■ 2020年に観た映画
  
2020年12月 「ドクター・スリープ」
かの名作『シャイニング』の続編、というにはあまりにお粗末な出来。単なる普通のホラー、しかもコントのような作品に成り下がってしまった。敵のボス役をつとめたレベッカ・ファーガソンは全く怖さも強さも感じられず、対決構造が締まらない。主人公達の持つ能力の大きさと限界がいい加減で、ストーリーも後付けの要素が多く、面白みに欠ける。無駄なカット、意味もセンスもない映像と音楽など、褒める要素がどこにもない。
2020年12月 「あゝ決戦航空隊」
鶴田浩二主演、かつオールキャストによる戦争大作。太平洋戦争末期、特攻を命じた大西瀧治郎の生き様と苦悩を中心に、日本が敗戦に向かい、敗戦を受け入れる過程を丹念に描く。
 今となっては戦争犯罪者ともいえる大西を主役にしたところが面白い。特攻を発案し最後まで推し進めた大西を、悪人とか狂った軍人としてではなく、熱い心を持った善人として描く。彼がなぜ最後まで一貫して戦争続行と特攻にこだわったのかがよくわかる。自分が死に追いやった若き特攻兵たちへの思いを忘れていないからこそ、彼らのために戦争を続けようとしたことには説得力があった。大西の、普段は静かに立ち振る舞う姿、だからこそ衝撃を増すラスト。鶴田浩二は本当に凄まじい演技を見せた。
 ときおりピックアップ的に何人かの役者の見せ場(西城秀樹など)が設定されており、やや白けるところもあったが、重厚に作られた堂々たる大作だと思う。
2020年12月 「女王陛下のお気に入り」
妻と一緒に鑑賞し、お互いにうーん、と首をひねってしまった。女王とサラの、主従関係なのに古くからの友人、そしてそれ以上の関係でもあるというあたり、そこへアビゲイルがのしあがっていくのも見ごたえがある。ただ、途中から図式的になってしまい、アビゲイルがサラを陥れるやり方などもややリアルに欠けていると感じた。演技合戦というところに重きが置かれて、映画自体の面白さが目減りしてしまった感じ。
2020年12月 「助太刀屋助六」
岡本喜八監督の遺作。この監督の作品は全部見ようと思っているが、晩年のものは、『大誘拐 RAINBOW KIDS』『ジャズ大名』など、あまり好きにはなれず、本作も同じだった。真田広之は決して下手な役者ではないが、本作では助六になりきれていなかったように思う。助六の父親との確執が最後に物語を盛り上げるかと思ったら全くそうではなく、仲代達矢や小林桂樹(棺桶をずっとトントンしている演技も苦しい)など、脇役陣にも魅力を感じられなかった。
2020年12月 「パラサイト半地下の家族」
以前に劇場で見たものを、家で妻と再見。前に見た時よりも、一つ一つの映像やエピソードがくっきり際立ってきて、より面白く見られた。半地下に象徴される韓国の貧困は多少の形を変えこそすれ、日本の現状と通じる。大雨の際の描写はかなり大げさなのかもしれないが、ファンタジーのようにも思えた、というのはやはり自分にとっての切実さが薄いせいだろうか。前の家政婦さんが戻ってきたあとの、キッチンでのあの格好は、やはり衝撃的だし笑える。エンターテインメントとしてまったく隙がなく、同時に社会的メッセージも伝えている力作だと思う。
2020年12月 「リチャード・ジュエル」
主人公リチャード・ジュエルを演じたポール・ウォルター・ハウザーの名演により、見ごたえある作品に仕上がっている。あの、いい人なんだけどどうしようもない人というキャラクターがなんともいえない。危なっかしいのにクライマックスではほろりとさせられる。いっぽう、よく言われる批判として地元放送局の女性ジャーナリストの描き方が薄っぺらというのも、まったくその通りだと思う。FBIもあれほど卑怯で間抜けとは思えないが、なんとほぼ実話通りだというから恐ろしい。そして、サム・ロックウェルはやっぱりいいなあ。
2020年12月 「クリード炎の宿敵」
世間の評判は高いようだが、僕には凡作に思えた。ロッキーシリーズのファンからすれば、やはりドラゴの苦悩があまり描かれていない点が一番の減点ポイント。ロッキー対ドラゴの代理戦として、セコンド同士のせめぎ合いが見たかったし、本作のテーマはやはりそこだろうと思う。そして僕は前作から思っているけれど、アドニス・クリードという人にあまり乗れない。彼の体つき、風貌、表情が、世界チャンピオンにはとても思えないのだ。序盤でチャンピオンになるところにもリアリティを感じられないし、チャンピオンになるということの重大さが描かれていない。だから彼と恋人とのやりとりもどうでもよくなってくる。試合のシーンはなかなかよくできているが、おそらくCGを多用していることの違和感と、ボクシング映画にはつきものだけれど、あまりにも強いパンチが何度も入るリアリティの無さもいただけない。
  
2020年11月 「スコア」
脚本の出来があまりよろしくないので、面白みに欠ける。実際の犯行において、まったく準備シーンにない要素がいくつも入ってきて戸惑う。ジャックが終盤でとる行動とその理由、彼の展望など、全てにおいて納得できない。マックスの存在と彼の抱える厄介ごとも不明瞭だし、ニックとCAさんとのロマンスも取ってつけたようなもの。
 最初にいくつかのアイデアがあり、それを実現するために作り上げられるのはエンタメ作品の基本だとは思うけれど、その“作り上げられた”感がこれだけ前面に出ているとしらける。もちろんアイデアの一つは、デ・ニーロとマーロン・ブランドの共演だろうが、マーロン・ブランドのあの変貌ぶりに一番驚かされた。
2020年11月 「天気の子」
少年がかわいい女子とめぐり会い、離れ、また出会うという話を、何度この監督はくりかえすのだろう。新海監督がポスト宮崎駿となるには、アイデアとセンスが壊滅的に足りない。最初に思いついたあらすじに従ってコマを並べているだけで、全てのキャラクターに血肉を感じられない。帆高が圭介に拾われ共に暮らす展開はありきたりだし、帆高が拳銃を拾うのは警察に追われるための都合だし、帆高と陽菜が空を飛ぶのはラピュタのパクリ。どれだけ絵がきれいであっても、そこに描かれるものに意味がなければ、実写映像を見ているのと同じだ。

2020年11月 「大盗賊」
名演小劇場で開催された「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第1週の1作目。18世紀のフランスを舞台に、金持ちから金品を奪う義賊カルトーシュをベルモンドが演じる。クラウディア・カルディナーレ演じる可憐な妻がいるのに別の女にうつつを抜かすカルトーシュはあまり好きになれないけれど、フランス庶民と宮廷文化の対比、そこに西部劇風味の大自然描写と音楽が加わり、奇妙な味わいを楽しめる作品。
2020年11月 「恐怖に襲われた街」
「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第1週の2作目。『大盗賊』とは打って変わり、40代のベルモンドが警部に扮し、連続殺人鬼の謎を追う。序盤からけれんみたっぷり、アクションたっぷりでエンタテインメントの王道を行く。犯人が途中でわかってしまい、緻密なサスペンスを期待すると辛いけれど、そんなことよりベルモンドのスタントを使わない体を張ったアクションを楽しむ作品だろう。とにかく笑ってしまうくらい、なんでそこまでやるのか意味のわからない、ただベルモンド自身が楽しむために映画を作ったのだろうと思わせる。
2020年11月 「オー!」
「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第1週の3作目。これまた前2作とまったく違い、正統派なシリアス路線のギャング映画。3作のうちではもっとも知名度が低いけれど、僕はこれがいちばん楽しめた。とにかく古き良きノワールの雰囲気がたっぷりで、映像をただ眺めているだけで幸せになる。かの名作『穴』と同じ原作者と知り納得したが、脱獄シーンも本当にオリジナリティがあふれていて見ごたえがある。一定の緊張感が持続する素晴らしい編集でテンポよく話が進んでいき、息をつかせない。しかも無軌道なフランソワの行動はまったく先が読めず、新鮮な驚きに満ち溢れた傑作。
2020年11月 「万引き家族」
劇場公開時に見て以来の再見。家族がいない、あるいは本物の家族とは生きていけない場合、別の共同体で生きていくという選択はまったくアリだと思う。人は自分が幸せになれるところで生きていけばいい。この映画の“家族”はどうか。一見、仲がよさそうに見えて実はそうでもない。貧しいけれど一生懸命生きている、というわけでもない。樹木希林演じる女性は金ヅルにされ、一家は最後に少年すら見捨てようとする。これは疑似家族としても成立していない、というか形だけ家族になっている、普通の駄目一家ではないのか。そして思ったとおり最後には崩壊する。結局、この映画で本当は伝えたいはずのメッセージがぶれている気がしてくる。もちろん、ありきたりの感動エピソードを求めているつもりはないのだけれど……。うーん、初回に見たもやもや感が悪い方に結実してしまった。
2020年11月 「美女と野獣」
ディズニーのアニメ版でも実写版でもなく、1946年制作のジャン・コクトー監督版。ディズニー版とはかなり設定もストーリーも違っており、野獣がそれほどマッチョではなく、哀れな存在感が強調されている。さすがに、見ていてそれほど面白いと思わせる作品ではないが、画面の美しさには驚かされた。やはり昔のフィルム撮影は素晴らしい。
2020年11月 「大頭脳」
