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構内放送

【碧電20周年企画:20系客車/回送のみEF66が牽いた急行「玄海」】

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古いネガのデジタル化を進めていますが、1コマ1コマに時間がかかるため、よく頑張っても1晩に30コマ弱です。ネガの変色が進行しないうちにという意味では早いに越したことはありません。しかし、前記のようなペースですので、なかなか進まないのが実状です。
 先週は30年前、サークルの後輩たちと東北地方へ出掛けたときのネガをスキャンしました。懐かしさに浸ると共に、被写体の充実ぶりに改めて驚いています。当時はブルートレインやジョイフルトレインなどが多数走っていました。
 さて、今回は20周年企画です。民営化初期の頃までの東京駅は朝のラッシュ後、おおよそ30分おきに寝台特急、急行が到着していました。東北、上越新幹線のホームを造るために在来線のホームが縮小され、「機回し」を行うのに制約が大きくなりました。その結果、到着した列車は機関車を切り離し、前に到着した列車の機関車を下り方に連結して回送。切り離された機関車は同じ線路を通って品川方で次の客車列車の到着を待つという手順が繰り返されていました。
 臨時列車が間に入った場合も手順は同じで、EF65PFに牽かれて到着した20系臨時急行「玄海」は1本前の「はやぶさ」のEF66が回送列車を牽きました。
 時折ジョイフルトレインが東京まで乗り入れることがあり、その場合は専用塗装機のブルトレ回送が見られるため、田町駅はたいへんな人出となりました。
磐梯町−更科(信)の急勾配をゆくDD51重連牽引の燃料輸送列車 もう1題、東日本大震災時に福島県へガソリンを運ぶため、磐越西線の緊急燃料輸送が行われて10年となりました。その後、ネットで公開されている記事や、テレビのドキュメンタリーを見ましたが、関係者の尽力は長く語り継がれるべき伝説になると思います。
 私は終了間際に同線を訪れています。その時に充当された機関車のうち、愛知機関区から派遣された832号機は任務を終えて戻ってきても復活せずに廃車。迂回運転初日に新潟貨物(タ)から「たちあがろう東北」のヘッドマークを掲げた852号機はその後愛知区へ転入。1188号機(吹)は以前、愛知に所属していた時期がありました。その他、郡山の乗務員さんがDD51重連総括運転の訓練を稲沢で受けています。地元愛知にもなにかと縁のあるプロジェクトでした。
 画像からツイートが開きます。(21.4.18)


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