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シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル95 2016 秋

先進国って何?(十六・完)

── 最終篇 下の下
    先進国事情の説明には人知を尽せ

青島 啓子


 はじめに
 ようやく最終回を迎えることができました。
 しかしながら、前回予告しました「RSPCAの考察」を万全を期して実現するには、分量の問題から今回では完結しにくいと判明、再々の変更で信用は地に落ちたと恥かしいことですが、この内容は後続「実害篇」で充実させますので、ご海容のほどお願いいたします。

RSPCAの考察はなぜ必要か

 では、なぜ「RSPCAの考察」が必要なのか。それは「先進国って何?」という問いかけに答えるものと考えるからです。
 日本の愛護活動は、明治時代に外国人の指摘に刺戟されて、主として外国と縁の深かった指導者層の人々によって始められたとのことです。そのきっかけの一つとして考えられるのは、横浜で発刊されていた英字新聞「The Japan weekly mail」で報じられた「日本で動物虐待が行われている」記事。ただし、この英字紙に書いた記者が自国の動物愛護事情をどの程度把握していたか、このシリーズで明らかにしつつあるように英国の虐待も相当のものであるわけで、それを知った私どもは言えた義理かと思ってしまいますが、文明開化の時代にあっては尊崇も仕方の無いことだったのでしょう。

 前号初頁に「先進国崇拝は日本人の歴史的習癖」で「あらゆる分野で同断であろう」との発言を載せました。確かにあらゆる分野で見られる現象で、愛護界独自の傾向ではないようです。その尊崇を認識しつつ、尊崇のみでよいのかとする意見も散見されます。一例を挙げると、

「維新後の西欧依存、敗戦後の米国依存を経て日本はこれからどのように独自の思想と文化を築き得るのか、それが問われている。」(「田中優子の/江戸から見ると 小田野直武」毎日夕刊 16・12・7)
 まさに全分野に問われていることでありましょう。
 それでは動物愛護界ではどうなのか。本稿第一回に述べた通り、欧米賛美の傾向は、盲従を強いるものであっても真実を冷静に伝えるものではない、と見てとられるものでした。なぜ先進国の実情を披露しないのか分りませんが、意図的な運動屋は別として、大部分は怠慢即ち調査不足のせいのようです。

RSPCAは“尊崇”の象徴

 ひるがえって、この尊崇の淵源は、日本動物愛護協会を飛び出して結成された日本動物福祉協会のRSPCA評価にあると考えられます(詳細は別稿)。公益法人として、皇室を名誉総裁に据えた「権威ある」協会が崇拝するRSPCAは、ほぼ無批判に受入れられました。
 が、既述英国婦人の「イギリスでも同じ」発言や、終戦直後、荒行に近い過酷な南回り航路で欧州へ飛び、愛護事情を視察した方々に聞く「ドイツには賞賛、渇仰できるものはない。日本人の感覚に合わない。」という判断を考え併せると、先進国の実情、中でも象徴的なRSPCAの実態を観察すべきではないかとなったのです。

二三の実例

 後日「実害篇」で語られる筈ですが、近年のRSPCAバッシング(保守系メディア=テレグラフ紙、スペクテイター誌等)に挙げられているのは
(1) あなたの飼い方は虐待だとして、飼主の許諾なく動物を持ち出し、殺害する。
(2) 高齢者につきまとって寄付を強要する。
(3) 「譲渡可能の健康な動物を毎年五万頭処分している」と内部告発した元インスペクター(検査員)の自殺。
(4) 虚偽広告で排除勧告を受けた。
その他です。上掲メディアは「RSPCAは変ってしまった」と厳しい論調と共に嘆息している観があります。

RSPCA尊崇の結果

上:英国 行政憲法問題委員会による不適切募金報告書(表紙)
対象にされた種々の慈善団体の中に、RSPCAの一章もある。
左:2015年七月七日付「デイリー・メール」紙
1面の記事。
下:4〜5面。
高齢者への付きまとい寄付要請/個人情報の不適切管理/などの実態をスクープした。
 けれども「先進国検証グループ」の用意する材料によれば、RSPCAは変ったのではなく、設立当初から変っていないとのこと。
 そうとすれば日本での崇め方は、調査不十分・誤判断の結果でありましょう。なんとも罪深い誤導としか言いようがありません。
 この種の間違いはこの“業界”にあふれているようですが、一例を以下に記します。