「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第2週の1作目。ベルモンドがかなり間抜けなキャラとして登場する。デビッド・ニーブン演じる本物の大泥棒〈ブレイン〉の犯罪に期せずして関わってしまい、漁夫の利的に獲物を得る過程が全編ギャグとして描かれる。個性派俳優ブールヴィル演じるアナトールとのへっぽこバディものとしても面白い。
 そして冒頭から感じるのは、強烈な「ルパン三世」感だ。本作を観てルパンが作られたのかは知らないが、美女の登場のしかた、走っている自動車が前後真っ二つに分かれてまだ走るシーンなど、本当にそっくりそのままなのだ。巨大な自由の女神像を作ってしまったりなど、バカバカしいことに大金をつぎ込んだ、本気なのか冗談なのかわからない大作。
2020年11月 「プロフェッショナル」
「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第2週の2作目。ベルモンドが演じるのは、フランス軍の諜報部員。アフリカ・マラガウィ共和国の独裁政権を阻止する任務を負ったベルモンドは、現地での政情変化により計画が失敗し、上官らの裏切りにより牢獄に囚われてしまう。脱獄し、本国へ戻った彼はかつての同僚たちへの復讐を遂げていく。
 『大頭脳』から一転して、シリアスな作品。このあたりの振れ幅も本当に楽しい。またもや、という脱獄シーンは毎回アイディアに溢れていて見ごたえがある。ロベール・オッセン演じるローゼン警部がまた冷酷な雰囲気を身にまとっていて、こうした切れ者の敵役がいることで映画が引き締まる。全編緊張感にあふれ、哀愁を感じさせる一作。
2020年11月 「危険を買う男」
「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第2週の3作目。ベルモンドが演じるのは、警察から秘かな任務を請け負い、犯罪者達を裏側から追い詰めていく、必殺仕事人的な役割だ。タイトルどおり、自ら危険な状況に飛び込み、そこでベルモンドお得意のアクションが発揮される。やはり、ベルモンドのやりたいように物語が作られたような作品。
2020年11月 「警部」
「ジャン・ポール・ベルモンド傑作選」第2週の4作目。ベルモンド扮するボロウィッツ警部が、腐敗した警察組織を捜査するために呼ばれる。警部の立場として明らかにやりすぎだろうという展開が続き、なんだかいろいろ盛り込み過ぎて、悪い意味でごちゃごちゃ感が強かった。けっしてつまらなくはないけれど、ベルモンド演じるキャラを、他作品ほど愛せない。
2020年11月 「インサイド・ヘッド」
なぜか急に見返したくなり、再見。人間の頭の中にある、喜び、悲しみ、怒り、などがそれぞれのキャラクターとして表現されるのだが、喜びと悲しみがタッグを組み、みんなから疎ましがられる〈悲しみ〉の存在意義を〈喜び〉が教えてあげる、というくだりが何度見ても秀逸で感心する。
2020年11月 「囚われの女」
主人公の女性は、女性の変態的な写真を撮りたいという願望を持つ男に魅せられ、自らモデルになる。やがて女性のほうが覚醒して男を追い詰めていく、という展開。古き良き映画の持つ映像美、淡々とした展開などが楽しめるが、内容としては今一つぐっとこなかった。
  
2020年10月 「血を吸うカメラ」
人間が恐怖に怯える姿を撮影することに執着する男の顛末。1960年当時にしては性的、暴力的に問題が大きかったらしく、名監督と呼ばれたマイケル・パウエルはこのあと映画を撮れなくなったという。
 古き良きホラー映画の雰囲気を存分に楽しんだ。この色合い、落ち着いた筋運び、すべてが安心して見られる。新鮮な驚きこそないけれど、こういう映画がやはり好きだ。
2020年10月 「ガーンジー島の読書会の秘密」
戦時下で偶然読書会が生まれ、それが人と人の絆を作り、悲劇も生まれる。最初に想定された筋書きにそのまま沿って物語が作られた感じで、どうにも作り物臭さばかりが目立って仕方がない。ヒロインの行動にもあまり好感が持てず、描かれる人間像は薄っぺら、タイトルとなった肝心の読書会の様子はほんの少しばかり。まったく感心できない作品だった。
2020年10月 「レディ・バード」
僕はどうにもこうした青春映画がピンと来ない。ジョン・ヒューズの作った一連の有名作も全然いいとは思わない。とくに、生意気な学生ものはもっと駄目で、本作もけっきょく何も起こらず何も生み出さないまま映画が終わってしまった感じ。
2020年10月 「宮本から君へ」
評判が高かったので期待して見たが、僕にはまったく受け付けられない映画だった。それは暴力が凄惨だからというようなことではなく、作りの不細工さによる。大声でわめき、過激な暴力描写を多用すればショッキングな映画になる、という浅はかな考えが見えるからだ。本作の俳優陣はちゃんとした演出もされていないようで、もともと駄目なピエール瀧、もともとあまり上手でもない池松壮亮はもちろんのこと、いつもはけっこういい演技をする蒼井優やいつもかなりいい演技をする古舘寛治ですら、大根役者に思えた。
2020年10月 「あゝ予科練」
予科練(海軍飛行予科練習生)達の厳しい寄宿生活が描かれる。脱落者の末路や、つかの間の家族とのふれあい、最後に戦場へ赴く様子など、一連の成り行きはオーソドックスではあるが手堅くまとめられており、見ごたえがある。昨今の、見せ場を作りさえすればいいと思って作られるエンタメ映画とは志が違い、したがって出来上がりも違う。思った以上に特撮にも迫力があり、丁寧な作りは見る者の感情を揺さぶる。
 こうした作品を戦争礼賛の右翼映画だという人がいるが、とんでもない。戦場を立派に生き抜く素晴らしい人々を見るにつけ、こうした悲劇は二度と起こしてはならないという気持ちが強くなる。だからこれはあくまでも反戦映画なのだ。
2020年10月 「ザ・マスター」
町山智浩さん曰く、ポール・トーマス・アンダーソン監督は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以降、アドリブを多用したツギハギのような方式で映画を撮っているのだという。僕は『マグノリア』『ブギーナイツ』あたりは好きだが、近年の映画はどうもよく理解できず、好きになれない。本作でも、フィリップ・シーモア・ホフマン演じるマスターと、彼のパートナーとなるフレディ(演じるのはホアキン・フェニックス)、どちらもかなりの変人だから、各シーンの意味が本当に理解不能となる。そして僕は、ホアキン・フェニックスの演技がどの映画でも痛々しくて見ていられなくなるのだ。
  
2020年 9月 「ロケットマン」
エルトン・ジョンの半生をミュージカル調に描いた作品。『ボヘミアン・ラプソディー』とどうしても比較してしまうけれど、本作ではあちらほどの感動は得られなかった。つまりはドラマ性が足りないのだが、事実に基づいた作品の弱さが出たというところか。エルトン・ジョンを演じたタロン・エジャトンにも物足りなさを感じた。実際に歌っているということは映画の出来とさほどリンクしないこともわかった。
2020年 9月 「はちどり」
各所で話題の一作。見てみたら評判どおりの傑作だった。市井の一少女の生活を丹念に追っていくことで、1994年の韓国の様相をあぶりだしていく。
 映画だけでなく韓国文学の一大テーマでもある男女差別を中心に、兄弟との確執、経済状況などが描かれるが、僕らにわかりづらいのは、この状況がどれほど一般的なのかというところ。韓国でヒットしているということは、ある程度は共有されている問題なのだろう。その点はおいておくとして、とにかくこの少女の痛々しい青春には心を打たれる。日本でもこうした状況で苦しむ若者はたくさんいるだろうと思う。
 映画のうたい文句として、ただ一人、自分を受け入れてくれる女性教師のヨンジに、主役のウニが助けられるというものがあるけれど、僕はそこが映画の主テーマではなく、一つの要素にすぎないと思った。とにかくすべての瞬間が素晴らしくよく出来ている。
 2時間18分という長尺だが、すこしも長く思えなかった。場面は淡々と過ぎていくのに、濃密な時間を過ごした感覚がある。そして、以前は「劇場に見に行くなら派手なエンタメ映画」と思っていたが、こういう作品こそ劇場で見るべきだと再認識した。
2020年 9月 「荒野の処刑」
ルチオ・フルチと言えばスプラッター映画の監督として有名で、代表作『サンゲリア』はもちろん、『ビヨンド』『地獄の家』などを昔はよく見ていた。それ以前に西部劇をたくさん撮っているのは知っていたが、見るのは今回が初めてだった。やはりルチオ節は全開で、途中の成り行きは素っ飛ばして主要なシーンをエログロで見せる、というほぼスプラッターと同じ手法。それでも面白く見せるのだから、ある意味すごい。楽しめました。
2020年 9月 「バーン・アフター・リーディング」
コーエン兄弟といえば、小粋でいじわるでクスっと笑える映画を作る監督だが、これもそんな一本。CIAの秘密文書を巡り、右往左往する人々のおかしさを描くクライム・コメディだ。僕は『ファーゴ』や『ノーカントリー』あたりは好きだけれど、それ以外は今一つ乗り切れず、本作も同じだった。僕の年齢のせいかもしれないが、ただパズル的に構成された要素を見せられてもあまり楽しめなくなった。ブラッド・ピットとフランシス・マクドーマンドの演技は良かったけれど。
2020年 9月 「鴛鴦歌合戦」
12年ぶりくらいで視聴。前回は画質・音質ともにかなり悪い状態のものを見たが、今回はNHK-BSで放送されたHDリマスター版だ。映像もきれいだし、音声もほぼ全部聞き取れるレベルで大満足。
