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TOP mook 動物ジャーナル バックナンバー 動物ジャーナル93・先進国って何?(十五) 

シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル93 2016 春

先進国って何?(十五)

── 最終篇 下の上
    アイルランド共和国の動物政策について

青島 啓子


おことわり
「最終篇 下の上」とは何ごとぞや。お叱りの声が聞えてくるように思います。一旦の申し開きをいたします。
 この連載を終結させるための最適材料として「The Dog Factory」 (BBCスコットランド支局)をこのシリーズ13と14で紹介し、15(今回)でこのドキュメンタリーで言及されたアイルランド共和国の取組みを紹介して完結、の予定でした。
 ところが調べるほどに材料・新資料が続出、改稿を重ねてゆく内に、完結篇のまとめとして欠かせない英国をもっと丁寧に説明すべきであろう、となり、分量が膨大になりました。
 その故に又もや前言をひるがえし、あと一回を追加いたします。が「次は下」と予告したので後がありません。
そこで思い出したのが「南総里見八犬伝」。
「日本名著全集」昭和三年刊
ご承知のように、好評と構想のゆえに長く続き、その目録は末に至るほど巻を分け回を分けていました。
 おおけなくもそのひそみに倣って「下」を二分、「下の上/下の下」とすることにしました次第、ご理解いただければ幸いに存じます。


 なお今回、アイルランド共和国と英国の地名・組織名等が頻出しますので、正式名称、略称、訳語に加え、本稿で使う略記語?もここにまとめておきます。と申しますのは、文中に一々説明語を入れるとスペースもとり記憶力に優れる方の顰蹙も買いそうですので。中途で確認要の時はここに戻ってご覧下さい。

☆ 英国(正式には「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
 United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」 略してUK)。
UKは郵便物などで国名を示す語としてよく見かけます。
「イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド四つの国で構成される」という解説を見た時は少々驚きましたが、何十年も前、エディンバラの博物館に入って記帳の際「nationarity」という欄があり、他を見るとフランス、ベルギーなどに混じって「スコットランド/イングランド…」と書かれていて、その独立性を実感したことです。

☆アイルランド共和国の省庁、団体
  DAFM 農業・食料・海洋省
  EPA 環境保護庁
  DPP 公共検察局
  DECLG 環境遺産及び地方自治省
  Garda 治安防衛団(日本の警察にあたる)
  NPWS 国立公園・野生生物局
  IFA アイルランド農業者連盟
 
☆SPCA(Society for the Prevention of Cruelty to Animals 動物虐待防止協会)。
 この略称の前に、多くは国名・地域名が置かれます。
  SSPCA スコットランド動物虐待防止協会。本稿では「スコット ランドSPCA」
  USPCA アルスター動物虐待防止協会。本稿では「アルスターSPCA」
  (アルスターはアイルランド島の地方名。現在の北アイルランドにあたる)
  RSCPA 王立動物虐待虐待防止協会。「R」付与の経緯等は次回最 終篇にて。イングランドと
  ウェールズとを活動範囲とする。

以上がUKのSPCA 、以下がアイルランド共和国のSPCA。
  ISPCA アイルランド動物虐待防止協会。本稿では「アイリッシュSPCA」
  DSPCA ダブリン動物虐待防止協会。本稿では「ダブリンSPCA」


はじめに
 ドキュメンタリー「The Dog Factory」では、ライセンスを取らない若しくは取消された者でも、犬を繁殖したり売り続けることが出来てしまうことを、北アイルランドの仔犬生産者とスコットランドの仔犬ディーラーのケースで報じていました。

 この現状で販売される仔犬たちは、ドイツでの激安犬問題(動物ジャーナル(以下DJ)83)と同じく、八週齢規制無視、健康面の配慮なし、購入後の涙ありという定番の下に扱われていて、この非道に対峙するスコットランドSPCAとアルスターSPCAの活動が番組で紹介されていました。

 またスコットランドの仔犬ディーラーO夫妻が、隣国アイルランド共和国からも安値で仔犬を仕入れ、検疫を通さず、英国に密輸入しているケースも報じてはいましたが、アイルランド共和国政府や同国内SPCAの対応については言及がなく、気になったので、昔の資料をひっぱり出しつつ同国の動物政策について今回述べることにしたのですが、その作業中、この五月にその続編※が放送されました。
※Britain's Puppy Dealers Exposed
(BBC?Panorama, 二〇一六年五月16日放送)

 この続編は三十分枠でしたが、前回同様、工業的規模の仔犬繁殖と大量販売、その強欲により蔑ろにされる犬と購入者を紹介、北アイルランドとアイルランド共和国内の大規模劣悪繁殖場へ夜間潜入取材を敢行、以前DJ79で触れたウェールズに本部を構えるペットスーパーマーケット(生体販売店)の内情についても報じていました。
 しかし、今回も不適切ブリーダーに対峙するアイルランド共和国政府や同国内SPCAの取組みの紹介は一切なく、時間的制約なのか、それとも悪徳仔犬業者に関する情報提供者を守るためか、何がしかの理由があるのかと思われました。

 その上、この番組の広報ビデオでは、アイルランド共和国内の大規模劣悪繁殖場だけが紹介されており、本編を見ていない視聴者には、アイルランド共和国は不適切なブリーダーに無策なのだと思い込まれる可能性もあります。また、有名新興ネット新聞の番組レビューには?Northern Ireland?(北アイルランド)という単語を見出せず、このライターは番組の全編を見ているのか、見ていて敢えてなのか、
首を傾げたくなりました。

