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シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル79 2012 秋  

先進国って何? (四)

 英国篇 その四  買わないで!ーー 生体販売と繁殖場

青島 啓子


 前回は、日本の動物愛護運動をおこなう人々が動物福祉の先進国として評価する英国で、不況による飼育放棄の増加、つまり飼い主の身勝手に翻弄される犬やねこたちが多数存在すること、それを救済すべく、犬ねこの保護活動をしているものの、金銭面・人員面で厳しい状況におち入っている英国の保護団体の姿を伝えました。また、美の追求や歴史あるブリーダーとしてのプライドという、命の尊厳など歯牙にもかけぬ無節操・無慈悲な近親交配による繁殖で苦しむ犬と家族(飼い主)たちについて触れました。
 これらの問題いずれについても、日本で英国が動物福祉の先進国だと連呼する愛護関係者は勿論のこと、日本動物福祉協会=RSPCAとも関係が深く、一九四六年(終戦の翌年)から活動を始め、一九五六年に日本動物愛護協会から独立して以来今日まで、いわばRSPCAの広報係として活動してきた日本動物福祉協会=やその関係者もほとんど触れようとしていません。
 この英国の状況は、日本と何ら違いのない醜態、もしくは日本の実情より非道ではないかと指摘できるでしょうし、日本でのブリーダー崩壊事案で動物愛護運動をおこなう団体や個人がインターネットなどでよく使う「悪徳」「極悪」というキーワードを付け加えてもよいかもしれません。

人への虐待は動物へも、となる筈

 本稿このシリーズでは、最初に過去に大西洋奴隷貿易に深くかかわり、巨万の富を得てきたグレートブリテン即ち大英帝国を紹介しました。その理由は、奴隷という響きから人に対する慈愛が全く感じられないのはさて措くとしても、人に優しくできない者が真に動物に優しく出来る筈がないとの認識があるからです。
 英国を崇拝する愛護関係者の中には、単純に奴隷イコールアメリカという思考、もう少し具体的に奴隷=米国南部奴隷制度と理解し、英国は奴隷と関係無しとする人を散見します。それで、英国と奴隷との深い関係を述べたのです。
 奴隷制度に限らず、現実問題として他者や動物たちに対する非人道的振舞は古今東西、今なお世界中どこでも起きていることであり、そこに至る過程には様々な歴史的背景があるわけで、その点から見れば、他国の実情を褒めたり貶したりする場合は、評価を慎重にしなければなりません。よく調べもせずにこれらに優劣をつける行為は白痴同然と考えられます。
 昨年、ロンドンの北部にあるベッドフォードシャー州で、「日給が日本円にして約1万円、プラス食事と住居付」という甘い言葉で英国内や東欧などの貧困層の人々を集め、馬の移動用のトレーラーハウスや犬舍などに監禁し、奴隷のごとく働かせたとして男女五名が逮捕されました。
 数百人の捜査員と警察犬を投入して警察当局は監禁されていた二十四名を解放救出しましたが、オリンピックを翌年に控えたこの時期において、数百年前の奴隷制度を彷彿とさせた事件でした。解放された人の中には何と十五年もの間、監禁されていた人もあり、逃げようとした者には容赦なく暴行を加えるという、この手の事件のおきまりの極悪ぶりでした。(注1)
 日本でも、昨今貧困層を狙ったビジネスが問題視されています。関東圏のホームレスを甘い言葉で誘って大阪に連れて行き、生活保護制度を悪用して搾取する輩が出ており、大阪市が調査しています。(注2)
 対象は貧困層のみならず、己が利益を得るための騙しや搾取、ひいては監禁という手口は、過去のオウム真理教が起した一連の事件や、近ごろでも、全容解明が急がれる尼崎連続変死事件などに見られます。