 モノクロ時代の邦画でこうしたミュージカル映画は非常に珍しい。1939年によくこれまでのものが撮れたものだ。早撮りで有名なマキノ雅弘監督(本作当時は「正博」名義)らしく、二週間ほどで撮り終えたらしい。しかも、主演の片岡千恵蔵は体調が悪かったらしく、なんと2時間ほどで全シーンを撮ったそうだ。
 全編、気の利いた歌詞とおしゃれなメロディーの曲がつづき、見ていて本当に楽しい映画。最後の二段どんでん返しも予測不能で面白い。
2020年 9月 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<完全版>」
ずっと見ようと思いながら4時間という超長尺に足が引けていた。ようやく決心して見てみたら……、うーん、思っていたほどではなかったというのが正直な感想。これは『ゴッドファーザー』の足元にも及ばない。なんだかきれいなメロディーに乗せて哀愁のあるっぽいシーンを映してはいるけれど、あまり中身がないというか。最後に明かされる事実も、そうまでする説得力に乏しく、観客をあっと言わせたいだけで仕掛けられた気がする。そして出てくる“あの人”の現在の姿は、どうにもコントのようで苦笑してしまった。ロバート・デ・ニーロの老けメイクは完璧なのになあ。
2020年 9月 「シャイン」
実在したピアニストであるデイヴィッド・ヘルフゴットの半生を描く。(遺族からは事実との違いを批判されているらしい。)時制をバラバラにしているのがほとんど意味がなく、ただ見づらいだけになっている。こういう映画は変に凝らずにじっくり見せてくれたほうがいいものになる気がする。デイヴィッドを演じたジェフリー・ラッシュはアカデミー主演男優賞を受賞したが、僕はこうした、“よく似ているから”というだけの理由で賞を与えることにやや違和感を覚える。
2020年 9月 「沖縄スパイ戦史」
太平洋戦争末期の沖縄決戦。主要な戦場は島の南側だったが、北側地域においても隠された作戦が実行されていた。アメリカ兵を騙すため、訓練を受けた少年兵がわざと捕虜になり、アメリカ軍の基地に爆弾を仕掛ける。また、身を投げ出して戦車の底部を爆発させる。これらのスパイ兵・ゲリラ兵は「護郷隊」と呼ばれ、構成員は10代半ばの少年達だった。そして彼らを指揮・教育したのが、本土から呼ばれた日本軍の特務機関、かの有名な「陸軍中野学校」出身のエリート青年将校だった。陸軍中野学校は僕もフィクション化された映画を見たことがあるが、本当にあの学校は存在し、そうした特殊教育を受けていたのだ、と驚いた。
 他にも、地元住民を作戦に参加させたあと、重要な機密が漏れるという理由で日本軍が日本人を虐殺していたという悲惨な事実も暴かれる。すべては生き残った少年兵の証言だった。既にかなりの高齢になった彼らが重い口を開いてくれたことで、ようやく真実が明るみに出たのだ。
 本当に衝撃的な内容だったし、この映画を作る側の真摯な態度も十分に伝わってきた。そして戦争はまだ終わっておらず、現在進められている沖縄への基地建設に警鐘を鳴らしている。そうした実務的な意味合いを映画に融合させているのもまた凄い。
2020年 9月 「港町」
想田和弘監督の観察映画シリーズ。舞台は、前作『牡蠣工場』(僕は未見)と同じ、岡山県の牛窓という町。ここには去年訪れ、とてもいい印象を持ったので、興味を持って見た。牛窓に住む漁師をはじめ海を糧に生きる人々の姿を、なるべく先入観やテーマなしに紹介していく。そこに彼らの暮らしの実相がじわじわと浮かび上がってくる。そして偶然の産物、ドラマのようなお話を聞かせてくれる女性が出てきて映画の芯をさらっていくのだ。
2020年 9月 「IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」
1990年のトミー・リー・ウォーレス監督版は後編のガッカリ感が際立っていたが、本作でもほぼ同じ。どんどんクリーチャー物になっていき、ホラーではなくアクションアドベンチャー色が強くなってくる。ファミリー向けとしてこれは正解なのだろうが、僕の好みではなかった。ストーリーも怖がらせ方も実に単調で見ごたえがない。
2020年 9月 「人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊」
太平洋戦争で日本海軍が特攻兵器として使用した人間魚雷「回天」について、その開発から実戦使用までの模様を描く。実用化されるまでの軍隊内のやりとり、実験の模様が細かく描かれ、見ごたえがある。また、軍人一人一人の人間模様も丁寧に扱われるので、物語に深みが出る。しっかりケレン味も踏まえたエンターテインメントとして作ってあるけれど、軽々しい作品にはなっていない。
 こうした映画を戦争礼賛だと批判する人もいるが、全くそうではない。僕はこの映画を見終わって、戦争や軍人がカッコいいとか正義だという感想はまったくなく、戦争は決して決して起こしてはならないものだという意識を新たにした。どこにも反戦思想は描かれず、反戦思想を持つ人物も登場しないが、これはれっきとした反戦映画だ。
 また、こうして戦争を娯楽として描くことにも批判があるかもしれないが、これにも異を唱える。娯楽作として誰もが見やすい作品において、深い反戦思想を培うことができる、そのことにこそ意義があると感じる。本当に素晴らしい映画だと思う。
2020年 9月 「いぬ」
良質なフィルム・ノワールを量産した、ジャン=ピエール・メルヴィル監督作。スタイリッシュな映像と音楽で、じつに渋い雰囲気なのはとてもいいのだが、どうにもストーリーと人間関係がこんがらがっていて、一度見ただけではよくわからない。カッコいい映画なのはよくわかるのだから、もっとシンプルなストーリーで十分だろうと思ってしまう。女性の顔が似ていて判別できなかったり、序盤からいろんな名前が飛び交ったりするので、少しイライラしてしまった。もう一度見れば評価が変わるかもしれないが……。
2020年 9月 「カラフル」
10年ほど前に一度見ていたが、原作小説が読書会の課題本になり、小説を読み終えてから本作を再見した。当時は2.5点という「まあまあ」の評価をつけたが、すっかり内容を忘れていた。小説に比べ、母親がいろんな教室に通っていたこと、父親の会社の不祥事とそれに伴う出世などの設定が省かれている。これらは割と重要な要素だけれど、ややリアリズムに欠ける気もするので、省いて良かったのかもしれない。ただ、代わりに加えられた祖父母との関係、早乙女の電車好きエピソードなどは、あまり面白みを増しているようには思わなかった。全体的に、小説よりもさらに一般向けにシフトしており、そもそも面白みの薄い話がさらに毒気を抜かれてミイラのようになってしまった。
2020年 9月 「カメラを止めるな!スピンオフ ハリウッド大作戦!」
スピンオフということで、前作メンバーの一部が出演するサイドストーリー的なものかと思ったら、けっこうしっかり作り込んであった。これならもう少しお金と時間をかけて、パート2として劇場公開できたのにと思う。二番煎じという意見は多いが、僕は前作同様、アイデアの素晴らしさと見終えた時の清々しさに好感を覚えた。
2020年 9月 「ザ・ビッグハウス」
観察映画の想田和弘監督が、初めて海外で撮影をおこなったもの。ビッグハウスとはミシガン大学のスタジアムのことで、ここでおこなわれる大学対抗のアメフトの試合(試合そのもではなく、その周辺)を撮影している。想田さんのこれまでの作品同様、ただ淡々と撮影された映像が、テロップやナレーション無しで流れていく。そこにはマチズモ的な力の誇示、男女差別、人種差別、貧富格差など、アメリカの今が映し込まれている。ぼおっと見ていたらその眼には何も映らない。
  
2020年 8月 「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」
知人に勧められて鑑賞した。仲の良い夫婦の夫が事故でなくなり、幽霊になる。と来たら、その幽霊が妻を見守るハートウォーミングなお話になるかと思いきや、どんどん違う方向に映画は舵を切っていく。本編全体はそれほど長くないのに対し、ワンカットが異常に長く、序盤からアート映画の香りが漂う。それでもやはり夫婦の絆、人と人とのつながりを巡る話ではあるので、見終えた後は温かい気持ちに包まれる。いい映画だと思う。
2020年 8月 「スウォーム[エクステンデッド版]」
子どもの頃から存在は知っていて、見たいと思いつつ今日まで来てしまった。殺人蜂が町を襲うパニック映画として順当な出来。ただ、今回見たエクステンデッド版は、少々長すぎると感じた。とくに前半は動きが少なく、後半になってようやく見せ場がぽんぽん出てくる感じ。これはよくある、ただ冗長にしただけのエクステンデッド版かと思いきや、調べてみると通常公開版は無理やり短くしたせいで大事なシーンがかなり削られ、物語に齟齬を来しているらしい。うーん、どっちもどっちか。
2020年 8月 「ハリウッド1969シャロン・テートの亡霊」
昔に作られた作品かと思っていたら、2019年製作だった。ホラーサスペンスのよくある演出(ショックや幻想風味)を詰め込んだ見せかけだけの映画で、僕はこういう映画が大嫌いなのだ。あまりにも見るに堪えないので、途中から早送りで見た。ラストが事実と違うようだが、どうでもいい。
2020年 8月 「Peaceピース」
