ジョン刑事。.... 佐久間學

(11/10/16-11/11/3)

Blog Version


11月3日

MAHLER
Das Lied von der Erde
Sibylla Rubens(Sop), Renée Morlec(Alt)
Markus Schäfer(Ten), Markus Eiche(Bar)
Hansjörg Albrecht/
Münchener Bach-Orchester
OEHMS/OC 792


グスタフ・マーラーが亡くなったのは1911年の5月18日ですから、今年は没後100年ということで、クラシック界は盛り上がっています。実は、去年も生誕150年でしたから、2年連続の記念年、もうどこを向いてもマーラーだらけの日々が続いていたのでしょうね。もっとも、命日にあたる日は日本国内ではまだ震災の影響が残っていましたから、なにか催し物があったとしても、おおっぴらにはなっていなかったような気がしますね。
1911年というのは、この「大地の歌」が初演された年でもありました。それはミュンヘンで、1120日に行われたのですが、もうすでにマーラー本人は亡くなっていましたから、指揮はブルーノ・ワルターが行っています。青いスーツを着ていたのでしょうか(ブルーのワルター)。そのミュンヘンでの初演から100年経ったことを記念して、初演の地のオーケストラ、ミュンヘン・バッハ管弦楽団の芸術監督であるハンスイェルク・アルブレヒトが企画したのが、この作品を室内楽用に編曲して、演奏を行うことでした。
ご存じのように、「大地の歌」には、すでに室内楽バージョンは存在しています。それは、シェーンベルクが「私的音楽演奏協会」のために1921年に着手したものの、「オトナの事情」で未完に終わってしまった草稿をもとに、1983年にライナー・リーンが完成させた「シェーンベルク/リーン版」と呼ばれるものです。このバージョンはHARMONIA MUNDIのヘレヴェッヘ盤など、数種類の録音がありますし、日本でも「生演奏」が行われたこともありました。しかし、アルブレヒトは、この版によって実際に何度か演奏した結果、原曲のイメージがかなり損なわれていると感じ、自分で新たに編曲を行うことにしたのだそうです。それぞれの版の楽器編成はこんな感じです。

さらに、アルブレヒトはソリストの分担も変えて演奏しています。標準的なソリストの割り振りは、1、3、5曲目はテノール、2、4、6曲目はアルトというものなのですが、ここでは3曲目がソプラノ、6曲目がバリトンに変えられています。つまり、ソリストが4人になっています。バリトンに関しては、今までも1966年のバーンスタイン盤でのフィッシャー・ディースカウのように、アルトのパートをバリトンが歌うというケースはありました(オーケストラのスコアには、2曲目だけはバリトンでも可とありますし、作曲家自身のピアノ伴奏版には「高声」と「低声」という指定しかありません)。ソプラノに関しても、アルブレヒトによれば、作曲家はそもそもテノールかソプラノのどちらにするか決めかねていたのだそうです。
今回の「室内楽版」を聴いてみると、確かに編成は小さいものの、オリジナルで必要とされていたサウンドが、ほぼ完璧に再現されているのに驚かされます。それは、シェーンベルク/リーンにあったピアノがなくなり、トランペットとトロンボーンとハープが加わったためなのでしょう。特に、ハープの参加は画期的、これを聴いてしまうとピアノの入った編曲は、いかにも「別物」になってしまっているという感は否めません。弦楽器も人数が増えていて、全く別の音色になっています。
あるいは、シェーンベルクたちの仕事は、あえてマーラーのオーケストレーションとは「別物」を目指したものなのかもしれません。国内販売元が作ったCDの帯には、それが「原曲の持つ透明感を強調した風通しのよい音楽」であると述べられていますが、そんなものをこの曲に求めるかどうかは、もはや趣味の問題でしかありません。
ソプラノのルーベンスや、バリトンのアイヒェの素晴らしい歌を聴くと、ソリストに関しては、パート云々よりも「誰が歌うのか」というファクターの方が大きいのでは、と思えてしまいます。終曲は、アイヒェの深みのある声と、それを支える幅広い響きのフルートによって、極上の仕上がりになっています。

CD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH

11月1日

SCHIKELE
A Year in the Catskills
Blair Woodwind Quintet
Felix Wang(Vc)
Melissa Rose(Pf)
NAXOS/8.559687


