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TOP mook 動物ジャーナル バックナンバー 動物ジャーナル89・先進国って何?(十三) 

シリーズ「先進国って何?」

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■ 動物ジャーナル89 2015 春

先進国って何?(十三)

 ── 最終篇 上

BBCスコットランド支局制作ドキュメンタリー「The Dog Factory」紹介

青島 啓子

はじめに
 少し面倒な説明になりますが、ご勘弁下さい。
「先進国って何?」シリーズは、英国篇その一を08春、その二(12春)からその六(13春)まで、そして13春号にドイツ篇その一を併載し、その二(13秋)以降その四(14春)まで続けてきました。
 その後「検証グループ」のお休みによって、二回(14秋と冬)は青島個人の興味からの西欧事情の報告・感想などを述べました。

 このほどようやく「検証グループ」の復帰を得、再開可能となったのですが、休養中?にも収穫はあるもので、この連載の意義・展望等々を寄りより検討し、新展開が必要との結論に達しました。
 具体的には今回を<最終篇>として、それをを今号と次号との二度に分けて掲載し、先進国シリーズを終了させます。そして姉妹編として「先進国無差別崇拝が日本にもたらした実害」検証を始めることにいたしました。

 かまびすしい西欧礼賛に対し、「ほんとうか?」と反証を列挙してきましたが、そして、それはそれなりに評価され支持を得ましたが、もう充分ではないかと考え、あとは、おかしいと感じた人が自力で反証材料を見つければよいと思うようになりました。

 終了の決定には、或るつよいきっかけがありました。
 常々動物への接し方その他について仰ぎ見る先輩(九十歳代の女性)からのご意見です。それは

動物愛護にまつわる舶来かぶれや事実誤認の類は未来永劫なくなることはない。それに対し、その 都度間違いを指摘しても、感度の問題もあるし、ほとんど無意味。賽の河原に石を積む労をいつまで続けるのか。
近年の代議士や官吏(国家公務員)や地方公務員の舶来かぶれによる事実誤認に対し、間違いをはっきり分らせ、影響の大なること=はっきり記せば実害が発生していること=を教えなければならないはず。
英国の愛護及びRSPCAの実態については、既にマルクスが総括済み。それを知らないの?
との厳しい指摘でした。

また、別の方から「高等学校の『近代史B』には、大英帝国の無慈悲な所業が書いてあり、文部科学省の検定も通っている。高校生レベルの世界史が頭に入っていれば、英国が動物に優しい国と言われても鵜呑みにしない筈」という的を射たご意見も頂きました。
 特にマルクスが好きだった訳でもないのに、その当時『資本論』(注1)の仄めかし的記述からRSPCAの本質を看破していらっしゃったとは。
 また、国を背負うに相応しい少年に褒美として授けた「ヒトラーユーゲント・ナイフ」、これは果物の皮をむくことも物を削ることも難しい、銃剣の様に突き刺すだけのものであることや、一見動物に優しく振舞いながらも民族大量虐殺の口実をこっそり織り込んだ法律(注2)、その後出された狂気の法令(注3)等から、NSDAP(国家社会主義ドイツ労働者党=ナチ)の姿を見抜いた方もおられます。背筋も心もピンとした明治生れの先輩たちの鋭い眼力には驚かされます。

(注1) 1920年6月第一巻発行・高畠素之訳・大鎧閣刊。刊行完結は1924年7月。
ヒントになった部分を新しい訳文により要約引用すると[…あなた(資本家)に私は正当な労働時間を要求する。だがあなたの心に訴えることはしない。何故なら、心情などはお金がらみの話となればどこかにいってしまうから。あなたは市民の模範となる方でしょう、多分、動物虐待防止協会の会員でしょう。…](第一巻 第三篇 第十章第一節「労働日の限界」(電子版・訳者 宮崎恭一 2010 https://goo.gl/liYnW3))
(注2) 近年の代議士や官吏(国家公務員)や地方公務員の舶来かぶれによる事実誤認に対し、間違いをはっきり分らせ、影響の大なること=はっきり記せば実害が発生していること=を教えなければならないはず。1933年12月13日ライヒ動物愛護法(Reichstierschutzgesetz)
(注3) 1937年1月17日ユダヤ人獣医師の免許剥奪/1942年2月15日ユダヤ人の家庭動物飼育禁止/その他具体的法文は別稿にゆずる。

 また本稿関係者の一人は、マルクスを絶対認めない反マルキスト先輩から「動物の活動をするのならば、騙されたと思って、ここだけは読んでおけ」と、この部分を示されたそうです。
 マルクス乃至『資本論」…筆者個人は経済学という科目に悪戦苦闘した経済音痴で、『資本論』は買ったままだったなと思い出す程度、内容にもついていけませんが、今回導かれて[注1・労働日の限界]の部分を読み、マルクスの弱者への眼差しを好もしく思いました。

 『資本論』この部分を含む章には、英国の各種産業での過重労働(子どもでも1日18時間労働)、塩より安いからと、健康被害お構いなしにアルミ粉を使う製パン業の薄情等々が羅列されます。植民地の黒人のみならず自国民に対しても平然と非道を実践する人々が動物虐待防止協会会員でもあろうという皮肉は、何を照射するのでしょうか。
このRSPCAに関しては、昨年9月、公訴局(日本で言えば検察庁)のチーフインスペクターであったS・J・ウーラー氏作成「調査報告書」で、日本の愛護諸氏や一部大学教授が賞賛するRSPCAの訴追部門に対して、その排除を含む手厳しい指摘がなされています。150年ほど前のマルクスの片言がその姿を言い当てていたと言っても過言ではないでしょう。

RSPCAに関する調査報告書
2014年9月24日
RSPCAに関する調査開始説明
2014年1月

 このシリーズ終了決定のきっかけの説明が長引きました。
 ありがたいきっかけのお陰で、後続稿の方向が決定でき、今は意欲に燃えていますことをお伝えし、お力添え下さった方々に感謝いたします。
 先輩たちは、テレビもインターネットもない時代に、海外の動物の命を巡る問題を貪欲に調べ、感じ取り、後輩に伝えようとしてこられたはずですが、ここ現代に至って、例えば「特派員による先進国リポート」とされる記事のウルトラ級事実誤認がまかり通る無惨な有様になってしまいました。
「先進国って何?」シリーズでの反証列挙は、この有様をなんとかしたい思いからでしたが、一度ケリをつけることにしましたこと、前述の通りです。

