。なにかテーマが明確に見え過ぎていて、しかもそれが博愛主義のような俗的なところに収まっている感じがするのだ。本作も、赤ちゃんを捨てる側、捨てられた側それぞれに言い分がある、というような見る前に思っていたところを突き抜けてくれなかった。
  
2023年 5月 「ブラック・レイン」
最初に劇場で観て以来、ことあるごとに見返す大好きな映画。松田優作の悪役ぶりを見ているだけで楽しいし、高倉健とマイケル・ダグラスのバディものとしても楽しい。大阪の街が艶めいて撮られているところにもリドリー・スコット監督の映像センスを感じる。じつはラストの対決シーンはアメリカで撮られたらしく、日本人役のセリフがもろ外国人なので笑ってしまうが、これはご愛敬。
2023年 5月 「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」
最初に見た時には心置きなく感動したのだが、今回、やや体調が悪いなかで見返してみると、こんなにたくさん殺しがあったっけ、と思ってしまった。とくに、ヨンドゥのあの武器は強力すぎて、瞬時に何人も殺してしまうところに違和感を覚え、さらには「これを使えば数千人規模で殺せるのでは」と思ってしまい、物語的にもバランスを欠いている気がした。カート・ラッセル演じるキャラクターとその能力については、『フラッシュ・ゴードン』的な古いバカバカしさを感じてしまったが、これは演出意図なのか。
2023年 5月 「キャメラを止めるな!」
設定やラストのオチは本家『カメラを止めるな!』と同じなのに、細かい演出の仕方でここまで酷い作品になるのかと驚く。やはり、一つの設定を思いついたとしてもそれをどう料理しどう作品化していくのか、細かいところに映画の本質が宿るのだと再認識した。『アーティスト』でアカデミー賞まで獲った監督だが、本作は何を考えて作ったのか、理解に苦しむ。
2023年 5月 「ファンタスティック Mr.FOX」
なぜか宇宙SFものと勘違いしていたので、実際に見て驚いた。人間社会への風刺、ときおりキツネとしての野性が出てしまう主人公の描写など、ウェス・アンダーソンらしい温かくキュートな作品で、見ていて幸せな気持ちになれる。
2023年 5月 「12モンキーズ」
何度も見返している作品。特徴的な音楽と共に、クールでヒステリックな未来社会の表現がキマっていて、かっこいい。タイムトラベルの詳細をまったく紹介しないのも潔いと思える。ただ、ラストの展開は、設定に振り回されてこうなりましたという感じなので、もう少し開かれたエンディングでも良かった気がする。
2023年 5月 「キツツキと雨」
滝を見にいく』が素晴らしかったので追い続けている沖田修一監督だが、他作はあまりぱっとしない。本作は『南極料理人』に続く長編3作目で、朴訥な木こりと、山に撮影に来た映画監督との交流を描く。噛み合わない二人のドタバタをコメディにしようという目的ばかりが目立ち、脚本も演技もわざとらしくて興ざめだった。
  
2023年 4月 「RRR」
アカデミー賞で歌曲賞を獲り、授賞式でのパフォーマンスを見て、ぜひ見たいと思い立った。想像どおり、インド映画らしい派手な映像と音声、コッテコテのストーリーで、もうお腹いっぱい。普通の映画ならクライマックスになるような展開が何度も訪れ、そのたびに「これで終わりか、面白かったな〜」と思うがまだまだ先は続く、といった感じ。主役の二人はぜったい途中で何回か死んでるだろうとか、あそこまで深手を負ってそんなに早く回復しないだろうとか、CGがときおりお粗末だとかいった欠点は、終わってしまえば何も気にならず、ここまでやってくれれば何も文句は言いません、という感想。歌と踊りのシーンは思うほど多くないので、インド映画臭さもあまりない。一緒に見た妻もいたく気に入った様子で、二人してカレーを食べて帰った。
2023年 4月 「カモン カモン」
ホアキン・フェニックスが地のままとも思える駄目男を好演し、ドキュメンタリーとしか思えないほどリアルな作品になっている。子役のウディ・ノーマンも、どうやって演出したのかわからないほど天才的な演技を披露し、子供の厭らしさ、面倒くささを見事に体現していた。親子にしても叔父と甥の関係にしても、どんな人間関係にも正しい対処のマニュアルなど存在せず、その時その場で考えて行動するしかないのだと思わせてくれる。たいしたドラマもなく地味な作品とも言えるが、僕はすごく気に入った。
2023年 4月 「シティ・オブ・ジョイ」
フィクションとはそもそも絵空事だとは思うが、のれる映画とのれない映画があり、本作は残念ながら後者だった。少女の命を救えなかった医師がインドに渡るというプロローグ、しかも思わせぶりに同じ映像を繰り返す演出などで、のっけからシラけてしまった。感動作、泣ける映画、と本作は名高いが、感動させる目的のために物語が作られ、演じられている気がして、僕の心には何も響かなかった。
  
