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TOP mook 動物ジャーナル バックナンバー 動物ジャーナル78・先進国って何? (三)

シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル78 2012 夏  

先進国って何? (三)

 英国篇 その三

不況で捨てられるペット(CNN)/ブリーダーの現実(BBC)

青島 啓子

はじめに

 前回は、英国ブリストル大学獣医学部が今年二〇一二年四月三日に発表した論文「英国はほんとうに動物を愛する人々の国なのだろうか」(Are we really a nation of animal lovers?)を中心に、英国で活動する動物愛護団体の悲鳴ともとれる現状報告と、RSPCA(王立動物虐待防止協会)が同じく今年二〇一二年二月二三日に「二〇一七年までに保護しているリホーム(再び家庭に縁付けること)可能の全ての動物の安楽死を終了させる」と発表した件などを紹介しました。
 前回の記事のもとになった情報は、当会が独自のルートで入手した類のものは一切含まれていません。すなわち、インターネットに接続されているごく普通のパソコンや、近年流行のスマートフォンといわれる携帯電話、さらにiPadを筆頭とするタブレットなどを持っていれば、当然いつでも誰でも知ることが出来る情報です。
 今やインターネットは、動物愛護・福祉運動にいそしむ団体やグループ、個人にとって、不可欠の道具となっています。それは日本だけでなく、世界中で。保護した動物たちの新しい家族探し、イベント告知や支援の要請など、活動していく上で欠かすことの出来ない手段として定着したと言えるでしょう。
 昔々!動物福祉という聞きなれない言葉を耳にした一九六〇年代後半には、パソコンや携帯電話はもちろん、ファクシミリさえありませんでした。タイプのように文字を打ち、海外へ電文として送ることの出来るテレックスはありましたが、大手のホテルや企業に限られ、費用面を含めて、とても個人宅で自由に使えるものではありませんでした。
 そのため、一般的に海外の情報を得るためには一週間から十日経って届くエアメールを使うか、70年代後半に登場した通話料金が高額な国際ダイヤルで電話をするか、直接海外現地に行くか、もしくは現場の実情を知る現地の方に日本へ来ていただくか、という非常に時間も手間もかかる方法で、苦労を強いられました。
 その点から見れば、現在のインターネットは、どこにいても簡単に世界中の情報が入手できてしまう便利この上ないツール(道具)です。しかしその故に、その情報内容の多角的確認その他、扱いに注意を要することは間違いありません。例えて言えば自動車の運転と同じく、慎重に扱えば有用なツールの一つではありますが、悪用に役立つ危険もあります。