この現代屈指の作曲家が初めて日本に紹介された時には、「ピーター・シッケレ」という発音で呼ばれていました。まんま、ローマ字読みですね。でも、今ではきちんと「シックリー」と、本人が発音している表記になっていますから、よかったですね。
ただ、ピーター・シックリーの場合は、その作品の紹介に関しては、必ずしも名前の呼び方ほどしっくりといってはいないのではないでしょうか。なにしろ、彼の場合、「副業」であった「P.D.Q.バッハ」の方がはるかに有名になってしまって、もっと「きちんとした」作品が評価されることは、少なくとも日本に於いてはありませんでしたからね。
そんな、「P.D.Q.以外」のシックリーの素顔が、もしかしたらこのアルバムでは明らかになるかもしれません。まずは、タイトル・チューンは後回しにして、「Gardens」と「Diversions」という、1960年代に作られたものから聴いてみませんか?
Gardens」(1968)は、オーボエとピアノのための作品、ピアノがパターン的なオスティナートを演奏しているところに、オーボエが瞑想的な、ほとんど印象派と言っていい息の長いフレーズを歌い上げる、といった趣の曲想です。そこに見られる真摯さは、「P.D.Q.」とは完全にかけ離れた世界です。「Diversions」(1963)は、オーボエ、クラリネット、ファゴットという「トリオ・ダンシュ」の編成で、あくまでシリアスに迫ります。時には「無調」まで顔を出すような渋く、暗い作品です。ここからは「冗談」のかけらすらも感じることは出来ません。おそらくこの時期には、このような意識して「P.D.Q.」との差別化を図った作品がいくつか作られていたのではないでしょうか。俺でも、「シリアス」な曲は作れるんだぞ、というアピールですね。ちなみに、シックリーがP.D.Q.バッハを「発見」したのは、1954年のことでした。
それが、このCDの中の1980年代に作られたものになると、微妙に作曲に対するスタンスが変わっているように感じられます。「What Did You Do Today at Jrffrey's House?」という、1988年に作られたホルンとピアノのための作品は、まず、ピアノ伴奏のパターンに非常にリズミカルなわかりやすさが見られるようになります。それは、明らかにジャズの要素が取り入れられたもの、と思っていると、最後の曲はなんとも軽快な、まさにブギ・ウギそのものではありませんか。さらに、同じ年に作られた「Dream Dances」という、フルート、オーボエ、チェロのための作品は、5つの小さな曲から成るまるで「舞曲」のような形式を持ったものですが、「メヌエット」や「サラバンド」といった、いかにもバロック的な優雅さの模倣の間に、「ジッターバグ」とか「ギャロップ」というミスマッチそのもののらんちき騒ぎが入ってくるのが、「P.D.Q.」と全く変わらないおかしさを持っているのですから、たまりません。つまり、このころになってくるとシックリーはもはや「シリアス」であるべき作品に対しても、堂々と「P.D.Q.」の手法を導入するようになっているのですね。
そして、最新作、ここで演奏しているブレア木管五重奏団のために作られたタイトル曲などは、もう「P.D.Q.」そのものではありませんか。しっとりとしたメロディだと思って聴いていると、突然場違いなブルー・ノートが出現する、などといったように、あちこちに「P.D.Q.」テイストが満載ですよ。「フィナーレ」に至っては、まるでチャーリー・パーカーのような技巧的なアド・リブのパッセージ(もちろん、ちゃんと記譜されているのでしょう)が飛び交うのですからね。1人だけ、フルートのジェーン・キルヒナーという人が恐ろしくヘタなのも、今までの「P.D.Q.」の伝統をしっかりと受け継いでいるとは言えないでしょうか。そう、シックリーが冗談でやっていた「ジキルとハイド」状態は、すっかり彼自身を蝕んでいたのですね。ある意味、これは彼にとってはとても幸せなことだったのかもしれません。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.

10月30日

BEETHOVEN
The Symphonies
Katerina Beranova(Sop), Lilli Paasikivi(MS)
Robert Dean Smith(Ten), Hanno Müller-Brachmann(Bar)
Riccardo Chailly/
GewandhausChor, GewandhausKinderchor, MDR Rundfunkchor
Gewandhausorchester
DECCA/478 2721


ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のベートーヴェンといえば、26年間もカペルマイスターの地位にあったマズアの指揮による1970年代と1990年代の2度の交響曲全集が、まずは思い出されます。特に90年代のツィクルスは、ペーター・ギュルケとペーター・ハウシルトによって作られたクリティカル・エディションを用いた「最初」で、おそらく「最後」の全集録音として、マニアの間では評判を呼んでいるものです。この「新ペータース版」は、有名な「ベーレンライター版」に先駆けて1970年代に、世界で最初に刊行されたベートーヴェンの交響曲のクリティカル・エディションで、発表された当時は大騒ぎになったものですが、今ではどうなっているのでしょう(ペータースのカタログにはまだあるようですね。ちなみに、ハウシルトは、後にブライトコプフ版に携わることになります)。そもそも、この楽譜の出版は、当時まだ東西に分かれていた「東ドイツ」の、いわば国威発揚の意味が込められたプロジェクトだったわけで、そのためには「東ドイツ」の象徴とも言えるマズアとこのオーケストラとのコンビによる演奏はいわば「必然」だったのですね。
この新ペータース版は、例えば「5番」の第3楽章のトリオを最後にもう1度繰り返すといったようなユニークな主張が込められたもので、マズアのあとを引き継いだブロムシュテットの時代にも、おそらくこの楽譜を使って演奏していたはずです。
ですから、今回そのブロムシュテットの後任者であるシャイーがこのオーケストラを使って全集を録音したということになると、そこではどんな楽譜が用いられているかが、最も興味がわくところなのではないでしょうか。
交響曲全集の現物は5枚組、交響曲の他に序曲も全部で8曲入っています。その装丁が、こんな感じ。