 このような展開がありましたので、本稿にはそれらも加え、また「続編」とそれに対するアイルランド行政の反応も盛込み、これまで日本で殆ど紹介されることのなかったアイルランド共和国の動物政策をご紹介します。その取組みは英国・ドイツにもない独自のもので、興味をもって頂けると思います。

アイルランド共和国とは
 アイルランド共和国(以下アイルランド)は、一八〇一年に搾取の帝王・大英帝国に併合され、インドと同じく長年虐めに苛められてきました。しかし一九一六年、蜂起※によって独立への強い意志を示し、一九二一年には共和国樹立を宣言、内戦を経て一九四九年四月十八日、英連邦から脱退して完全な共和制を達成しました。
※イースター蜂起 一九一六年四月24〜29日。因みに今年は蜂起から百年になります。
 アイルランドは、国土の大きさが北海道とほぼ同じ位(図版ご参照)、いわゆる大国ではありませんが、「山椒は小粒でぴりりと辛い」を地で行き、動物政策に於いても日本の一部愛護諸氏が望む条々が、国策として網羅されている観も有ります。
 と述べたからといって、「動物福祉は英国に見習え!/いやドイツに見習え!/いやいや本命はスイスだ!」という奇怪な因襲を守り続ける日本の一部マスコミや愛護諸氏を利する材料を提供する意図は全くないので、誤解のないようお願いいたします。

養豚業における虐待で懲役
 二〇一五年二月十二日、ギリシャ神殿のような列柱建物の巡回裁判所※、その通用口から護送車に乗せられようとしている手錠姿の男性(六十歳。以下男性O)。この還暦男には、判決により、塀の中での十八ヶ月の生活が待ちかまえていました。
※在コーク州コーク市。アイルランド国営放送局RTE 二〇一五年二月13日報道。
 罪状は動物虐待、痛めつけられたのは一般的に経済動物といわれる畜産豚でした。

 この養豚歴三十二年の男性Oは、アイルランド南西部のコーク州ミッチェルズタウンで、最大肥養数二万頭、繁殖用豚二千三百頭という国内最大の養豚施設を経営していました。が、「豚の糞尿を土壌に浸透させた等、施設の衛生不備」でEPA(環境保護庁)から起訴され、05年十月に有罪判決を受けていた経緯があり、六年後の11年一月に操業を停止、事実上廃業しました。
 その廃業過程での豚に対する虐待行為により、前記裁判で懲役刑となったのです。
 養豚場に二万頭というとびっくりなさるかもしれませんが、例えばドイツでは、動物福祉も何のその、実刑を食らう者もなく、薄利多売を目指し、肥養数五万〜八万五千頭という「メガ養豚場」が多数操業しています。

 因みに懲役十八ヶ月の実刑となった男性Oは養豚
場廃業当時、メディア※の取材に対しその理由について「飼料価格が高騰しているのに豚の市場価格は下落し、他社との競争に耐え切れなかった。養豚は割の合わないビジネスだ」と述べており、この競争相手の中にドイツのメガ養豚場が含まれることは申すまでもありません。
※アイルランドの老舗紙アイリッシュ・タイムズ11年一月十一日付、農業ビジネス欄。

三頭の豚に対する五つの罪状
 男性Oは無罪を主張し、弁護士が専門家の意見や目撃者情報を収集するべく、審理の延期を裁判長に求めた等、判決まで時間を要しましたが、三十二の罪状のうち、最終的に男性Oは三頭の豚に対する五つの罪状を認めました。

1) 男性Oが操業を終えた後の11年五月三日から九月八日までの間、豚の福祉を確保するための必要な措置を採らなかったことにより、衰弱や怪我をした豚に不必要な苦しみを与えた。

2)11年五月九日、仲間の豚から襲われ、負傷した豚Aに対して治療をせず、傷が酷いのに安楽死処置も考慮せず、不必要な苦痛を豚に与えた。

3)11年六月三日、畜舎の衛生状態の劣悪ゆえに豚Bは関節炎による関節部腫脹及びフットボール大の慢性膿瘍があったが、治療せず、安楽死処置も考慮せず、不必要な苦痛を豚に与えた。

4)11年七月二十五日、仲間の豚から襲われ、失血多量の状態であった豚Cに対して治療せず、傷の酷さから安楽死処置を考慮すべきであったのに不必要な苦痛を豚に与えた。

5)11年六月七日に畜産と動物福祉法を所管するDAFM(農業・食料・海洋省)が文書で指導したが、これを男性Oは遵守しなかった。

 これら五つの罪状は、いずれも給餌・給水が不完全だった等、操業を停止するとはいえ、養豚の基本を怠った為に発生した豚たちの喧嘩や共食い(Savaging)を糾弾したもので、裁判官は判決で「多額の負債※に男性Oが苦悩していたが、工業的規模の虐待(喧嘩や共食いの放置)が例を見ないものであり、懲役刑は免れなかったとしています。
※22億ユーロ=約29億円、二〇一五年二月の平均ユーロ円で換算。

EPA(環境保護庁)とDPP(公共検察局)
 豚に対する虐待糾弾より前に、養豚場の衛生不備で男性Oを起訴したEPAは、国内で操業する畜産場・医薬品工場等、環境への影響が想定される事業所に対して登録制を布き、形だけの登録制にならないよう、法に基づく監視体制を築いています。

