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⑥シンハラ語とワラナギーマ
かしゃぐら通信2005-11-18 / 2007-Dec-23 / 2015-Feb-07 / 2016-Feb-13

 シンハラ語文法では動詞の活用と名詞の格変化を同じワラナギーマという用語で呼びます。コンジュゲーションcojugation「活用」とデクレンションdeclension「屈折」を併せてともにワナギーマwaranagiimaと呼ぶわけです。
 シンハラ語では動詞・名詞・形容詞などおよそ総ての単語が語形変化します。およそシンハラ語の総ての言葉は形を変える言葉です。
 形を変えない単語ですが、「ああ!」などの感嘆詞、「そして」などの接続詞、「テニヲハ」の助詞などがそこに分けられていて、これらをひっくるめて不変化詞、ニパータ・パダと呼びます。
 単語を変化するもの、しないものの二通りに分ける語彙論はパーリ語にもあります。ここでも変化しない言葉をニパータ・パダと呼びます。ならば、パーリ語とシンハラ語は同じような言語かと言えば、それがぜんぜん違います。
 なぜ違うと言い切れるかと言えば、シンハラ語のニパータには日本語で言うところの助詞が含まれますがパーリ語には含まれていないからです。なぜ? さて、なぜでしょう? 
 それは、パーリ語に日本語にあるような助詞がないからです。加えて言えばニパータという語彙の分類はサンスクリットに始まります。サンスクリット、パーリ語の文法からシンハラ語が借りてきた用語です。

 「シンハラ語の話し方」でシンハラ動詞を説明したとき、ワラナギーマ、ワラナギッラという用語に触れました。シンハラ動詞は活用する。その「活用」というとこばをワラナギーマに当てはめました。
 「シンハラ語の話し方」の中のシンハラ動詞活用一覧は日本語の動詞5段活用に準えてシンハラ動詞の活用を対応させたものです。こうしてシンハラ語の動詞変化を覚えると無理なく、すらすらとシンハラ動詞が分かってしまいます。ぜひともそのすらすらわかる快感を「話し方」(右のコマーシャル)でご体験ください。
 皆さんがシンハラ語を学ぶとき、ワラナギーマという用語を知らず、知らされずにシンハラ動詞の変化を覚えようとしているとしたら、ああ、どんなに不便なことでしょう。
 JB先生はシンハラ動詞のワラナギーマを「動詞」の中でこれほど綿密に解析しながら、それでも屈折的な変化と見ています。日本語の動詞もその活用は屈折的だと評されますから、それはどちらでもいいのです。肝心なのはJB先生が解析したシンハラ動詞の変化は日本語動詞の変化のスタイルそのものだということです。

 AL全国共通試験という受験制度がスリランカにあります。高校を卒業する前に子供たちはこの試験を受けます。これに受かるか落ちるかで大学へ行けるかいけないかが決定します。日本のようにそこかしこに大学があるわけではないので、みんな真剣です。スリランカでは教育を子供に授けることが子供の財産になります。大学教育を受けても卒業したら国の中に就職先がなかった、などという日本のような状況が待ち受けてもいますが、スリランカの社会はものすごい教育熱心なところです。
受験科目にシンハラ語があります。シンハラ人はシンハラ語を選択します。それでシンハラ語学習参考書が本屋さんに並んでしまうわけですが、その受験参考書に現れるワラナギーマの説明をご紹介します。

ප්‍රකෘතියකට විභජන ප්‍රත්‍ය එකතුවීමෙන් ඇති වන රූපාවරිය / රූප ගොනුව වරනැගීම යනුවෙන් හැඳින්වේ.සිංහල භාෂාවෙහි මෙම වරනැගීම්,නාම සහ ක්‍රියා වරනැගීම් යනුවෙන් ප්‍රධාන කොටස් දෙකකි.විභජන ප්‍රත්‍යය පොදුවේ වරනැගීමේ ප්‍රත්‍යය ලෙසින් ද හැඳින්වෙයි .
ii 1.10 සිංහල භාෂා ව්‍යාකරණය / ඩබ්ලිව්. එස්. කරුණාතිලක / ගුණසේන 2004

 語幹に個別の語尾を添えることで作られる単語の諸形をワラナギーマと呼ぶ。シンハラ語ではこのワラナギーマが名詞と動詞のワラナギーマの二つに大別される。個別の接尾語(活用語尾)は総じてワラナギーマの接尾語としても扱われる。 
ii 1.10「シンハラ語文法」 W.S.カルナティラカ著 2004 M.D.グナセーナ社刊