CDが収納されるスリーブが、ブックレットと一緒に綴じられていて、まさに「アルバム」ですね。
そのブックレットには、「私は、新しい原典版も勉強してみたが、それは使わなかった」というシャイーの言葉が紹介されています。つまり、ある意味「ゲヴァントハウスの伝統」のようになっている新ペータース版は、彼はもう使わないと宣言していたのです。彼が目指したのは、マズア以前にすでに培われていたまさに歴史的な「伝統」だったのでしょう。基本的には「古いペータース版」を使うというのですね。さらに、彼は「イーゴル・マルケヴィッチ版」と、「ジョージ・セルのスコアへの書き込み」を、注意深く研究したそうなのです。これは、ベーレンライター版や新ブライトコプフ版がスタンダードになりかけている現代のベートーヴェン業界ではかなり異例なアプローチとなるのではないでしょうか。
その結果産み出されたものは、あくまでモダン・オーケストラの力が最大限に発揮された、躍動感にあふれたベートーヴェンでした。これはこれで、今の時代ではなんとも新鮮な体験が味わえる得難いものです。例えば、「5番」のフィナーレなどは、ピッコロを1オクターブ高く演奏させて、とても華やかな効果を上げています。なんせ、楽譜には書かれていない新しいフレーズまで吹かせているのですからね。「原典版」を使っていたら、絶対こんなことは出来ません。
しかし、原典版には、明らかに印刷ミスだったものをきちんと訂正した、という大切な意味もあるはずです。「1番」の第3楽章「4番」の第1楽章などを「間違った」まま演奏しているのには、指揮者としての最低限の使命を放棄しているのではないか、という思いもついて回ります。せっかく「6番」の第2楽章のヴァイオリンに弱音器を付けたり、「9番」のコントラ・ファゴットを1オクターブ低く演奏するというように、一部では「原典版」の成果が反映されているというのに。
これは、彼が影響を受けたというトスカニーニのような颯爽とした演奏で聴衆を感動させるのとは、全く別の次元の問題です。

CD Artwork © Decca Music Group Limited

10月28日

LIGETI
Requiem
Barbara Hannigan(Sop), Susan Parry(MS)
Péter Eötvös/
WDR Rundfunkchor Köln
SWR Vokalensemble Stuttgart
WDR Sinfonieorchester Köln
BMC/CD 166


いくらCDの生産量が減ったからといっても、世界中でリリースされるものはまだまだ膨大な数に上ります。当然、いくらていねいにチェックをしていても、つい、見逃してしまうアイテムだって出てきます。このリゲティの「レクイエム」の新録音も、そんな一つでした。なにしろ、このハンガリーのレーベルは、よく利用している通販サイトでは、リニューアルした時に行方不明になってしまって、未だに修復されていないものですから。こんなものがあるのを知ったのは、ですから、ネットではなく紙媒体、「レコード芸術」の海外盤案内での長木センセーのレビューだったのです。
そこで、国内では入手できなかったのでUKAMAZONに注文したら、それは6日目にはもう手元に届いてしまいましたよ。この円高ですから、送料を含んでも、国内で買うより安いようでしたし、なんとありがたいことでしょう。
その現物は、なんと2枚組。しかし、1枚は同じ内容のDVD-Audioでした。ハイブリッドのSACDの方がよっぽど扱いやすいのに、ハンガリーではまだこんなものが残っているのですね。立派なジャケットも、今時珍しい「前衛的」な造りです。
収録曲は2008年に録音されたもので、「レクイエム」の他に、これがノット盤に次いで2度目の録音となる1959年の作品「アパリシオン」と、やはりノットが録音していた、こちらは小澤征爾時代のサンフランシスコ交響楽団の委嘱作品「サンフランシスコ・ポリフォニー」(1974年)です。
「レクイエム」には、いままで1968年のギーレン盤と、2002年のノット盤の録音がありました。さっきの長木センセーのレビューではもう一つ「『2001年』のサントラに使われたトラヴィス盤」というのが登場しますが、これは1967年の放送音源で、今のところ市販のCDにはなっていないはずです。私の手元には指揮者からいただいたCD-Rがありますから、長期にわたって聴いていますが、センセーもトラヴィスとはお知り合いですから、お持ちになっていたのでしょう。でも、同時に「初演者のトラヴィス」なんて書いていますから、もしかしたらギーレンと混同しているのかもしれませんね。1965年にこの曲をストックホルムで初演したのは、フランシス・トラヴィスではなくミヒャエル・ギーレンなのですからね。
今回、エトヴェシュのもとで歌っている合唱団は、SWRヴォーカルアンサンブルとWDR放送合唱団です。おそらく両方ともルパート・フーバーが合唱指揮にあたっているのでしょう。こういうものにかけては得意なはずのフーバーが、ここではなんともハイテンションの合唱を提供しています。それは、エトヴェシュの意向に添ったものなのでしょうが、例えば、まさに「2001年」の「モノリスのテーマ」として使われていた「Kyrie」では言いようのない恐怖感を募らせていたトラヴィス指揮のバイエルン放送合唱団のような、強い切迫感を与えられるものでした。最近のノット盤での、テリー・エドワーズに率いられたロンドン・ヴォイセズがなんとも醒めた演奏を聴かせてくれた時には、それもこの曲への一つのアプローチなのかな、とは思ったのですが、やはりこちらの方が、リゲティの音楽の本質に迫るもののような気がします。
2人のソリストも、きれいにまとまったノット盤よりも、ちょっと粗野な面をさらけ出している今回の方が、この合唱と同じ世界を共有できるのではないでしょうか。
それとは対照的に、オーケストラだけで演奏される他の2曲は、ぐっと落ち着いた冷静な味が出ています。「サンフランシスコ・ポリフォニー」の後半に登場するミニマル的な処理も、きちんとアイロニカルなテイストが強調されてはいないでしょうか。
DVD-Audioを付けるぐらいですから、録音にも自信があるのでしょう。こんなマイナーなメディアではなく、もっと汎用的なものにしておけば、万華鏡のようなクラスターを、存分に味わうことができたのに。