 またEPAのホームページは、全ての事業所について行政指導の経緯、不法行為の詳細、その起訴結果まで、誰でも閲覧可能になっています。その一例を挙げます。
 二〇一五年十月27日付で、大手産廃業H社が起した環境破壊に対して、約24億六千九百万円もの罰金が課せられた事案が載っていました。
 この罰金額に引かれ調べてみると、既にこのH社は解散していて同法人は存在せず、どうやって高額の罰金を徴収するのか、EPAの見積りによると汚染された地域を元に戻すには三十年かかり、その費用は約三十七億円とのこと。結局、公金を投入するのではないかと思われました。
 しかし、DPPは、H社の大株主だったJ社に責任があると判断して起訴、首都ダブリンの巡回裁判所で審理が行われ、陪審員は悪臭等の実態を確認すべく、汚染された地域に出向き、住民から実情と困りごとを聴取、その結果、罰金額を決め、半分の約十二億円を一か月以内に支払うことと決定しました。

 このように環境問題で法令に反する者に対して、EPAとDPPそれぞれが起訴して、裁判所の判断を仰いでおり、これまでに罰金を科せられた者は、中小企業から世界的に超々有名な企業まで、果ては環境保護政策の執行に瑕疵があったと認定された地方自治体等、広範囲に及んでいます。
 もちろん環境汚染は起させないことが大前提ですが、舐めてかかると痛い目に合うことを法の下に実効性の有る形で示すことが必要です。その意味からすれば、これらアイルランドのケースは、逃げ得を許さず、最も重要な「誠実に法を遵守する者とそうでない不誠実な者を同一に扱ってはならない」という基本が確立していると言えるでしょう。
 このような、アイルランドの省庁・司法の環境破壊や経済動物への虐待に対する厳しい姿勢は、私たちの想像を超えているかもしれません。

アイルランドの動物関連法
 アイルランドでは動物に関する法律は三つの省が所管しています。すなわち、
畜産及び家庭動物→農業・食料・海洋省(DAFM)
レース犬及び家庭動物→環境遺産及び地方自治省(DECLG)
野生動物→国立公園・野生生物局(NPWS)

 ほぼ五十年前の一九六五年、アイルランドは英領下以来用いていた動物愛護法(一九一一年制定)を改定しました。
 当検証グループの一人は「この改訂愛護法を読んだ時、非常にシンプルな条文だが、英米と同じく公共の場(公園、街角等)で屋台や手押し車・自動車等でペットを売ることを違法とするだけでなく、ペット販売店の規制(販売の年齢制限等)、不適切飼育に関する規定、動物を使った見世物の規制、負傷動物の項目もあり、不法行為に対して違反したら罰金何ポンド・懲役何年とするだけでなく、裁判所の役割等まで記され、英国の動愛法と同等に感じた」と語っています。
 今日までアイルランドは新たな動物関連法の制定や旧法の改正を行っていますが、近時〈動物保健福祉戦略〉として、家畜の健康と福祉を最高レヴェルで維持する重要性を説き、過去のBSEという苦い経験からか、英国と共に家畜感染症の発生防止等、人畜共通感染症にも重点を置く政策を推進しています。
 この戦略に基づいた法律が「動物衛生福祉法 Animal Health and Welfare Act 2013」で二〇一三年に、畜産と動物福祉を所管するDAFMが制定しました。

「動物衛生福祉法」は家畜の適正飼養、動物用飼料等の不正輸出阻止を念頭においていますが、単なる畜産業向けの法律ではなく、犬、猫、馬、ロバ等の適正飼育を目指し、不適切多頭飼育場からの保護、仔犬の密輸出阻止、違反者のライセンス取消しをもカバーするという、他の省庁が所管する動物関連法の総まとめ的意味合いの強いものになっています。
 また「動物衛生福祉法」には関連法として、税関関連法や家庭内暴力関連法※等が列記され、多頭崩壊等に直面した時に避けて通れない動物のケアと所有権移転をも念頭に入れた法律で、この法律は畜産及び家庭動物を巡る世界で実際に何が起きているか、何が問題で、どうすることが必要かを深く認識していないと立案自体が不可能です。難度が高く苦労の絶えない仔犬の密輸出阻止も視野に入れる等は、EU加入国の中でも特筆すべき試みと言えます。
※税関関連法→動物の密輸/家庭内暴力関連法→暴力から退避した飼い主と残された動物の処遇。
 この動物衛生福祉法の白眉は「第八編 執行」。動物に関する不法行為について、地方自治体・警察・検察・裁判所各々の権限に加え、どう動くかの要件も記されており、動物が可哀想・虐待は許せないなどの感情に駆られて法治国家の根底を揺るがしかねない暴走行為(私刑制裁)の抑止も考慮されています。それ故、動物に関心のない人や規制に反対する人たちも納得せざるを得ない公平を保たれた法律と言えるでしょう。

 因みに一番身近な犬に関する「犬の飼育管理法 Control of Dogs Act」では、飼い犬が未登録の場合、反則金百ユーロ(約一万一千円)を地元自治体に支払わなければなりません。
 仮にこれを無視すると起訴され、地方裁判所で裁かれ、最高刑を受けた場合、罰金二千五百ユーロ(約二十九万円)又は三ヶ月の懲役刑と規定されており、これは日本で交通違反の反則金を支払わず、一定期間放置した場合、交通反則での扱いから刑事事件に至る仕組みと似ています。
※ 二〇一五年七月23日付、ユーロ円で換算。
 また、犬の登録業務は地方自治体の外、アイリッシュSPCAも行っています。いずれにしてもアイルランドの動物衛生福祉法を含む動物関連法は、日本の動愛法やその施行令・省令より格段に明瞭、法の実効性を重視したものです。