 折も折、英国BBCが、仔犬をめぐる問題を放送すると、番宣を見た方から教えられました。タイトルはThe Dog Factoryとのこと。このドキュメンタリーを見て、これは最終篇の材料として最適のものと断じ、紹介することにいたします。

英国BBC・スコットランド支局制作のドキュメンタリー
 今年4月15日、BBCのスコットランド支局は、英国のパピー・ファーム(仔犬農場)を追求したドキュメンタリーを放送しました。
 この番組は、今後他社が同様のものを作ることは難しいと思われる、つまり英国のパピー・ファームと動物を守る法令とを総括するに近い完成度の高い内容でした。
 タイトル「The Dog Factory(犬生産工場)」から想像して、日本の某新聞社系雑誌風に言えば<生体流通の闇>となるか、恐らく「英国篇三、四(2012年夏、秋)」で扱った問題に近い内容かと予想しました。
 これまで英国やドイツの同様の番組を可能な限り見てはきましたが、その度に、その映像とそこに至る過程がほとんど同じ構図であり、明治生れの先輩たちの言葉通り「動物問題においては、法律云々より、常に容易ならぬ歴史的背景が今日に於いても見え隠れする」ため、辟易するような映像は「残酷映像は拒否する」編集方針のもと、紹介を控えてきました。

 ところがネット検索したところ、BBCスコットランド支局、調査報道の看板番組として知られる「インヴェスティゲーション(Investigation=調査・捜査などの意)」での放送、担当記者は<度胸も愛嬌も女>を地で行く、勇猛果敢なジャーナリストのサマンサ・ポーリング女史(以下サマンサ女史)。これまでメディアでは余り報じられることがないスコットランドと北アイルランド及びアイルランド共和国を巡る生体繁殖販売に関するリポートで、放送枠も政府絡みの大ネタを扱う時と同等、約一時間という破格の番組であることが分りました。

 調査報道と言っても様々ですが、これまでサマンサ女史が扱ってきた事案は、巨大民間武装警備会社で起きたイラク派遣社員間殺人事件(2003年)/付加価値税制度の悪用・麻薬・資金洗浄で肥え太り、最前線の警察官がドアを突破して、大量の隠し金を何度押収しても英国政府が(2003年当時)退治できない巨悪の調査(2009年)/人の命に関わる医療過誤の隠蔽問題/など、危険かつ困難なテーマが多く、彼女のリポートは、まるで巨悪に対峙する女性ジャーナリストが主役のハリウッド映画さながらのものでした。
 しかしこれは全て現実の話。現に、大事に至りませんでしたが、ギャングが経営する密造有毒タバコ市場での取材中、車を壊され、撮影クルーが殴られてもインタビューを続けたし、別件で海外取材中、武装集団のACIDアタック(注4)も受けたとのこと。

(注4) 振られた男・DV男らの逆恨みが原因、または単に世間に出られないようにすることを目的に、女性の顔に硫酸などの強酸液体をかけて、火傷を負わす極悪卑劣な犯罪行為。

 そのため、これまで多くの闇に光を当ててきたサマンサ女史が、犬の生体繁殖販売問題をどのように報じるのか。がん治療での過剰放射線照射調査報道(2007年)のように彼女のリポートをきっかけに山が動き、問題が是正方向に向うのか? 期待を持って視聴しました。以下、番組内容と関連する法令及び放送後の余波、更に最も気になる監督行政の対応について(誌面の都合上二回に分けて)述べることにします。
 なお、この番組は生体繁殖販売における無慈悲な動物虐待を扱ったものですが、活躍すべきはずのRSPCA及びその関係者は一切登場しないことを、あらかじめお知らせしておきます。

俺は何にも知らねーよ
 番組冒頭、白い毛に赤い首輪の犬(注5)がコング(犬用玩具)をくわえ、得意満面、カメラに目線を送りながら、芝生を駆け抜ける愛らしいシーン。うって変って、商品の仔犬を積み、夜霧の中を走行するフォードのバン。定番的商品受渡しの場である夜の駐車場、饒舌な悪徳女性生体販売者、怒り怒鳴る年配ブリーダー等の短いカットが予告編のように続き、いよいよ本題に。映画「ブレイブハート」でも知られるスコットランド中部の町フォルカークで取引が始ります。
(注5)ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア(スコットランドが原産地)。というよりは某フードメーカーの犬用フード「シーザー(Cesar)」のキャラクターと見た方はするどい。
 早朝、人気のない駐車場で、身分を隠したSSPCA(注6)スタッフ2名が客を演じ、仔犬取引にかかりますが、不健康仔犬販売でマークされる悪徳生体繁殖販売者J(男)(以下J男)は全く偽者と気付かず、青いシトロエンのバンで運んできた商品(仔犬)について「ワクチン接種は云々」と営業トークを始めます。
 その後、所轄警察官2名が到着、合計4名にかこまれ、運んできた仔犬について「あなたの犬か?」等、SSPCAスタッフが事情を聞きますが、態度を豹変させたJ男はGパンのポケットに手を突っ込み、何を聞かれても首を振り、俺は何にも知らねーよと言わんばかりに「ノーコメント」を連発。仔犬はSSPCAが保護したものの、車内の作り付けケージには輸送によるストレスと疾病ゆえに目の輝きも覇気もない子が11頭も。

 因みに英国=動物福祉の国というイメージを持つ人は、この悪徳J男は所轄警察署で事情を聞かれて当然と思うかもしれません。しかしそうなるケースは稀で、あくまで揉め事に警察官が立ち会ったというだけのことです。
 それには理由があります。
 8年前にDEFRA(英国環境食料農村地域省)が地方自治体向けに出した『動物福祉法トレーニング・セッション』(注7)の中で「RSPCAは法に基づく正式の飼養状態等の改善通知を発行することはできない。独自に同改善通知を発行しているが、これらは法に基づく正式の通知ではなく、法的効力はない」と何度も周知させていました。それ故、生体繁殖販売者や牧場主らは顧問弁護士からそれを学習しており(注8)、動物虐待防止団体から咎められても答える法的義務がないことを知っているケースが多く、J男のノーコメント連発はこのセオリーに従ったもので、何ら違法性がないからです。

