■ひびきヶ原駅第3展示室

ユーロ塗装機+ユーロライナー以外の組合せ
08.04.27

ユーロライナーの廃車から3年が経った2008.4.21、最後までユーロ塗装で残っていたEF6435号機が浜松工場へ取り込まれました。同機はこの運用を最後に廃車となりました。
 ユーロライナーが廃車となった後は主に工事列車の牽引に余生を送っていたユーロ色の機関車たちですが、かつては各種ジョイフルトレインとの組み合わせも多数見られました。それらを追って各地へ足を運ぶことになった思い出深い機関車をいつまでも撮っていたかったからでしょうか。それまでは「ただの貨物列車だ。」と、撮りに行くこともなかった工事列車を、情報をいただくたびに撮りに行くようになりました。
 ユーロライナーの廃車時に正調編成を載せていますので、今回はユーロ以外の客車で碧海地区を通ったものと晩年の工事列車の写真を掲載します。

(注) 拡大画像はJava Script を使用しています。セキュリティーの設定次第では正常に動作しないことがあります。
EF65105+「あすか」
ユーロ色のEF65105が牽く「あすか」

分割民営化後のジョイフルトレインは原則として所属会社の機関車が牽いてきましたが、JR東海の担当となり、ユーロ機が牽くこともしばしばありました。西日本のものは金沢支社への貸し出し時、米原から愛知、静岡方面へ向かう列車や、奈良、滋賀方面から関西線経由で名古屋へやってきて、静岡方面へ向かう列車でよく見られました。
 EF65105が牽く「あすか」が撮りたくて、当時住んでいた埼玉からわざわざ帰ってきたということは、チャンスがそれほど多くはなかったものと思われます。時刻表を見ると下り普通電車のカブリが心配でどきどきしましたが、実際には全く平気でした。

EF65112+旧形客車
ユーロ色のEF65112が牽く旧形客車の回送。

美濃太田配属だったオハフ46は飯田線の快速「奥三河」のほか、各地の団臨や多客臨に使用され、東海会社所属の機関車はその多くとの組み合わせが実現しています。東海道線内では多くの場合EF58でしたが、レアケースながらもユーロ色EF65との組み合わせも見られました。
 この日は飯田線内で東洋大学鉄研さんの団臨があり、豊橋までの回送列車をEF65112が牽きました。新大阪朝一番の新幹線で出掛けましたが、飯田線への移動の関係で回送は刈谷−幸田で撮るしかなく、しかも、電車の十数分後のため、西岡崎駅から走ってここで撮るのがやっとでした。

EF6435+「浪漫」
EF6435+「浪漫」。

他社ジョイトレでは「わくわく団らん」と共に碧海地区へもしばしば姿を現したのが「浪漫」です。東海道線ではEF65112との組み合わせが最も多いものと思われますが、中央線内では長野のEF64が牽くことが多かったせいか、ユーロ色のEF64が牽く機会は意外に少なかったものと思われます。この日は通常ならばEF65が牽くところを検査か他の運用で使用できなかったのか、EF64が指定されていました。
 青春18きっぷで撮りに来ましたが、次週に新潟へ行く予定があったためか、この列車と他に数本撮っただけで実家にも寄らずに大阪へ帰ってしまいました。

トロッコ客車の回送
DD51791が牽くトロッコ客車2両の回送。

飯田線の「トロッコファミリー号」用の客車は東海道線内で時々回送列車が見られました。同編成が美濃太田の配属になってからはDD51が牽くようになり、791号機との組み合わせもしばしば実現しました。しかし、検査回送は運転日以外の平日が多く、なかなか撮るチャンスに恵まれませんでした。
 2005.12.4、寒い時期にもかかわらず団臨の設定があり、前日に送り込み回送列車が運転されました。
 長らく住んだ大阪から戻った直後ですが、客車列車の激減を実感させられました。

DD51791の最終任務
DD51791(美)の最終仕業、大府行定尺レール工臨。

DD51791もユーロなきあとは工臨の牽引に細々と余生を送っていました。非電化区間のほか、電化区間である東海道線でも同機はしばしば工臨に充当されました。特に豊橋で停泊して翌日飯田線へ入る列車への充当が多かったように思います。2003年に749号機共々全検を受け、まだまだ活躍するかに思われた同機ですが、2007.4.29の大府行工臨が最後の仕業となり、その後の非電化の牽引機はDE101521および1524となりました。

最後のユーロ機列車
レールを積んだまま戻るEF6435(静)牽引ロングレール編成。

最後まで残ったユーロ塗装機EF6435は99.10の全検から8年以上が経過し、汚れが目立つ状態になっていました。ユーロなき後は例外的な運用を除き、専ら工臨を牽いていましたが、定尺レール輸送がキヤ97に置き換えられたのを機に、ついに引退を迎えることになりました。
 ユーロライナーの廃車回送からちょうど3年後、2008.4.19から21にかけてのロングレールチキ編成牽引の運用が最後の仕業となりました。貨車を西浜松へ返した後、笹島へも静岡へも帰ることなく、浜松工場へ取り込まれ、二度と出て来ることはありませんでした。


ユーロ機牽引の客車を碧海地区を通過したものに限定してしまうと残りはあと数種類になってしまいます。色も地味なものが多く、ジョイフルトレインらしい派手さのないページ構成になってしまいました。
 これは碧電は地域密着のサイトであるべきと考えたからでもありますが、皆様に楽しんでいただけるページとするためには枠組みが足かせになっているかも知れません。名鉄局の傑作、ユーロライナーとその牽引機の思い出の作品をより充実したものとするため、他地域で撮ったものも機会をみて扱いたいと思います。

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第1展示室(民営化後の東海道本線の臨時列車-2000年以降の甲種輸送編その1)

第1a展示室(2000年以降の臨貨、甲種輸送編その2)

第2展示室(1988年以降の頃の機関車牽引列車-へ)

第3展示室-1987年の臨時客車列車-へ

第5展示室-東海道本線の臨時列車(団体臨時列車電車・気動車編)-へ

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