 このようなツールがあり、それを使いこなしていると考えられるにもかかわらず、この国の動物愛護団体・グループが自ら運用するホームページやブログ等には、前回本稿が紹介した〈英国の最新情報〉に言及したものが殆どなく、一例を見出すのみでした。
 昨今インターネット上では、動物愛護・福祉運動にいそしむ団体・グループ・個人の発言としして「殺処分ゼロ」「ノーキル」が話題に上ることが多いのに、そして日頃金科玉条の如くあがめ奉っている英国の、目覚しい研究成果の報告であり努力宣言であるはずなのに、どうして取り上げないのでしょうか。研究者が地道な調査を重ね、その分析内容を公にしたこと、またRSPCAという一団体のみながら「安楽死処分ゼロを目指す」と宣言したことは、あがめ奉るべき立派さではないのでしょうか。不思議です。
 推量すれば、言及しない理由は「不都合な真実が存在するから」と考えられます。
 すなわち、実状=調査結果がこれまで自分達が吹聴してきた状況と大きく異なる/また、殺してはいないと宣伝していたのに、五年先でなければそれを実現できないと言明した/わけで、英国尊崇の根拠がついえ去るからでしょう。それとも、目指す目標がリホーム可能の動物に限定されているからでしょうか。
 前稿末尾で「無知か故意か」と書いてしまいましたが、「無知」は「怠惰」の結果、「故意」は「悪意悪徳」の然らしむるところです。真剣に愛護にいそしむならば、ネット上に目を晒し、有用の情報を受入れて検討し、率直に支持者に伝えるべきでありましょう。
 しかし、現在の各サイトを概観すれば、相も変らず「一八二二年にマーチン法が出来た!/RSPCAが設立されたのは一八四〇年!/こんなに昔から動物たちを案ずる取組みがあった!」等、妄信的に英国を絶賛する言辞にあふれていると言っても過言ではありません。
※マーチン法=畜獣虐待禁止法 Act against Cruel Treatment of Cattle 1822(リチャード・マーティン議員の法案提出に由来する名称)
 ちなみに、一九七一年以降日本の愛護関係者に蔓延が顕著となった〈英国動物福祉先進国論〉に対して私どもが疑問視し、紙面を割く理由を一言で言えば、それが「事実と異なる」からです。きちんと調べれば、動物福祉先進国でない事実が、隠しようもなく存在するからです。真実を隠蔽して、ご都合主義の論陣を張ることは、多くの人を誤らせることになりますので、私どもはそれを看過することができません。
 日本の愛護関係者の大部分が〈英国は福祉先進国〉をふり回す時、計り知れない害毒が放散されます。
 最近の例を挙げれば、小学校や中学校で命の尊さを教える取組みの中、授業の一環としてこの種愛護団体制作の絵本・ビデオその他を見せる事例がありました。当然〈英国は先進国〉の立場のものです。
 先生たちは内容の確認もせず、結果として子供たちに事実と異なる話を注入したことになります。子供たちは事実かどうか判断する力をまだ具えていないでしょうから、信じ込むにちがいありません。そうして感化された子供がメディアへ投稿するようで、近年そういう内容の投書が散見されるようになりました。メディアの側も投稿内容には検証も加えないようです。いわば、大人たちの怠慢が、未来ある子供たちをミスリードしている構図であり、これは誰が考えても好ましくないはずです。
 日本は過去ににがい経験をしています。「英国や米国の国力は見掛け倒しのもの、民主主義は刹那主義だ、退廃的で道徳観もない文化の国なので恐れる事はない」と時の権力者・大本営やマスコミに吹き込まれた結果、国民は大勢に流され、多くの命を失い、敗戦に至りました。その反動か、戦後は「非武装永世中立国のスイスは素晴らしい!」と思うようになりました。(これも「真実」ではないのですが、今は詳述を避けます。)
 言論統制のなくなった現代日本において、個々人自らが得られた情報を自分で考え、判断することは不可能ではなくなりました。これは動物問題に限らず、人として生きていく上でも極めて重要です。個として自立し、考え、判断することは、究極において自分を守ること。人に惑わされず、よく考えて決定すれば、詐欺にも遭いません。しかし動物愛護界を眺め渡すと、依然として大勢に流され、検証抜きで盲従している観があります。
 日本の愛護諸氏が主張する通り、ほんとうに「日本が先進国と言われる国々に比べて、動物福祉の分野全てにおいて劣っている」のであれば、日本は大いに批判・糾弾されるべきでありましょう。けれども資料を集め、調べてみると、愛護諸氏の主張は成立ちそうにない事実がいくらでも出てくるのです。本稿が検証しようとする所以です。
 今回は、英国のブリーダー問題を主としてお伝えします。

不況で捨てられるペット

 日本では長く続く不況の影響を受け、動物との生活が困難になったとの相談が近年増えています。この種の相談は過去にもありましたが、近年は誰が聞いてもお気の毒としか言いようのない深刻な相談も珍しくありません。ところで、参考までに四年前の或る記事をご覧ください。

