予期せぬ来訪者
近藤 貞二この原稿を書いている今は1年のうちで最も昼間の時間が短い時、ただでさえ1日が過ぎるのが早いというのに、1日が20時間ぐらいになったような気がします。
私は不器用な人間ですので、何事をするにも人並み以上に時間がかかってしまうわけであります。
「不器用」といえばまだ聞こえがいいのですけれど、じつのところただの怠け者なのです。
ですので、怠け者の私としましては、ごろごろできる夜の時間が長い今の季節は好きではありますが、いくら怠け者だといっても、何もしないわけにはいきません。ですので、怠け者の私にでも暮らしやすいように、1日が30時間ぐらいあったらいいのになあなんて思ってしまうわけであります。
ところで唐突に何なんですが、私は猫という生き物が好きです。特に大好きというわけではありませんけど、幼いころから身近に猫がいつもいましたので、猫語は得意です。猫の鳴き真似など、ホンモノの猫が驚いてこちらを向く程ですから、そりゃもう相当なものです。
とわいっても、いい気持ちで寝ている猫をひっつかまえてはよくいじめてもいましたので、そのお返しの引っかき傷もたえませんでした。でも今はペットはなーんにも飼っていません。
話がすすまないうちにまた話題がそれて申しわけありませんが、皆さんもご存じのように私は小心者であります。
例えば、近くで「ごそごそ」とか「がたがた」というような正体不明な音でもしようものなら、急にアドレナリンがドバっと増えて、全身の筋肉と神経がピーンと緊張してしまうわけであります。
さてある夜、私はぬくぬくとふとんの中で、夢の世界と現実の世界とをさまよっていました。すると、私の部屋の上辺りで「ミシミシ」という人が歩くような、かすかな音が聞こえたのです。
私の耳はそれほどいいとは言えませんけど、先にも書きましたように生来の小心者、夢見心地の中でも私の聴覚神経は僅かなその音を聞き逃しませんでした。
その不気味なミシミシ音の出所は、おそらく我が家の屋根の瓦がきしむ音だろうと瞬間的に察知しました。
はてな??こんな時間に人の家の屋根で何故にこのような気味の悪い音がするのか。私は足りない脳ミソを総動員して考えました。
いきなりのエマージェンシーに慌てた脳細胞もあったようで、思考中枢はパニック状態!!おまけに身体は金縛りにあったように動かない。それもそのはず、こんな夜中に屋根の上でミシミシだれかが歩くような音がするだなんて!!小心者の私は急に恐ろしくなりました。
この時間にこんな音を立てるのは泥棒かオバケくらいのものです。しかしまてよ、オバケはともかくとして、泥棒がうちの屋根なんかに上るだろうか?だって、私の家は平屋建てです。よって、屋根から家の中へ侵入できるような所はないはずです。隣の家とも離れていますので、私の家の屋根づたいに隣の家に飛び移ることなんて、スーパーマンでない限り無理でしょう。
あ、もしかしたら!もしかしたらサンタクロース??サンタのおじいさんがプレゼントを背負って煙突から……。てなはずもない!!いくつになっても思いがけないプレゼントはうれしいものですが、そんな時期でもありません。
う〜ん、強盗なら・・・。さらに恐い方向に考えを持っていってしまった私、恐怖を振り払うように下手な考えを巡らします。
いやいや、屋根の瓦がきしむ音が聞こえるような、こんな貧乏そうなぼろ家に強盗に入っても、得る物が少ないって事は、いかに泥棒や強盗でも判るだろう。と言うことは???となればやはりオバケ??何タラとかいう霊現象だろうか??・・・・そうか、やっぱり悪霊だろう。
いつかいじめた猫の魂が悪霊となって襲来したのだ。今さらににゃんこをいじめたことに後悔の念が頭の中をめぐる。何か、一層恐い方向に考えを持っていってしまいました。
余談ですが、私は霊と言うモノの存在を信じています。
それでも何か武器になる物はないか?。私は屋根の上にいるであろう正体不明の存在に気づかれぬように、息を殺して部屋の中を思い見回しますが何にも見あたりません。
しかし、次の瞬間に重要なことに気づきました。
かりに武器になるような物があったとしても、それが拳銃ででもないかぎり、相手が屋根の上では絶対にこちらが不利なこと。ましてや相手がオバケだったとしたら、おそらく何の武器も役にはたたないだろう。
と、あれこれ思いを巡らせてるうちに、その日はそれ以上は何事もなく、いつの間にか夢の世界に没入しておりました。
それから数日たったある日、今度は天井裏で何やらごそごそ!!げ!!また出た!!今度こそ食べられてしまうのだろうか?