CD Artwork © Budapest Music Center Records

10月26日

ORFF
Carmina Burana
Gundla Janowitz(Sop), Gerhard Stolze(Ten)
Dietrich Fischer-Dieskau(Bar)
Eugen Jochum/
Schöneburger Sängerknaben
Chor und Orchester der Deutschen Oper Berlin
DG/UCGG-9030(single layer SACD)


1967年に録音された名盤、ヨッフム指揮の「カルミナ・ブラーナ」がシングル・レイヤーSACDになりました。ヨッフムはよっぽどこの曲が好きだったようで、1952年にもやはりDGにこの曲を録音していましたね。しかし、そちらは合唱がなんとも生ぬるく、こちらのような切迫感のまるでないものでした。もちろんモノラルですし。
このステレオ録音は、あいにくオリジナルのLPでは聴いたことはありません。聴いていたのは1995年に出た「オリジナルス」のCDです。勢いのある録音ですがあまり繊細さは感じられないという印象がありました。まあ、昔の録音ですから、こんなもんだろう、と納得していたのですね。しかし、今回のSACDを聴いて、そんなイメージは完全に覆されてしまいましたよ。
実は、先日の「デッカ・サウンド」のLPを聴いて、明らかにSACDが負けていたところがあったので、この際だからと、思い切って新しいSACDプレーヤーを購入してしまったのですよ。今までの機種はDENONDCD-1500AEという中級機だったのですが、それの2ランク上、価格では4倍以上のDCD-SA11が希望小売価格の4割引で売られていたので、つい・・・。しかし、それだけの投資の効果は歴然たるものでした。旧機でもそれなりに満足していたのですが、新機で同じものを聴いてみると、さらに立体感は増し、より繊細な音に変わっていることがはっきり分かるのですからね。このぐらいのものにして、初めてLPと対等に渡り合えるのだな、と、いまさらながらアナログ録音のすごさに気づかされるのでした。
そんな機械で、心行くまでCDSACDの聴き比べです。それはもう、面白いほど違いが分かってしまう、ある意味残酷な評価でもありました。なにしろ、音像の現れ方がまるで違います。CDでは、すべての楽器や歌手たちがべったりと粘度の高いオイルのようなもので固められているような感じが常に付いて回ります。それがSACDになると、まるで溶剤で洗い流したように、すべての音がくっきり本来の姿を現してきます。どんなにやかましいトゥッティの中でも、個々の音がはっきり際立って聴こえてくるのですよ。
そして、そんな「個々の音」には、それぞれのキャラクターがしっかり「肌触り」として感じられるようになります。特に違いが顕著なのが、たとえば9曲目「Reie」に出てくる、弱音器をつけたヴァイオリンの感触です。この柔らかな繊細さは、まさにSACDならではのものです。
そういう音で聴いていると、それぞれのシーンでの音楽の質までも異なって聴こえてくるから不思議です。6曲目、オーケストラだけの「Tanz」では、冒頭のトゥッティで、とても重心の低い安定した響きが味わえます。そして、お目当てのフルート・ソロでは、倍音まで、はるかに豊かに乗っているのが分かります。バックのティンパニとの距離感もくっきりと感じられることでしょう。それが終わって金管が入ってくると、それこそ「デッカ・サウンド」のような豊穣さが込められていることにも気づきます。
もちろん、これは声楽パートにこそ、はっきりした違いとなって表れるものです。冒頭の合唱、これがヨッフムの前の録音と最も違っているところですが、まるで「語る」ように歌われる時のリアリティと言ったら。まるで、合唱団員全員の口の動きが分かるほどの生々しさですよ。フィッシャー・ディースカウのソロが始まる4曲目「Omnia Sol temperat」の、なんとセクシーなことでしょう。節が変わるごとに微妙に表情が変わっていくさまも、手に取るように分かります。16曲目「Dies, nox et omnia」での高音では、彼はファルセットを使っていないことにも、今回初めて気づきました。ヤノヴィッツが披露する23曲目「Dulcissime」でのハイDも、ここでは余裕を持って再生できてますし。
こんな風に、勇気を持って新しいパートナーと次の段階へ進むと、それだけ喜びも増す、ということでしょうか。