生後 十三 週間のボーダーコリーの隣には、ボクサー系の子犬八匹。ロンドン市内の里親センターには、飼い主に捨てられたペットがずらりと並ぶ。不況に圧迫される家計を反映して、施設は満員状態だ。
センターを運営するのは、英国最大の犬の愛護団体ドッグズ・トラスト。「去年のこの時期に収容していた犬の数は半分くらい。今は出ていく犬より入ってくるほうが断然多い」と、所長のリチャード・ムーアさんは語る。ペットが捨てられる理由の中で最も多いのは、飼い主の引越しだという。経済危機の波をかぶり、ペット禁止のアパートなどに移らざるを得ないケースが急増している。また、職を失ってペットを飼う経済的余裕がなくなったという訴えも多い。
ドッグズ・トラストによれば、犬一匹を飼うには保険やえさ、トリミング、おもちゃなどに平均約二百万円余の費用がかかる。愛犬との別れを強いられる家庭が増えるとともに、引取りを希望する家庭は減少し、需給バランスは崩れる一方だ。各地の里親センターや保護施設は、どこもパンク寸前の状態だという。これからの時期は、クリスマスに贈られたペットを「育てられない」と託してくる飼い主が続出することも予想される。
さらに、失業や減収の結果、ドッグズ・トラストのような慈善団体への寄付を控える人々も増える傾向にあり、センター運営への影響が懸念されている。
ムーアさんは「こんな時世だからこそ、ペットが慰めになってくれる。私自身も六匹の犬を飼っているおかげで、夜帰宅した時、自然と笑顔になれます」と、里親募集の呼び掛けに力を込めている。(紹介ここまで)
 (不況で捨てられるペット 2008年12月22日CNNロンドン発、CNN日本支社翻訳より)
 この記事は四年前にCNNロンドン支局がインターネットに配信したもので、CNN日本支社でも翻訳され、同じくネットで配信されていましたが、この記事を当時ブログなどで紹介した愛護団体等はゼロと言ってよい有様でした。
 他方、特段愛護活動をおこなっていない一般の人が自らのブログなどで紹介したケースはありました。いわゆる愛護というものの予備知識なく、垢づいていないだけに偏りのないコメントだと印象に残り、判断力や人情の遍在をうれしく感じたことを思い出します。
 記事の内容は前回紹介したブリストル大学獣医学部の論文「英国はほんとうに動物を愛する人々の国なのだろうか」と同様のもので、保護施設が悲鳴を上げている現状を伝えていますし、動物たちが家を追われる現状は日本とそれほど違いがないようです。文化風習・言葉は違えど、動物たちが受ける災難は同じと言えます。前回も紹介しましたが、二十数年前の「イギリスだって同じ」と伝えてくれた英国婦人の言葉が、ここでも裏付けられた気がします。
 ちなみに、この翌年、米国のロサンゼルスでも不況の影響で家の差押えが二〇〇八年だけで二百三十万六千軒にも膨れ上がり、共に生活してきた犬や猫を置去りにして引越してしまうケースが急増、市の職員がパトロールを強化していると報じられました。市の動物管理局職員が「ペットを廃棄可能な単なる動物と考える人がいます。犬は番犬として飼うだけで、家族の一員とは考えないのです」と吐露していました。(二〇〇九年一月三十一日 TBS NEWS-i より)アメリカも同様のようです。

生体販売店ではなく、ブリーダーから

 「日本と異なり、英国では店で犬を売ることはほとんど無い」そうで、これが英国が動物福祉の
先進国だ!という定番的な理由のひとつになっています。
 その通りとするならば、英国ではお金を出して犬を買うことは出来ないのかというと、もちろんそうではなく、繁殖家(ブリーダー)から直接買うことが出来る、また愛護団体から譲渡してもらうことが推奨されていると、英国を動物福祉先進国と仰ぐ人々は説明します。
 つまりペットを買う場合、お店に犬や猫を陳列して販売する生体販売店はダメでブリーダーからならOKという理屈になる訳ですが、これ自体、少し考えるとかなり変な主張です。 
 何故なら、日本では以前から生体販売店には問題が山ほどあると指摘されてきましたが、同時にブリーダーも再々問題を起していて、悲惨な様子が報道もされ、ブリーダーも生体販売店と同じ眼で見られるようになっているからです。それなのに英国ならいいの?と不審が芽生えます。
 日本でブリーダーというものに一般人が目覚めた例に、大阪ブルセラ騒動があります。二〇〇七年初頭に大きく報道等され、国会の衆議院予算委員会でもやりとりがありました。(注1)これは繁殖場を経営するブリーダーが引起した事件で、ブルセラに感染した犬たちの処遇が世間で論議されました。以来ブリーダー崩壊の報道は珍しくもなくなり、関心が高まっています。
 余談ですが、経営が苦しくなり、破綻・自主廃業・倒産となってしまう理由には、生体が高値で売れなくなった、安くしても状況が好転せず、商いが厳しくなった等が考えられますが、背景として過去に何度かくり返されたいわゆるペットブームとの強い関係が考えられます。
 シベリアンハスキー、ゴールデンレトリーバー、消費者金融のテレビコマーシャルで話題となり、くーちゃんの愛称で一大ブームとなったチワワ等、その時々の人気犬種が積極的に売り出され、飽きられるという構図がくり返されるのは、商売の為にブームを創り出す人々、それを囃し立てるマスコミやタレント、引いては安易にブームに乗ってしまい金を払う人々、このいずれにも加担の罪ありと言わざるを得ません。やはり大勢に流される傾向は不変なのでしょうか。
 つけ加えますと、私どもはペットの売買を認めない立場にあります(「命をお金で量ることについて・再び」2011年1月)。念のため。