法律が出来るまで
活発な議論
 前回、犬に対するマイクロチップ強制化を審議したスコットランド行政府議会での議員、政府共に舌を巻くほど見事なやりとりを紹介しましたが、アイルランドも同様で、とにかく大臣も議員も問題の詳細をよく認識していることが、議会中継からも明らかに見てとれます。
 その一例を紹介します。
 数年前、アイルランド議会(ウラクタス)の事実上最大の権力を持つ下院(ドイル・エアラン)で、犬の繁殖場に特化した「犬の繁殖事業所法案Dog Breeding Establishments Act 2010」について審議が行われました。

 この法案は、アイリッシュ・セッター、アイリッシュテリア、アイリッシュウルフハウンド等に代表される犬繁殖業界と、グレーハウンド業界(ドッグレース)という、いわばアイルランドの伝統に従事する人々にとって更なる規制が伴う悩ましい内容でした。
 主な論点は、一九五八年にDAFMが制定・施行した「グレーハウンド事業法」の改正が予定されているにもかかわらず、
① なぜDECLGが新たな法案を出すのか
② 法を守っているグレーハウンド関連業者が居るのに、なぜ新法で縛る必要があるのか
③ DAFMとDECLG二つの省で話合いやすり合せはされているのか
と食い下る議論もありました。反対する議員の主張も一理あり、法案成立までの議会中継は一見の価値があるものでした。
 アイルランドでも法律が生れる初めの一歩は法案の趣旨説明ですが、ほぼ全文の法案読み上げと解説を、何とジョン・ゴームリー環境・遺産及び地方自治大臣(当時)が全て一人で行っており、「法案の詳しい内容は事務方からご説明いたします」の日本とは異なります。
 この「犬の繁殖事業所法」を提案したDECLGは、日本の環境省、総務省の仕事と住宅政策や建築基準法を所管しており、大臣のゴームリー議員は緑の党代表(当時)でもあって幅広い法律や施策を手がけている筈で、動物問題だけに集中しているわけではないのに、です。

法案審議過程
 アイルランドの法案審議過程は日本と異なり、詳細な法案の趣旨説明をした後、一回目の採決が下院議員百六十六名全員で行われ、この後に条文の細部に踏み込んだ議論へ進みます。
「自らの目で犬の遺棄を見てきた。虐待阻止や農村の為にもなる法案なので賛成だ」と法務副大臣(緑の党副代表、当時)が述べ、「グレーハウンド業界の動物福祉向上に更なる規制が必要」等と賛成派が発言していましたが、過去の事例や各党の取組み等を随所に引用する意見表明ゆえに、スコットランド議会同様、実際に事の詳細を見たり調べたりしていなければできない発言です。

 つまり、日本の諸議会に見られる、愛護諸氏からの聞きかじり情報やマスコミ報道の受売りを基にした「動物福祉向上!/動物虐待阻止!」という様な薄っぺらなものではありません。
 対して、支持者の声を汲む反対派も法案と現行法の齟齬について、詳細に追及、過去の事例を交えて反対します。これもしっかり調査されたもので、安易な反対表明ではありません。
 しかし最も驚くのは、矢継ぎ早の手強い反対意見に対しても、全てゴームリー大臣が一人で答えていること。そもそも大臣の周りには、コチョコチョ耳打ちアドバイスする事務方は一人もいません。顔をあげて演説し、明らかに頭の中に法案が入っていると察せられる姿は、まるで「当社の新製品には絶対の自信がある」と売り込む辣腕営業マンのプレゼンのようです。
 更に提出法案の文言を「一部を削る」又は「文言を付け加える」等の修正、つまり反対派との駆引きも大臣が行っており、これも反対派の突き所=犬の繁殖を巡る問題を自ら理解していないと不可能です。

 この様に濃厚な議論の下、この法案が議会の賛成を得るまで合計五回、下院議員百六十六名に賛否を問う採決を経ていました。
 尚、法の原案や修正案に議員の誰が賛成・反対したかは、アイルランド議会ホームページで公開され、過去十年分の議会中継録画と議事録が保存されていて、いつでも誰でも確認可能となっています。これを市民がどの程度参考にするか不明ですが、市民の義務でも有る議員監視はし易く、選挙での市民の投票行動にも有益です。

政府と愛護団体
 アイルランドにも日本や欧米と同じく、規模に差はあるものの数百の愛護団体が存在し、米国、ドイツ、英国等と同様に犬、猫、うさぎ等に加えて、大きな団体は馬科(馬、ポニー、ロバ)も保護、譲渡の対象にしています。
 もちろん、愛護団体個々の主義主張は微妙に違いがありますが、英国やドイツ、米国等と同じくアイルランドの愛護諸氏も、吾が仏尊しという傾向があり、簡単に他国の愛護事情を賞賛する事例は殆どなく、日本のように安易に時の政権や政治屋にスリスリしたり、妄信的に外来愛護団体並びに運動屋を祭り上げるなどもお目にかかったことがありません。

 また、二〇一一年からDAFMは国内の保護団体等に対して、大臣賞として公金を投入しており、受取る団体数は百四十、総額は二百五十四万一千ユーロ、約三億二千百六十万円※です。
 投入額は団体の規模等により、約二十五万三千円から約三千六百七十万八千円と様々で、動物の保護譲渡、及び適正飼養や公衆衛生の啓発、動物福祉の向上等が目的とされています。
※Awards Funding to Animal Welfare Organizations 2015 の投入実績。