想田和弘監督いわく、意図せずに出来上がってしまったという作品。妻の実家の猫の様子を何気なく撮影するうち、面倒を見ている義父の様子、義父母の携わっている福祉の仕事にカメラは向かっていく。タイトルのPeaceとは文字通り、人々が平和に暮らす日常という意味もあるだろうが、僕は福祉サービスを受ける90代の男性に目が向いた。彼が吸っているのがタバコのPeaceなのだ。たしかフィルター無しのきついタバコだったと思う。彼は、介護士と会う時もネクタイを締め、言葉遣いもしっかりとした紳士だけれど、病気を患い、体も思うように動かない。そんな彼の唯一の楽しみがタバコだ。しっかりした人だからこそ、介護されることを申し訳なく思う気持ちが強く、「早く往生したいけれど、なかなかそうもならない」とこぼす。彼がタバコをふかすのは、人に面倒をかけないよう早く死んでしまいたいという気持ちでもあるだろう。彼にとってのタバコは生きるための道具であり、死ぬための道具でもある。そう思うとこのタイトルは凄い。
2020年 8月 「ラムの大通り」
禁酒法時代にラム酒を密輸していた男たちを描いた作品。主演はフランスの名優、リノ・ヴェンチュラ。彼が仕事もそっちのけで女にうつつを抜かすのだが、コメディとしてもシリアスとしても中途半端で、ただ陽気な南国の雰囲気が伝わってくるだけ。ヒロイン役のブリジット・バルドーという女優さんにまったく魅力を感じないので、その意味でも乗れなかった。
 CSの映画チャンネル「ザ・シネマ」で放送され、町山智浩さんが本作の解説をしている。町山さんいわく、本作はたしかに冗長だけれど、こののんびりした雰囲気がよい、そして映画賛歌にもなっているということを知り、すこし理解はできた気もするが……。
2020年 8月 「ロンゲスト・ヤード」
ロバート・アルドリッチ監督は、「攻撃」や「何がジェーンに起ったか? 」、「ヴェラクルス」「カリフォルニア・ドールズ 」あたりは素晴らしいと思うけれど、「ハッスル」は駄目だと思ったし、本作もそう。囚人チームと看守チームがアメフトで対決し、囚人チームが勝利を得るという見せ場を作るために、無理やり映画が作られたような感じで、あまりにもリアリティがなく、のめり込んで見られない。所長と看守長の対立もけっきょくうやむやで、場面ごとの対立構造が全体としてあまり生きてこない。
2020年 8月 「岬の兄弟」
うわー、ここまで見せるか、というところまで描くのはインディー映画ならでは。もう一度見たいかと言われると答えられないが、素晴らしい作品であることは間違いない。あの兄弟の演技があまりにリアルなので、ドキュメンタリーを見ている気になってしまう。でも実はそのリアリティを保つために細かい演出が施されており、監督の手腕にも確かなものを感じる。一部では、普通はもっと福祉が介入してあそこまで悲惨な事態にならないという批判もあるようだが、そういうサービスの存在を知らない人もたくさんいるわけで、現実にああした人は少なくないのだろうと想像する。
2020年 8月 「ジョーカー」
公開当時、劇場で二回見て、今回妻と一緒に再見。本作についての僕の考察は、以前の記事をご参照ください。
 ウェインに殴られうなだれている格好がそのまま部屋でうなだれているシーンにつながるなど、ジョーカーが何度か幻覚を見るところで、しっかり幻覚だと観客に知らせる演出が施してあることを確認する。(ただし、その後に冷蔵庫に入っていく意味はいまだよくわからない。)ホアキン・フェニックスの演技は凄みを感じるほどで、単純な感情を表現するのではなく、悲しみと怒り、笑いが同居した複雑なところを見事に演じていたと思う。
 バットマンシリーズを一度も見たことのない妻には、適宜説明をくわえながら(この男の子がのちのバットマンだよ、とか)鑑賞したが、一定の面白さはわかってもらえたようで、次は一緒に『ダークナイト』を見ようということになった。
  
2020年 7月 「22年目の告白−私が殺人犯です−」
オープニングの日本テレビのロゴの入り方からして、「ああ、この制作陣は映画を大事に思っていないんだな」とわかってしまう。ひたすらセンセーショナルに煽る演出と、大げさなだけのあまり上手くない演技の連続。日本映画の悪いところがたくさん詰まっている映画。人殺しをエンタテインメントとして消費する我々の鑑賞態度を改めて考えさせてくれるという点ではいいのかもしれないが。
 ネタバレになるから詳細は書けないが、ある人が重大な告白をするシーン。その告白は当人にとって全く有利な展開にならず、リアリティに欠ける。その告白を含め、全体の種明かしを最後に持ってきたほうがよほど面白い造りになったかと思う。そして真犯人の判明する理由など、至るところが既視感にあふれている。
2020年 7月 「ショーン・オブ・ザ・デッド」
久しぶりに見たけど、これは本当に大傑作。ゾンビ映画という範疇の中で、登場人物それぞれの人生が非常に巧妙に埋め込まれており、質のよいジョークとパロディがエンタメ度を増してくれる。声をあげて笑う箇所がいくつもあった。音楽の使い方も素晴らしい。よくできたゾンビ映画はたいていゾンビが何かの象徴になっているが、本作ではゾンビ発生の状況を通じて人間性を浮き彫りにするやり方で、その意図は見事に実現されている。グロいシーンが苦手でなければ、誰にでもお勧めできる良作だ。
2020年 7月 「マネー・ショート華麗なる大逆転」
2000年代後半のアメリカでのサブプライム危機において、いち早く住宅ローンの崩壊に気づき、大儲けをした男たちの物語。多くの人が語っているとおり、債権やファンドに興味と知識があれば抜群に楽しめるのだろうが、僕にはやはり理屈と用語の壁が立ちふさがり、本来の面白さの半分も享受できていないだろう。こういうのもジャンル映画と言えるのではなかろうか。
2020年 7月 「もののけ姫」
1997年の公開時に劇場で見て、そのあとレーザーディスクも買って何度も見たが、レーザーディスクを手放して以来10年以上見ていなかった。今回全国でリバイバル上映をしているタイミングで見たら、覚えていたよりさらにずっと素晴らしい作品だった。
 コミック版『風の谷のナウシカ』のエッセンスが詰まっており、映画版ナウシカでできなかったことをやっている気がする。それは、様々な立場ごとに環境と理屈と生き方があり、善悪は一概に決められないこと。そして行き過ぎた文明社会への批判、それでも文明社会ありきの世界でどう生きるのかを探るしかない、という提言である。おまけにジェンダー論まで入ってきて、白人と黒人の対立が際立つこの時代に非常に響く作品。
2020年 7月 「ディア・ハンター」
16年ぶりくらいで再見。記憶ではクリストファー・ウォーケンのロシアンルーレットのシーンだけが強烈に頭に焼き付いていたが、今回もやはりそこが際立ち、もはやロシアンルーレットの映画といって差し支えなさそう。それ以外ではあまりに冗長なシーンも多く見られて、決して大傑作とは思えない。タイトルがらみで鹿撃ちのシーンがいくつかあるけれど、それがテーマとうまく結びついているとも思えない。やはりクリストファー・ウォーケン演じるニックの、戦場で狂気に取りつかれていく様が強く胸に突き刺さる。
 ゴッドファーザーで情けない次兄を演じたジョン・カザールが、似たようないじめられ役で出ている。撮影時にはガンの闘病中で、封切り前に亡くなったという。しかも共演していたメリル・ストリープと婚約をしていたらしい。
2020年 7月 「プロムナイト」
80年代あたりに大量生産されたスプラッター映画の中では、非常に出来の悪い部類に入る。レスリー・ニールセン、ジェイミー・リー・カーティスなどの有名俳優が出ているものの、だらだらとして中身のない脚本、まったくセンスの感じられないサスペンス演出など、どこを取っても三流の映画。最初は姿を見せない殺人者が途中から黒ずくめで画面にしっかり映り込むのも興ざめ。昔懐かしいホラーの郷愁があるかと思えばまったくない。
2020年 7月 「サンダーボルト」
マイケル・チミノ監督のデビュー作。この後に撮った『ディア・ハンター』で大当たりすることになる。本作は最初、『スケアクロウ』のようなバディものっぽく始まり、やがてかつての仲間と銀行強盗の計画を立て実行するというケイパーものになっていく。いろんな映画の要素がきっちりと詰まり、ジョージ・ケネディや若き日のジェフ・ブリッジスなど名優もそろっていて、脚本もしっかりしているから、手堅過ぎる印象はあるものの、つまらない訳がない。最後にちょっとしたどんでん返しも用意されており、サービスたっぷり。こういう良品をもっと見ていかなければ。
 関係ないけど、タイトルの「サンダーボルト」が、『マッドマックス/サンダードーム』や『007サンダーボール作戦』とよくごっちゃになる。
2020年 7月 「その日のまえに」
不治の病の女性とその家族を描くという、割にお決まりの物語が、大林宣彦節で綴られていく。いつもの通り、流れていく映像と音声を呆然と受け止めるという映画体験。ただ、近作の反戦映画などに比べ、あまりにウェットな演出とストレート過ぎるメッセージが目立ち、見終わった後の感慨が意外に少なかった。キャスティングミスもあった気がする。主人公の南原さんは、悪くはないんだけれど、もう少しクールな容貌の人が演じたほうがよかった気がする。
2020年 7月 「突然の訪問者」
エリア・カザンの隠れた名作。偶然、『ディア・ハンター』と連続してベトナム戦争ものを見ることになった。こちらは戦中に起こした犯罪を告発された男たちが、告発者を逆恨みして追い詰めるサスペンス。没落後のエリア・カザンが低予算で作ったということで、16mmかと思うほど粒子の荒い映像と、素人っぽいカメラアングルなど、他の同監督作品に比べれば見劣りがするのは否めない。けれど、一風変わったサスペンスとしてそれなりに楽しめる一作。テーマは戦争犯罪だけれど、僕はそうした犯罪がらみで狙われることで、ごく普通の夫婦関係に潜むねじれた感情を浮かび上がらせているところに興味を覚えた。