 「個別の接尾語」は「活用語」に、「単語の諸形」は「活用形」に言い換えることができます。
 しかし、上の説明だけでは、ワラナギーマの実際が見えて来ません。このワラナギーマの説明から、ディサーナーヤカのようにシンハラ動詞を音韻でとらえて派生文法的に活用すると話を進めて行くこともできるし、また、逆にシンハラ文語文法の古典的な屈折語的動詞変化へと話を進めて行くこともできます。そう、ワラナギーマは古典的なサンスクリットのシンハラ文語世界に組み込まれているからこそ、ワラナギーマです。
 受験参考書「シンハラ語文法」はワラナギーマを解説すると古典文語文法へと話を進めていきます。日本のシンハラ語教本が語る動詞規則はこの古典文語規則です。受験用シンハラ語の知識です。はっきり言って、これじゃあ使えない。シンハラ語教本が「使えない」とシンハラ語を話したい日本人が苦情を申し立てるわけはここにあります。そう、日本人向けのシンハラ語解説書はスリランカの受験参考書並なのです。でも、AL全国共通試験を受けてスリランカの大学に入ろうとするのでなければ、それは必要ないと思います。
 文語シンハラ文法ではシンハラ語が話せません。日常のシンハラ語会話に14世紀のシダットサンガラー文法や近代クマーラトゥンガ文法を持ち出して来て、これを手本に学ぶことはない。


ワラナギーマは単語をつなぐ



 シンハラ名詞の格は「名詞+ニパータ」というかたち、日本語で言い替えれば「名詞+助詞」で表されます。ニパータを取り換えると格が変わります。「私は」「私の」私に」「私から」が「名詞+助詞」の組み合わせで構成されているように、シンハラ文法も「名詞+ニパータ」の語形をひとまとまりとして捉え、その語形が格を表します。語形の変化する姿をワラナギーマと呼びます。シンハラ文法が言うところの「単語の屈折」です。でも、これは名詞そのものの語形変化ではありません。

 シンハラ語の名詞は単数・複数で語形が変わります。大部分は名詞の語尾の1音節を付け替えることで単数・複数の別が表されます。また、日本語のように名詞語尾に「ラ-」を付けて複数を表す単語もあります。こうした語形変化もワラナギーマです。
 「オバ(あなた/二人称)」に複数を表す助詞の「ラー」をつけて「オバラー(あなたたち/君等)」という複数を表す。これって、屈折? それとも膠着? とにかく、この場合は日本語の名詞の複数形の作り方と同じだと言うことが分かります。

 シンハラ語のニパータ・パダに助詞の一群が含まれていると先に言いました。ここに格助詞があります。「私の」「私を」「私に」などの言い回しは「マゲー」「マーワ」「マタ」になります。「私」が「マ」で、そこに助詞の「の/を/に」と対応するニパータの「ゲー/ワ/タ」がつくと属格・対格・与格が表せます。これって、日本語の格の作り方のままです。おまけに属格のニパータ「ゲー」は日本語の古語の「が」にそっくり。対格・与格の助詞とニパータも相互に対応することは「シンハラ語の話し方」や「熱帯語の記憶」でお話した通りです。

 動詞のワラナギーマもニパータが深く関わって動詞の態を作ります。
 態は動詞の活用形で表現されます。活用をどうとらえるかですが、シンハラ語と日本語の文法ではその変化のくくり方が異なります。
 日本語の学校文法では動詞活用を未然・連用・終止・連体・仮定・命令の6種に分けます。これがシンハラ語では、動詞はまず二種に大別されます。動詞の活用はまず、終止形と非終止形とに分けます。
 あっ、また、始まった。そう思われた方もおられるでしょう。単語全体を分類するときも、まず、変化する言葉、変化しない言葉の二つに分けました。あの大別法がここでも採用されるのです。白黒をはっきりさせる。わかりやすい。どうしても物事を二つに分けたい精神文化というか、風土をシンハラ文法は持っています。日本の風土に大別法はなじまないようで、どんなときにも真っ二つにして分けるということはしないのです。

 スリランカのシンハラ語文法では動詞はその形態から、まず、終止形と非終止形に分けます。その先はちょっと込み入ってくるので、「見る」の活用を例にした一覧がカルナティラカ先生によって作られています。下表をご覧ください。