 その後、J男は仔犬をSSPCAスタッフに渡しましたが、これも法的に言えば無償譲渡です。この男が青い車で支障なく現場を立ち去るカットで、このシーンは終っています。

(注6) スコットランド動物虐待防止協会 http://www.scottishspca.org/
Scottish Society for the Prevention of Cruelty to Animals
 なお、未だに日本で一部愛護諸氏が「スコティッシュRSPCA」とか「RSPCAスコットランド」などと言っていますがこれは間違い。「スコットランド動物虐待防止協会」はRSPCAの支部ではなく、1839年に誕生した独立の団体です。
(注7) DEFRA 「Animal Welfare Act 2006 Questions and answers: Local authority training sessions」2007年4月24日。8年前のページが既に削除されている為、内容が完全に同じの英国国立公文書館インターネット・メモリーを参照しました。http://goo.gl/CMcoZx
(注8) 8年前からRSPCAのありようを法的視点から追求する市民グループSHG
http://the-shg.org/index.htm

の活動があります。
涙のわけ
 次のシーンには生体ネット販売サイトの被害者女性2名が登場。被害者女性M氏はネット広告を見て購入犬を決め、街中の駐車場で落ち合い、ジャック・ラッセル・テリアとパグのミックスを約7万5千円で購入。ベインと名づけたが、元気をなくして3日後に他界しました。
 M氏はサマンサ女史のインタビューに対して、べインが臨終に至る過程で自分の一生で今まで聴いたことのない悲鳴を上げたと涙を流し、もう一人の被害者女性L氏はキャバリアらしい仔犬を購入したものの、すぐさま別れが訪れたと辛い思いを吐露します。
 善良な市民から金を巻き上げ、不幸を売りつけた、まさに我が国の愛護諸氏が多用する「悪徳そのものの生体販売」者L(女)(以下L女)は、番組の調査では過去に問題を起し、既にライセンスを取上げられていると伝えています。
 日本では、1969年5月、旧社会党加藤シズエ参議院議員の質問(注9)や公益社団法人日本動物福祉協会などの影響か、動物福祉の国と宣伝されてきた英国ですが、このような札付き悪徳生体販売者は特に珍しいことではなく、右2例のような被害の実例は、本連載「英国篇・ドイツ篇」でもすでにご紹介済みです。

(注9) 参議院外務委員会-第61回国会参議院外務委員会1969年5月8日。
 この悪徳L女の素性については「パピー・ラブ・キャンペーン」という団体(英国篇四 12秋 で紹介)が、三年も前の12年6月3日にネットで具体的被害例を示し、警報を出していました。

悪徳生体販売者Lを「101匹ワンちゃん」に登場し、犬を殺して剥いだ毛皮でコートを作る女性デザイナー “クルエラ・ド・ヴィル”に例えて注意喚起している。
また、仔犬がアイルランドから来ていること、バピオンや純血種を掛け合わせた、いわゆるデザイナー犬等、複数の犬種を売っていると指摘している。
 このL女の履歴を探ると、右フェイスブックの警報の4年も前にライセンスを剥奪されていて、犬の販売が出来ない筈なのに、約7万8千円で不健康なチワワを売るなど問題を起し、スコットランド・キルマーノックの執行官裁判所から2千ポンド(約39万円)の罰金を科せられたのは08年3月18日のこと(スコットランド老舗地元紙「デイリー・レコード」 09年5月17日付)。この罰金の詳細は不明ながら、ライセンスなしで犬を繁殖又は売った場合の最高罰金額は500ポンド(約9万8千円)ですから、この件以外に何らかの違法行為があったものと思われます。因みに当時、この販売者L女への苦情は70件に達したと地元メディアは報じていました(前記デイリー・レコード紙同日記事)。(なお換算は当時のレートによる。以下同じ)

 この罰金刑は地元行政=スコットランド・イースト・エアシャー取引基準所=に、別の繁殖販売関係者たちがL女の仔犬販売方法は問題だと申告したことが発端ですが、裁判の過程でL女は自分の販売方法に問題などなく、顧客から高評価も得ていると自己弁護に終始し、自分は魔女狩りにあっていると主張しています(Our Dog UK刊 08年4月3日付ブレイキングニュースより)。

 この「魔女狩りだ」との主張の背景にはケンネル・クラブ会員のブリーダーと非会員との軋轢があり、これは英国だけでも生体繁殖販売業界だけでもなく、日本の農業に於ける組合員Vs非組合員の構図と同じで、ケンネル・クラブ会員のブリーダーからすれば、非会員は犬に関して低知識・低価格販売で市場を乱す商売がたき。おまけに顧客とのトラブルなどで犬市場全体の信用低下を招きかねないと主張し、ケンネル・クラブは自らのホームページで「パピー・ファームから犬を買わないように。ケンネル・クラブ会員のブリーダーと非会員のパピー・ファームは別もの」とアナウンスしています。

 しかし、「今の若い獣医師は安楽死を拒否するので困ります」(英国篇三)発言からも判るように、自ら作り出した血統を誇りを持って維持するブリーダーやケンネル・クラブ会員の全てが犬に優しいとは限りません。日本でも「自分の犬舎は適正なブリーダー! パピー・ファームとは違います」と主張しながら、遵守細目標示義務違反をしていることに気付かない、もしくは堂々と期限切れの登録証を標示する者も居るなど、どっちもどっち。また、ブリーダーとパピー・ファームの定義は、互いの利益や地域の事情等が絡むことで違ってくる、曖昧なものです。(次回詳述)

 因みに生体繁殖・販売に必要なライセンス取得に関係する基本法令は、英国を構成するイングランド・ウエールズ・スコットランド・北アイルランドの四つの政府に共通で、この基本法に基づき、各政府内で、運用する法令をそれぞれ施行しています。(なお、輸送ライセンスについては後述)