 弱者を食い物にするという事象で、英国では、今年十月には有名音楽番組トップ・オブ・ザ・ポップスのディスクジョッキーなどで名をはせた超人気司会者ジミー・サビル氏(二〇一一年他界)が四十年もの間、少女たちに性的嫌がらせと暴行(レイプ)をしていたと民放テレビ局によって報じられました。現在全英のマスコミはもちろん、警察や国会を巻き込む一大スキャンダルに発展しています。
 ジミー・サビル氏はテレビやラジオで活躍する一方、孤児院や障害を持つ子供を治療する病院などへの慈善事業活動でも知られ、一説には約四千万ポンド、約五十一億円もの寄付を集めたとされ、身を粉にして弱者のために汗をかき、手を差し伸べる善い人、善行者として英国では語られていました。が、以前から一部で子供に対して性的な興味を持っているのではないかと囁かれていました。
 しかし、サッチャー元首相が自らの慈善団体のラジオインタビューでサビル氏の慈善活動を絶賛(サッチャー財団ラジオインタビュー 1982年12月)しましたし、また彼が、今は亡きダイアナ妃やチャールズ皇太子とも慈善事業等で懇親があり、その上ローマ法王や英国王室からナイトの爵位まで貰っていたこともあって、多くの英国民はサビル氏に対する好ましくない噂は根拠のない誹謗中傷に過ぎないと思ってきました。
 この民放の報道を受け、警察当局は捜査の一環として、ジミー・サビル氏から性的暴行などを受けた女性の
情報を集めるために電話のホットラインを設けました。その結果、多数の情報や暴行を受けた人からの申告が舞い込み、三百名近い人々が被害にあったこと、共犯として大物芸能人の名前も取り沙汰され、さらに国営放送BBCがサビル氏の悪行に気付いていながら、組織的に隠蔽したらしいとして、BBC会長が国会に喚問されるなど、騒動は底なしの様相を呈しています。
 特にこの事件で許しがたいのは、自分が寄付で支援した孤児院に暮らす子供や、障害をもち、または病弱の子が入院する病院内で、善行者という衣を纏い、レイプに及んだことです。その悪行を知ってか知らずか、サビル氏を祭り上げてきた王室や政治家たちは、その言動についてしっかり責任を問われなければなりません。(注3)
 日本でも昨今同様のパターンがあります。自分ではろくろく調べもせず、動物に優しく、動物愛護法改正に尽力しているという理由から、特定の団体・個人を祭り上げる政治家、獣医師、タレントなどがいますが、その対象団体・個人の内実はどうなのか、当会の調査では「?」のものが多々あります。特定の対象を援護・宣伝する場合、大きな責任が生ずることを認識してほしいものです。特に政治家は、一般市民よりも調べる術を充分に持っているし、何よりも公平が求められる立場にあるわけですから、スミマセンで済むはずはないでしょう。いずれ調査結果を発表します。

買わないで下さい

 さて、動物に話題を戻します。朝晩の冷え込みが厳しくなる中、本号が皆様のもとに届く頃はクリスマスも間近と思いますが、クリスマスプレゼントに皆様は何をお贈りになるでしょうか?
 日本では犬やねこ、うさぎなどの動物をクリスマスプレゼントにすることは珍しいと思われますが、前号でも紹介したとおり、[クリスマスに贈られたペットを「育てられない」と託してくる飼い主が続出することも予想される]※とあるように英国では特別珍しいことでないようです。
 ※「不況で捨てられるペット」 2008年12月22日 CNN ロンドン発。CNN日本支社翻訳による。