 検証ーー英国の殺処分数

道徳の授業

 先ごろ、当会に問いかけに近いご相談がありました。記述上子供の人権等を考慮しつつ内容をまとめると、
或る公立小学校で道徳教育の一環として、命の大切さを学ぶ為に動物愛護の授業をしている。
この授業では、年単位で比べると、日本は英国の十五倍の犬を殺処分していると教えている。
このことはショックだが、十五倍という数字は正しいものなのか。
十五倍が真実ならば恥ずべきことと思うが、そうでなければ状況を見て、真実を我が子に教えてやりたい。
動物愛護によって命の大切さを教えることに疑問を感じるし、そもそも担任にそんな時間と資質があるとは思えず、特定の思考と生半可な知識で、子供の心が蕩けてしまうことになると困る。
外国に於ける動物愛護の状況をホームページで述べている貴会として、子供の道徳教育の一環として動物愛護をテーマにすることを、どのように考えるか?
大体このようなものでした。授業後に生徒が書いたリポート集を参考までにと見せられましたが、沢山の犬を殺す日本が恥ずかしいと、子供なりの怒りが感じられる文章が多くありました。

目覚めた?大人もいる

 これまで当会には、テレビやラジオ、新聞、書籍、ネット等で取り上げられた海外の動物愛護事情の優位性についての問合せは幾つか頂いたことがあり、「恥ずかしい日本の状況を何とかできないのか」という趣旨の主張が多く見られました。
 しかし近年では、報じられた内容の真贋を問うものが多くなっています。
 このような問いに対して、当会は正確なデータ等を示すにとどめ、最終的に質問者自身で考え、判断して頂くことを常としています。その理由は簡単。他者に強要することもされることも嫌う、つまり自他ともに主権を侵さない生き方をすべきと考えるからです。(ちょっと横道に逸れました。)
 この、報じられた内容の真贋を問う方々の心の機微には興味深いものがあります。
 すなわち殆どの人が異口同音に「マスコミや愛護は信用できない」と明言、中には、自ら自治体や環境省へ問い合せたが、満足な回答が得られなかった乃至放置されたと訴える方もありました。
 市民からの所管法令に関する質問を年単位で放置する環境省は論外としても、全ての自治体がお粗末で愛護と同じ穴の狢とは言い切れないのですが、大人たちが一律的にマスコミや「識者の言」を信じなくなったのは目出たいことでありましょう。
 けれども子どもたちは、ほとんど無防備に、教室で与えられる情報にさらされています。

子どもたちに与えられるもの

 先述① 〜⑥ の問いかけは、小学校の授業という閉鎖空間での出来事に関してでした。
 学校教育は公立の場合、教育委員会が管轄する地域の小学校等を学習指導要領等に基づき統括しており、学校現場の教員らは大人の理性と常識を有し、きちんと職務を行うという大前提のもとに、教育委員会と学校との信頼関係で成り立っています。
 この信頼関係は各学校に一定の自治を与える根拠でもあり、小学校の授業も学校現場の自主性に委ねられています。本来であれば、大人と大人の信頼関係により、教育現場が良好に運営されるよう人知が尽くされるべきです。
 しかし。現実には学校現場について、教育委員会が熱心にモニタリング(常時観察)をしているわけでもなく、各校独自の取組みについて、よく言えば現場を尊重して不干渉、悪く言えば無関心もしくは触れる危険を避けようとしているかに見えます。
 このため、道徳心を養うことを目的とした動物愛護に関する講演や授業において、どんな背景の、どんな思考をもった講師なのか、どんな教材やビデオが使われているか等は、事実上学校現場も教育委員会も、つまり大人は全く把握するに至っていないのが現状です。
 結果として「日本に比べて海外では…」というフレーズが付いていると問答無用で受入れ、ウソ話がお涙頂戴の感動物語として、子どもたちに吹き込まれることになったりするのです。

殺処分7743頭の数字はどこから?