1973年 犬の繁殖に関する法
(Breeding of Dogs ACTS 1973)
1991年 犬の繁殖に関する法
(Breeding of Dogs ACTS 1991)
2013年犬の繁殖事業関連規則改正法

(北アイルランド政府)

(Dog Breeding Establishments and Miscellaneous Amendments Regulations 2013)
1999年動物福祉を加味した犬の繁殖・
販売に関する法
(Breeding and Sale Of Dogs (Welfare) ACT 1999)
 これらのライセンスは日本の「動物の愛護と管理に関する法律」で規定する第一種動物取扱業登録に相当し、日本の5年有効とは違い、問題のある業者にだらだら営業させない1年ライセンスが、動物虐待等を未然に防ぐ仕組みになってはいます。
 しかし、従来から英国保護団体や愛護有志の指摘するように、またこの番組紹介で後に具体例を示しますが、1年更新のライセンスの仕組みは機能していないと言ってよいようです。

 確かに法文には、飼育スペースの寸法や病気やケガの犬の治療は獣医師の指示に従いなさい、毎日糞は片付けて衛生に配慮しなさい、水は1日1回代えなさい、フードは虫が付かないようにしなさい、ストーブによる火災に注意しなさい、咬傷事故や感染症を意識してか、従事者は民間の医療保険に入った方が良い等々行き届いた条項満載です。(Breeding Of Dogs ACTS 1973 and 1991、Breeding and Sale Of Dogs (Welfare) ACT1999)。

 米国同様、英国のニユースサイトには日本と異なり、記事に対して市民のコメントが書き込める場合が多いのですが、英国でブリーダーの無慈悲な行為が報じられる度に“The UK Justice system is so useless”(英国の司法制度は役に立たない)等の不満や辛辣な意見が画面に現れます。法律が機能しない証拠でしょう。

 その昔、ある英国女性が「そもそも英国は日本と同じく、法を守る守らない以前に、法が適正運用されているか確認する仕組がない。そのため日本同様、悪徳生体繁殖販売業者を根絶することができないのだ」と喝破しました。彼女はついでに「なぜ日本国は、愛護や福祉を名乗りながら、天災以外の平時に動物の収容・保護・貰い手探しもしない団体に<公益>の冠を授けるのか。なぜ国民は寄付までするのか? 動物がかわいそうなのは分るけれど、耳に心地よく響く言葉や啓発だけでは命は救えない。とても理解できない」とも言っていました。
 思い出してみると、これを言われたのは「報道人がボクの名をオニバラと言っているのを聞いた。人の名を読み違えるなどこの上なく愚鈍な行為である」と主張した少年が世間を震撼させた頃で、その後、日本の愛護諸氏が絶賛した生体業界から犬猫を守るとされる法(Breeding and Sale Of Dogs (Welfare) ACT 1999。以下ACT1999)が加わったのが1999年でした。

 仮に、ACT1999が有効に機能していれば、今紹介しているこの番組は生れなかったでしょうし、読者は本稿を読むこともない筈です。法を作っても積み重ねても、常時検証し履行させる仕組みがなければ、無意味であると、この現実が証明しています。

 かえり見て日本の場合、英国同様に法律の運用を確認する仕組がないのですが、その考察もなく、愛護法改正祭りに熱中、お神輿担ぎにうつつを抜かす動管法以降の愛護諸氏の様相は、大学受験用の青チャート(参考書)を買っただけで合格すると信じる受験生とも言うべく、次々参考書を買っても読みこなせず理解できなければ、サクラは咲きません。第一、買っただけで合格するなんて考える受験生など存在しないでしょう。
 余談にわたりました。
 この番組冒頭に登場した、ノーコメント悪徳生体繁殖販売関係者J男を含めて、ライセンスを失効していても仔犬販売がまかり通る現実があることを、私たちは認識しておかなければならないでしょう。

一人で何役…?
 リポーターのサマンサ女史は市民に不幸を売りつけた悪徳生体販売者L女について、犬のネット生体販売サイトをチェックしますが、すぐさま1人4役つまり4つの名前を使うという、仔犬ネット販売の定番的手法に気付きます。そして仔犬の購入希望者を装い、L女と電話でアポをとり、或る駐車場で落ち合うことにしました。
 場面は夜12時頃のショッピングセンター駐車場。人気のない場所に現れたL女(60代?)は車を降りてくる。中折れ帽をかぶり、購入希望者を装うサマンサ女史に会うなり、犬を手渡し抱かせます。
 サマンサ女史は「Hello Darling! Hello!Hello…」と、仔犬にメロメロの様子を見せながら、ワクチンや健康状態についてL女に聞いていきますが、「大丈夫、大丈夫! PARVAID(注10)を使っているから」と、獣医療に関する話を避ける悪徳生体販売者の定番的回答に終始した後、売買不成立。L女は仔犬をサマンサ女史の腕から引き取り去っていきます。
 この間、L女はワクチン接種記録や血統等の証明書類は一切提示せず、ない!と言明。通常この手の悪徳生体販売者は偽造でも証明書を見せるのですが。サマンサ女史との会話時間も映像では1分ほどでした。

 暗い夜空の下、可愛い仔犬を抱かせたら金になるというビジネスモデルは、「子や孫に対する親愛の情を利用した犯罪であり、誰でもだまされる可能性があります」と警察庁や全国の警察署が注意喚起するオレオレ詐欺に近く、悪徳手口の知識がないから引っかかったと批判できるような被害とは思えません。

(注10) PARVAIDとはシロップ・タイプのサプリ。パルボからの回復を助けるとの触れ込みで以前から米国など海外で販売されているものですが、FDA(米国食品医薬品局)の評価外。動物医薬品でもなく、製造販売者も効果・効能を保障しているわけでもありません。
 また原材料にヒドラスチス根(キンボウソウ)を使っているため、猫はもちろん、肝臓、膵臓疾患や妊娠中の動物にも使えず、使うのに自己責任が求められるサプリです。動物病院へ行かずにすみ、パルボワクチンよりも格段に安いのが、悪徳繁殖生体販売者にとって魅力なのでしょう。