 そこで気になるのはプレゼントにする犬やねこ、うさぎなどを一体何処から持ってくるのかということです。
 前回もとり上げましたが、英国に犬を販売するペットショップは存在しないと信じている人が日本では少なくありません。これは英国が動物福祉の国だと思い込んだ動物愛護団体諸氏などの影響を受けてきたためで、こういう状況になって既に四十年あまりの時が流れています。現実には「英国にもペットショップは存在する」のに。
 ここではクリスマスプレゼントとして、ペットショップでパピー(仔犬)を買わないで下さいと呼びかけるの活動をしている英国の或る愛護団体の取組みを通して、実店舗を構えて犬を販売する英国のペットショップについて、ご紹介します。
 念のために申し上げておきますが、今回も前回と同様に、当会による独自調査の報告ではなく、普通に得られる情報をまとめただけです。英国に犬を実店舗で販売する店があること自体、二〇〇五年に有名デパート=ハロッズでの仔犬仔ねこ販売が問題になった例を見ても特別珍しいことではありません。
 これは動物愛護活動に全く関心なく、単に観光でロンドンを訪れた人でも知っていることで、愛護に詳しいとされる日本の愛護諸氏が知らないだけのこと、または知らないとしているだけのことです。
 まずはこれをご覧下さい。
 これは英国の「パピー・ラブ・キャンペーン」という団体が制作した啓発ビデオのひとコマです。クリスマスにパピー(仔犬)をペットショップから買わないで下さい (Please don't buy pups from pet shops this Christmas)と訴えています。