 国から愛護団体への公金投入というと素晴らしいと思われるかもしれませんが、受ける団体の規模や資質、公金の投入への世論動向にも配慮、託される仕事として、事実上日本の自治体動愛センターの代りを行う等のこともあります。(ここではあくまでアイルランドの状況を説明しているだけで、日本も参考にせよと言っているのではありません。)
 なお、民間人が運営する保護団体に公金を投入する以上は、保護団体が法令順守していることはもちろん、国が求める活動方針に沿っているか、事業報告書のチェック等、相当の要件が課せられています。
 よって近年日本の一部自治体で見受ける、狂犬病予防法や動愛法(動物取扱業の申請もしくは登録)を守っているか確認もせずに愛護グループを招き入れた末、殺処分ゼロになった!と知事が乱舞する様な手法とは全く別物です。

公金投入はハードな任務をもたらす
 本稿では年額約三千六百七十万八千円※の公金投入を受けている二つの団体、ダブリンSPCA(一八四〇年創設)とアイリッシュSPCA(一九四九年創設)のハード過ぎる活動について説明します。
※Awards Funding to Animal Welfare Organizations 2016年度投入額。

 動物衛生福祉法では、日本の警察に相当するGarda(治安防衛団)と民間愛護団体との連携強化や役割分担を鑑み、犬猫等の多頭崩壊、虐待、密輸出等の不適切事案ごと、必要に応じて、この捜査権を執行する権限を適格な者に限って任命することを可能にしています。
 この任命をダブリンSPCAとアイリッシュSPCAは受けて活動しており、もともと両動物虐待防止協会にはスコットランドSPCAと同じく検査官(インスペクター)がおり、常に当局(警察や検察、行政)に上申、相談等して活動している為、任命されたことは当然の流れかもしれません。
 なお誤解のないよう記しますが、この流れは、私人訴追権問題や動物福祉の名の下に飼い主の許可なく動物を持出して殺害する等、市民の理解を得難い複数の不適切事案で、英国政府委員会に呼び出され追求されているRSPCAのインスペクター制度とは異なります。
 そもそも、RSPCAはイングランドとウェールズで保護活動している地域登録団体に過ぎないので、信じ難い不適切事案を起すRSPCAのインスペクターと、他のSPCAのインスペクターとは、過去の活動手法からも全く別物(詳細は次号)であること、先般の英国議会公聴会※からもはっきり判ります。
※二〇一六年六月28日 環境・食糧・農村地域省小委員会公聴会

 さて、一般的に多頭崩壊への対応には動物たちの保護は勿論、その前途を考える必要があり、動物たちを清潔な場所へ移す場合の所有権問題、衰弱した動物のケアその他デリケートな問題が付きまといます。
 この難題はアイルランドでも同じですが、日本のように犬猫等の小動物だけではなく、馬科(馬やポニー、ロバ)の大動物をも保護収容し、治療、飼養、譲渡する等、難度の高い活動が、ダブリンSPCA 、アイリッシュSPCAには求められており、これが高額の公金が投入されている理由であり、事実上、任務と言ってもよいハードなものです。

大動物も保護する
 アイルランドでは二〇〇八年に不動産バブルが崩壊、融資していた銀行もギブアップして、急速に景気が悪化したことがありましたが、その前95〜07年の好景気の頃に、なんと個人がペットとして馬を購入して飼育するブームがありました。
 しかしバブル崩壊を機に、日本で大型犬を含む純血種が山奥に遺棄されたのと同じく、アイルランドでも、首都ダブリンの郊外に飼い馬・飼いポニーが遺棄され、問題化しました。
 アイルランドの落込んだ経済は、現在?ケルト・フェニックス?と投機筋で言われる通り、不死鳥の如く回復基調です。

 しかし、遺棄された馬たちが元に戻れたかは別問題。実は「動物衛生福祉法」では馬やポニー、ロバを巡る不適切事案(遺棄、給水給餌不足等の不適切飼育)の抑止や救済も念頭においています。
 馬の保護というと米国で活動するSPCA(動物虐待防止協会)の中にも犬猫と同様に、馬やポニー、ロバの保護を行う団体があり、肝っ玉の大きい彼らは易々と保護しているように振舞っていますが、現実は容易なことではないはずです。

 ダブリンSPCA やアイリッシュSPCAでも犬猫、うさぎ、羊、ガチョウ等の保護と施設運営に加え、一般的な乗馬クラブと同じように馬房(馬たちのお部屋)を備え、食料(乾草や粗飼料)を保管する馬糧庫、放牧場も持っています。
 また、馬専門の常勤飼育スタッフの雇用は当然のこと、馬の臨床家=獣医師、更には第二の心臓と言われる蹄の手入れのために装蹄師の雇用も絶対条件です。
 何故なら、不適切飼育から保護収容された馬たちは、満足なケアも受けられず体調をくずしている/セカンド・ハートとも呼ばれる蹄に亀裂が入る裂蹄や、靴の先のクルッと丸まったアラジン靴のように蹄が異様にカールしている等、さまざまな問題を抱えており、こういう馬たちを回復させ、心身ともに健康にしてからでなければ、新しい飼い主につなぐことは不可能ですから。

公金でまかなえるのか
 馬をも保護する体制を保つ費用は大変ですが、一般の乗馬クラブのように乗馬を目的として飼養しているのではないため、利用者(クラブ会員)から会費を集めることが出来ないのは自明の理。大小様々多数の動物を飼育しているわけですから、一体どれほど費用がかかるのか。投入される公金でまかなえているのか。

 確かに多額の公金が両SPCAに投入されてはいますが、彼らの年間保護経費から算出してみると、公金は約一割程度に過ぎません。故に、一般市民の支援を募ることが不可欠ということになります。
 けれども、愛護団体に限らず、公や大企業から支援がある団体は裕福だと見られやすいもので、誤解した市民が寄付を止めたり、支援先を変えたりして、寄付総額が下ってしまうこともあります。