 また調査に関ったSSPCAスタッフがサマンサ女史に対して、この種の悪徳生体販売者の仔犬仕入れ単価は150ポンド(約2万9千円)で現金取引限定であると伝えていることからも分るように、売り物の仔犬に余計なコストは掛けないわけで、それが悪徳ビジネスの鉄則のようです。

 番組ではアニメも使ってパピー・ファームの仕組みを紹介。
 続いて白い紙箱に収められ、小さなロバのぬいぐるみを抱き眠る仔犬(パグル犬?=パグとビーグルのミックス)の遺体が病理解剖を受けるシーンに。因みにこの子の体重1.16kg。

 サマンサ女史はナレーションで、ネットを通して悪徳繁殖生体販売者から買う仔犬は健康に配慮されてなく、半年位しか共に暮せないこと等、不幸の定番的原因を解説し、その後、前出「パピー・ラブ・キャンペーン」撮影の、見るも無残な劣悪パピー・ファームのビデオが紹介されます。
 この劣悪パピー・ファームは以前から右記団体がYouTubeで公開している所のようですが、今回の放映では鮮明な画像になり、劣悪な状況がはっきり判ります。
 犬舎に放置された糞はもちろん、何と仔牛?や山羊の遺体まで横たわっており、一体いつ代えた水なのか、いつ与えたフードなのか、そもそも食器は洗っているのか、「ACT1999」とは対極の地獄が映っていました。
 番組が始ってここまで凡そ10分間。インターネット仔犬販売の危険な側面とパピー・ファームの実態を、単にナレーションや資料映像を流すだけでなく、サマンサ女史が自ら仔犬購入希望者になる等して実証したものでした。

またもや一人で何役…
 続いて番組は、ネット生体販売の問題にとりかかります。
 サマンサ女史は先の取材と同様、インターネットを駆使しつつ、まるで実店舗のように色々な犬種の仔犬を売るネット生体販売者O夫妻について調査を始めます。
 まずは複数の仔犬ネット販売者へ数名の番組スタッフが顧客を装い、電話を掛けますが、応答するのはいつも同じ人物の生体販売者O(夫)(以下O夫)。因みに彼は、バーナデッド、ラッセル、ヘンリー、シェイマス、ステファン等々と名乗る、それも短期間に…1人で何役演じているのやら…。
 次に番組側スタッフが2組のペアをつくり、それぞれ違った犬種を希望する顧客を装い、指定通りにスコットランド・ハミルトンのO夫妻の自宅を訪れます。そして隠し撮りを敢行。

 ペアの1組は実際に仔犬を購入します。この時、生体販売者O(妻)(以下O妻)は、「客」に対し「仔犬は獣医師のケアを受け、ウエスト・キルブライド(O夫妻宅から車で15分程離れた街)のブリーダーから来た」と説明します。なお、このやり取りはO夫妻の顔を始め自宅の内部と外観、周辺の町並みまで明瞭に分かる、モザイクなしの画面で、音声の加工もない実名報道です。日本では考えられません。
 番組スタッフによる事前取材により、生体販売者O夫妻が実際に「色々な犬種の仔犬」を売ることが出来ること、O妻が説明したウエスト・キルブライドにはライセンスを持ったブリーダーが存在しないことが判明していました。
 それでは一体、仔犬を何処から仕入れているのか? また、売られている仔犬に問題はないのか?
 それを追求しようとサマンサ女史はO夫妻から仔犬を買った顧客宅を訪れます。この顧客は、使い物にならない偽証明書(ワクチン履歴等)付の仔犬を売りつけられた被害者でした。
 サマンサ女史は更に情報を得るべく、O夫妻宅から車で20分程の動物病院を取材、女性院長は実名顔出し、音声加工やモザイクも一切なしでインタビューに応じ、パピーファームから来た犬たちのケアをしてきたこと、個別被害事案に直接結び付く内容までしっかり答えています。日本ではやはり、この種の事案に絡むことを動物病院獣医師や獣医大学のお歴々は極端に嫌うため、到底考えられない映像です。

密輸
 さて、生体販売者O夫妻の不適切仔犬販売について確認はとれたものの、肝心の仔犬の仕入れ先を探るべく、サマンサ女史はO夫の運転するバンを尾行します。
 その結果、O夫が地元スコットランドから、北アイルランドへフェリーで渡り、バンで陸路国境を越え、アイルランド共和国へ入り、ウェックスフォード周辺のパピーファームから仔犬を仕入れていることを突き止めました。 

 映像ではバンから仔犬を降ろすシーンがありますが、コンビニで使うようなプラスチック製コンテナかごへ、片手で仔犬を掴んで移す様子は、まるで一個、二個…とぬいぐるみを扱っているようで、長旅を経た小さな命に対する配慮は微塵も感じられません。
 また、仔犬仕入れ単価は先ほどの150ポンドより遥かに安い、35〜47ポンド(約7千円〜9千2百円)と番組で伝えますが、この激安価格は図らずも「ドイツ篇」で触れたフリーマーケットでの価格(約6千5百円〜1万3千円)に近く、また乱暴な扱い方もほぼ同じでした。

 この種の映像を見る度に感じるのは、この激安仕入れ単価ならばO夫妻に限らず、何も自分で繁殖するまでもない、買ってくればよい!安物だから扱いに注意する必要もなし、となって当然だろうということです。
 番組ナレーションにもあるように、コスト削減重視のため、ワクチン接種・正規証明書・駆虫・獣医師のケアや健康面の配慮全て無し。法令にお構いなく若過ぎる仔犬(生後8週齢以下)も売る。などの問題は簡単にはなくならないと思われます。
 もう一つ問題なのは、この様な検疫を無視した不正行為(密輸)が可能であること。仔犬を仕入れたアイルランド共和国から英国(北アイルランド)へ入る際に検問がなく、往来が自由だからで、「ドイツ篇」で紹介した「人の移動を自由にするシェンゲン協定が仔犬密輸の扉も開けた」とドイツの愛護諸氏が指摘し危惧していたことが現実になっているのです。