2023年 3月 「ミス・ポター」
2010年に湖水地方を旅したことがあり、かの地に関係する絵本作家の伝記ということで興味を持ち、鑑賞。レネー・ゼルウィガーが『ジュディ』同様、実在した人物を演じる。湖水地方の自然の美しさをもっと描いてほしかったが、それは単なる好みの問題だ。ノーマンとの出会い、婚約からその後の展開には感情を揺さぶられる。ビアトリクス・ポターという人物を精緻に描いてみせた、意外な佳作。
2023年 3月 「神は見返りを求める」
岸井ゆきのという役者は、どんどん凄みを増している。主人公の”ゆりちゃ ん”をただの勘違い女性として演じると実に薄い人物像になってしまうところを、オーバーアクトながらも堅実に演じている。ムロツヨシ、若葉竜也の達者な演技も安心して見られるいっぽう、Youtuberや有能デザイナーの表現は少し誇張が過ぎるように思う。後半、主役二人の対立があまり面白くなっていかないのが本作の瑕だろう。自撮り棒フェンシングには笑ってしまったが。
2023年 3月 「ゴヤの名画と優しい泥棒」
ノッティングヒルの恋人』で有名なロジャー・ミッシェル監督の遺作。一人の老人がゴヤの名画を盗むに至った経緯がユーモアたっぷりに描かれる。心優しい老人ではあるが、なかなか厄介な迷惑人間でもあり、とくに妻は彼にいつも悩まされている。夫婦での軽妙なやりとりの陰に、長男や長女にまつわる確執や秘密なども提示され、意外に込み入った話でもある。小品ではあるが軽く楽しむには悪くない一本。
  
2023年 2月 「喜びも悲しみも幾歳月」
妻との旅行で三重県の安乗埼灯台を訪れたのを機に、再見。この灯台が舞台の一つとなっているのだ。
 日本全国の灯台を渡り歩き、各地での苦労が小さなドラマを生み、それらが連なることで灯台守とその家族の暮らしという大きなドラマが浮かび上がる。何度見ても素晴らしい映画だと思う。