 この様な難しい環境下で、健気な努力と揺るぎない覚悟が有るゆえに、状況に応じてですが動物衛生福祉法を執行する者としてダブリンSPCA ・アイリッシュSPCAは任命されています。こういう制度が実現できるならば、日本でも導入をと思ってしまいますが、誰が考えても到底無理でしょう。
 次に、この二団体の保護活動例をご紹介します。

アイリッシュSPCA 犬三百五十一頭、馬十一頭保護
 二〇一五年四月、一つの不適切繁殖場から、アイリッシュSPCAはGarda(治安防衛団)、DAFM、地元自治体担当者と共に、犬三百五十一頭、馬十一頭を保護し、アイリッシュSPCAの犬猫保護施設と馬飼養センターへ移送しました。
 ベテランのインスペクターも絶句したと述べた、劣悪極まりない繁殖場から十一日もかけて救出したのは、五週齢未満の仔犬と繁殖用成犬※。
※犬種はシーズー、コッカースパニエル、シベリアンハスキー、ヨークシャーテリア、ビションフリーゼ・クロス、キャバリア、シーズー。

 その殆どが慢性皮膚炎や目・歯の疾患を有しており、被毛は多頭崩壊の定番ボロボロモップにようにガビガビ、オシッコ塗れの足は脱毛して皮膚が露出、尿かぶれでヒリヒリ痛そうな状態。
 まるで大量の麻薬を押収するごとく、多頭の犬の保護を法的に成り立たせているのが、国会で喧々諤々の論戦の末に制定施行された「犬の繁殖事業所法」で、この不適切繁殖場は地元自治体(カーロー州)の通達により閉鎖されました。

 保護された犬たちの長毛種は被毛の状態により毛刈りされ、治療ケア、マイクロチップ挿入、ワクチン接種、駆虫等された後、譲渡募集されますが、何と言っても頭数が多いため、ボランティアさん宅や英国ドッグス・トラストのアイルランド支部も側面支援しました。
 このように一度に三百五十一頭というケースは尋常でないとしても、二桁代の保護活動は珍しくない状況で、法整備により押収保護が容易になりましたが、その後にかかる費用が膨大になることは容易に想像でき、それを恐れず、救助に乗り出した勇気には感嘆の外ありません。
 同じ四月に、一頭の犬を自宅に飲めず食えずの状態で放置した飼い主が、動物虐待により有罪判決(罰金及び四年間動物飼育禁止)を受けており、この事件もアイリッシュSPCAとGardaが連携して動いた結果で、動物福祉衛生法施行後、初の起訴事件でした。

ダブリンSPCA 仔犬百十六頭の密輸出を阻止
 ダブリン港はアイルランドの貿易を支える要衝、約八時間でリバプールへ行けるフェリーの定期便が就航しており、このフェリーが仔犬を不正に持出し、ウェールズやイングランドで売りさばく為に使われます。事実、大きな密輸出が企てられました。
 二〇一五年二月、フェリーで英国へ仔犬を密輸出しようとした二台の車を、ダブリンSPCAはダブリン港内で阻止、保護した仔犬は百十六頭、例によって生後五週齢、マイクロチップやワクチン、駆虫、ペットパスポート無しでした。

 この密輸出阻止には、GardaやRevenue(国税局)、DAFM等の政府組織も連携しており、「動物衛生福祉法」では密輸出に対しても一定要件の下に保護団体に権限を与えているので、このダブリンSPCAの保護活動はそれが生かされた最初のケースでもありました。
 保護されたラブラドゥール、パグ、ウェストハイランドテリア、コッカースパニエル、シーズー、ビーグル合計百十六頭の仔犬はダブリンSPCAの施設に粛々と移送されました。
 仔犬たちは、健康チェック、ワクチン接種、マイクロチップ挿入や犬回虫症の治療が施された後、パルボ罹患等の深刻な体調の仔犬を除き、メディア各社にも公開され、すやすやとうたた寝、あるいは元気いっぱい仲間とじゃれる等、何事もなかったように遊ぶ、小さ過ぎる仔犬たちの様子が報じられていました。

 一八四〇年の創立以降、腹のすわった活動を続け、馬科の大動物を含めて、保護収容可能な施設運営をしてきたダブリンSPCAですが、常に新たな保護収容に対応できる体制を保つ必要性からも、健康で問題のない仔犬はなるべく早く譲渡したいと考えるのは当然です。
 しかしこの仔犬たちは、密輸出阻止に動いた当局が捜査を継続するとの理由で、「証拠品保全」のため直ぐに譲渡ができず、約二ヶ月経過してやっと、多数の応募者に無事譲渡されていきました。

密輸探知犬が仔犬を発見
 二〇一六年一月十二日、同じダブリン港で、乗用車(セダン)のトランクに押込められていた仔犬十八頭が発見されました。
 発見したのは探知犬マギー。マギーは国税局Revenueに所属し、不法薬物、違法な貨幣持込、偽タバコの密輸入摘発を任務とする頼もしい犬さんです。
 マギーのお陰で助かったシーズー、ポメラニアン、デザイナーズ(純血種のMIX)には、ペット・パスポート、ワクチン接種等の輸出要件不備のため税関に押収され、その後ダブリンSPCAの保護施設へ移送されましたが、うち三頭は衰弱がひどい状態だったとのことです。

 通気が不完全な乗用車のトランクに犬を押込めて輸送する「カーブート」と呼ばれる方法は、手軽さもあって密輸の定番的手法です。偽ペットパスポート問題もあり、現在ドイツでは担当大臣自らが注意喚起等しても中々根絶されず、フランスでも傷ましいことがありました。