 買わないで下さいと訴えかける理由は、飼育環境が劣悪で犬たちが虐待されていると言わざる得ない現状から、彼らに利益を与えないようにしたいこと、それから、犬やねこと生活を共にしたい人は保護団体などへ出向き、譲渡を受けて欲しいとの想いからで、これは日本の愛護諸氏の主張と全く同じです。
 ビデオから起した白黒写真のために見えにくいかもしれませんが、殆ど光が差さない室内に、コンクリートブロックを積み上げたような壁で仕切られた犬舎は、清掃をきちんとおこなっているとは到底見てとれない不衛生な環境で、清潔な水やフードの類は見当らず、散歩に連れて行ってもらっているのか?とも疑ってしまうような状態です。
 また、日本の動物愛護法改正で議論となった「幼齢犬」
が社会性を学ぶ様な飼育、例えば、お母さん犬や兄弟犬
とじゃれて遊ぶなどの環境を与えられているとは思えま
せん。成犬になった時、うぅーと唸り声を上げて人を威嚇したり、咬んだり、犬でありながら他の犬を怖がったり、しつけを受入れないなどの問題犬にならないような飼育がされているとは推量もむずかしい状況です。
 更に、この手の劣悪な飼育繁殖施設に付きものの状況、すなわち犬たちの健康状態も良好とは言えず、被毛の状態は悪く、目や耳、皮膚の疾患を持っている仔も見受けられます。これは例によって繁殖に必要なコストを下げるために出来るだけお金をかけず、当然、殆ど獣医師に犬を診せることもない心無いブリーダーお決りの所業です。
 この手の劣悪な飼育環境で、ただただ母犬に子供を産ませ続ける繁殖施設のことを、米国やオーストラリアではパピーミル(Puppy Mill)=仔犬工場と表現する場合が多いですが、英国ではバタリーファーム(Battery Farm)と表現することもあります。
 本来、バタリーファームとは、飼育管理の効率化や卵の生産性アップを目指して、鶏が自由に動き回れる平飼いではなく、お日様の光を見ることなく、土の上を歩くこともなく、羽を広げる事も難しい、狭いケージ(バタリーケージ)を数多く使っている養鶏場の事を指しますが、劣悪な犬の繁殖場をバタリーファームと表現する理由は犬の自由を奪って、卵ならぬ仔犬を生ませ続けているからのようです。
 ちなみに日本で卵が物価の優等生と言われることとバタリーケージでの飼育は切っても切れない関係があります。これは自然な環境で鶏に自由が与えられ、鶏の欲するままに産む卵(地養卵)の方が値段が高いことからも明らかです。
よく日本の愛護諸氏が動物福祉問題を語る時にEUを見習え!と連呼しますが、これも当会なりの解釈、また国内の養鶏関係者の解釈によれば、無知の極みといわざるを得ません。
 確かにEUは、今年から養鶏場で鶏の福祉を担保できないバタリーケージの使用をEU加盟国に禁ずることを決めました。しかしそうすると卵の生産性が落ち、価格が上昇し、卵を使う加工食品(乾燥パスタやマヨネーズなど)は影響をもろに受けますし、何より養鶏場を経営する生産者にしてみれば、バタリーケージを撤去して、飼育環境を再構築する、つまりコストの増大を受入れなければなりません。唯々諾々と従う生産者が一体どのくらいいるのか疑問が持たれます。この点は近く本誌で触れますが、EU参加国で経済対策の足並みがそろわないことと同様に、バタリーケージ全廃止を厳格に守らない国が現に存在しており、EUの担当責任者も「努力はしたけど…。事実上、成す術なしです」と困惑した表情で、ドイツ公共放送局ZDFの取材に対してコメントしています。
(報道番組フロンタル21 2012年1月24日放送)
 卵からパピーに戻ります。
 いずれにしても、このビデオに映し出されている劣悪な環境の繁殖場が英国内に存在しているわけですが、日本の愛護諸氏が憧れ、師と仰ぐ英国には〈不適切飼育者に対する充実した法律〉があり、またRSPCAにはインスペクター(動物査察官)がいるはずなのに、いったい何をしてるのか?/何故このような劣悪施設がまかり通るのか?/という疑問が出てきます。
 その答は後に触れますが、結局のところ人の所業は文化風習・言葉も超えて、どの國でも同じ有様で、冷静に考えてみれば、当り前の事かもしれません。
生体販売店では…
 ご覧いただいた劣悪環境で犬を繁殖したブリーダーは、当然ながら、繁殖した犬を生体販売業や個人に売り渡すわけですが、果たして、このような環境で育てられた犬たちが販売された場合、日本でも珍しくないトラブルが発生したり、不幸が訪れたりすることはないのでしょうか?
 日本で生体販売に関するトラブルとしてよく耳にするのは、
(1) 買った後で健康な犬でないことが判った。
(2) 買ったばかりなのに死んでしまった。パルボだった…。
(3) 買った後で先天性の心臓疾患等を持っていることが精密検査等で判った。
などですが、これは改めて申し上げるまでもなく、繁殖における飼育が適正におこなわれていないことが最大の理由であり、前号で伝えた通り、以前から英国や米国、オーストラリアなどで問題視されてきました。彼らの脳中には「命を扱う」認識は全く無く、生産コストを削減したいという人の業が常に優先されているのでしょう。
 なお、このビデオは、制作した「パピー・ラブ・キャンペーン」のホームページとユーチューブ(注4)で誰でも見ることができます。
大型ペットスーパーストア
 二〇〇九年に英国で犬の生体販売をおこなう大型ペットスーパーストア(大型店舗)の在り様が問題視され、民放局チャンネル5ニュースとスカイテレビニュースの特報として放送されました。
 まずは次のページで、写真三枚をお目にかけます。。
 ご覧の通り、日本の生体販売店と同様に犬を実店舗で販売していることがお分りいただけたと思います。(「実店舗」とは聞き慣れませんが、ネット上の販売店と区別するために出来た言葉のようです)
 この販売店のホームぺージによると、有名サッカーチームの本拠地があるマンチェスターと、イングランド北部に位置するリーズの二ヶ所に大型ペットスーパーストアと称して実店舗を構え、ペットフードや首輪、リードなどの用品と共に犬の生体販売もおこなっています。「犬のプロフェッショナルが衛生的な環境で繁殖をおこなっているので、クオリティの高い仔犬の販売をしています」とうたっています。
 昔から日本でまことしやかに英国には生体販売店がない、法律で販売が禁じられているなどと言われていますが、実際には日本やドイツと同様に所定の手続きを行なえば、犬や猫の生体を店舗で販売することは違法ではありません。
 更に、当会は容認しませんが、先ほどの「犬のプロフェッショナル云々」「クオリティの高い仔犬云々」などの宣伝の通りならば道義的にも好ましく、このお店はしっかりしている、安心できると考える人がいても不思議ではありません。
 しかし、このテレビニュースでは、問題ありとして、店舗の名前まで晒され報じられました。動物福祉の先進国・英国の生体販売店で、いったい何があったのでしょうか?
販売方法等に問題があると報じられた大型ペットスーパーマーケットのDogs4Us マンチェスター店
ガラス越しに見える販売用の犬
ガラス越しに犬を見るお客さん。カップルでしょうか?
※この写真3枚はチャンネル5ニュースよりおこしました。
買ったばかりなのに…
 この番組や同店舗をバッシングするサイトでは、問題とされる店舗から犬を購入した人が複数登場し、日本の生体販売(実店舗対面販売及びネット販売)でも有りがちな問題点、すなわち買ったばかりの犬が病気だった/すぐ死んでしまった/パルボに罹患していた/などと同じような被害を受けたと吐露しています。
 番組ではこれら悲劇の原因として、販売する犬の繁殖方法や健康管理に問題があると報じていますが、この生体販売店は日本の生体販売と同じく、一応生体六ヶ月保障をつけています。
 しかし言うまでもなく、犬はモノでなく命ですから、家電製品と同じように「初期不良品でしたか、申し訳ありません」「修理します」「良品と交換します」「別の商品と交換します」「ご納得いただけないのであれば、今回は特別に返金します」と言われても納得がいくはずがありませんし、これは日本人でも英国人でも同じです。
 ちなみに問題ありと報じられた店には、これまで犬を購入した顧客の写真が飾られ、明らかに販売促進効果を狙っていますが、これも日本の生体販売店のいくつかで見受けられる光景です。