SACD Artwork © Deutsch Grammophon GmbH

10月24日

The Decca Sound
V.A.
DECCA/478 2826(50CDs), 478 3310(6LPs)


古くから際立ったクオリティの録音を誇っていたイギリスのレーベルDECCAが、その独自のテクノロジーで作り上げた数々の名録音の歴史を、CD50枚でたどろうという、とてつもない企画のボックスをリリースしました。そんな膨大なボックスが「たった」9000円、さらに、その中からピックアップされた6枚のアイテムをLPにカットしたものが、やはり「たった」8000円で買えるというのですから、これは手に入れない方がどうかしています。LPなどは、1枚180グラムの重量盤、手に持っただけでずっしり重みを感じられます。しかも、ジャケットは表も裏も完全復刻、さらにレーベルまで初出時と同じなのですから、涙が出そうになるほどですよ。まあ、最近の録音でCDしか出ていないものなどは、CDのジャケットをそのまま引き延ばして荒っぽい画像になっているものもありますが。

CDの方は、DECCA55年の歴史をたどろうというものです。DECCA自体はもっと長い歴史を持っていますが、ここで最初に取り上げたのがステレオ録音のノウハウが完成された1956年のものです。ロイ・ウォレスというエンジニアが開発した「デッカ・ツリー」という、3本のマイクを三角形にセットしたマイク群をメインに用いるという、いわば「デッカ・サウンド」を象徴するセッティングが、この時から始まったのです。そして、ケネス・ウィルキンソンやゴードン・パリーといった花形エンジニアによって、最盛期には夥しい数の録音が行われました。もちろんデジタル録音の時代になってもそのポリシーは貫かれ、「デッカ・サウンド」はこのボックスの中では最新の2009年まで継承されることになるのです。
50枚全てを紹介するのは無理なので、とりあえず名録音の誉れ高い、ゴードン・パリーによって録音されたショルティの「指環」ハイライトをタイトルにしてみました。実は、今回初めて、オリジナルLPのジャケットと曲目を知ることが出来ました。こんな素敵なジャケットだったんですね。国内盤で出たLPは、収録曲が微妙に違いますし、なんといってもジャケットの写真がヴィーラント・ワーグナーの演出(当時はそう思われていました)による「ワルキューレ」なのですからね。この録音のプロデューサー、ジョン・カルショーは、このバイロイトの演出にはあからさまに嫌悪感を抱いていたというのに、これはないだろう、と、発売当時は思ったものですが、やはり国内盤はカルショーのあずかり知らないものだったのですね。
これは、まずLPを聴いてみました。スクラッチ・ノイズも殆どなく、かなりよい盤質のようです。ヴォーカルが多少不安定なような気はしますが、全体の響きのまろやかさは、とてもCDでは味わえないもので、改めてLPの音の良さを確認できます。それが、「ラインの黄金」の最後の金管の咆吼になったら、これはもしかしたらSACDをも凌ぐ音なのでは、という気がしてきました。高音が、なんのストレスもなくきれいに伸びているのですね。もちろん、このCDではとてもそんな音は出せません。あわてて、SACDを聴いてみると、他の部分の存在感などは確かに勝っているものの、このハイノートだけはしっかりLPに負けてました。LPおそるべし、です。
最初からデジタル録音されたシャイーの「トゥランガリーラ」も、LPの音はCDをはるかに凌ぐものでした。ただ、やはり弱点はピアニシモでのサーフェス・ノイズです。それと、この長い曲を1枚に収めていますので、内周ではちょっと力がなくなってきます。
LPCDとも、ブックレットは写真やデータが満載でとても充実しています。「デッカ・ツリー」の現物にも、あちこちでお目にかかれますよ。でも、LPなのに「ADD」とか「DDD」と表記してもいいのでっか?ミックスはデジタルで行っても、最終段階のカッティングは間違いなくアナログな作業のはずですからね。
この企画は「過去」をしのぶだけ、「未来」には何の展望もないというのが、「今」のDECCAです。

CD and LP Artwork © Decca Music Group Limited

10月22日

BACH
Trio Sonatas
James Galway(Fl)
Kyung-Wha Chung(Vn)
Phillip Moll(Cem)
Moray Welsh(Vc)
RCA/74321675282