2020年 7月 「狼は天使の匂い」
全体に流れるやるせない雰囲気、その割にどこか楽しげな登場人物たち。盗みだ殺しだと非人道的な行いを重ねながらその心情は子供同士の遊びに通じており、見ているほうには滑稽に映る。先の全く読めない展開は人間の不合理そのものだ。滅びの美学を見事に表現しており、これぞ古き良き映画、と喝采を送りたくなる傑作。まだまだこんないい映画があるんだなあ、と嬉しくなる。
2020年 7月 「カンバセーション…盗聴…」
コッポラ監督が、ゴッドファーザーPart.1とPart.2の間に作った作品。ジョン・カザールやロバート・デュバルといったゴッドファーザー組の役者が出ている。(カザールは、「ディア・ハンター」と同じくスタンという役名!)また、駆け出し中のハリソン・フォードが割といい役で出ているのも面白い。
 ただ内容はというと……邦題がいやに思わせぶりなのに加え、冒頭で町中を歩く男女の会話を盗聴するところからして何度も同じ場面を繰り返すので、辟易してしまった。本作は、盗聴の中身がどうこうというサスペンス要素よりも、ジーン・ハックマン演じる盗聴のプロが腕は確かなのに偏屈な性格ゆえに周りと良い関係を築けず、どんどんおかしな方向に転がっていく、そのキャラクターを楽しむ映画なんだろうと思う。僕はそこまで乗れなかったけど、ハックマンの名演に見ごたえがあるのはわかる。
2020年 7月 「オースティン・パワーズ」
スパイもののパロディとして有名な本作、初めて見たけれど、なんだかお粗末な出来だなあという印象。バカバカしいものを作るということは、いい加減に作ることとは根本的に違う。かのドリフターズが毎週どれだけ緻密にリハーサルを重ね、笑いを追求したかを思えば、こうした作品をあまり褒める気にならない。古いからつまらない訳ではなく、発表当時からしてたいしたものではなかったのだろうと思う。
  
2020年 6月 「野のなななのか」
大林監督の前作『この空の花 長岡花火物語』にもぶっ飛んだが、その次作となる本作も、さらにすさまじい内容だった。それはバイオレンスや性描写が過激だというようなことでは全くなく、映画の作りとしての話だ。棒読みのようにも思える早口でのセリフ、次々と変化する場面、そこに途切れることのない音楽が鳴り響いているのだけれど、ミュージカル映画、音楽映画とも違う。流れていく場面を呆気にとられながら最後まで見るしかない。どこでも見たことのない、大林映画としか言いようがなく、そこに大きなテーマ、反戦が横たわっている。
 太平洋戦争は8月15日で終わったわけではなかった。樺太でのソ連との戦闘は15日を過ぎても続いていたのだ。そこで起こった集団自決などの事実を、僕は恥ずかしながらまったく知らなかった。本作は、忘れられた事実を掘り起こし、そこに強いメッセージを込めて発信している。表現形式の奇矯さが、メッセージの強さに呼応しているかのよう。強烈な映画体験となった。
2020年 6月 「キッズ・オールライト」
レズビアンカップルとそれぞれの子供という4人家族。子供は、精子バンクから譲り受けた同じ精子を使い、人工授精で生まれた。思春期になった子供たちが自分の本当の父親を探し出し、会いに行く。それを知った両親は、戸惑いながら家族で父親と付き合うようになるのだが――。
 いやあ、実に嫌なところをついてくる映画だった。新しい価値観で自分達らしく立派に生きている、はずの大人二人がまったくだらしなくて笑ってしまう。レスビアンカップルでもどちらかといえば“女性”的なほうのジュールズが優柔不断で頼りなく、“男性”的なほうのニックに依存している。それを二人ともわかっていて、ジュールズは劣等感を抱き、ニックは心なしか見下している。ニックは自信たっぷりで人生を切り開いていくけれど、自分の意見を他人に押し付けがちで、そこに彼女は気づいていない。そうした、ちょっとした疵のような欠点が微妙に見え隠れする様が実に面白い。一緒に過ごすとしたら、実はニックのほうが困ったちゃんになることが多い気がする。これは、1980年代の名作ドラマ『ふぞろいの林檎たち』で、実は岩田が一番の困ったちゃんであるのと同じだ。
2020年 6月 「バイス」
とにかく、主役のクリスチャン・ベールを堪能する映画。あの存在感はただごとではなく、ひたすら圧倒されながら見続けた。史実をおさらいするにはうってつけのエンタテインメントだし、アメリカはこうした内情暴露ものをちゃんと公開する懐の深さがあって、心底うらやましく思う。チェイニーの妻を演じたエイミー・アダムス、ブッシュ大統領を演じたサム・ロックウェル、ラムズフェルド国防長官を演じたスティーブ・カレルなど、脇役の演技も総じて良かったので、安心して見られた。
2020年 6月 「予期せぬ出来事」
10年以上前に見たものを再見。内容はすっかり忘れていて、グランドホテル形式でとてもいい映画だったという記憶だけ残っていたが、果たしてその通りだった。空港を舞台にいくつかのドラマが平行して進んでいく。大富豪の夫妻と不倫相手、乗っ取られる寸前の小企業の社長と秘書、映画監督とその取り巻き、などなど。それぞれ短いながらも味のある内容で、安心して楽しめる。古き良き映画、しかもスター映画だ。
2020年 6月 「マイ・レフトフット」
生まれつきの小児麻痺で左足以外が動かせず、周囲から厄介者扱いをされて生きる少年クリスティ。家庭は22人兄弟で貧しく、父親は息子の障がいを受け入れることができず、彼を疎ましく思っている。それでも母親はクリスティをたくましく育て、やがて彼は人並みの知能を見せるようになり、絵の才能を開花させていく。
 これでもかなり綺麗ごとになっているのだろうけれど、なにかを伝えようとして、言葉が使えず全身で暴れるように表現するしかないあたりなど、障がい者の実情を生々しくリアルに描いていると思う。主役のダニエル・デイ=ルイスは本作で初のアカデミー主演男優賞を獲得したが、納得の演技だった。
2020年 6月 「病院坂の首縊りの家」
1979年公開の作品。当時家族で見に行って面白かった覚えだけあり、内容はすっかり忘れていた。今回、40年ぶりくらいで再見。角川映画だと思っていたら東宝の制作だった。まあ中身は似たようなもので、大仰な演出、複雑な人物相関とおどろおどろしい内容にくわえ、実のところは馬鹿馬鹿しいストーリー。ジャンル映画だと思って観たほうが楽しめるかもしれない。当時21歳の桜田淳子が好演しており、スター映画でもある。
2020年 6月 「浮き雲」
オンライン映画会で話そうと思い、これまた14年ぶりくらいに再見。カウリスマキ映画は最近の作品はマンネリ感もあってあまり乗れなかったが、やはりこの時期の作品はいま見ても素晴らしい。
 とある夫婦が職を失い、なかなか再就職も決まらずに困っていたところに急きょレストランを出す話が持ち上がる、というストーリー。派手な展開はなく、淡々とした描写をひたすら続けることで、人間の尊さ、愛おしさ、哀しさ、バカバカしさがないまぜになって伝わってくる。そして最後はそこはかとない希望で終わるのだ。
2020年 6月 「ファントム・スレッド」
著名デザイナーのレイノルズは姉と共に一大ブランドを率いている。レイノルズは厳格な性格で、毎日のスケジュールを定め、そこから外れることを許さない。周囲の人間はそれに翻弄されながらも彼に逆らえず、彼は姉の言うことにだけは耳を傾ける。レイノルズはある日出会ったウェイトレスのアルマを見初め、自宅に連れ帰る。目的は洋服の仕立てのためのモデルにすることであり、恋愛はほんの供え物でしかなかった。アルマは次第に不満を募らせ、ある計画を思い立つ。
 主従関係の逆転の面白さ、恐ろしさがテーマであり、美しい映像と共にそれは見事に表現されているのだけれど、僕には今ひとつ乗れなかった。ポール・トーマス・アンダーソン監督だということで構えて見過ぎたのかも。
2020年 6月 「ボーダー」
センセーショナルな映像でやたらあおる割に内容が薄い、僕の嫌いなタイプの映画。ロバート・デ・ニーロ、アル・パシーノという二大俳優を配していても駄目なものは駄目。時系列を崩したり、映像をちょこまか切り替えたりするのも、作るほうはセンスのいいつもりかもしれないが、ただ見にくいだけ。ラストは二段落ちになっているような気もするが、正直どうでもいい。
  
2020年 5月 「スケアクロウ」
とぼけた男二人のバディもの、そこにニューシネマ的スパイスをまぶした感じ。主演の二人、ジーン・ハックマン演じる暴れん坊だけど間抜けな男、アル・パチーノ演じるおどけながら心に深い哀しみを抱く男、どちらも絶品だった。そしてあのラスト。「え?!ここで終わるの」という例として心に残る。タイトルは日本語で案山子を意味し、作中で「カラスは案山子を恐れているんじゃない、案山子を笑ってるんだ」とライオン(アル・パチーノ)がマックス(ジーン・ハックマン)に言う。これが本作の意をよく表している。
2020年 5月 「アンダー・ザ・シルバーレイク」
何度か書いていて本当に僕の偏見でしかないのだけれど、この人が出てくると映画の格が下がってしまうように感じる役者が、僕には何人かいる。ロビン・ウィリアムズ、チャーリー・シーン、ベン・スティラー、そして本作のアンドリュー・ガーフィールド。彼はいつも口を半開きにしていて、表情に乏しく、頭がよさそうに見えない。
 本作では、都市伝説や陰謀論が大好きな主人公の行動が、幻想と現実の区別なく描かれ、見ているものはどこまでが現実なのか判別がつかない。こういう映画は乗れる人とまったく乗れない人がいると思うが、僕は後者だった。これを面白いと感じる人がいるのもわかるけれど。