 英国での「生体を売ること」について、ここで簡単にまとめると

(1) 日本やドイツと同様に所定の手続きをとれば、犬猫の生体店舗販売は法的に問題ない。
(2) 生体販売店から或いはブリーダー直販で買った犬が、すぐに死んでしまった、または心臓や骨に先天的な疾患があることが判明した、ということがある。
買った犬の異変に気付いた飼い主が、動物病院で検査した結果、先天的異常と判明するなど、いわば犬の素人にも判る現象を、犬のプロである販売店やブリーダーは、判っていても告知せず売るらしい。
(日本でも、犬を購入後、同様の経緯をたどった末、日々必死にケアをおこない、先天的疾患をかかえる犬の命を支えているご家族が存在する。)
(3) 店舗によって違いがあるものの、日本と同じく、一応生体販売保障がついている場合がある。(今回のこの店のケースは購入後六ヶ月保障。ちなみに、ギネスブックに登録されているドイツの巨大生体販売店=イソギンチャクからナマケモノまで扱う=にも仔犬の保障制度がある。この店については近々「ドイツ篇」で扱う予定。)
 おおむねこのようになり、生体販売において、ほとんど日本と同じ問題が英国でも発生しています。ところで、この販売店で売っている犬たちは一体どこから来たのでしょうか? またどのような繁殖環境で育てられていたのでしょうか?
 実は、はじめに見ていただいた劣悪繁殖場で生まれ育った犬たちが、この「問題がある店」として報じられた生体販売店で販売されており、実は経営母体も同じでした。これは日本で長年、愛護諸氏に語られている動物福祉の先進国=英国の姿とはほど遠い有様ですが、これが真実であり、現実なのです。
 こういう現実に対して、RSPCAのインスペクター(動物虐待調査職員)はどのような対応をしたのか? また、英国の行政は、繁殖場や生体販売店への指導管理、つまり動物を無慈悲にも劣悪な環境で繁殖させ、犬や猫の購入者に不幸も一緒に売り払う輩たちに対して、厳しい行政指導をおこなう、もしくはレッドカードの如く一発退場=繁殖や販売をできないようにするなどの対応はしているのか?
 当然このような疑問が生れてきますが、RSPCAや行政は、どのような対応をしたのでしょうか?