またまたゴールウェイ関係のアイテムですみません。一応「初CD化」と謳っていますから、充分取り上げる価値はありますので。
ジャケットを見てお分かりのように、このCDには韓国語の帯が付いています。つまり、これはゴールウェイよりも相方のチョン・キョンファのファンのために、韓国でリリースされたものなのでしょう。品番も、韓国仕様の別のものがもう一つ付いています。さらに、ボーナス・トラックに収録されているのは彼女の弟のチョン・ミョンフンがゴールウェイのバックでオーケストラを指揮しているハチャトゥリアンのアルバムからの2曲ですから、韓国の方にとってはまたとない贈り物となるはずです。しかしここには、その協奏曲がメインのアルバムにカップリングされていた3曲の小品のうちの「アダージョ」と「剣の舞」の2曲しか入っていないのはなぜなのでしょう。まだまだCDに余白はあるというのに。
実は、その残りの1曲は、「仮面舞踏会のワルツ」です。これは、韓国の人気女子スケート選手の好敵手である日本の選手のBGMとして使われて一躍有名になってしまった曲なのですね。もしかしたらなにか「政治的」な思惑から、この曲が外されてしまったのでは、と考えるのは、的はずれなことでしょうか。
元々のバッハのトリオ・ソナタ集は、1979年に録音されて、もちろんLPでリリースされたものです。その前にこの4人のメンバーでイギリス・ツアーを行い、大成功だったことを受けての録音だったのでしょう。確か、そのコンサートの模様はNHK-FMの「海外の音楽」かなんかでも放送されていましたね(たいがいの音楽は、ここで聴けましたね)。チョン・キョンファはDECCAの専属アーティストでしたから、ゴールウェイが所属していたRCAに録音するのはなにかと大変だったことでしょう。
「初CD化」とは言っていますが、収録されている3曲のトリオ・ソナタのうちの2曲までは、すでに1987年にリリースされたコンピレーションCDに入っています。その時には、オリジナル・アルバムとは似ても似つかないアートワークでしたね。

ですから、今回のCDは残りのBWV1038がきちんと入っているということと、LPのジャケットがそのまま復刻されているという二重の意味での価値があることになります。ブックレットの裏側には、きちんと「ライナー」まで復刻されていますからね。
でも、このジャケットは、果たしてオリジナル・ジャケットなのか、という気にもなってきます。LPは国内盤しか持っていないのですが、そのジャケットとは微妙に異なっているのですね。デザインだけでなく、写真そのものも違っています。CDのチョン・キョンファなんて、なんだか清水ミチコの「顔マネ」みたいで、気持ち悪くないですか?

ゴールウェイは、この後も1995年に同じトリオ・ソナタを録音しています。

その時の相方は、なんとバロック・ヴァイオリン奏者のモニカ・ハジェットでした。コンティヌオもチェロではなくサラ・カニンガムのヴィオラ・ダ・ガンバになっています。ただ、BWV1039ではヴァイオリンではなくジニー・ゴールウェイのフルートとの共演ですね。フィリップ・モルのチェンバロだけが、共通しています。
この2つの録音を比べてみると、共演者が変わったとしてもゴールウェイの演奏の本質はなにも変わっていないことが良く分かります。「音楽の捧げもの」BWV1079の中のトリオ・ソナタなどは、それぞれのヴァイオリニストの様式も表現もまるで違うのに、ゴールウェイのフルートはそのどちらとも見事に溶け合っているのですね。出来上がった音楽は一見違っているようでも、それは見事にゴールウェイの音楽性の範疇に入ってしまっているのです。彼の前ではモダン楽器もピリオド楽器も、そしてひょっとしたら「バッハ」でさえも、「ゴールウェイ」という大きな流れの中のものになってしまっているのかもしれませんね。

CD Artwork © Sony Music Entertainment

10月20日

DVOŘÁK
Symphony No.9
Karel Ancerl/
Czech Philharmonic Orchestra
SUPRAPHON/COCQ-1007(single layer SACD)