 図をご覧いただきたいのですが、番組を参考に車での移動所要時間を調べたところ、アイルランド共和国ウェックスフォードで仔犬を仕入れてから、O夫妻の地元ハミルトンまで約8時間(渋滞なく、フェリーの遅延もないと仮定して)、走行距離は約545km(高速道路で東京〜神戸、または吹田〜門司に相当する距離)。これでは仔犬は勿論、車慣れしていなければ成犬や成人とてストレスを感じ、体調を崩します。

 基本的に、PETS制度(注11)を持つ英国に海外から犬を持ち込む為には、マイクロチップ挿入、ワクチン接種、駆虫、獣医師記入の正規書類、EUペット・パスポートが必要。待機期間3週間、島国なので決められた交通機関(飛行機・客船)での入国が求められます。これに従えば検疫で犬が留め置かれることなく、スムースに入国可能となります。以前は種々の手続で7ヶ月位前から自国での準備が必要でしたから、素人から見て大丈夫なのかと思うほど、便利にはなりました。

(注11) PETS=Pet Travel Schemeペットトラベル・スキーム=犬猫等家庭動物の検疫や移動に関する制度。

 当然、この決りを守らなければ不法行為となります。もしスコットランドに住み、ネットオークションで仔犬を買い、付いてきた証明書が偽物だった場合、仔犬が感染症に離患していないこと・法令違反がないことを立証しなければなりません。本来なら、売主に「証明書が偽物じゃないか、どこの繁殖場で生まれたか、ワクチン接種は?」と徹底して説明させるべきですが、現実として、クレームを入れてものらりくらりと無視される可能性が高く、結局自費で対応するか、費用負担が出来ない場合は仔犬を検疫担当に引き渡す、つまりお別れ Put a sleep(安楽死)も覚悟しなければなりません。

 英国は人の入国には厳しいので、人の移動を自由にするシェンゲン協定に加盟していませんが、仔犬の密入国(密輸)が監視をすり抜けても、行政が問題を発見すれば、公衆衛生を維持するため長期係留等、粛々と対応します。これはEU諸国や他の国でも同様です。

疾病に国境は有りません。必要な書類は揃っていますか? 
正規の書類(証明書)がなければ、ペットをEU諸国へ持ち込みは出来ません。」と注意喚起する欧州連合制作のポスター
(ドイツ語版) (英語版)

 動物の移動は慎重にすべし、という教訓がよく分る、こんな例(アメリカ→オーストラリア)もありました。
 今年5月、有名ハリウッド男優が撮影の為にプライベート・ジェットでオーストラリア・ブリスベン空港(ペット入国指定外の空港)から入国。
 その後、2頭のヨークシャーテリアを検疫を経ずに持ち込んだ事が露見しました。
 50時間以内に2頭の犬をを帰国させなければ押収し殺処分する、特別扱いはしないと、バーナビー・ジョイス農相が最終警告。そんなの厳しすぎると、ネット署名も集りましたが、2頭がカリフォルニアへ帰国したことで一件落着となりました。  
 と言いたいところですが、男優自身の入国検査の際、プライベート・ジェット内に2頭の犬が見当らなかった。つまり犬を隠して密航させた疑いを軽視出来ない、とのピーター・ダットン移民・市民権相らの指摘で、最悪の場合、懲役10年若しくは罰金34万豪ドル(約3100万円)の可能性もあるとのこと。
 仮に審判が下ったとしても、罰金を支払いクリアするでしょうが、事前に入国準備をしていれば、回避できたトラブルだったことは間違いありません。(豪ABCニュース2015年5月14日付及び英テレグラム紙2015年5月26日付)
 なお、誤解がないように説明しておきますが、生体販売者O夫妻が仔犬を仕入れているアイルランド共和国はパピーファームに対して、決して無策ではなく、むしろその逆です。詳細は次回に。

レプリカ
 番組に戻ります。
 生体販売者O夫妻が不法行為で不幸を売りつける証拠を集めたサマンサ女史は、自ら仔犬が欲しい顧客を装い、電話でアポをとり、単身、O夫妻宅を訪れ、隠し撮りを敢行します。
 これまで危険を侵して隠し撮りをしてきたサマンサ女史ゆえに用意周到。胸元に仕込んだカメラで、仔犬を売り込むO妻を。更に、その売り込みを聞きながら、髪を束ね、服装を変えて可愛〜い!と犬好きおばちゃん風の顧客を装うサマンサ女史自身の姿も、彼女のショルダーバッグに仕込んだカメラで鮮明に撮影するなど、堂に入った余裕綽々の取材です。
 O妻は顧客=サマンサ女史に仔犬の偽証明書を見せ、これに対してサマンサ女史は、ワクチン接種や仔犬のブリーダーなどについて何気ない風に聞いていきますが、「うちが売る仔犬に問題なんてありません!」と例によって嘘八百。
 因みに仔犬の売買交渉が行われるO夫妻宅のリビングには、「裏切られても、信ずる力を持ちなさい」とでも言いたいのか、ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」のレプリカが掛かっています。顧客を装うサマンサ女史といつも通りに顧客を裏切るO妻との会話、壁の絵との対比が意味深なカットでした。

<資料画像>レオナルド・ダ・ヴィンチ作 最後の晩餐

 番組の場面はとある室内へ。これまでの隠し撮り3件(被害を受けた顧客、動物病院女性院長、生体販売者O夫妻)と、O夫妻をマークしているSSPCAスタッフへの取材も加えて、それらの映像を3名の専門家(注12)に見せて意見を求めるシーンに移ります。これまでの他のシーンと同様、3名とも実名顔出し、音声加工やモザイクもなしです。O夫妻の販売方法について、それぞれ専門の立場から不適切と言及。

(注12) ブリストル大学獣医学部人間動物関係学研究所 ジョン・ブラッドショー所長(動物行動学)
スコットランド動物虐待防止協会(SSPCA) ハリー・ヘイワース理事長(同協会獣医療ディレクター)
アバディーン大学法学部 マイケル・ラドフォード准教授(動物福祉法)