同じ=おんなし=Tantamount

 この番組では、問題の生体販売店が販売した犬を巡るトラブルの現状を伝えるとともに、これら繁殖場を所管するカーマーゼンシャー州(ウェールズの西に位置する)の議会筋に情報提供し、適切な対応をするよう取材をかねて接触しました。
 これに対して、議会筋は情報提供に感謝する、然るべき対応を検討するとコメントはしましたが、問題の繁殖場に改善は見られず、あれだけ劣悪な繁殖環境でありながら、強力な行政指導も行われませんでした。
 同様に番組では、「生体販売や繁殖をおこなう上での決り事であるレギュレーション(規則)やライセンス(免許)的に問題がある」とのRSPCAのコメントを取りつけ、紹介していますが、福祉の先進国といわれる英国の象徴的存在であるRSPCAのインスペクター(動物虐待調査職員)が問題の繁殖場に動いたという痕跡は、三年経過した今日まで見つけることができません。
 これでは動物を無慈悲に扱う者に対して、英国の行政やRSPCAが効果的な対応をおこなっていないことになります。が、これは今に始まったことではありません。

少々寄り道:インスペクター/アニマルポリスの解説

 ついでに申せば、RSPCA のインスペクターについて日本ではかなり誤解されており、一部の人はまるで日本の厚生労働省麻薬取締官と同じように、法を犯した者のところへ抜打ちで出向き、「こら!」とばかりに家宅捜査や違反者の逮捕・身柄の拘束ができると思い込んでいるようです。
 しかし、そもそもRSPCAのインスペクターはそのような捜査権などを行使する法的権限を持っていません。そのため、行政や警察などが動物虐待などで動くことが必要で、その場合インスペクターが動物愛護福祉に関する法的知識や飼育に関する知識に秀でている者として同行することがあります。
 参考までに「RSPCAのインスペクター=麻薬取締官」という思い込みは、明らかにマスコミや日本の一部愛護諸氏の言動が影響しており、結果として米国の一部の州警察にあるアニマルポリスと混同しているようですが、そもそも米国の一部の州警察に設けられたアニマルポリスは、マフィアの財源になっている闘犬場に対応するために設けられた経緯があり、今日では一般市民による多頭崩壊など、ペットにまつわる不適切な事案に対応していますが、はじめから動物愛護を目的として発足したわけではありません。
 また、当然相手がマフィアなどである場合、捜査を行う上での法的知識や逮捕術、更に拳銃の扱いなど、日常、警察官が仕事をおこなう上で必要な技能の研修が必要とされている州警察もあります。ただし、このようなアニマルポリスがあるから動物たちが安泰かと言えば決してそうではなく、従前より一部では、ワイロを貰って違反者のお目こぼしをしているのではないかと囁く向きもあり、事実か否かの問題はありますが、少なくとも米国の愛護諸氏は「アニマルポリスがあるから動物たちは大丈夫」とは思っていません。
 これは日本と同じく、愛護団体や個人レベルの名も無きボランティアたちの活動によって、飼育放棄された動物たちの命が支えられている現状をみれば明らかです。アニマルポリスや行政、さらには大きな愛護団体に動物たちが守られているのなら、日本の個人ボランティアと同じく、家計を切りつめてフードを買ったり、動物病院につれていくなど、やりくりして自腹を切る活動をおこなう必要は無いはずです。[寄り道終り]

