インド ネパール 旅行記

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» デリー 1

滅せよ! 気違いインド人


壁面からして既にサイケデリック

まったく何て所だ。
今まで様々な国を見てきたものの、これほど滅茶苦茶な国を僕は知らない。
まだ日も昇りきらぬ朝ぼらけの中、ようやくのことで宿に辿りついた僕は何にもする気が起こらず、すぐにベッドに倒れこんだ。
デリー空港に到着したのが午後11時。まだほんの数時間しか経っていないというのに、数日も過ごしたような気がする。
しかし。
本当にまったく何て所だ。
宿の薄汚い天井を見ながら、僕は同じ言葉を何度も口にした。

――――――。
自動小銃を抱えたインド兵に迎えられて空港に到着した僕は、朝まで時間を潰そうと考えたのだが。
リタイアリングルームでは金を騙し取られた。デポジットとして25ルピー払わなくちゃいけない、空港の職員がそう言うので素直に支払ったところ、彼はその金を持って逃げ去った。
ベンチでフテ寝していたところ、得体の知れないインド人が次々とやってきては僕の荷物を盗もうとする。そんなわけで、荷物と自分の体を鎖でガンジガラメに固定して眠らなくちゃならなかった。
次第に身の危険を覚えた僕は夜明け前に空港を脱出することにしたのだが、空港を出た途端に沢山のインド人にわっと囲まれた。バス停まで案内してやるという彼らは、おしなべて嘘八百を並べ立て、自分の車に乗せようとした。「このまま真っ直ぐだ」「その階段を降りろ」「次の角を右だ」 インド人の言う反対の方向(つまり道を曲がり、階段を昇り、角を左方向)をひたすら目指すと、果たして目的のバス停があった。
街は闇に包まれ、汚物に塗れた襤褸切れがあちこちに溢れ、散乱していた。さらに目を凝らすと、驚くべきことにその塵芥が蠢いていた。ゴミではなかった。ゴミに埋もれた、ゴミと見紛うような人間たちだった。
オートリクシャ(三輪バイクのタクシー)を捕まえ、そのまま安宿街に入ろうとすると、門番を装った一人のインド人に止められた。彼は「こんな危険な所に入って来るんじゃない。パキスタンとの情勢を知っているはずだろ。先日も日本人旅行者がサーベルで切り殺されたばかりだ」と英語で言うと、僕をここまで連れてきたリクシャの運ちゃんを強く批判し、そして唐突に殴り飛ばした。


写真提供:http://www.euzim.net/
日本人には結局一人も出会わなかった

それにしても、疲れたなんてもんじゃない。部屋の中で死んだようにグッタリしていると、誰かが戸をノックする。
扉を開けると、そこには先ほど殴られたばかりの運ちゃんが立っていた。彼は「こんな緊迫した状況だから、数少ない旅行者はみんな郊外に逃げている。郊外は多少安全だが、空いている宿があるかどうかが分からない。できる限りのオレが知っている宿をあたってみよう」、そう言って五軒の宿を廻り、全てを断られ、ようやくこの宿に辿りついた訳である。宿代は相当高く、従業員の雰囲気も胡散臭い。しかし心身ともに疲れきっていた僕は何もかもが面倒くさくなり、ここに落ち着くことにしたのだった。
「市内観光に行かないか?」
と、運ちゃんは突然に提案してきた。
いや、今は殆ど寝ていないんで疲れているんだ。少し寝てから考えさせてくれ。僕がそう答えると、運ちゃんは残念そうに顔をしかめる。
「しかし、一日中寝る訳じゃないんだろ。昼頃にまた迎えに来る。その時にでも返事をきかせてくれ」
「分かった。今日は忙しくなりそうだから、その予定をよく考えて返答するよ」
「オッケー。そうだ、気持ち良く眠りたいのなら、これでも使え。ぐっすり眠ることが出来るはずだ」
運ちゃんはそう言うと、ポケットの中をごそごそと探り、汚いビニール袋を差し出してきた。
「なんだよ、これ」
僕が問うと、運ちゃんは中をよく見てみろという。言われた通り、中を覗くと、そこには黒いゴムの塊のようなものが入っていた。匂いを嗅ぐとほんのりと甘い香りがする。
「ハシシか!」
それまで見たことはなかったが、ピンときた。ハシシとはいわゆる大麻樹脂、マリファナだ。
初めて見た、というと運ちゃんはたいそう驚く。宗教儀式でしばしばマリファナを用いるインドではそれだけポピュラーな存在なのだろう。
こんなものはいらない、と僕は固辞したが、彼は強引に僕の手の中にマリファナを押しこめると、そのまま去っていってしまった。


まったく何て所だ。
僕は何度も呟き、間もなく眠りに落ちた。