 二〇一四年十月のこと、シェルブールの港で、フランスの海上憲兵隊がフェリーに乗船していたバンから十一頭のグレーハウンドの遺体を発見、動物検疫局の獣医師によって、死因はダブリン港を出て十八時間も押込められたための窒息とされ、検察官は十一頭の火葬を民間会社に命じたとのこと。
※仏ラジオ局トレンドウエストTendance
Ouest 二〇一四年十月27日報道。

 車種は不明ながら、バンに十一頭のグレーハウンドを、外から見えない形で乗せること自体想像もできませんが、事前に発見されていれば命永らえたでしょうし、ダブリンで押収された十八頭の仔犬も密輸探知犬マギーが発見しなければ死亡していたかもしれません。当時のRTE※の報道によると事態を重くみたDAFMは、フランス当局との連携を含めて対策をとりました。
※アイルランド国営放送局 二〇一四年十月29日報道。
 多くの国が手を焼いている大麻、覚醒剤、違法コピー商品等の摘発に加え、EU諸国では税制をも脅かす偽タバコの密輸入にも対応しなければならず、当局として仔犬密貿易だけに関るのは難しいのが現状で、これらの主原因は「娯楽で薬物を使いたい/安く買いたい」というヒトの業です。
 この状況下、仔犬の密輸出阻止に労苦を厭わないアイルランド政府とSPCAの姿勢は、動物の命にとってありがたく、密輸出先の国の公衆衛生面からも高く評価されるべきものと思います。

厳しい自己評価
 ここまで、アイルランドの動物政策と二つのSPCAの活動のほんの一部を紹介しました。
 大きな団体だけではなく、日本と同じく個人ボランティアグループによる保護活動も当然行われており、その人々は動物虐待に対して告発等の厳しい姿勢で臨んでいます。
 アイルランドでは日本と違って動物関連法が活用しやすいためか、動物虐待で公判へ辿りつく道のりが嶮しいとは言えないようです。

 しかしその実行には、法廷での証言その他、日常の活動とは異なる知力気力が必要で、最後まで挫けず、意思と信念を貫き通す覚悟が求められることを意味します。また公判ですから、実刑ではない等、望んでいたような厳罰が下るとは限らないことを考えればなおのこと、少々の事には動じない胆力がなければ務まりません。

 ボランティアのこの傾向は、日本では無名に近い存在ながら米国の、馬・ロバ等の大動物や「飼い難い」「危険犬種」等のレッテルを貼られた犬たちの[救命保護→リハビリ→訓練→譲渡]という極めて難度の高い活動を黙々と行う愛護諸氏の在り方と共通するものが感じられます。この覚悟は国の成立ちに自ら携わってきた民の血、心意気が承継されていることと無関係ではないのかも知れません。
 またこの覚悟は、金額に差はあるものの、DAFMの愛護団体への公金投入が影響しているかもしれません。いずれにしても日本の「官民協働という名の丸投げ」や「安易なコストカット」とは全く種類、性格が異なるように思います。

 これほどの活動をしながら、アイルランドの愛護団体や愛護諸氏の自己評価は一様に厳しいもので、更なる改善が必要との意見が示されています。残念ながら、ひたすらな愛護諸氏による動物愛護活動があっても、アイルランドにも不適切飼育者は存在するからでしょう。
 一例を示すと、春先に犬の放し飼いによって農家の羊が襲われる事件が多々発生しており、年間三千〜四千頭が絶命、羊農家の何と六割が犬の襲撃を経験しているという状況※です。
※アイルランド農業者連盟(IFA)の調査及び業界紙アグリランドによるアンケートより

 当然、IFAやDAFM、Gardaらが対応していますが、襲撃者(飼い犬)が逃走して逮捕?不可能とか、食するわけでもなく手当り次第に羊の首元にくらいつくので止むを得ず襲撃者(飼い犬)を射殺しても、手がかりとして残るのは首輪だけ。犬の飼い主は「俺の犬を撃った!」と農家を提訴することもあり、羊農家は写真での証拠収集等、反論にいらぬ労力を強いられます。マイクロチップ挿入が完全履行され、放し飼い者に対する厳罰化が実現するまでの間、農家の苦労は続きそうです。

 また、インターネット生体販売に関して、アイリッシュSPCAには相談窓口があり、不適切広告に対する指導を行ってはいますが、日本でスマホやパソコンを使い日用品を注文するのと同じ手順を経るだけで犬猫の購入が可能の状況は英国・ドイツと同じく、アイルランドでも淘汰されていません。
 当然、何とかならないかと愛護団体や愛護諸氏は主張していますが、アイルランドの或るメディア※が「動愛法等は厳しい法律か」とアンケートを行ったところ、50%の市民が「知らない/わからない」と答えており、多くの他国と同様に市民全体を巻き込んだ世論が生れているとは言えない状況です。ちなみに、動物の遺棄や飼育放棄も他国と同様に発生しています。
※The Journal-i.e 二〇一三年三月10日報道

 それのみならず、数年前、鹿狩の規制を盛り込んだ法律は生れたものの、「何で野うさぎや狐を追いまわすスポーツハンティングに政府は後ろ向きなのか?」や「国内のドッグレースは止めるべき!」「まともな管理が出来ず、怪我ばかりさせるマカオのドッグレースへのグレーハウンド輸出は止めさせるべき!」という声が動物の権利を主張するグループから出ている、即ち狩やレース盛況の現実があります。
 アイルランドでも英国等と同じく、ドッグレースやスポーツハンティングは長年の歴史を持ち、いわば伝統として容認されており、日本が更新時の狩猟免許返納や所持者の高齢化による狩猟人口減を懸念し「狩ガール」と言われる若い女性層に期待をかけるのとは異なり、「伝統」の中で動物愛護を推進するには相当の苦労が伴うことは充分推量できます。