 「英国の犬殺処分数七千七百四十三頭」と語られる数字は、英ロンドンの動物保護団体ドッグストラスト(旧ナショナル・キャナイン・ディフェンス・リーグ、一八九一年創設)が行っている英国の野良犬調査集計(Stray Dogs Survey)の二〇〇六年度版に掲載されている数字でした。
 この数字を、子どもたちはどこから得たのか。
 子どもたちのリポート集には「動物愛護のドキュメンタリーDVDを見た」と記されていました。
 では、どのようなDVDなのか。おそらく過去に当会への同種質問があった時、このドキュメンタリーDVDが挙っていること、及びこのDVDに「ドッグストラストによると英国における犬の殺処分数7,743頭…」となっていること等から、このDVD が「日本が英国に比べて殺処分数が多い」の根拠になっていることは間違いないと思われます。
 また、インターネットのグーグルで「殺処分 7,743 頭」と検索するだけで、このドキュメンタリーDVD がヒットすることからも確実と考えます。
 犬や猫の殺処分に疑問を感じ、その数を知って怒りがこみ上げることは、人として当り前の感情、日本以外の国はどうなのかと思うことも当然でしょう。
 しかし、日本の殺処分集計の方法が、海外でも同様に行われているとは限りません。そこが確かめられた上での比較なのか。以下に「そうではなさそう」を立証します。

日本の殺処分統計

 日本では相当以前から、中央省庁と地方自治体が犬の殺処分の集計に関わっており、現在では、動物愛護の自治事務を行う都道府県や政令指定都市、中核市ら(以下地方自治体)が集計した殺処分数等を環境省に提出し、これをまとめたものが公開されています。
 この背景には、一部愛護諸氏や動物愛護に詳しいと自認する議員などから、利権絡みの法律だとか古い法律だなどと短絡的に指弾される「狂犬病予防法」の存在があります。
 一九六〇年代には「野犬の二軍※」という、今では死語となった言葉が日本の保健所で使われ、死亡を含む咬傷事故や、駆除と称して地元の猟友会が協力した地域も特別珍しくなく、この頃から捕獲した犬の頭数や処分数の集計は行われてきました。
  ※飼ってはみたものの飽きてしまい、まともなケアを受けておらず、遺棄が危惧される飼い犬。

 現在の環境省による殺処分集計はその名残で、現在でも地方自治体にとって収容数や殺処分数等の集計は必要な仕事であり、環境省へ集計結果の提出を拒めない、事実上強制提出の制度です。

諸外国の統計法は?

 他方、米国の一部を除き、英国にはドイツと同様に事実上この仕組みが存在せず、国として何頭処分しているのか、一目瞭然というわけにいかいないのが現状です。
 問題の「英国における犬殺処分数七千七百四十三頭」という数字は、ロンドンの動物保護団体ドッグストラストが民間調査会社※へ調査を依頼、二〇〇七年春先に英国の全地方自治体四百三十二箇所へ、06年一年間の保護・返還・譲渡・殺処分の頭数について、郵送でアンケート用紙を送り、その回答を集計したものです。
  ※民間調査会社NOP World Limited(現GfK-NOP)『Stray Dog Survey 2006』
 もちろんアンケートであっても、全ての地方自治体がきちんと回答すれば問題ありません。しかし、このアンケートの回収率は79%。つまり21%=約九十近い自治体がアンケートに答えておらず、この無回答分を民間調査会社が独自の考察の下に補正を施し、英国全土の集計として発表したものです。

単純な比較は無謀

 確かに「殺処分数が日本の十五分の一」は非常にインパクトがあり、マスコミ受けするかもしれませんが、ドッグストラストの補正を伴う集計と、日本の全地方自治体に強制提出させる実数集計とを単純に比較することはいかにも無謀であるという外ありません。
 ちなみに当会がドッグストラストによる集計を初めて知ったのは03年。BBCで取上げていると縁者から教えられたのがきっかけで、その集計手法と日本の殺処分集計との違いを興味深く思ったのを思い出します。

 このように手法の違う統計の、数字だけを比較することが果して正当と言えるのか、念のために、市場調査を行う民間企業の担当者にお聞きしたことがありました。
 その方々のお答えは以下の通りです。