動詞活用

終止形
samaapaka
終止形時制
thraikaalika kriyaa
現在時制
varthamaana varanagiima
බලමි
bala-mi
未来時制
anaagatha kaala varanagiima
බලන්නෙමි
bala-nne-mi
過去時制
athiitha kaala varanagiima
බැලුවා
baelu-vaa
使役形
vidi kriyaa waranagiima
බලවනවා
bala-va-navaa
願望形
aassiirvaadha kriyaa
බලමිවා
bala-mi-vaa
非終止形
asamaapaka
連体形
krdhantha
現在時制
warthamaana krdantha
බලන-
bala-na-
現在時制(動名詞形)
bhaava krdahtha
බලනු-
bala-nu-
過去時制
athiitha krdantha
බැලු-
baelu-
可能態
ssakyaartha krdantha
බැලිය-
baeli-ya-
完了形
puurva kriyaa
බලා-
balaa-
複合動詞
misra kriyaa
බල බල-
bala balaa-
仮定・条件形
asambhaavya kriyaa
බලත්-
bala-th-



 動詞はその活用の仕方から終止形と非終止形に大別されます。終止形は時制(現在・未来・過去)と二つの態(使役・願望)に分けられ、非終止形は連体形(三時制と受動)、過去形、二つの態(繰り返し、仮定・条件)分けられます。
 この表では文語シンハラの動詞を扱っているので人称別の語形がいくつも現れます。そうしたことはあるけれど、シンハラ文語動詞を扱っているのに、この表に表われるのは日本語の学校文法の動詞活用表のように統語の形式と態がごっちゃになって分類されています。
 だから、JB先生が試みた口語動詞を含めた動詞活用の分析は、JB先生がユニバーサル・グラマーの理論からそのヒントを得たとは言っても私たち日本語の使用者からすれば有難いことこの上ないのです。シンハラ語動詞の活用は日本語動詞の活用と同じだという発見を、偶然か、当然か、私たちにもたらしてしまったのです。もう目からうろこ。

 文語の動詞活用からJB先生が作った動詞の活用分類表に戻りましょう。ここには橋本学校文法が掲げる動詞の六つの活用のうち、未然形と命令形を外した四活用が含まれています。
 なんでシンハラ語には命令形がないの? 命令なんて粗野なことはしないからです。じゃなくて、実際は汚いスラングで命令するから、命令という態を文法に入れない、と言い換えます。動詞の語尾に「‐パン」をつける言い回しで命令することはできますが、その言い回しは卑語とされているので文法用語ではない。つまり、文法に入れないから命令形がないのです。これはすばらしい言語文化です。
 打消しの場合はどうでしょう。「ない」を意味する「ナェー」は卑語ではありません。だから、この助動詞を繋げる動詞活用形があっていいし、実際にある。上の表の「バラ-」(見る)で言えば「バランネ-」という活用形が打消し語の「ナェー」と結びつきます。これで「バランネー・ナェー」、つまり「見-ない」となります。しかし、カルナティラカ先生の表には「打消し」が抜けています。日本語動詞の五段活用で言えば未然形がないのです。シンハラ語の未然形がなぜここに含まれないのでしょう。
 シンハラ語では打ち消し表現の動詞が強調話法の動詞語形と同じ形を取ります。強調話法は、強調する動詞を文の前のほうに持って来て強調される対象の対格(目的語)を後に置く倒置法を用います。たとえば、「私は見る」なら「ママ・バラナワ―」ですが、「見るのは私」という具合に単語を入れ替えます。「バランネー・ママイ」と単語が入れ替わります。「バランネー」は倒置法の時の動詞語形です。
 でも、こんな風にも考えられます。未然形がないのはもっと簡単な理由かも。シンハラ文法が手本にするサンスクリットの文法に打消し話法の動詞規則が抜けているのでシンハラ文法にもそれがないのかもしれません。
 
 「シンハラ語の動詞は活用する」はここでひとまず終了です。
 さて、ではシンハラ語、話してみましょうか。
 文は基本的に動詞終止形だけで成立します。だから、動詞終止形を口から発すればいいんです。「日本語=シンハラ語小辞典」なんかでシンハラ動詞を引いて、そのカタカナを読み上げてください。より高度な表現をしたいときは、そうだ、「シンハラ語の話し方」をkindleや紙の本でご一読いただけるといいかもしれない。


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