2020年 5月 「愛がなんだ」
恋愛の不可思議を、実にバランスよく描いた秀作。邦画にありがちな安っぽいコメディ、安っぽい恋愛ドラマ、安っぽい感動映画、そのどれにも堕していない。登場人物に対し、過大評価も過小評価もしていないところが何より素晴らしい。もちろん彼ら彼女らの行動にイライラさせられるし、客観的に見てあの男は心底しょうもないクズ野郎だと思うし、最後のヒロインの選択には納得できないけれど、それを正面きって描いてみせたところに制作陣の気概を感じる。
2020年 5月 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
昨年度のアカデミー賞を賑わせた一作。個人的にタランティーノ映画は初期作が好みで、『イングロリアス・バスターズ』あたりから普通にストーリーを描こうとするようになった気がして、近年の作品には惹かれるものが少ない。本作も、タランティーノらしい戯画化やけれんがなくはないが、基本的には地味に話が展開されるだけ。ハリウッドの腐った内実や、史実を知っているからこそのラストの面白みも、衝撃とまではいかない。もちろん、“らしい”映画ではなく“面白い”映画であればよいのだけれど、僕にはそれが感じられなかった。
2020年 5月 「タバコ・ロード」
タバコ・ロードと呼ばれる、かつてはタバコ産業で栄えたが今は寂れてしまった地域に暮らす貧しい一家の物語。貧しいながら清く正しく美しく、というわけではまったくなく、一家の主である老父は、とにかく楽に金を稼ぐとこばかり考え、盗みはするは人を騙すわで、まったく信用ならず共感もできない。妻もそれを黙認し、子供たちはそんな両親を見捨てて家を出て行ってしまう。登場人物のほぼ全員がぐうたらの駄目人間。そして借金を返すあてもなく、生活はひもじくなるばかり。彼らに救いはあるのかないのか……、という、見ていると実に憂鬱になる話。前半は苦痛に耐えながら見ていたが、どうしようもない人間を見ているとだんだんと愛着がわいてくるもので、後半はまずまず面白く見られた。
2020年 5月 「ソナチネ」
北野武の最高傑作として推す人が多い。僕はこれで見るのが二回目で、初回はあまりピンとこなかったけれど、今回はズドンと来た。確かにこれは傑作だ。狂気と暴力と笑いとエロスが見事に融合し、全てを独特の美学で包み込んでいる。どこにも隙がない。思い返しても様々なシーンが浮かび、楽しくもあり、哀しくもある。人生を写し取ったような深みがある。
2020年 5月 「ファンタズムU」
有名なカルト映画の続編。一作目で数々の謎を残したまま作られた本作は(当時の制作会社の要求らしいが)、割と普通のホラーアクション映画になっている。ただ、前作の主人公マイクが別の俳優に変更されており、違和感は残る。(ちなみに3作目以降はふたたび元の役者が演じている。)派手なアクションと特殊メイクで、エンタテインメントとして楽しめる作品ではある。
2020年 5月 「ファンタズムW」
カルト映画の第4作。CSの「ザ・シネマ」というチャンネルで一挙放送をやっていたのを録画したのだが、なぜか3作目の録画に失敗してしまい、パート2の後でパート4を見ることになった。まあ、ストーリーはあってないようなもので、要するにマイクという青年と彼の友人が、悪の権化トールマンと時空を超えて戦っている、というところだけ覚えていればいい。カルトとは言われるが、本作あたりは特に難解でもなく、トールマンの過去が描かれるのが新鮮なくらい。シリーズファンなら見て損はない。
2020年 5月 「THE GUILTY ギルティ」
この映画は本当に面白い。劇場で見た時に気に入り、筋をほとんど覚えている状態でテレビでもう一度見たけれど、初回以上に面白く見られた。とにかく良く出来ている、としか言いようがない。登場人物が少なく、場面は同じ建物の2部屋だけ。主要キャストも無名の俳優ばかり。かなりの低予算で作られているのにこれだけ面白い映画になるというのは、これからの時代の作品づくりに指標となるだろう。
2020年 5月 「さよならテレビ」
東海テレビ制作のドキュメンタリーシリーズは「ヤクザと憲法」も見たが、どうも踏み込み不足感が否めない。反社会的でショッキングなテーマを扱う、というインパクトだけが先に立っていて、内容が伴っていない気がする。見ていてどこにも制作者の熱い気概が感じられないのだ。何を描きたいのか、何を伝えたいのか、全く伝わってこない。
2020年 5月 「ファンタズムX:ザ・ファイナル」
遂にシリーズ完結。1作目が1979年で、本作が2015年だから、実に36年もの月日が流れたことになる。1作目で13歳の少年だったマイク役のマイケル・ボールドウィンも、既に52歳! 他の役者達もみな変わらずに出演されており、大半が老境にさしかかっている。とくに悪役トールマンを演じたアンガス・スクリムさんは本作公開時点で88歳であり、その翌年に亡くなられた。
 作品の造りはこれまでと少し変わっていて、マイクの友人レジーが実質的な主人公となっている。気づけば彼は病院に入院していて、認知症と診断されている。彼がマイクと一緒にこれまでトールマンと戦ってきたことが、実は彼の妄想だった、ということになっている。レジーの見舞いにマイクが訪れると、急に場面が替わり、やはり彼らはトールマンと戦っている。さて、真実はどうなのかというところだが、あとは見てのお楽しみ。シリーズ完結作として、悪くない出来だと思う。
2020年 5月 「バーニング劇場版」
イ・チャンドン監督は、最初に見た「シークレット・サンシャイン」の衝撃が強すぎて、それ以降の作品にはそれほどピンとは来ない。本作もかなり期待して見た割には(ハードルが上がっていたせいかもしれないが)、今一つのめりこむほどには至らなかった。ただ、見終わったあと、登場人物たちがそれぞれに持つ不穏な空気、なにをしているのかわからず、なにをしでかすかわからない不安定な存在感を思い出す。若者特有の、なにかをしたいのだけれどどうしていいかわからない空回りの気持ち、上を見て劣等感ばかり感じてしまうところなど、なかなかに痛いところをついていると思えてくる。これは何度か見直すべき作品なのだろう。
2020年 5月 「見えない目撃者」
2014年の韓国映画『ブラインド』のリメイク版。2015年には中国でもリメイクされている。ほぼ全盲の女性がある誘拐事件を目撃し、その犯人を追う。目が見えないながら、だからこその観察力を駆使し、最初は相手にしてもらえなかった警察をも徐々に巻き込んでいく。
 なかなか良く出来たスリラーサスペンスで、のめり込むように見た。主人公を演じた吉岡里帆さんはかなりの好演で、目を開けているのに目の見えないという難しい演技を完璧にこなしていた。心情の移り変わりも見事に体現している。それから、この映画で初めて見た刑事役の大倉孝二さんがとても存在感があって気に入った。
 ただやはり、見せ場を作るために脚本が作らされている、という感じがあり、とくに人が死ぬことに対してややコマ的に扱っている気がしてしまった。そして、見終わった後にはあまり何も残らない。
  
2020年 4月 「カメラを止めるな!」
こんなご時世にぴったりの明るく楽しく、しっかり感動できる映画。こういう作品が本当に好きだ。何度見てもその作りに感激する。もちろん、完璧な映画とまでは言わないし、作りの雑さをメタ的にごまかしているところはあるけれど、これだけ良く出来ていれば文句はない。
2020年 4月 「ライトスタッフ」
飛行機のパイロット達が最高速度を競い合い、やがてアメリカの宇宙計画のもとに集められて訓練を受けるあたりまでは、非常に面白く見られた。ただ、NASAの採用員2人のおとぼけぶりや、訓練シーンの下品な描写あたりから、なんとなくバランスの悪さを感じていた。その後、中盤以降で面白さが失速しはじめ、キャラクターの描きこみの中途半端さ、とくにラストがあまり締まらずに終わってしまうところなど、大いに不満を覚えた。
2020年 4月 「目撃者」
韓国製サスペンス。殺人事件を目撃した男が、身の危険を恐れて警察に口を閉ざしたことから見舞われる悲劇。途中まではまずまず面白く見られたが、やはり、この男がそこまでして黙秘を続ける理由が納得できず、「早くしゃべって警察に助けを求めればいいのに」と思ってイライラしてしまう。なんだか、サスペンスを作るためにストーリーができているようで、とくにラストの大立ち回りのあたりは怪獣映画のようで、醒めてしまった。
2020年 4月 「スリー・ビルボード」
過去に見たものを、妻と共に再見。本当に隙のない映画だと再確認した。息もつかせない、まったく先の読めない展開。派手な演出ではなく、物語の力でぐいぐい引っ張っていく。簡単な正邪の判断を寄せつけない作品の強さ。そしてなによりあのラスト! あれは何度見ても心に鋭く爪痕を残す、名ラストだと思う。
2020年 4月 「キング・コング(1933年)」
1976年のジョン・ギラーミン版、2005年のピータ・ジャクソン版、2017年のジョーダン・ヴォート=ロバーツ版は見ていたけれど、1933年のオリジナル版だけは見ていなかった。今回あらためて見てみたら、特撮が思ったより数段良くできていて、驚いた。もちろん現代の技術と比べれば落ちるのは当然だが、映画黎明期においてあれだけ違和感なく作られているのは、惚れ惚れと見てしまうほどだった。人間ドラマもしっかり描かれており、自然に感情移入できるようになっている。これはあなどれない、一見の価値のある作品だ。
2020年 4月 「ジグソウ:ソウ・レガシー」