無回答でも許される民間のアンケートと、国の強制が伴う集計との間には、データ収集段階での違いがあまりにも大きい。また、回答する地方自治体の受け止め方も差異があると十分考えられ、回答率79%は単純に「低い、高い」以前の問題。
あくまで一般論だが、犬の殺処分という負のテーマへの回答に、国に強制されなければどこまで地方自治体の職員が誠実に回答するか? これは英国だけでなく、日本でもどの国でも疑問として考えないわけにはいかない。
そもそもこのようなケースの比較を行い、結果を報告しても、上司は勿論クライアント(顧客)を納得させることは難しい。一般的企業等でもこんな比較は行わない。
 予想はしたものの、手厳しい反応でした。

十五分の一ではないとする諸説

 他方、アンチ「十五分の一」説を立証する言説があります。
二〇〇〇年代初頭にロンドンの個人愛護諸氏が指摘していた「全英の殺処分数は一日二千頭。年間では七十三万頭 」説。検証してみると単なる暴論とは言いきれない。
「英国の犬猫殺処分数把握は不可能」と60年代に英国を視察した諸先輩が下した説。
今年一月に内部告発で明らかになった「一つの保護団体だけで年間殺処分数五千頭」という数字。それを否定しないこの保護団体の幹部。この数字が突飛でないことを示し、他団体でも同様であろうと推量してしまう。
 これらを合せ考え、英国の殺処分数を把握することは極めて困難であり、軽率に扱えないものと当会は解してきました。よって、表面的な数字の多い少ないだけを云々するのは危険この上なく、他人事ながらその立論を心配してしまいます。

人知を尽して作成せよ

 以上の事から「犬の殺処分で英国は七千七百四十三頭で、日本の十五分の一は本当か?」の問いに対しては「本当ではありません」と答えます。少なくとも、緻密な判断が容易にできるとは言えない子どもにこの種のDVDなり情報を見せるときには、時間をかけ、注意深く説明することが必要です。安易に小学校の授業に持込むのは乱暴すぎると考えます。

 ドッグストラストは毎年、集計を発表する際には、必ず集計方法について誠実に詳細を記載しており、一般常識を有する大人が見れば、日本との比較は無理と感じるはずです。
 よって、どうしても殺処分数が日本の十五分の一と主張したいのであれば、ドッグストラスト集計の詳細を熟読して、自らどのように考えるかをアナウンスし、受け手である市民が考察する機会を与えるべきで、“人知を尽くさず、市民への説明も尽くさず”の不誠実な作りと言わざるを得ません。

ドッグストラストによる集計の意味合い

 ここまでお読みになって、何故殺処分数をアンケートで?と思われるかも知れません。
 確かに既述アイルランド共和国や日本の殺処分集計に比して、ドッグストラストの集計は、地方自治体ごとの数字が網羅されているものではなく、ウェールズ、北アイルランド、ロンドン等十三の地域名で記載されている為、頼りない感じがします。(余談ですが、日本の一部愛護諸氏にとって、日本でもこのアンケート方式の集計であったなら、バッシングに必要な情報が不足していて「●●県は殺処分が多い、知事の意識が低い!」と叫ぶことが出来ないでしょう。)

 本来四つの英国自治政府(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)が音頭をとって集計してもよい筈ですが、日本のような中央政府による強制的な殺処分数の集計は容易でないようです。

 その理由は、地方分権、地方自治の尊重があるためで、中央政府が上から目線で「あーしろこーしろ」と指示命令が出来にくい為です。この構図は「どうして動愛法は機能しないのでしょうか? スタンバオ眞理代」(『動物ジャーナル89』)で指摘された日本の中央政府と地方自治体の関係に近く、加えて動物関連法が上手く機能しているか、随時確認する役人も仕組みもない点も日本と酷似しています。(ただし、処分数統計は「狂犬病予防法」由来であるので例外です。)

 そのため、最前線である地方自治体が、どの程度法に基づき、動物をめぐる問題に立ち向うかにかかっていますが、「予算」「人手」等の理由により、頑張りたくても難しいケースは日本と同じに発生しています。英国立法府の議論に、苦悩の一面を見ましょう。