 ちょっと一息入れて、余談。猫好きなら「うんうん、あるある」と納得するはずの「にゃんこがピョンこら」する写真が表紙のブラッドショー所長著作を紹介します。


『猫的感覚(原題CAT SENSE)』
ジョン・ブラッドショー(著)
羽田詩津子(翻訳)
早川書房刊

 このドキュメンタリーは、このように徹底した裏取りが行われ、調査報道として手間をかけた取材を重ねていきますが、詰めとして本人の言い分を聞くため、仔犬の仕入れで移動中のO夫を尾行、アイルランド共和国内の或る商業施設駐車場でインタビューを試みます。
 いろいろな問いかけに対してO夫は殆ど言葉を発せず、運転席のクッション?で顔を隠し、うるさい!と言わんばかりにサマンサ女史を振り払います。しかし、肝が太いサマンサ女史は怯むことなく話しかけ続け、とうとうO夫は車で走り去りました。
 O夫は、これまで彼女が取材・制作してきた番組に登場する巨悪たちに比べ、明らかに格下と感じさせるシーンでもありました。

ネット・オークション
 さてここで、番組を離れて、英国のネット仔犬販売について簡単に記します。
 この番組に登場し、不幸を生み出す場にも成り得る英国のネット仔犬販売は、ドイツと同じく、生体販売者自らがホームページを運営するのではなく、オークションを経営する会社のサイトを利用するネット・オークションで、車や服などの物品と同じ環境で仔犬の売買が行われています。
 日本でも2000年代初頭から始りましたが、愛護諸氏のみならず、犬に興味のない一般市民からも見るに耐えない、あまりにも無慈悲と批判が出、これに対して運営側は、ペット住宅共生へのアドバイス等ペット関連サービスを行う企業に依頼し、ヒトと動物の関係学会理事、社団法人東京都動物保護管理協会理事、ペット法学会評議員、ペット共生住宅検討委員、ペット栄養学会理事を務める獣医師や有名しつけ師らの監修による電話サポートを、購入後六ヶ月間無料で行うと宣言(注13)、あくまで動物を大切にし、動物愛護の啓蒙もしていると主張しました。

(注13) 04年5月12日付「運営提携企業ビッターズプレスリリース」より。

 しかしその一方で「両目が第三眼瞼腺逸脱(チェリーアイ)になったので3千円」「出産経験2回、2回とも帝王切開なので1円」の類の出品広告は止まず、これへの批判に対して、運営側は「販売自体が法で認められており、利用者へ動物愛護精神の啓蒙をしていく」と主張し続けましたが、結局オークション自体を撤退し、ネット上での生体販売は2012年に全てなくなりました。

 このように日本では市民からダメ出しされた生体ネット・オークションが、英国・ドイツで続いている理由は幾つか考えられます。
 両国ともに犬猫生体販売の実店舗が少ないことも要因のひとつで、ドイツ篇で紹介した巨大生体販売店Zoo Zajacの仔犬販売に、動物園のパンダを見に行くが如く、多数の市民が訪れるのもこのためです。

 また、幾ら手間がかかっても、幾ら高くても、仔犬はブリーダーから買うという人や、経済的に恵まれてはいない一般市民にとって、ネットやネット・オークションは生体購入の有力な情報源になっているということもあります。
 そのため従前からドイツや英国のメディアも生体ネット・オークション問題や被害実例を幾度も取り上げてはいますが、大きな変化はなく、これは愛護譲渡団体からすれば、当然歯痒い部分です。
 更にネット・オークションでは、個人が保護した犬に治療やワクチン接種をおこない、その実費を売価として出品するケースもあり、有名愛護譲渡団体に絶対的信頼があるわけもないので、誠実な個人の出品を排除することはできません。

 ただし、オークション出品者の良否を見分けるのは容易でなく、複数の名前や偽名は禁止されているものの、現実にはこの番組で明かされたように横行しているわけで、「出品者とよく話し合いましょう」「確認と注意を欠かさないように」などの注意喚起はありますが、どこかで厳格にしなければならないのではないか。日本の犬猫ネット・オークションに対する市民の嫌悪感と同じ世論が、英国・ドイツにあるのだろうか。ネット販売に対して「インタネットだかオクションだか知らねーが、仁義のわからん新参者の商いは許さねえ」と息巻いた日本の古典的生体販売者が、市場規模の大きい英独に存在するのか、勉強不足でよく判りません。

 ここで、番組に戻ります。
 ネット・オークションを多用する生体販売者O夫妻は、2007年10月に約9600万円で(注14)比較的豪華な住宅を購入、販売拠点にしていました。
 以前「ドイツ篇」で紹介したネットを使う悪徳販売者は、電話を置くだけの部屋を一時的に借り、いざとなれば直ぐさま逃亡できる形態をとっていましたが、それに比べるとO夫妻は堂々としたものです。
 多くの苦情にもめげず、番組の調査によるとアイルランド共和国から密輸した仔犬を月に50頭販売、年間の稼ぎは20万ポンド(約3900万円)とのこと。

(注14) 当会調べ。スコットランド政府登記情報公開関連サイトより。

 なお、調べてみると、この番組が放送される約1ヶ月半前に、O夫妻の地元カウンシル(注15)が違法な形で仔犬を売る販売者について、自らのホームページで注意喚起していますが、過去にも同様の広報をしていたか、それともこの番組が放送されることを察知して初めて広報したのかは、ホームページを見る限り不明です。
 なお、犬の繁殖・販売ライセンスの申請書はホームページにあるものの、当会で確認した限り、日本の幾つかの自治体と同じく、肝心の登録簿はアップされておらず、事前に顧客(消費者)が簡便にネットで調べることは出来ないようです。

(注15)

サウスラナークシャー・カウンシル(カウンシル=地方政府組織 日本の市役所にあたる。)


 そこで、スコットランド政府ホームページも確認しましたが、ライセンスがカウンシルの所管業務ゆえに、やはり掲載されておらず、いずれにしてもO夫妻の不適切かつ違法な仔犬販売が年単位で放置されていることは、法の行使がされていない現実の証しと言えます。

そもそも「ライセンス」とは?