『ソウ』シリーズはこれまで全部見てきたので、付き合い感覚で最新作の本作を観た。見ている途中は、驚きの展開が出てくるたび、次はどうなるのだろう、これは一体どういうことなんだろう、と興味が持続したが、見終えてみると意外に満足感はすくない。やはり一作目の衝撃からは遠く及ばない。
2020年 4月 「チェンジリング」
公開時には賛否両論だったらしいが、僕はとても面白く見られたし、かなりの名作だと思った。少なくとも僕が見たイーストウッド作品の中ではトップ級に好きな作品だ。次はどうなるという興味が最後まで尽きず、そのうち、主人公の女性にはなんとか幸せになってほしいと思えたし、悪者ども(警部や病院の医師たち)には心底嫌気が差してきた。
 権力のゴリ押しで主人公は悲惨な目に遭うのだが、その後、逆の立場で警部らを追及する際には、自分が権力のゴリ押しをする側に回るところを強調して描いているところが素晴らしい。単純なヒロイズムに陥っていないのだ。見終えたあと、主人公の最後の選択は良かったのか悪かったのかと観る者に考えさせるところも、強く印象に残った。
2020年 4月 「さらば、わが愛/覇王別姫」
参加した映画会で本作を強く勧める方がいらっしゃったので、録画して見た。あまり見ることのなかった京劇の仕組みや舞台裏がていねいに描かれ、そこに日中戦争や文化大革命といった歴史的背景が絡み、二人の男の人生が強く激しく描かれる。映像の美しさとともに、非常に豪華な仕上がりになっており、実に堂々たる映画だった。エンタテインメントにするための強引さ、目を引くショッキングな映像、説明的な展開などがすこし気になることはあるものの、見終えて非常に満足のできる作品。
2020年 4月 「海獣の子供」
昨年、かなり評判となった作品だが、僕にはぜんぜんピンと来なかった。言葉や演技で説明するより映像で見せるという作品なのだろうけれど、その映像に僕はぜんぜん納得がいかなった。もちろん、劇場で見ていればまったく違う感想を抱いただろうという指摘はあろうが、僕はそれはない、と自分では思っている。小手先の目くらましのような作品が嫌いなので。キャラクターも魅力に乏しく、とくにデデについては、その唐突な出現と共に、声優がまったく頂けなかった。
2020年 4月 「殺人狂時代」
むかし見た時には、コメディを予想していたせいかぜんぜんピンと来なかったのだが、今回久しぶりに見直して、評価は一変した。淡々と殺人をくりかえすチャップリンから人間の哀れみやおかしさが透けて見え、さらには厳しい時代性、そして強い反戦が伺える。チャップリンという人は、本当に戦争を憎んでいたのだろうと思う。
  
2020年 3月 「運び屋」
クリント・イーストウッド監督&主演作。90歳近くなった今でも毎年のように映画を作り、ましてや主演まで務めることにまず感心する。内容は、昨今取りざたされるメキシコ麻薬カルテルもので、そこにイーストウッドらしいテーマ、老いや家族をきれいに調和させて見せる手腕が冴え渡る。そこまでガツンとくるわけではないが、安心して見られる良質のエンタテインメントだろう。
2020年 3月 「巴里の屋根の下」
1930年製作、ルネ・クレール監督の初トーキー作。技術的に拙い部分はおいておくとして、ストーリー的にちゃかちゃかしているのが非常に見づらい。登場人物にもまったく共感できず、映画史的な要素以外で見る意味を、あまり感じられなかった。
2020年 3月 「TOKYO!」
東京を舞台に、三人の監督が製作したオムニバス作品。 三人とは、ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノという豪華な布陣だ。貧しい若者カップルを描いた一作目の「インテリア・デザイン」はなかなか面白いと思ったが、レオス・カラックス作の「メルド」、ポン・ジュノ作の「シェイキング東京」は冗長で退屈だった。
2020年 3月 「ドライヴ」
体調を崩したので、気晴らしに昔見た映画を鑑賞。記憶よりもバイオレンスシーンが強烈だった。だらだらした暴力ではなく、一気に身を引き裂くような感じ。ぽんぽんと画面が切り替わっていくような編集も心地いい。ただ、昔よりも暴力シーンに対する耐性が減ったというか、意味合いを感じなくなった。キャリー・マリガンは、本作がいちばんきれいでかわいく撮られていると思う。
2020年 3月 「ベロニカとの記憶」
ジュリアン・バーンズの小説『終わりの感覚』を映画化した作品。小説は僕も妻も読んでいたので、二人で鑑賞した。小説の雰囲気はよく表現できていたし、最後まで興味を持って鼻白むことなく観られたが、小説を読んでいる身としては不満もあった。一番は、ベロニカが主人公に対し何度も、「あなたは本当にわかっていない。これまでも、この先も」というセリフを吐き、謎めいたそのセリフが最後にきいてくるという小説の構造が、まったく映画には反映されていないこと。このキメゼリフが映画ではカットされてしまっている。そこが惜しい。主要人物たちの演技、とくに老人チームの演技がすこぶる良いだけに、もったいない。
2020年 3月 「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」
スピルバーグ監督の、リアル路線系作品。まあ手堅いというかツボを心得ているというか。娯楽大作ではないけれど、娯楽の要素をしっかり踏まえて作られている。ただ、教科書を読まされているようで、とくべつ心が動いたり驚かされることもなかった。
2020年 3月 「U・ボート」
潜水艦映画に外れなし、と言われる。たしかに前に見た『眼下の敵』は面白かった。ただ本作、新型コロナウィルスに翻弄され、不安に押しつぶされそうになる2020年3月時点で鑑賞するにはきつかった。楽しい場面はほとんどなく、辛く息苦しい海底に閉じ込められる恐怖が延々と描かれる。回想シーンもなく、狭い船内で繰り広げられるシーンばかりで、見ていて本当に苦しかった。また別の時期に見直すのがよいかも。
2020年 3月 「男たちの挽歌」
1986年製作。日本の大映テレビのような恐ろしいほどエモーショナル感全開なコテコテぶりに、ひるみそうになる。懐かしいテレビドラマのようなイメージで見れば、そう酷い内容でもないのでそこそこ楽しくは見られた。
2020年 3月 「天才作家の妻−40年目の真実−」
あまりに深みのない作品。ノーベル賞をもらった作家とその妻に隠された秘密は、まあすぐにわかってしまうのだけれど、結局はそのことを延々と引きずるだけで大した展開はない。過去パートの出来も今一つ、夫婦げんかも同じことの繰り返し、息子が登場する意味も不明。
 冒頭からしらけたのは、あの作家がノーベル賞を受賞することに、あまりにリアリティがないことだ。ノーベル賞とは天才中の天才がようやく獲れるものであって、あの夫婦が獲れるとはとても思えない。また、ノーベル賞を獲るくらいなら既に国内の賞はいくつももらっているはずで、その賞の授賞式で同じことが起こっていたはず。ずさんな脚本と、センスのない映像ばかりが目についた。アカデミー主演女優賞にノミネートされたグレン・クローズは確かに良かったけれど、作品がこれではなあ。
2020年 3月 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」
2016年の映画『この世界の片隅に』は、上映時間や完成時期の制約のため、絵コンテ段階で30分ほどを泣く泣くカットしたという。そのカットされた部分を、事後に改めて追加製作したものが本作である。
 追加されたのは主に遊郭のリンさんとのエピソードであり、原作では重要な要素だったにもかかわらず初期バージョンではまるまるカットされていた。そのため、原作未読の人には意味不明のカットがいくつかあり、本作においてそのあたりも完全につながるようになっている。
 本作は、よくあるディレクターズカット版のように、単なるおまけが追加されたものではない。大きな意味合いがプラスされたことで、本作の見ごたえ、見どころがかなり変容し、別の映画にさえ思えるほどだ。前作にも大いに満足できたが、原作も読んだ今となっては、こちらのほうを本物と認定したい。
  
2020年 2月 「パラサイト半地下の家族」
2019年、アカデミー賞を席巻した作品を遂に鑑賞。ただ、期待値が上がり過ぎていたせいか、評判ほどの衝撃はなかった。ポン・ジュノ監督作は『母なる証明』が一番好きで、それ以外はいつも何かが足りない気がしてしまう。これは『万引き家族』を見た時にも思ったことだが、本作でのあの主人公一家は生活が良くなってもゲス家族のままだろうし、そうなったのがあの「半地下」に象徴される社会構造だ、というならそこが描けていたのかどうかが疑問。僕にはあの家族がクズ人間集団にしか思えず、それは本当に「半地下」や酷い社会環境のせいなのか、金持ち家族も確かにゲスだけど、あそこまでされることもないんじゃないか、などなど、ただほめちぎるだけではなくそうした議論をこそ、この映画は求めているのではないかと感じた。
2020年 2月 「動く標的」
離婚をめぐって闘争中の私立探偵ハーパーが、失踪した大富豪サンプスンを探索するミステリーサスペンス作品。探偵が災難に巻き込まれつつ謎を解明していく過程、意外な真犯人など、なかなか手堅い作りで楽しませてくれる。主役がポール・ニューマンだから、なんといっても華があるのだ。
2020年 2月 「トゥモロー・ワールド」
ブログのために再見。子供が生まれなくなった未来世界で起こる暴動を描くディストピアSF。よく見ると、たくさんのシーンで動物が登場する。動物の子供は普通に生まれているようで、地球の覇権を握った人間の没落を、他の動物たちがほくそえんで見ている気になる。いろんな意味で考えさせられる映画だ。