 話をRSPCAのインスペクター(動物虐待調査職員)に戻します。
 例えば、あそこの繁殖場の犬の扱いが酷いので何とかならないかと行政に市民が情報提供し、それに応じて行政が、市民の言う通りこれは酷いと認識して動く、となることが理想ですが、そう簡単に事が運ぶわけではなく、ほとんどの場合、市民たちはがっかりするようです。日本において読者諸兄姉も、同様のもどかしい思いをされたことがおありかと思います。
 日本の現状はと見ると、例外的に感度の高い自治体の動物愛護担当職員が存在しないわけではありませんが、多くの場合、行政に何度何回、情報提供をしても反応なく、飼育方法などに問題ありと指摘された現場を見に行こうともしない、また法的に微妙なので難しいの一点張りとなる、つまり「行政は動かない」。
 もちろん情報提供の内容や提供の仕方に問題があったり、動物愛護法が曖昧であるため明確な判断ができなかったりするケースもあるでしょうし、判断自体に過度の勇気や度胸が必要な場合もゼロではなく、改善して欲しいと望む市民からすれば、納得がいかないということになってしまいます。
 結局、これらによってフラストレーションが生まれ、日本は動物愛護の後進国だ!/日本にもアニマルポリスが必要だ!/日本の動物愛護法の改正が必要だ/となっていくわけですが、今回取り上げているのは、日本の現状とさして変らぬ劣悪な繁殖場の問題で、福祉の先進国・動物に関する法律も充実している・その象徴的存在であるRSPCAが有る英国の話です。
 少なくとも言えることは、行政や資金力豊かなRSPCAではなく、はるかに小さい市民有志の集りである「パピー・ラブ・キャンペーン」というグループがビデオまで作って、劣悪かつ無慈悲な繁殖場の実情を訴え、クリスマスに仔犬を買わないでくださいと声を上げざるを得なかったわけで、これは日本でも同じだとお気づきでしょう。

 同様の構図は、昨年の東日本大震災の動物救援においても見られました。
 環境省、福島県、更に公益社団法人日本愛玩動物協会、公益社団法人日本動物福祉協会、公益社団法人日本獣医師会、公益財団法人日本動物愛護協会という錚々たるメンバーで構成されるどうぶつ救援本部ではなく、はるかに資金的・人的に恵まれない個人や国内愛護団体が具体的活動、つまり動物たちの保護をおこなった、おこなわざるを得なかった事実をみても明らかです。
 これは今に始まったわけではなく、繰り返しますが日本も英国も同じであり、幻想にとらわれて、いたずらに英国を褒め祭り上げるのではなく、お互い反面教師として学ぶべきということを、日本の愛護諸氏やマスコミ、いわゆる知識人、タレント、政治家、環境省、一部の自治体は悟るべきです。

マイクロチップを入れましょう !?

 先に述べた通り、番組では問題の生体販売店が販売した犬を巡るトラブルの現状と劣悪な繁殖場を取材し、その結果を議会筋に情報提供したものの大きな成果が得られませんでした。
 そこで番組スタッフは、問題の繁殖場があるウェールズの農村地域省大臣エリン・ジョーンズ氏に対して、地元の畜産関連イベント会場で取材を敢行、おそらくアポなしだったためか、大臣は怪訝な表情で応対していました。
 その後、動物福祉を全く理解できない繁殖場が問題視され、二〇〇九年十一月に行政が調査したところ、
(1) 無免許の犬繁殖施設が、二百四十九箇所もあった。
(2) 無免許繁殖場のほとんどが劣悪な環境であった。
(3) 犬に対する知識が豊富でないスタッフを置く、繁殖場があった。
(4) 繁殖場のスタッフ一人当りが面倒を見る犬の数が多すぎる=スタッフが少なすぎる
ということが判りました。
 これらを受け、農村地域省大臣エリン・ジョーンズ氏は二〇一一年十一月に商業的な繁殖家が増えていること、これらは合法的な商いであること、現状で繁殖において動物福祉法※が守られていないケースがあるとして、パピーファームに関する法律の見直しを検討しました。
 見直しとは、おおむね以下の点についてです。