 このように現在の日本では、生体販売店もブリーダーも飼育管理に問題ありと認識されているのですが、これが動物福祉先進国・英国のこととなると、生体販売店よりブリーダーの方が良い、もしくは格上であると認識しているようで、なんとも不思議な感じがします。英国のブリーダーは日本のそれとは違うということなのか?/それとも英国のブリーダーは歴史があるとでも言いたいのか/何が何でも英国は先進国! そうでないといわゆる愛護団体は困るのかもしれません。
 日本で発生する生体販売店と顧客とのトラブルの中で、よく耳にする例に、購入直後に具合が悪くなって動物病院で診てもらったところ、病気が発見されたというのがあります。何故このような事が起きるか、要因は色々でしょうが、販売する生体の健康管理が関係している事は否定できません。これはブリーダー側からすれば、余計なお金をかけず、早く売りさばきたい、つまり生産コストに関する問題であり、命を育む者としての責任など毛頭考えていないでしょう。
 それでは英国では、日本で起きているような生体販売トラブルやブリーダーによる無慈悲な行為はないのでしょうか?
 次に、英国のブリーダーを扱ったドキュメンタリー及びその波紋をお伝えします。

「今の若い獣医師は安楽死を拒否するので困ります」

 二〇〇八年八月十九日、英国公共放送局BBCが、一般的なドキュメンタリーを制作しているパッショネイト・プロダクションズ制作の「Pedigree Dogs Exposed」というドキュメンタリーを放送しました。一言でいえば、ブリーダー業界内の赤裸々な姿を伝えたもので、右の「安楽死を嫌がるので困る」発言は自信あふれる女性ブリーダーのものです。当然大反響が起りました。
 この放送で大きなダメージを受けると考えた大英帝国犬繁殖業界の頂点に鎮座する英国ケネルクラブは、自らのホームページで放送前と放送後に(注2)複数回、番組について「ケネルクラブもきちんと動物福祉をケアしているし、意図的な編集をしたドキュメンタリーには合点がいかない」とのコメントを出し、更に、オフコム(放送等の監督・規制を行う機関)とBBCに苦情を申し立て、双方の議論は昨11年まで続きました。(注3)
 英国ケネルクラブがこれほどの抗議を行ったのは、放送されたこのドキュメンタリーの与えた影響(被害と言ってもよい)が非常に大きかったからです。
 一般の視聴者からも当然反響がありましたが、もっと実利的なダメージをこうむることになりました。すなわち、世界の三大ドッグショー(純血犬種の品評会)の一つとされるクラフツ・ドッグショーは、英国ケネルクラブの力の象徴とされていて、その故に四十数年間にわたってテレビ中継してきた公共放送局BBCは、二〇〇九年からは中継しないことを決定しました。
 また放送のスポンサーも、ペットフードのヒルズはこのドキュメンタリー放送の二ヶ月後に撤退しました。スマートフォン等で有名な韓国のサムスン、ペットフードのロイヤルカナン、アイムスは現在も残っていますが。
 英国での反響を受けて、日本でも翌09年に「犬たちの悲鳴・ブリーディングが引き起こす遺伝病」と題してNHK─BSにて字幕付で放送されましたが、同様に反響が大きく、視聴者からの要望で二回も再放送さました。(注4)
 このドキュメンタリーは、英国の犬の繁殖のあからさまな現状を伝えています。
 従前から問題視されてきた異常なほど犬の見た目の美しさを重視し、それを実現するために思慮分別なく行われている近親交配、それによって引起された遺伝子疾患、それに苦しむ犬たちの姿が
映し出されました。(日本でも二〇〇三年に特定犬種に発生しやすい遺伝子疾患が同様に問題視され、テレビで取り上げられた事がありました)(注5)
 特に脊髄の中に液体が溜って、空洞ができ、正常な神経を圧迫する脊髄空洞症という難病を発症し、悲鳴を上げて、もだえ苦しむ犬や、治療のためにリスクの高い開頭手術を受けた犬の表情など、正視できない辛いシーンも多く、命の尊厳と何ら関係の無い外観を重視し、利益やブリーダーとしてのプライドを優先する罪深い人間の行為に怒りすら感じましたが、何と同じ病気を発症した犬のケアを懸命におこなっている人々が、日本にも存在していることを後で知り、遺伝病の広がりに驚きました。
 この脊髄空洞症という病気は、初期に首(頚部)を頻繁に、時には異常なほど、首をひっかくようになります。痒みを誘う元と考えられる引っかき傷や皮膚の炎症も見られず、耳の痒さを伴う外耳炎などがないにもかかわらず、始終かゆがる様子は、一緒に生活する家族から見れば、不安材料であっても、その原因がこういう難病であるとは想像できないでしょうから、難病の早期発見・早期治療にはなかなかつながらないと思われます。