 英国議会公聴会での討議
 現に今年、英国議会公聴会※に於いて、従前から動物福祉法が上手く機能していないことによる諸問題の改善や、ライセンス制度(日本の動物取扱業登録に相当)の見直しについて、地方自治体及び警察関係者からも意見聴取しましたが、厳しい胸の内が窺える答弁でした。同関係者は、当然動物問題だけを扱っているわけではありませんが、犬の生体販売や野良猫をめぐる現状についてよく把握しており、ペーパーに目をやるシーンはゼロでした。
  ※二〇一六年六月十日 環境・食糧・農村地域省小委員会

 同じく動物問題関連で圧巻だったのは、動物関連法の所管省である「環境・食料・農村地域省(Defra)」の大臣としてヒアリングに応じたジョージ・ユースティス議員(四十五歳)。脇にいる事務方トップに頼るわけでもなく、動物関連法の現状、問題点、過去に起った事案等とにかく詳しく、二時間三十分にわたる応答を通して、ペーパー不要、自らの言葉で応じ、「詳細は事務方から説明させます」が当り前の日本では絶対にお目にかかることは無理と断言できるやり取りでした。
  ※二〇一六年七月十二日 環境・食糧・農村地域省小委員会

 ちなみにユースティス議員のツイッターやホームページを見る限り、議員なのだから仕事だから詳しいのは当り前とはいうものの、近年日本の議員に珍しくない自称愛護臭は全くありません。
 しかし皮肉にも、このように資質の高い議員や行政関係者が関わっている動物愛護問題でありながら、また英国の練りに練った法であるのに、それがが機能しないということは、袋小路に入り込んでいる観があります。
 このような状況ですから、せめて市民が動物にまつわる不適切な事案を起さないようにする、つまり飼い主責任の啓発が重要となります。その点から見れば、英国全土の犬猫殺処分数を自らの手で集計するドッグストラストの取組みは解決のいと口を求めようとする努力を示すもので、評価に値すること間違いありません。

 民間保護団体の努力。にもかかわらず
 飼い主責任の啓発は一八九一年に一人の女性※が音頭を取り、ドッグストラストの前身であるナショナル・キャナイン・ディフェンス・リーグ(以下NCDL)を立ち上げた頃から今もって続けられています。
  ※Lady Gertrude Georgina Stock (一八四二〜一八九三)

 この啓発努力は、過去の会報(例えばNSDL会報310号)※を見ても明らかで、犬と共に暮す上での日頃のケアはもちろん、迷子にさせた場合の末路や終末期の心得等を僅か二ページに全て盛り込んであり、一行目には「適切な食事と運動を与えることが出来ない限り、誰も犬を飼ってはいけません」と、厳しい口調で綴られています。
  ※Hints on dog-keeping / National Canine Defense-League, No.310(一九〇八)

 ちなみに四年前の本稿「英国篇その四」で、「クリスマスプレゼントにペットを買わないで!」という悲願に近いドックス・トラストのキャンペーンを紹介しましたが、これは一九七八年から "A Dog Is For Life, Not Just For Christmas"というキャッチコピーを使って行われているキャンペーン(毎年十一月末に開始)で、既に三十数年もの間、市民に口酸っぱく訴え続けていることになります。

 ドッグストラストの外にロンドンには、バタードッグ&キャッツ、セリア・ハモンド・アニマルトラスト等、気合の入った女性が創設した、明るくフレンドリーな複数の保護施設が活動に励んでいます。

 ところがペット供給源は依然として無くなることがありません。
 高級デパート・ハロッズのペット売り場「アニマル キングダム」は、新オーナーによる四階の婦人服売り場拡張を理由に生体販売を止めるまでの約九十年もの間、営業を続けていましたし、謝罪したものの、不適切なブリーダー(パピーファーム)から仔犬を仕入れていました。※
  ※ Harrods ends puppy farm contract 二〇〇五年八月八日 BBCニュース)
  
 また、街のペット販売店、直販所(ブリーダー)は健在?で、買う者がゼロにならない状況です。これはまことに奇怪であり、保護団体の嘆息は想像にあまりあります。そしてこの状況は、ドイツ、米国、そして日本でも、さして違わないものです。