英国のアイルランドへの視線
 実効性を重視した動物関連法を有するアイルランドですが、法を執行する自治体によるバラツキが他国同様ゼロでなく、そこを衝いたのがこのBBCドキュメンタリー続編でした。
 この続編は、北アイルランドに存在する劣悪繁殖場がアイルランド共和国内にも存在したと潜入映像を基に報じており、これに対する地元自治体及びDAFMが出したコメントが後ろ向きであると糾弾したのです。

 しかし、もともとこの劣悪繁殖場は、アイリッシュSPCAが前年十一月に日中に視察して問題点を指摘しており、当局に上申する等、継続して努力しています。それを見れば、現状が是正不十分だとしても、何もしていないと決めつけるのは酷でしょう。
  また近年、英国では他国から不正な形で持ち込まれる仔犬が問題になっており、英国メディアの論調ではアイルランドが名指しされることが多いように感じます。
 しかし現実には、不正な形で仔犬が入ってくるのは東欧からも多く、偽造若しくは獣医が内容を虚偽記載した「真正ペットパスポート」を持参し、車でドーバー海峡(フェリー又は英仏海峡トンネル)を渡って入国するルートがあるからのようです。

 このことは、英国ドッグストラストと英国公共テレビ局チャンネル4が調査し、報告書※を公表しました。何と英国で危険犬種に指定されているピットブルまで持ち込まれ、販売されていたケースも報告されています。
※The Puppy Smuggling Scandal

 また「バーミンガムではピットブルが人気の犬種だ」という東欧ブリーダーの言い分や密輸入経費までこの報告書には記載されており、これは英国の検疫に不備があったことになり、公衆衛生の問題からも、Defra (英国環境・食料・農村地域省)が対応していますが、要は需要がなくならない限り、根絶は出来ないのです。

それなのに…動物に関する諸事情
 以上、アイルランドの動物愛護政策を述べてきまし
たが、最新の統計によるとアイルランドに於ける野良犬と飼育放棄犬の殺処分数は年間二千八百九十六頭。
 しかし先述の通り、アイルランドは北海道とほぼ同じ面積・人口の国であり、また猫の集計もありませんので、環境省による日本全体の統計と単純に比較することはできません。
 この二八九六頭という数字は、DECLGによる統計※で、集計方法は日本で環境省が強制的に自治体に提出を求める手法と殆ど同じです。

※Dog Control Statistics 2014(二〇一四年度犬管理統計=最新集計)より。尚、施設保護中の自然死六十二頭とドッグレース出走困難犬及び引退犬の処分数二百四十五頭は含まず。
 但しお座なりに数を集計しているのはなく、犬の登録数の推移や各自治体のコスト、つまり犬の登録料の合計額と動物愛護事務事業に於ける支出についても集計される等、他国に例を見ない報告内容です。

 アイルランドでも日本同様、犬の登録数減少により犬の殺処分数も減少傾向にありますが、それでも毎年一万数千余頭が飼育放棄を理由に施設に収容されており、新しい家族の一員となるのを待っています。
 飼育放棄の一因として、日本では一部愛護諸氏やメディアが「ペットショップ(実店舗)によって犬の大量生産と大量消費がまかり通っている。こんな状況は日本だけ…」と相も変らず連呼しています。
 しかし、毎年一定数の犬たちが「要らなくなりました」と施設に収容されることは、犬の供給源がなければ辻褄が合いません。結局のところ、犬の実店舗販売が少ない他国でもアイルランドでも、その飼育放棄の様相は、何ら変りないと言えましょう。
 つまり、実店舗だろうとブリーダー直販だろうと、また保護施設からの譲渡だろうと飼育放棄は起り得るという至極当り前の話なだけのこと。一体いつ頃から「ペットショップ→犬の大量生産と大量消費→飼育放棄」という不思議なお題目がまかり通るようになったのか?
 おそらく、外国人旅行者が母国で見たことのないペットショップに驚いたという声が伝えられ、お題目誕生の要因になったのでは?

 しかし、外国人が母国の事を全て知っていることなど有り得ず、まして犬の販売方法やブリーディングを詳しく把握しているなど想像できず、そのことは私たちも我が身を振返れば納得できるはずです。
また、ロンドンに二十年以上滞在する人が、僅か五年の滞在者に比べてロンドンについて詳しいとは限りません。在住期間に関係なく、例えば全く犬猫に興味のない旅行者が訪問国の動物事情を見抜いて帰るケースすらあり、在住期間や予備知識よりも触覚や皮膚感覚の方が本質をつかみ取るもののようです。
 アイルランド共和国の、ドッグレースやスポーツハンティングの存続する現状は納得し難いとしても、その中で活動する愛護諸氏の勁い意志と行動には、私たちの参考になるところが大いにあると感じられます。
 この国の動物政策については今後も見守りたく、特に、数年後の履行が予定される英国のEU離脱によって関税面でどうなるか、またアイルランドから英国への犬の輸出量に変化が出るかも含めて、注視していきたいと思います。

おわりに
 前回終章において「最終回はアイルランド共和国の動物政策と保護団体の活動を紹介し、最後に英国のRSPCAを考察します」としるしました。その英国部分を次回まわしにせざるを得なくなったこと、冒頭にお断りした通りです。
 RSPCAについては、創設者たちの回想録等による創設当時の事情から「落ちぶれた」と評される現在までの有りようを通観する予定です。
 次回は「最終篇 下の下」。完結します。