相手が何であろうと、屋根の上ならすぐに危害を加えられる可能性は少ないが、今度は間違いなく天井裏だ!天井板1枚隔ててるだけなのだ!!
いきなり飛びかかられたらどうしよう?!?相手に気づかれないよう寝たふりをして静かにしているべきか、勇敢に立ち向かうべきかしばし考えた末、とりあえず息をこらして「神様・仏様・キリスト様……」と、いきなりのにわか信者になったのでした。
しばしすると微かに「ミー」という奇妙な音!!
うん、なんだ?それは音というより、何かの鳴き声なのかもしれない?ネズミ??天井裏だからネズミがいても不思議ではないが、ネズミともちと違う。
その時点ではまだその正体が何なのか分からなかったが、これで泥棒や強盗ではないだろうことははっきりした。しかし、オバケの疑いはぬぐえない。というより、霊の存在を信じてはいる私ですが、実際にオバケの姿を見たり声を聞いたことがありませんでしたので、その判断ができないのです。
しばらくするとまた微かに「ミー ミー」という音!!
まさか猫?
耳をこらして聞いていると、それはたしかに猫の鳴き声のようです!!それも子猫だ!!猫語の得意な私の耳に間違いがなければ、たしかに子猫の鳴き声でした。
やっぱり子どものころいじめたニャンコさんの亡霊が襲撃にやってきたのだろうか?もし猫たちのあの世にも時効というものがあるとすれば、それを適応して許してもらえないものだろうか。私は十字をきってから胸の上で両手を合わせて祈り、またまた多神教信者になったのでした。
しかしまてよ、何やらミーミーこそこそ音はするものの、それ以上オバケ現象らしいことは何ひとつ起きない。どうやら、いじめた猫の亡霊でもなさそうだと判断し、その日もそのままにして眠ってしまいました。
翌日になってもやっぱり私の部屋の天井でミーミー鳴いていて、どうやら妊娠したどこかのドラ猫が子どもを出産&育てるための場所として、我が家の天井裏を選んだらしい。
オバケでも泥棒でもなかったのはよかったのですが、物音の正体がはっきりしたからといって、いつまでも居座ってもらっても困ります。
私は猫たちに自主的退居を願って、下から天井をコツコツつっついてやりました。しかし彼らは場所を玄関の天井裏へ移動しただけで、そこで相変わらずミーミーやってます。
こうなりゃ力尽く。かわいそうですが、強制排除しかありません。
翌日、強制執行すべく家族の者が、懐中電灯片手に天井裏へ上がったのですが、そこにはもう彼らはいなかったそうです。危険を察知した猫さんは、生まれたばかりの子どもをくわえてどこかへ逃げたのでしょう。天井裏のどこかには、猫が通るには十分な穴が空いていたそうです。そこからあの猫さんは侵入し、そして出ていったのでしょう。もちろんその穴は早速ふさぎました。
それにしても、屋根の瓦の上を猫が歩く音が聞こえるなんて、どういうぼろ家なのでしょう!まさか猫が何十キロもあるはずもあるまいし、我が家でありながら悲しくなりました。
お・し・ま・い