 ティアハイム現象について
 ここでもう一つ、調査不足・説明不足による誤報道の例を見たいと思います。ドイツに関してです。
 しばらく前、ティアハイム・ベルリンを前面に掲げた週刊誌記事をきっかけに「ドイツドイツと草木もなびく」※状況がもちあがり、愛護はすべからくドイツに見習えと喧伝されました。
  ※ 映画『トラトラトラ!』台詞より引用

 当会有志は、大戦直後に欧州を視察した先輩たちが異口同音に「他国の歴史や事情は尊重するが、ドイツの動物愛護事情は日本人の感覚にもっとも馴染みにくいと感じる」と言われるのを聞いていたので、どうして素晴らしいと断言できるのか、極めて不思議に感じていました。

 しからば、なぜティアハイムベルリン等、ドイツの動物愛護事情は素晴らしいという評価を得たのか?
 答えは前述英国の殺処分数問題と同じく「メディアも愛護諸氏も、ひとえにその実態を認識・確認できていないから」という単純なものです。つまりここでも“人知を尽して”いないのです。

 例えば、ティアハイム・ベルリンの地元行政は、毎年三千頭近い犬猫をティアハイム・ベルリンと姉妹施設ティアハイム・ブランデンブルク両ティアハイムへ移送しています。ちなみに、これは保護移送なのですが、移送された犬猫の前途については、両ティアハイムや運営団体であるドイツ動物連盟から公表されていません。

 しかも地元行政の面積・人口は日本で言えば県どころか市レベルの小ささなのに、なぜ毎年多数の「家族喪失犬猫」が出現するのか、摩訶不可思議。保護施設へ犬猫が入所する理由は飼育放棄、遺棄が主ですが、この市レベルの面積・人口で毎年三千頭は日本ではあり得ない数字です。
理由等の公表データがないため推測になりますが、
 ① おそろしく飼い主意識が低い。
 ② ティアハイムをあてにした遺棄が多い。
 ③ 業者による放棄。その他。
こういう理由でないかぎり、毎年三千頭という数にはなり得ません。

 なお、移送頭数は公表されていないのに何故指摘できるかというと、当会では以前よりティアハイム・ベルリンの地元行政による年次報告書を入手しているからです。(詳細は「実害篇」にて)
 ティアハイム・ベルリンへの移送頭数や費やされる公金額や、日本のNPO法人に及ばない情報公開度について、異国の話ですから云々するつもりはありませんが、日本でティアハイム・ベルリンと同様の運用を行った場合、市民の賛同を得られる可能性はとても低いと考えられます。

 それ故、ティアハイムを始めその他の動物事情が礼賛されるのはごく自然におかしいと感じるのですが、ブームともいうべき現象に目くらまされた人々はお気の毒でした。
 報道、紹介する立場の人々は、噂や感覚に流されることなく、事実・真実を伝えてほしい。調査と確認とを充分にしてほしいと思います。

 人知を尽して調べ、正確に誠実に説明せよ
 以上、英国とドイツに関する例によって、マスコミ、ミニコミ、ミニミニ情報紙に至るまで、調査と確認を怠った結果が、人を誤導してしまう状況を明らかにしました。
 仮にも文筆その他発表手段をもつ人間は、内容が批判・反論に耐えうるものか、慎重に検討した上で発表すべきでしょうし、内容の根拠をいつでも示せるよう用意が必要と思います。
 それらを抜きにして、安易なキャッチコピーで人心を誘導できると考えているならば、情報を享受する人々を冒涜(ぼうとく)するものと言えます。上の事例の場合、動物に心を寄せる人はそのように扱われていることに大いに憤るべきですし、真実をつかみ出す力を身につけなければなりません。

 他国の法律紹介についてーー法律は機能してこそ
 本来、法律とは施行した後、上手く機能しているか、随時の検証が伴うべきもの。過去より日本で海外の愛護関連法が語られる時、その部分がスッポリ抜け落ちています。つまり現地での機能如何の確認がされていません。