 これが進行すると頭痛が認められ、その度合も次第に耐え難くなるようで、ひっきりなしの頭痛はやがて麻痺へと至ります。確定診断にはCTではなくMRIでの検査が必要ですが、当然犬は人と異なり、検査中に大人しく出来ないので全身麻酔も必要になります。
 なお、治療は痛みを抑えるために薬を服用しながらの生活になり、場合によっては開頭手術も必要となるようですが、当然リスクも高く、完治率は数パーセントと言われています。
 また、英国での強引な近親交配の結果、右の脊髄空洞症の他、複数の遺伝子疾患が発生しており、中でも遺伝性の心臓疾患のルーツは今から四十〜五十年近く前にさかのぼること/数十年と言う長年月、繁殖を重ねることにより、この心臓疾患は数多くの犬たちに遺伝した/とこのドキュメンタリーでは伝えていました。四十〜五十年前というと、日本で動物に優しい福祉の国だから英国を見ならうべきと言われ始めた頃です。東洋の尊敬を念頭にもおかず、ご本家はやみくもに近親交配に熱中していたことになります。
 くり返しになりますが、これらの遺伝子疾患は、人間つまり英国のブリーダーにより生み出されたもので、その目的はひとえに彼らが考える犬たちの見た目重視=商い重視=利益です。
 英国の場合は、この上に頑強なまでのブリーダーとしての誇りやプライドが加わるようで、これは単に金が欲しいという思考より厄介なものかもしれません。この見た目重視、つまりこの犬種はこうあるべきという標準的基準を作っている胴元は、日本の犬繁殖業界も影響を強く受けている英国ケネルクラブです。この標準的基準は彼らのホームページで見ることができますし、書籍としてアマゾンでも購入可能ですので、興味ある方はごらん下さい。
 英国ケネルクラブは、この標準的基準の中で、それぞれの犬種にふさわしい、毛色、体形、大きさなど、細部にわたって基準を定め、ブリーダーたちはそれに則って繁殖させていきますが、努力する理由は「基準から逸れてしまう仔は商品価値が下ってしまう」及び「ビューティフルでない犬たちをつくり出さないため」です。
 そのため、基準から逸れてしまった仔は規格外として扱われ、懇意にしている獣医師の元で処分、つまり安楽死してもらいます。商品価値がない=売りものにならない、美しくないという身勝手極まりない思考のもとに実行される処分は「安楽死」ではなく「安楽殺」と言ってしかるべきでしょう。(「安楽殺」という語は『動物ジャーナル』では「鳥インフルエンザ事件」で使いました。)
 このドキュメンタリーには、特定犬種の繁殖を行うブリーダーやケネルクラブ幹部が何人か登場しますが、この人たちに、これだけ犬たちに苦しみを与えてきたのだという自覚があるとはほとんど感じられませんでした。例えば、リッジバックという犬種を繁殖している年配の女性ブリーダーはインタビューに対して「自分の思っている形でなく生まれてきた犬を安楽死して欲しいと頼んでも最近の若い獣医師はどこも悪くないと言ってしてくれない、融通がきかないので困っている」と笑いを交えて話していましたが、その表情は歴史ある大英帝国のブリーダーとして、特定犬種一筋のブリーダーとして、異様なプライドすら見てとれる様相でした。
 彼女が考えるリッジバックのあるべき姿は背中にリッジ(たてがみ)がないと駄目というものです。このドキュメンタリーでは二十頭に一頭くらいの割合でたてがみのないリッジバックが生れると伝えており、若い獣医師に安楽殺を断られたこの年配女性ブリーダーは、付合いの長い知合いの獣医師に処分を依頼し、挙句の果てに「自分の管理の下できちんとしている、つまり最後のお見送りをしている、この安楽死が問題だと騒ぐような者には任せられません」と主張していました。

 英国ケネルクラブは純血犬種の血統維持と質的向上を目的に活動しているのですが、そもそも純血種といわれる犬たちは自然の摂理によって進化してきたわけではなく、例えば、狐狩りに適した犬が欲しい/いや俺は鳥撃ちが趣味だから、それに適した犬が欲しい/などの「需要」から熱心に「作製」・「供給」されてきたものです。
 これら人間の愚かしい要望に基づいて努力した結果、数々の犬種が生まれ、更に改良されました。その後、時は流れ、今度は彼らが考える見た目の美しさが求められ、犬たちはその姿形を変えられてきています。
 つまり、犬を繁殖するにあたっては、人として当り前の命に対する敬意などどこ吹く風、ひたすらに美の追求が優先されているというのが現状のようです。