 ここまでで番組が始まっておよそ30分。ここからは北アイルランドを中心に、無慈悲な生体繁殖販売者に対して<厳しく、曖昧でなく細かく規定している英国の動物関連法がうまく機能していない現状>の実例を交えたリポートとなります。

 なお、このリポートは、日本の一部愛護諸氏や動物関連法に詳しいと主張する法曹関係者が「日本の動愛法は曖昧な部分が多い、行政は動物虐待への対応が鈍い、更なる法改正が必要だ、不適切な動物取扱業は登録を取消すべき」という要求項目をそのまま英語版にしたと言ってもいいほど酷似しています。また冒頭に記した「理解できない」と述べた英国女性の主張を、やはりそのまま映像化したものとも言えます。
(注16)
一度に二発打てるダブルバレル式散弾銃

 最初の実例として、番組冒頭に登場した「俺は何にも知らねーよ、ノーコメント」の生体繁殖販売者J男が運んできた仔犬は、J男の叔父が経営する北アイルランドのパピー・ファーム生れであることから、番組ではSSPCAスタッフが、このパピー・ファームを訪れるシーンが紹介されます。
 ニット帽に古典的柄のセーター、作業ズボン、長靴姿で腕組をする年配男性経営者へ、犬に関するケアに関してSSPCAスタッフが決して高圧的でなく諭しますが、経営者は俺はライセンスを持っていると主張。
 ところがライセンスは失効しており、そばで回るビデオカメラのためか、次第に激高し、「何だ!出て行け、ダブルバレル…(注16)頭をぶっ飛ばす」等の物騒な言葉を連発して怒鳴り、放送禁止用語も含まれる為、音声もピー音が連続する中、SSPCAスタッフは退散します。
 確かにこのパピー・ファームは年季が入った建物で決して清潔と言えず、何らかの改善が必要とは思いますが、少なくとも前述パピー・ラブ・キャンペーンが従前から問題視している繁殖場のように山羊の遺体は横たわってはおらず、失効しているとは言え、行政が英国の厳格な動物関連法に基づき、ライセンスを与えています。
 期限切れであったとしても、年配男性経営者が「俺はライセンスを持っているのに、お前たち何だー」となるのも無理からぬこと。このような状態で営業している繁殖場は他にもありますから、この映像を見る限り、厳罰に処することは難しいと感じました。

 番組でも監督行政(北アイルランドのアーマシティ、バンブリッジ、クレイガボン・カウンシル)に問合せていましたが、行政府は失効しているライセンスについて殊さら問題視している様子がなく、案の定、サマンサ女史のリポート通りに、ライセンスを更新したようです。
 この番組放送の約1ヶ月後、当会がクレイガボン・カウンシルの最新ライセンス登録簿を確認したところ、この経営者は個人向け犬販売の繁殖業と輸送のライセンスも取得していました。

 生体販売者O夫妻は放送後にスコットランド地元紙デイリー・レコードの取材に対して、自分たちは英国とEUの生体販売・輸送ライセンスを持っているとコメントしています(4月24日付)、その真贋は不明ながら。

 右の年配男性経営者のパピー・ファームがある北アイルランドのキーディー(注17)から、番組冒頭・偽取引の舞台となったスコットランドのフォルカークまでの所要時間を調べたところ、車で片道約5時間、走行距離は約195kmでした(渋滞及びフェリーの遅延もないと仮定して算出)。また、アイルランド共和国から密輸している生体販売者O夫の場合は、前述の通り片道約8時間、走行距離約545km。
 右業者2人の場合、いずれも65kmを超える走行なので、移動中の動物に配慮した厳格なEUの指針(No.1/2005)に基づく輸送のライセンスが必要になります。また走行が8時間を超えると図版「タイプ2」に当てはまるので、それなりの制限に従わなければなりません。

生体を8時間を越える距離を営利で輸送する繁殖・販売者に必要な動物輸送ライセンスタイプ2の説明書
運ぶ動物の種類や距離、所要時間、運搬方法等、細かい規定が書かれた英国の動物輸送ライセンス手引書
※申請者の地元役所(カウンシル)が許可を出し管理している。
 しかし、どちらの業者も、不健康な仔犬と不幸を「販売完了」できていることを鑑みれば、移動時間や距離を区切ってみても、一体何の為の厳格な法なのか、現実との乖離を感じざるを得ません。

(注17) パピー・ファームの所在地特定には、北アイルランド政府公開のライセンス登録簿を参照した。

 このドキュメンタリー放送後の4月28日、この番組にあった不適切な犬の扱いについて、北アイルランド議会で早速話し合われ、この種の酷い事例に対しては、2013年の改正で厳罰(注18)が盛り込まれた「動物福祉法」で対応すると、農業・農村開発大臣が述べましたが、「我々の法はうまく機能していない」と一議員から指摘されました。(2015年4月28日北アイルランド議会 農業・農村開発委員会質疑より)
 この法律の改正には時間をかけ、練りに練って仕上げたものだけに、「よく機能していない」という指摘が出されるのは深刻、重大なことです。

(注18) 違反者には最高5千ポンド(約96万円)の罰金又は懲役6ヶ月を科すなど、重罰化された。

 さて次回「最終篇 下」は、この番組最後部に現れる大規模パピー・ファーム ーースコットランド政府幹部をして「野蛮。生産ラインのようだ。犬を日用品のように扱っている」と慨嘆させた、繁殖用犬♀390、♂83を擁するファームーー を見ていきます。これでBBCの番組紹介は終了。

 そして、残る問題または派生する問題として、

1
このような大規模パピー・ファームが問題視される前に、決して何もしなかったわけではない北アイルランド及びスコットランド政府議会の努力、それに対峙する「歴史と伝統ある」犬産業について。
2
この番組の調査対象となった大規模パピー・ファームの経営者宅が放火された件。
3
この番組の余波。
4
アイルランド共和国の動物愛護に対する取組み。
があり、これらを考察していきます。

 そのことは、「先進国」って何だったのか、それを「見習って」私たちはどうすればよいのか、を考えることになると思います。