1年ちょっと前に、日本のユニバーサルが1枚4500円という強気の価格設定でシングル・レイヤー、非圧縮データによる2チャンネル・ステレオのSACDを発売した時には、正直どこまで受け入れられるか不安なところがありました。確かに音は間違いなく向上していますが、こんな値段で大丈夫なのかな、と思ったのですね。しかし、どうやらそれは杞憂だったようでした。DGDECCAPHILIPSの、主にアナログ録音を音源にしたユニバーサルのSACDは、順調にユーザーには受け入れられ、次々とリリースは続けられています。やはりこの世界、良いものを作れば確実に売れるのでしょうね。マニアの底力、でしょうか(「火事場の馬鹿力」ではありません)。
そんな流れが、ついに他のメーカーにも及んできました。まず、EMIミュージック・ジャパンが、なんとフルトヴェングラーの音源をSACD(ハイブリッドですが)で出したのです。なんとマニアックな。最近はレパートリーがアルゲリッチやラトルまで拡がってきたので、一安心ですが。
そして、ここに来て日本コロムビア(いつの間にか、昔の社名に戻っていましたね)が、ユニバーサルと同じスペックのシングル・レイヤーSACDを出してきました。価格まで4500円と一緒です。その最初のリリース分の中に、以前XRCDで出ていたアンチェルの「新世界」があったので、ものは試しと入手してみました。これはまさに、現時点での最高のCDと、最高のSACDとの対決ですね。
コロムビアのSACDの本体は、ユニバーサルのものと全く同じ外観をしていました。全面緑色のコーティング、文字は最外周に小さく印刷されているだけ、というのも、それぞれに音質を最重視している結果なのでしょう。それよりも、帯に印刷されたこのSACDの説明書きが、テキストも画像も全く同じなのですから、そもそも全く同じところで製造されていることがうかがえます。ただ、ユニバーサルの非常に取り出しにくいケースは、コロムビアではデジパックになっていますので、扱いやすさに関しては雲泥の差があります。しかし、ユニバーサルでは曲がりなりにもどこでマスタリングが行われたかというクレジットが入っていましたが、コロムビアにはその様な情報が一切記載されていないのが、気になります。もちろん、ビクターのXRCDにはしっかり杉本さんのマスタリングであることが明記されています。
その音は、確かにものすごいものでした。驚くべきことに、それはXRCDをもはるかに凌いでいたのです。まず、最初に聞こえてきたヒスノイズの大きさからも、これはマスターテープの情報をくまなく収めたものであることがうかがえます。XRCDは、ヒスノイズも小さめですが、その分、音の切れ味がワンランク下がっているような感じがしてしまいます。ですから、ここでは、XRCDを聴いた時に圧倒されたティンパニのアタックはさらに鋭利なものになり、トライアングルはますます前面に飛び出すようになっていました。以前、ミュンシュのサン・サーンスでSACDXRCDを比較した時には、明らかにXRCDの方が優位に立っていたというのに、これはどうしたことでしょう。同じSACDとは言ってもあちらは圧縮データのハイブリッド(SHM ではないというのも、要因として挙げるべきでしょうか)、つまり、非圧縮でシングル・レイヤーだと、ここまで違ってくるということなのでしょうか。
確かに、このSACDはとてつもない情報量を持つものでした。しかし、その情報の中には、マスターテープの劣化状態のような、あえて表に出さなくてもいいようなものまで含まれているような気がしてなりません。それは、ベームのブラームスのユニバーサル盤でも感じられたことです。杉本さんは、ここでは本能的にそのことを察知して、ちょっとおとなしめの音にまとめたのかもしれません。あるいは、杉本XRCDでははっきり聴こえる第4楽章のドロップアウト(00:41付近)が、このSACDでは全く聴こえないことから、そもそものソースの出所が違っていたのかもしれませんね。

SACD Artwork © Supraphon

10月18日

SHOSTAKOVICH
Symphony No.5
Leonard Bernstein/
London Symphony Orchestra
EUROARTS/3085318(DVD)


このサイトの名物コンテンツIncomplete List of James Galway in Orchestraは、ご存じのようにKさんという「ゴールウェイおたく」が作った、ゴールウェイがオーケストラのメンバーとして演奏している音源を集めたリストです。おそらく、世界中を探してもこれほど充実したリストはないはずの、まさに「世界一」のリストなのですが、Kさんは常に新しい音源を捜すことに情熱を傾けておられて、定期的に新しいデータが送られてきますから、その都度、「世界一」の度合いも更新されることになるのです。
その最新の更新アイテムが、このDVDです。1966年にBBCによって制作されたテレビ番組のためのコンサートのライブ映像と、それに先立つリハーサルの映像が収録されています。内容はバーンスタインがロンド交響楽団を指揮した、ショスタコーヴィチの交響曲第5番です。この頃は、ゴールウェイはロンドン交響楽団の首席奏者を務めており、映像から彼の姿がはっきり見ることが出来るという、なんとも貴重なものなのですよ。というのも、この映像、今まで断片的に例えば「The Art of Conducting」と言ったようなオムニバスには登場していたものの、交響曲を丸ごと見ることが出来るものとしては初めてのDVDなのですね。
ということを知って、ぜひ入手しようと思いました。HMVのサイトではまだ「予約中」とあったのですが、AMAZONではすでに8月から販売していました。しかもこちらの方がずっと安価、迷わず購入しました。「リージョン1」などという表記があったのでちょっと不安だったのですが、届いた現物は「リージョン0」、なんの問題もありません。
もちろん、お目当ては1966年当時のゴールウェイの「姿」です。ほぼ同じ頃に、同じ曲を同じオーケストラがヴィトルト・ロヴィツキの指揮によって録音したPHILIPS盤でも、やはり彼が演奏していますから、「音」だけだったらはるかに良い条件でのものが味わえますからね。ほんと、この映像の音はひどいものでした。もちろんモノラルですし、そもそも当時のテレビの音声は、「ハイファイ」には程遠いものでしたから。ですから、最初にフルートのソロが聴こえてきた時には、それはとてもゴールウェイが吹いているものとは思えませんでした。聴く側の耳が慣れないことには、それをゴールウェイの音とは認識できないほどの、ひどい音だったのですね。アップになった彼の姿も、こんな眼鏡をかけた、まるで生真面目な学生のような風貌ですから、何も知らずに見ていたら、もしかしたら彼であることも気づかないかもしれません。