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2020年 2月 「ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー」
読書会で『ライ麦畑でつかまえて』を再読したのを機に、この映画も見てみた。こうした伝記映画はいろいろとあり、たいていは無難な内容であまり面白くないものだが、本作は実に見ごたえがあった。サリンジャーの性格や生活、作家になったいきさつ、ある時から社会から隔絶し、以降はいっさい作品を発表しなくなった経緯などが、丁寧に描かれている。
 これを読むと、『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンがサリンジャーそのものだということがよくわかる。作品内に登場するエピソードやセリフが出てくると、ああなるほど、とうなずくことしきり。サリンジャー作品が好きな人は絶対に見たほうがいい映画だ。作家になる以前から彼に目をかけ、様々な時点で最適のアドバイスをくれる教授を、ケビン・スペイシーが好演している。
2020年 2月 「ゼイリブ」
現代社会には宇宙人が地球人の姿で紛れ込んでおり、物質主義社会を主導している、という想定のSF映画。ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』と同様、大量消費社会を皮肉ったものだ。有名な、「サングラスかけるかけないの6分半」には笑った。チープな作りだけれど、味がある、実にジョン・カーペンターらしい作品。
 主演のロディ・パイパーが、無表情で不気味ないい演技を披露していたが、実はこの人プロレスラーでもあって、かつて新日本プロレスでアントニオ猪木とシングルマッチもしていたらしい。僕も子供の頃に見ていたはずだが思い出せない、と思っていたら、その後、覆面をしてマスクド・カナディアンと名乗り、藤波辰爾と戦っていたらしく、こちらはうっすら覚えている。
2020年 2月 「容疑者、ホアキン・フェニックス」
遂にアカデミー主演男優賞を獲得したホアキン・フェニックスの問題作。精神疾患かと思えるほどの言動や奇行を繰り返すさまを、親友ケーシー・アフレックがドキュメンタリーとして撮影したものだが、のちにこれらがすべてフェイクだと発覚する。僕は、世間を小馬鹿にするこうした行為をあまり認めたくないし、面白いとも全然思わない。映画単体としては見るも無残な内容で、騒動を込みにしてもまったく見る価値を感じない。
2020年 2月 「タクシー運転手 約束は海を越えて」
ポスター画像のほのぼのした雰囲気から、軽いコメディ、人情喜劇のようなものを想像していたら、ぜんぜん違った。前半はイメージ通りの展開なのだが、後半は怒涛のバイオレンスが繰り広げられる。なにしろ本作、韓国の現代史上最大の悲劇と言われる光州事件を扱ったものだ。軍事政権とそれに反発する学生や市民団体との暴力抗争、大量の殺戮。そうした事実に基づき、映画的なフィクションを付加している。そこがとても潔くていい。「こんなことあったはずがない」と思いつつ、最高に盛り上がる。これぞ映画だ、と快哉を叫びたくなる。僕は、ソン・ガンホを見るなら『パラサイト』よりもこちらを推す。
2020年 2月 「グリーンブック」
2018年アカデミー作品賞受賞作。荒くれで下品だけれど人情に厚いトニーと、黒人ピアニストのドン・シャーリーとの交流を描く。これぞ娯楽映画というポイントを完璧に抑え、ほぼ完全なるエンタテインメントを作り上げた。そしてエンタテインメントには世の中を変えるほどの力がある。僕はこうした映画を支持したい。
2020年 2月 「グース」
動物映画として、本作はけっこう好きな人は多いのではないか。ストーリーはともかく、なにしろ鳥たちがかわいく、映像が美しい。大画面で映像だけを見ているだけで満足できる。

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2020年 1月 「愛と死の記録」
浜田光夫&吉永小百合主演で大ヒットした『愛と死をみつめて』に引き続き、二匹目のドジョウ的に作られた本作。またもや難病もので、『愛を死をみつめて』では吉永小百合が病に侵されるが、本作では渡哲也演じる男性側が白血病にかかる。しかし、蔵原惟繕監督によるニューシネマ的とも思える乾いた描写で、通常の難病ものとはまったく雰囲気の異なる不思議な作品に仕上がっている。難病とともに原爆被災者への迫害も描かれ、なかなかに見ごたえのある映画だった。
2020年 1月 「ヘレディタリー 継承」
年明け一発目に見た作品がこれ。脚本家の三宅隆太氏など多くの人が激賞しているのに後押しされて、公開当時、劇場で見た。その時にはあまり評価は持てず、今回、見直してみてもあまり評価は変わらなかった。
 評価は人それぞれの好みだと思うが、本作がこれまでになかった画期的なホラー映画、というのはどう考えても言い過ぎだと思う。中盤の衝撃シーンは確かに凄いが、似たように凄いシーンの映画はたくさんあるわけだし、どこへ転ぶかわからない展開もしかり。そしてこの「どこへ転ぶかわからない」スリルは、ラストに至ってまったく無意味になってしまう。
2020年 1月 「悪いやつら」
5年前に見たものを再見。当時はかなり面白く思ったのだが、今回はあまり乗れなかった。登場人物のキャラや展開が破天荒なところが魅力的なのだけれど、さすがにそれはないだろうとしらけてしまうところも多かった。とくに主人公のイクヒョン(チェ・ミンシク)が、途中で絶対殺されるだろうというところでそうならないのも納得できないし、ハ・ジョンウ演じる組長のヒョンベも、前回はおそろしく魅力的に思えたのだが、賢いのか抜けているのかわからないところが今回は今一つに思えた。それでも、ハ・ジョンウを中心に横並びになり、殴り込みをかけるシーンは、やはりしびれるほど格好いい。
2020年 1月 「ボヘミアン・ラプソディ」
1年ほど前に劇場で見たものを、妻と自宅で再見。クイーンにあまり詳しくない妻がいたく感激し、僕も初見時よりもさらに楽しく見ることができた。異国から移住し、明らかに顔立ちの違う人たちの中で生きる苦しみ。家族との軋轢。人とは異なる性的嗜好。さまざまな苦難を丁寧に描きつつ、それを音楽で昇華する様を実際の曲を聴きながら鑑賞するという芸術表現に酔いしれた。
2020年 1月 「三人の女性への招待状」
大富豪の男が、もうすぐ死ぬから遺書を作りたいと嘘をつき、かつて関係のあった三人の女性に連絡をする。集まった三人はそれぞれいわくつきの女だったが、このイタズラの陰にはある秘密が隠されていた、という内容。あまりミステリっぽくない洒脱な感じで映画は進む。その軽さが味ではあるものの、見ごたえを減じてもいて、ラストの爽快感もあまり感じられない。
2020年 1月 「ゴッホ 最期の手紙」
何人ものアーティストを使い、ゴッホ風の絵で映像を作り上げるという、途方もないプロジェクト作品。実際、映像は美しく、何度もため息をつきながら見た。いっぽう、ドラマ作りの面がそこに追い付いていない感じがあり、すごく面白かった、と素直に言い切れないのが残念なところ。
2020年 1月 「ゾンビ『日本初公開復元版]」
1979年にジョージ・A・ロメロ監督(当時は監督名も知らなかった)の『ゾンビ』が公開された時は、家族で見に行った。事前の予告で想像していたほど怖くなかったのを覚えている。日本公開版のみショックシーンがカットされたり静止画処理をされていたりしたせいで、のちにビデオソフト化されたのは米国公開版とかディレクターズカット版であり、あのとき僕が見た映像とは違っていた。そういう思いを抱く僕ら世代の人間は多数いて、日本公開版を見たい、あの時のままの映像が見たいという声は多くあったようだ。
 今回の『日本初公開復元版』は、当時のフィルムが見つかったわけではない。(もうどこにも存在しないらしい。)当時見た人達の証言や残っている資料を元に、あらたに再現したものを作り直したのだ。見てみると、冒頭のゾンビ発生理由の説明(隕石落下シーンと説明文が流れる)、残虐シーンのモノクロ化および静止画化などが再現されていたが、当時のそのままかどうかまではわからない。僕としては今回、あの『ゾンビ』を劇場で見られたということだけで十分に満足できた。
2020年 1月 「コミック雑誌なんかいらない!」
俳優・内田裕也は、『水のないプール』を観た時にも感じたが、不気味に淡々とした演技で、そこに善悪やメッセージ性をまったく感じさせないところに感心する。普通はなにかしらのテーマを持って演技をするものだが、全くのニュートラルな状態を保ち続けるという、難しい演技をこなしている。だからこそ主人公の置かれた、間違っていると思っていてもどうしようもないという状況がよく表現されている。
2020年 1月 「ほえる犬は噛まない」
2019年、アカデミー賞を独占したポン・ジュノ監督の、長編映画デビュー作。ある団地内で起こる飼い犬失踪事件を軸に、犬殺しで鬱憤を晴らす大学教員と、彼を追い詰める若い女性との攻防が繰り広げられる。犬を食べる習慣など、韓国には日本人にはなじみのない習慣や文化があって、そこが理解できない点でもあり、面白い点でもある。本作も、なかなか一筋縄ではいかない展開を見せるのだけれど、それを楽しめたかと言われたらちょっと首をかしげる。それでも、底知れない才能を感じさせるデビュー作ではある。