 前述英国議会の公聴会に見られるように、法律があってもこういう問題が発生するのはどうしてかと熱心な議論が続き、にもかかわらず望ましい結論に至らない悩みが現出していました。このことは、法律を作ってもしっかり運用されていなければ意味が無い、と議論の当事者が認識していることを示します。

 こういう認識と、活発な議論を目撃すると、さすが先進国!と感じます。議会のあり方が違う!とも。日本の議員の質の低下は言われて久しくなりますが、私たちも良質の議員育成に働かなければなりません。

 また日本での「海外の動物愛護法」論議に、その法律の運用状況や成果などの検証が欠けているのは、やはり調査不足の故でしょうか。それとも「そんなこと念頭にない」のでしょうか。それでは道具を作って使い方を解説しないのと同じです。
 他国の愛護関連法の運用状況を適時適切に見ていくには、確かに相応の労力を要します。
 が、しかし真に動物たちを守り、人も納得できる法律を模索していくためには、その労力努力を避けて通れないはずです。条文の比較だけで優劣を論じても、その法律の「現実」の考察がなければ意味ある作業にならないでしょう。

「法律の制定とその運用の検証努力」については、是非とも先進国を見倣ってほしいと思います。

 おわりに
 二〇〇八年五月刊『動物ジャーナル61』に第一回を、中断して12年春号の第二回からはほぼ連続して足掛け五年、この第十六回で終結できましたことにほっとしております。

 発端は、あまりに単純、強烈な欧米礼賛に「ほんとうか?」と異を立てることから始りました。
 証明には必然的に欧米の実情紹介が必要で、「先進国検証グループ」奮迅の収集により数々の実例をご紹介しました。あら探しの趣味はもちませんのに、結果としてその傾きになったのは少々残念に思いますが、事実・真実の追求と紹介は、この世界?業界?の欺瞞を一掃するためとご理解下さい。

 提供された材料は辛い事例も多くありましたし、異国の事情の分りにくさにも悩まされ、私はいわばお料理の盛りつけ役でしたが頭痛の種、総じて忍耐を要しました。読者諸兄姉にもご負担をかけたことと思いますが、筆者の力不足とおゆるし下さいますよう。

 先進国の事例が挙げられる中、やはり先進国!と感心することもありました。本稿にも英国議会についてさすがと感じたのを述べましたが、他に、愛護団体のあり方があります。すなわち熱い志をもった人により創設され、実際に動物の救済に係わり、啓蒙にも励む人々。前回のアイルランドのSPCAをはじめ、いくつかの団体が例示されましたが、その度胸と実行力には圧倒され、自分は到底…とおち込んだことです。

 そもそも漢字の習得以来外国の文化・技術の摂取とこなし方は日本の得意技と言われます。その伝統に従えば、外国の愛護事情を丸呑みにせず、日本の実情に合せてこなしてゆくべきでしょう。
 その得意技を顧みることもなく、先進国ならば理想!と思い込むのは浅はかであるだけでなく、危険でさえあります。たまたま目にした「先進国崇拝は日本人の歴史的習癖」(動物ジャーナル94)との手厳しい言はひろく一般へのアピールで、愛護界への忠告ではない(もしかして眼中にもない?)のですが、程度の低い「偉ぶり」業界と同一視されては、動物さんにも失礼になります。

 この先進国シリーズは、丸呑みは危険という立場から発言を続け、ある程度の成果があったと思っております。

 読者諸兄姉の応援に感謝いたします。そして、検証グループの力強いお仕事ぶりにはお礼の言葉も見つけられません。今後「実害篇」で活躍下さる予定ですが、引続き応援いただけますようお願いいたします。
みなさま どうもありがとうございました。