しかし、曲が進んで何とかこの音に馴染んでくると、そこからは紛れもないゴールウェイのフルートを満喫することが出来るようになります。なんと言ってもこの曲はフルート・ソロがたくさん出てきますから、それぞれに楽しむことが出来ます。何よりも、ブレスをしっかりとって「呼吸」を大切にしているのが嬉しいですね。どんな小さなフレーズにも、しっかり「歌」が息づいています。中でも、4楽章の後半でソロの最後をヴァイオリンに引き継がせるニュアンスなどは絶品です。ただ、それに続くヴァイオリンの悲しげなテーマは、バーンスタインのあまりにも無神経な扱いで台無しになっていますが。
ボーナストラックとして入っているリハーサルは、ほんの5分程度のものですが、しっかりスタジオにセットを組んで番組用に収録されたものなので、おそらくかなりの部分がカットされているのでしょう。バーンスタインは、1楽章のテーマを「ロシア民謡のように」と、自分で「ロシア風」に歌って見せたりしています。その中で、3楽章のフルート2本によるソロが終わって、クラリネットの二重奏になっているときに、ゴールウェイと2番奏者(リチャード・テイラーでしょうか)が、今終わったばかりのソロについてディスカッションしている様子がはっきり写っています。

こんなショット、なんか、いかにも「仲間」という感じがして、ちょっといいですね。

DVD Artwork © EuroArts Music International GmbH

10月16日

CAGE
Sonatas and Interludes
Nora Skuta(Prepared Piano)
HEVHETIA/HV 0011-2-131(hybrid SACD)


全く聞いたことのないスロヴァキアのレーベルから、ケージの「プリペアド・ピアノのためのソナタとインタールード」がリリースされました。しかも、SACDで。ただ、よくよく見ると録音は2004年、リリースは2005年という、かなり前のものでした。なんせ旧東ヨーロッパですから、今頃になってやっと日本国内でお披露目ということになったのでしょう。
このHEVHETIA(「ヘヴヘティア」でしょうか)というレーベルは、クラシックだけではなくジャズやワールド・ミュージックなども幅広く扱っているところのようですね。サイトをのぞいてみたら、大昔に出たペンデレツキの「ルカ受難曲」のポーランド初演盤なども「新譜」として紹介されていましたので、他のレーベルのライセンス・イシューなども行っているのでしょう。
ここでプリペアド・ピアノを演奏しているノラ・スクタというまるで農家の働き者の嫁のような名前(それは、「野良、救った」)のピアニストは、写真ではまだまだ若い美しい女性です。なんでも、1992年に、ジョン・ケージその人の前で、かれの作品を演奏したのが、最初のプリペアド・ピアノの体験だとか、今では「現代」音楽のスペシャリストとして大活躍しているのだそうです。このSACDの録音も、プロデューサーは彼女自身です。
作品自体は、他のCDで何度も聴いたことがあったので、今回は24bit/88kHz(?)PCMで録音されたものをDSD変換したSACDで聴くという「ハイレゾ」体験が期待をそそります。プリペアド・ピアノをSACDで聴くのは、これが最初のことでしょうから。
驚いたことに、それは、期待をはるかに超える体験でした。もちろん、マイクのセッティングなども完璧だったのでしょうが、そこには、まさにプリペアされたスタインウェイのフレームの中に頭を突っ込んだようなリアルなサウンドが広がっていたのです。弦に挟まれたボルトやワッシャー、そしてネジや消しゴムまでが、まるでそれ自体が命を持ったかのように、それぞれの役割を主張している様が、はっきりと伝わってくるのですね。ハイブリッドSACDですから、試しにCDレイヤーに切り替えてみると、そこからはそんな「生命感」はものの見事に消え去っていましたよ。
そんな環境でこの作品を聴き直してみると、そこには今まで感じられなかったような「美しさ」が潜んでいることに気づきます。一つ一つの曲たちは、それぞれに異なったキャラクターを主張していることが、はっきり分かります。次の曲ではどんな楽しみが待っているのか、といった期待が、次々に味わえるのですね。
それと、実は、この作品は「ケージ」と聞いて連想されるある種の「いい加減」さとはちょっと違った、もっと古典的な秩序のもとに作られていて、「ソナタ」などでは、きちんと同じことを繰り返したりもしていますし、曲集全体もシンメトリカルな構成をとっているのですが、そんな作品を、ライナーで「これは、現代と、ヨーロッパの鍵盤音楽の伝統とをつなぐ、あり得ないような架け橋だ」と言いきっているスクタの演奏は、一見無機的な音列の中から、確かにそんなバロックあたりの舞曲にも通じるようなテイストを見出そうとしているかのように聴こえてきます。プリペアされた個々の音は、音色や肌触りを変えながらも、常に確固たるフレーズ感をもって「言葉」を発しているかのよう、ケージの音楽の中から「メロディ」を発見するというスリリングな体験を、彼女は与えてくれていたのです。
実際、例えば最後の「ソナタ16番」などからは、バッハの「パルティータ」と同じ感触を得ることは出来ないでしょうか。その一つ前の「14・15番」は、軽やかなビートに乗った「現代風」のミニマル・ミュージックだというのに。

SACD Artwork © Hevhetia

おとといのおやぢに会える、か。


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