初見での感想
妻と一緒に見た二度目の感想
  
2023年 1月 「リボルバー」
タイトルのとおり、拳銃が映画の重要な道具となり、暴力も引き起こされるのだが、どのシーンもからりとした空虚さとユーモアにあふれており、微笑ましく観られる。沢田研二演じる無気力警官とその見合い相手、初々しい高校生カップル、全国競輪巡りをする柄本明と尾美としのりコンビなど、まったく関係のないエピソードが同時に展開し、やがて複雑に絡み合うストーリーが形成されていく。最初から最後まで飽きさせない、ものすごく面白い映画。
2023年 1月 「ちょっと思い出しただけ」
2022年に話題となった一作。松居大悟監督作を見るのは『くれなずめ』に続き2作目だ。ある男女の恋愛を6年という歳月を通じて描き出す。独特の時間構成で、知らずに見た僕は最初のうちは戸惑ったが、「こういうことかな」と思っていたところにそれを裏付ける描写があり、「やっぱりそういうことか」と納得する。
 恋愛におけるすれ違い、第三者から見た時のもどかしさなどがよく描かれている。ストーリーもいいのだろうが、やはり主役二人の演技だろう。ちょっとした会話の中での心の揺れ動きが実にリアルに表現されている。アドリブかと思ったらそうではなく、きっちり作り込まれたセリフ回しを突き詰めていくことで、アドリブさながらの自然な演技になるという、平田オリザ的な演出方法だった。
 『ブルーバレンタイン』を思い出したが、あそこまで辛らつではない。ちょっと思い出しただけ、というタイトルが、まさにその境地を表している。本当に良いタイトルだ。
 それにしても、じつに恋愛とはしんどく重いイベントだなあと感じる。そういう時期を過ぎた今の僕としては、相手が真面目になった時にあまりふざけちゃいけないよとか、言いたいことは言葉にしないと絶対に伝わらないよ、ということは言っておきたいかな。
2023年 1月 「ベニスに死す」
ルキノ・ヴィスコンティ監督作を観るのは、『山猫』以来2作目となる。本作の公開時、主演の少年ビョルン・アンドレセンが大人気となり、来日して日本語の歌を歌ったりもした。当時まだ小さかった僕には記憶はないが、とにかく美しい少年の出てくる映画、という印象はずっとあった。
 年老いた(とはいっても映画での見た目は中年くらいなのだが)作曲家グスタフが休養のため訪れたベニスで、少年タジオに出会う。二人の深い交流が描かれるかと思いきや、グスタフは夢見る乙女のようにタジオを遠くから眺めるだけで、一向に二人の仲は発展しない。マーラーの音楽がバックに流れるなか、詩情あふれるベニスの美しさ、少年の美しさが描かれる。やや退屈ではあったが、映像の美しさはやはり特筆ものだ。こういう映画こそ劇場で観たいと思う。
2023年 1月 「世界で一番美しい少年」
ベニスに死す』の美少年役で一世を風靡したビョルン・アンドレセンの過酷な人生を描いたドキュメンタリー。あの映画で「世界で一番美しい少年」と賛美され、どこでも特別扱いされ、果ては色眼鏡で見られるようになり、自分の気持ちとの齟齬のため普通に生きられなくなっていく。日本でも大人気で、日本語の歌を歌わされたりしている。何をしていても彼は苦悩と困惑の表情を浮かべている。ヴィスコンティ監督の横暴な契約で映画に出られなかったり、母親や自分の娘など、家族にも大きな問題を抱えていたことなどが明かされ、想像以上に彼が人生を台無しにされていたことがわかり、胸が痛くなる。
 ラスト近く、「人生に辛いことが多すぎると、逆に生きやすくなる。次に辛いことが起きても、またこれぐらいのことかと思えるからだ」という彼の言葉が紹介される。悲愴を越えて崇高にも思える。あまりに淡々としていて見るのがきつい映画ではあるが、最後まで見てよかった。
2023年 1月 「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」
レオナルド・ダ・ヴィンチ作とされ、2017年に美術史上最高額の約510億円で落札された「サルバトール・ムンディ」。しかしその後、どこにも展示されることはなく、現在、所在地も判明していない。本作は、落札前後の経緯を丁寧に紹介し、闇に消えた絵画の謎を追うドキュメンタリー。
 非常にスリリングで見ごたえがあった。2018年にこの絵がルーブル・アブダビで展示されることになり、ちょうど同時期にトランジットでアブダビを訪問する予定にしていたこともあって、その動向に注目していた。結局、アブダビ訪問の日は美術館の休館日だったのだが、その後も絵はアブダビで一度も公開されることはなかった。いったいどうなっているんだろう、今この絵はどこにあるのだろうと思い続けていたので、本作への興味は大きかった。
 本作を見ると、絵画が芸術としてではなく投資対象として扱われているのがよくわかる。巨額が動くために、真贋論争に様々な方向から圧力がかかり、何が本当かがわかりづらくなっている。影の主役は、オークション会社のクリスティーズだ。絵画が本物であろうと偽物であろうと、高額の値段で売り買いされるだけで多額の手数料が入るため、クリスティーズは絵が本物であるという印象を植え付けるための手段を講じる。なかなかの曲者だ。この映画を見れば、絵がなぜ公開されないのかがじんわりとわかってくる。