英国エデンプロジェクト (本エッセーは2002年9月時事通信テムズコープに掲載されたものを著者の了解をいただいてビップルがお届けするものです) |
先日BBC放送朝の報道番組ブレック・ファーストで、「英国七不思議」の紹介をしていた。有名なストーン・ヘンジやロンドン・アイと一緒に「エデン・プロジェクト」なるものが紹介されていた。映像は、大きな昆虫の目とジャングルの光景が映ってすぐに消えた。それが何なのかさっぱり理解できなかったが、「エデン」という言葉が美しく心に響く。全国から選りすぐった若い男女アダムとイブが、いちじくの葉っぱだけで生活し、人類の進化を研究するプロジェクトなのだろうか?禁断の木の実はもう食べたのだろうか?好奇心が湧いてくる。さっそく行ってみることにした。 ロンドンから高速M4、M5、そしてA30を乗り継いで約300マイル、イングランド西南の果てコーンワル州にエデン・プロジェクトはあった。巨大なすり鉢状のピット(土を掘った穴)。深さ50メートル、サッカー場が30個はスッポリ入ってしまう巨大なピットだ。そこに、表面が無数の六角形でおおわれた、昆虫の目のような不思議な巨大構造物がある。まるで宇宙基地のようだ。これがアダムとイブの研究所なのだろうか。エデン・プロジェクトの責任者ティム・スミット氏にお会いして話をお聞きした。 ▽エデンは世界最大の植物園 「ここは植物が日常生活に欠かせないことを普通の人に理解してもらい、環境問題に関心を持ってもらうための温室植物園なのです。荒廃した地に新しい命を吹き込み再生させる、そのシンボルとしてエデンという名称を付けました」。なるほど、植物園か。構造物は長さ240メートル、幅110メートル、高さ50メートルの世界最大の多湿熱帯性温室(通称バイオーム)だった。中に一歩入ると、そこは別世界。マレーシア、西アフリカ、熱帯性南アメリカの植物が生い茂るジャングルなのだ。隣に設置された温暖性バイオームには、地中海から南アフリカ、カリフォルニアの自然が再現されている。残念ながら(?)アダムとイブはいないが、セレベス島産のホワイトアイ(メジロ)が二十羽、コックローチ(ゴキブリ)を食べて生活している。 植物への依存とか環境への関心を喚起するために、園内にはさまざまな仕掛けが施されている。所々に展示されたアートもその一つだ。訪れた人がアートの前でふと立ち止まり、考えるきっかけを提供する。今年1月に愛知大学の藤田教授が製作した長さ10メートルもある「しめ縄」とか、10万個のコルク栓で製作された高さ8メートルの鷲など、植物と関係のあるアートが展示されている。 ▽世界最先端の建築技術 バイオームは、一辺5メートルの骨組みを六角形に組み、ガラスより軽くて透過性の高いETFE(テフロンの一種)を張って作られている。直径100メートルのサッカーボールを半分に割って、いくつか並べた光景を想像すれば良い。遠くから昆虫の目に見えたのは、この六角構造による。骨組みの総重量が、内部の空気とほぼ同じという、世界初の画期的な技術だそうだ。建設時に作られた足場も、世界最大の足場としてギネスブックに載っている。 この地は、陶器に使う白粘土(チャイナ・クレー)の採掘場だった。すり鉢状のピットは、粘土を掘った跡地だ。粘土を採り尽くして、1997年閉鎖された。スミット氏がここにエデンの建設を決めた時、ピットの底には7メートルの水が溜まっていた。粘土質の土壌では植物は育たず、辺りは荒れ果てた不毛の土地だった。 ▽仲間の協力で完成 4年前スミット氏がエデンの構想をナプキンに描いた時、植物、土壌、デザインなどさまざまな分野の一流の仲間が集まってくれた。ないのはお金だけだったが、金集めの上手な仲間も参加して、ミレニアム基金から投資総額8600万ポンド(約160億円)の半額の援助も得た。最大の問題だった土壌は、トニー・ケンドル博士を中心とする土壌学者たちが、粘土と堆肥から土を作る研究に着手し、わずか2年で再生土の開発に成功した。 不毛の地は自前の土で肥沃な土壌に生まれ変わった。余談だが、瀬戸物で有名な愛知県瀬戸市にも同様のピット(粘土採掘跡地)があり、利用法がないまま放置されているという。そのうち瀬戸に日本版「オイデン・プロジェト」が出現するかも!(これは冗談。ちなみにオイデンとは三河弁でいらっしゃいの意味)。こうして多くの仲間の専門知識と協力によりエデン・プロジェクトは昨年3月一般公開された。年間75万人の来場を想定していたが、1年半で三百万人が訪れた。 ▽ロックとガーデニングの関係 エデン・プロジェクトはチャリティ基金「エデントラスト」が所有・運営し、スミット氏が理事長を務める。彼は根っからの環境主義者ではない。ロック・ミュージシャンだったのだ。ゴールドやプラチナ・ディスクを数多くプロデュースし、自らもキーボード奏者としてロンドンで活躍していた。12年前、ロック・スタジオを作るためにコーンワル州にやって来て、植物と出会い、その魅力にとりつかれて家族と共に移り住んだ。数年前、「ヘリガンの失われた庭園」というガーデンをプロデュースするなど48歳の鬼才はガーデニングの世界でもアーティストとしての才能を発揮している。 ところで、バイオームの外に出た時、タバコを吸っていいかしらと恐る恐る訊ねた。環境主義者は嫌煙主義者に違いない、と思いきや、彼も葉巻を美味しそうに吸い始めた。葉巻は葉っぱだから、吸い終わった後は土に戻せば良い。煙草はフィルターが付いてるから、ポイ捨てする訳にはいかない。筆者も、環境に優しい葉巻に変えようかと思案している。 著作: ビップル事務局(無断転用禁止) |