(1) 犬が何時どこで生れたのかを明確にする(トレーサビリティ)ため、マイクロチップの導入を検討する。
(2) 繁殖場のスタッフ一人当りが面倒を見ることができる犬の頭数を明文化する。
(3) 電気ショック式首輪の販売を原則禁止する。
(4) 繁殖場が動物福祉を理解するような体制を作る。
 ※二〇〇六年に改正された英国の動物福祉法(Animal Welfare Act 2006)。
大まかな内容は、(1) 動物に適した環境と食事を与えなければいけない (2) 痛み、苦しみ、怪我、病気から動物が保護されていなければならない など。
 電気ショック式首輪はいかにも海外らしい感じがしますが、それ以外のマイクロチップや繁殖場のスタッフの件などは日本でも以前から同様に叫ばれている問題であり、正直なところ、今さら何なのというのが実感です。
 何はともあれ、犬たちが無慈悲に扱われることがなくなるように行政が舵を切ることは望ましいことですし、動物福祉の先進国といわれる英国ですから、その後スムーズに法改正が進みました。
 と言いたいところですが、洋の東西を問わぬ現実が露呈、法改正反対の声が出始めました。
 反対の狼煙を上げたのは比較的小規模のブリーダーたちで、彼らの言い分は「無慈悲な繁殖場やブリーダーが淘汰されることは賛成だが、何で真面目にやっている自分らまで法改正で新たな縛りを受けるのか?/私たちはドックショーで入賞するような優秀な犬を育ててきている/そもそも今回の法改正では問題は可決しない!/ということのようです。
 動物愛護や福祉に限らず、不真面目な行為をする輩によって、真面目な者まで法改正などで影響を受けることはよくありますが、このブリーダーたちの本音は、マイクロチップやスタッフの確保など、犬を繁殖する上でのコスト上昇が嫌だと考えていうように思えてなりません。

 以上、今回は、先進国と言われる英国の生体販売や繁殖場の様子を紹介しました。
 因みにパピー・ラブ・キャンペーンさんは無慈悲な繁殖場問題を取り上げて、三年経過した今日も法改正を求める署名を募り、「クリスマスに仔犬を買わないで」と呼びかけ続けています。

参考資料

(注1)
ベッドフォードシャー州奴隷事件
報道
http://www.guardian.co.uk/world/2011/sep/11/leighton-buzzard-slaves-released
http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-beds-bucks-herts-14888183
http://www.nzherald.co.nz/world/news/article.cfm?c_id=2&objectid=10751316
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2036153/Bedfordshire-slavery-ring-Travellers-organised-crime-ring-running-family-business.html

警察発表等
http://www.bedfordshire.police.uk/about_us/news/news_2011/110912_-_slavery_offences.aspx
http://www.bedfordshire.police.uk/about_us/news/news_2011/110912_-_operation_netwing.aspx
http://www.herts.police.uk/hertfordshire_constabulary/beds__herts_major_crime_unit.aspx
http://www.herts.police.uk/hertfordshire_constabulary/about_us/beds__herts_dog_unit.aspx
(注2)
大阪市ホームページ(生活保護の適正化より)
http://www.city.osaka.lg.jp/fukushi/page/0000086801.html
(注3)
ジミー・サビル事件
http://www.bbc.co.uk/news/uk-20108980
http://bigstory.ap.org/article/catholic-church-bid-strip-saviles-papal-honor
http://world.time.com/2012/10/09/jimmy-saviles-horror-show-child-abuse-allegations-shake-the-bbc/
(注4)
買わないで下さい

パピーラブズ・キャンペーン制作ビデオ「クリスマスに仔犬を買わないで」
http://goo.gl/E3E0P
「あなたはどちらの子犬を選ぶでしょう」
http://goo.gl/BmCbQ

報道
http://news.sky.com/story/714955/appalling-puppy-farm-conditions-uncovered
http://news.sky.com/story/715205/corrie-star-shocked-by-puppy-farm-report
http://www.bbc.co.uk/news/uk-wales-politics-12689401
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/8353736.stm
http://www.bbc.co.uk/news/uk-wales-12209023

ウェールズ州広報
http://www.welshicons.org.uk/news/wag/major-changes-announced-for-dog-welfare-laws-in-wales/