「実害篇」の内容予告
1. 日本の動物愛護はいつから舶来かぶれになったのか
・東京蓄犬騒動顛末記
・動物管理法制定前夜
2. 勢いに任せて法律を制定すると、どうなるか
・優生保護法と動物愛護
・優生主義はどこから生まれたのか
3. ドイツの動物愛護事情
・ドイツに倣えば日本の動物も人も幸福になれるか?
・現「ドイツ動物福祉法」改正顛末記
・厳しいドイツ動物福祉法でも、これは合法(動物実験、メガファーム)
・何を愛そうと個人の自由か(獣姦禁止法再制定顛末記)
・第三帝国の動物観
・動物行動学の権威から博士号剥奪(コンラッド・ローレンツってどんな人)
・強制収容所と犬舎(犬の福祉を充実せよ)
・ライヒ動物福祉法
4. ドイツ ティアハイムベルリン
・創設の経緯
・創設時の理事長による横領事件 (芝刈り機や日本製ワイシャツもお買上げ)
・地元行政とティアハイムベルリン
・アウトソーシングという名の丸投げ
・毎年多数の動物が飼育放棄ないし遺棄されることを前提とした公金投入と施設運営
5. RSPCA再考
・なぜRSPCAは猛バッシングされるのか?
・寄付金にまつわる問題(高齢者への寄付強要、英国議会からの呼び出し)
・動物福祉の名のもとに、飼い主の許諾無く動物を連れ出し殺害
・分別のない殺処分と元インスペクターの自殺
・幼少のころからのRSPCAボランティアが何故テロ団体主宰者になったか
・狐狩に対するスタンス
・上流階級に位置する創設者たちは、なぜ創設時に借りた金が返せなかったのか
・賭けとスポーツハンティング
・創設者にとって動物虐待とは
・創設者たちの自叙伝、回想録でなぜか語られない動物福祉とマーチン法
・私人訴追(動物虐待を駆逐するというけれど、公平に実行できるのか
6. 双刃の剣(動物福祉向上という名のテロ、一線を越えた者たち)
英国編
・機能していなかった動物実験規制
・動物たちは何のためにノアの箱舟に乗ったのか
・動物を救いたくて命を落とした人々
・動物福祉の履行を求めてサッチャー首相ら閣僚へ手紙爆弾を送付
・過激な動物福祉追求団体(ALF、SHAC等)
・動物関連テロ法(組織犯罪防止法)
米国編
・英国からの貰い火
・動物関連テロ法(動物関連企業テロ法)
日本編
・日本初の動物福祉関連公安事件


■ 連載「先進国って何?」一覧表

No.
タイトル 掲載号
掲載年月日

1 先進国って何? 61 2008 春
  英国の奴隷制度おさらい/RSPCA調査に見る飼育怠慢  2008年 5 月 9 日

2 英国篇 その二 77 2012 春
  保護施設の実情(ブリストル大学調査)/RSPCAの安楽死処分終了宣言  2012年 6 月21日

3 英国篇 その三 78 2012 夏
  不況で捨てられるペット(CNN)/ブリーダーの現実(BBC)  2012年 9 月21日

4 英国篇 その四 79 2012 秋
  買わないで!ーー 生体販売と繁殖場  2012年12月19日

5 英国篇 その五 80 2012 冬
  ダークナイトときつね狩  2013年 2 月23日

6 英国篇 その六 82 2013 夏
  きつね狩 後編  2013年 9 月16日

7 ドイツ篇 その一 82 2013 夏
  合法的に駆除される飼い犬・飼い猫ーードイツ連邦狩猟法  2013年 9 月16日

8 ドイツ篇 その二 83 2013 秋
  巨大ペットショップと激安フリーマーケット、そこで売られる仔犬たち  2013年12月18日

9 ドイツ篇 その三 84 2013 冬
  ふざけるな犬税=犬税の様相、及び苦悩する動物保護施設  2014年 3 月 3 日

10 ドイツ篇 その四 85 2014 春
  犬と人との関係 上  2014年 6 月 7 日

11 ちょっとお休みを 87 2014 秋
 2014年12月17日

12 ひき続きお休みを 88 2014 冬
 2015年 4 月13日

13 最終篇 上 89 2015 春
  BBCスコットランド支局制作ドキュメンタリー「The Dog Factory」紹介  2015年 7 月21日

14 最終篇 中  90 2015 夏
  道義的には「?」但し法的には問題なし  2015年10月30日

15 最終篇 下の上 93 2016 春
  アイルランド共和国の動物政策について  2016年 8 月 4 日

16 最終篇 下の下 95 2016 秋
  先進国事情の説明には人知を尽せ  2016年12月20日