インド ネパール 旅行記

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» アーグラ 2

ムジャのラッシー

「おはよう。早いな」
ホテルのロビーに戻ると、ムジャは呑気に新聞を広げていた。
「あ、ああ。えと……」
先ほどまではムジャを出し抜こうとしていた手前、返す言葉も思わず濁ってしまう。のこのこと舞い戻ってきてしまったのは、愚劣極まりない行為だったかもしれない。しかし、出会うインド人悉くに嘘を吐き、騙し、騙され、信じては裏切られる、そんな駆け引きゲームにこだわるのはもう終わりだ。
騙すぐらいなら騙された方がいい、と善人ぶるつもりは毛頭ない。むしろ出会う人間全てに信頼をおけないという今の自分の心境が死ぬほど嫌だった。

朝メシを食い終え、当初の予定通り駅に向かう。ムジャが駅まで送る途中、ラッシーを奢ってくれると言う。ラッシーはヨーグルトをベースに作られたデザートドリンクで、インドでは大変ポピュラーな飲み物だ。味は非常に甘たるいのだけれど、酒を飲まないインド人は甘党ばかりなのだ。
ムジャに奢ってもらったラッシーを僕は一息に呑み干した。


駅の広場は土煙でかすみ、その粉塵の中では沢山のインド人がひしめきあっている。
ムジャはそのど真ん中に車を止めてから、エンジンを切った。
「じゃあな、ジャパニ。気ィつけてな」
それだけか。それだけなのか。思わず、チップは要求しないのか? と尋ねそうになるのを寸前で押し留める。ここでまた例のゴタゴタ騒ぎに突入するのはご免だ。悪徳旅行会社の人間とはいえ、お前本当はいい奴なんだろ?
「ムジャ、ありがとうな」
英語で言うのはなんだか悔しくて、日本語で伝えた。渡すつもりのなかったチップを上げ、右手を差し出す。なんで俺はこんなことをやっているのだろう。
ムジャは僕の右手を引き寄せると、そのまま抱擁してくる。クソ、この複雑な乙女心を分かってねェんだろうなとは思いつつも、まんざら悪い気分ではない。
観光と称して土産物屋を回り、その利ざやをモノにする悪徳業者で働くガイド、結局のところムジャはそれに変わりなく、しかもそいつにチップを渡した僕なんぞはオオバカ野郎の極地だ。警戒する僕を用心してムジャが深入りしなかった、本当はもっと酷い目に遭わされていた、という可能性もあるのだけれども、それは考えないことにした。
なぜならばここは、インドじゃないか。


どこに行っても物売りがいた。水売り、バナナ売り、耳かき屋etc

人ごみを掻き分けホームに入って行こうとすると、一人の見知らぬインド人が僕を呼びとめた。
「ジャパニ、そっちは違う。列車に乗るんならば俺に着いて来い」
わはは。いきなり来やがったか。
「funny trick! (面白ェ手口だな)」
ふと後ろを振り返るとムジャが視界に入った。
彼が僕に向かってOKサインを出しているのが分かった。