改革へ

 この英国のブリーダーの現状を告発したドキュメンタリーの放送によって、数々のダメージを受けた英国ケネルクラブは、犬にやさしく、健康を害するような交配を慎むようにブリーダーたちに通達しました。また、遺伝子疾患の判定に欠かせない親子関係の判別に役立つ、マイクロチップを入れるよう勧めたり、自らが開催するクラフツ・ドッグショーで全頭ではないようですが、見た目が美しいが近親交配の結果ではないか等のチェックを獣医師にさせたりしています。また自らの犬種基準についても一部を改定するなど、それ相応の対応を始めてはいます。(注6)
 ちなみに今年の三月一日にBBCは続編「Pedigree Dogs Exposed Three Years On」を放送しました。前回と同様に日本での放送が望まれます。今回は前作後三年間の繁殖業界の様子と、遺伝子疾患により僅か二歳で他界したボクサー等、難病を抱えた犬と、それを支え、苦悩する家族の様子が描かれています。
 BBCは二回にわたって英国の繁殖業界の実情を伝えましたが、無慈悲が根絶されるためには、ブリーダー自身の美意識を含めた資質の改革が必要だがどれほど期待出来るか/繁殖にかかる手間やコストが今まで以上に求められることになるので、それを受入れるかどうか/など、不安があります。俺は今まで通りに俺のやり方ですると主張するブリーダーが出てくる可能性もあり、結果として今以上に状況が悪化する危険性も秘めています。
 またBBCは、英国ケネルクラブ主催、クラフツ・ドッグショーのテレビ中継を止めましたが、その後、二〇一〇年から、民間放送局のMORE4が何事も無かったかのようにテレビ中継を続行しています。この期に及んでまだショーの中継を見たい人も少なくないようで、正直なところ、改革の前途は険しいと思わざるを得ません。
 もちろん英国にも善良かつ命の重さを心で理解しているブリーダーは存在すると思います。繁殖業界で物を言い、改革を実行するには様々ハードな障害にぶつかります。古今東西、挫折も多かったと想像します。しかし、是非とも勇気を持って、本当の意味で犬たちにやさしく、共に暮す家族に要らぬ苦労をかけないよう、涙することがないよう、努めてほしいと思います。
おわりに
 過去の奴隷制度や今なお隠然と存在する階級制度を含め、反面教師として英国から学ぶのであれば私どもに何ら異存はありません。その意味からすれば、動物愛護、動物福祉問題で英国は日本にとって、大変参考になることは確かであると思います。
 また今回見たように、このようなドキュメンタリーが制作・放送されることは、前回の研究論文その他の公表と同じく、頼もしく感じます。ドキュメンタリーの場合、単純に原稿を読み上げて事象を伝えるニュース等とは異なり、徹底した事実確認つまり検証、そして作り手の誠実な想いが盛込まれているならば、多少の作為があったとしても、真実を伝える姿勢や作り手の度胸は評価されるべきでしょう。
 問題なのは、その内容=真実を、自己の都合によって、フェアに伝えない日本の愛護団体という集団のなさけない姿です。何故そうなのか、納得させてほしいと願っています。

 なお「英国篇」次回は、動物福祉の国といわれる英国の、大型生体販売店から犬を購入した人の苦悩、劣悪な環境でまともなケアもしないブリーダー等、どこかの国でも見たことのある光景をお伝えしたいと思います。

(注1) 予算委員会第六分科会 07年2月28日/09年2月19日  環境委員会 07年6月12日
(注2) http://www.thekennelclub.org.uk/item/1976/23/5/3
http://www.thekennelclub.org.uk/item/1995/pg_dtl_art_news/pg_hdr_art/pg_ftr_art
http://consumers.ofcom.org.uk/2009/12/pedigree-dogs-exposed/
(注3) http://www.bbc.co.uk/bbctrust/assets/files/pdf/appeals/esc_bulletins/2011/may.pdf
(注4) 09年5月29日放送/再放送は09年9月23日と10年8月11日
(注5) 03年5月17日 日本テレビ 報道特捜プロジェクト
(注6) http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article4902952.ece
http://www.thekennelclub.org.uk/item/2234/23/5/3