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13年1月3日(木)
どのようにしたら小売店さんの活性化が出来るか常に考える。この結論は店頭の活性化にあるわけですが、このためにはどうしたらよいのだろうか。
2013年1月3日(木)
8年ほど徒然のままにのページが更新されていないが、何も考えていないのか思っておられる方へ

一昨年の日曜劇場のJIN−仁を遅ればせながら今見ている。
それを見ながら書いている。涙が出て止まらない。困ったものだ。
12月23日に続いて徒然のままにを書きたいと思ったので書く。申訳ありません。
先日弟(年末から帰省中)の次男がノロウイルスと思われる症状でひどい状態になった。下痢吐き気で脱水状況になった。正月元旦という事で、ほとんど病院も休みである。それでも元旦に開いている医院に行って治療をお願いした。快く受け入れてくれたが、点滴の設備が無い医院であった。弟は幸い内科医であるので、その症状の重篤さを考えて、すぐさま水戸の済生会病院(弟が勤務していた)まで家内の車で運んだ。幸い当直の先生は弟の同僚であり、点滴を2本してもらい、薬を飲んであっという間に回復した。点滴をしないと最悪の状況になるかもしれないと弟が判断して適切な行動をしたから事なきを得た。身内に医者がいるのは大変心強いものがあるとつくづく思った。
私の家族にも医者を目指す子供がいれば良かったが、頭がついて来ない事も含めて実現しなかった。内科医の弟の長男が東京の大学の医学部に行っているので親子2代での医者という事になりそうだ。ただ長男は医者というよりも研究者になりたいと話していた。今現在はインドに行っているとの事だ。アメリカにも昨年夏に行っていた。また子供時代にカナダで2年間(弟がカナダに留学していた関係)過ごした経験もある。まさに国際人として活躍してくれると思う。
世界は1つだとつくづく思う。
2012年12月23日(日)
近いうちに世界が1つになるという事を最近つくづく思う。
このところの世界の動きからさらに確信に近いと思えるようになった。
1年という時間でみると、その方向は見えないが、10年という時間でみると確実にそのようになってきている。たとえば
アメリカの奴隷解放宣言は15年前・明治維新は14年前・第二次世界大戦終結は7年前・欧州共同体ができたのは5年前だ。
あと1、2年で、EUが事実上1つの国家になり、次に2、3年でアメリカやアジアの民主国家、日本が1つになると思う。
中国等民主国家以外と一緒になるのはあと5年程度はかかると思う。
イスラム世界が一緒になるには女性の社会進出が当然になり、男女平等、さらに女性が政治にまで進出して、民主国家にならないと難しいかもしれない。イスラム世界が攻撃的なのは女性の人権が認められていないからだと思う。残念なのは私が生きていられない事である。

現在世界で起こっている事の多くが世界が1つになるための仕組み作りであると思う。
そうなれば国家間の領土問題は県境の問題になるのだから、棚上げしておくのが良いと思う。
そこで我が社の方向はどこに向かえば良いかというと、世界が一つになるという事を見据えて行けば良いように思う。

既に情報、経済や人間の交流からすると世界は一つになっているのだから。
16年12月19日(日)
先日土曜日に30年ぶりの東京西部花王販売(現花王販売)の先輩、同僚、後輩の忘年会が東京練馬であった。関氏という先輩がオーナーの居酒屋である。お店の名前は「ほ」という名前だ。場所は練馬駅から南に5分ほど行った住宅街の中にある。住所は練馬区豊玉北5−12−24。練馬駅から歩いて10分程度で規模は小さいがなかなか味のある居酒屋である。
左がそのオーナー。コンピュータ室の責任者であった。(この写真では、とてもそうは見えないが)私もよく怒られたものだ。
私は東京西部花王時代はセールスが主な仕事であった。東京の杉並周辺の小売店さんに花王商品を売るのだ。毎月売上ノルマがかかり、毎月上司にハッパをかけられた。その上司はトップページに私と一緒に写っている平井氏である。昨年定年で退社したようだ。最後は花王販売の東京本社?の経理の責任者であったということである。部下思いの優秀な上司だと記憶している。
今日は今からまた仕事ということでウーロン茶での参加となった。
下の画像は左が平井氏で、右の人が本多氏という西部販社時代のトップセールスだった人だ。面白い人で話術に長けていた。30年前から髪の毛が寂しかったが、現在も髪の毛がある。奇跡としか思えない。私はもう残っていないと思っていたが、髪に対する執念があるとみえて毎日サクセス育毛トニックをつけて良くマッサージをしているとのこと。大したものだ。私の方が大分後頭部中心に髪の毛が寂しくなってきている。負けてしまう。(^^;)
当時髪の毛がふさふさしていた棚橋氏(今回は不参加)はつるっぱげということである。
近いうちにアラスカからアメリカ縦断をするとかなんとか言っていた。昔からこの人は本当か冗談か境界がわからないところがあった。
右の画像の座っているのが私よりも会社は先輩だが、2つ年下の池田氏である。大分前に西部花王を退社して石材関係の仕事についている。
当時一緒にスキーにいったり良く飲みに行ったものだ。西部花王野球部では活躍をしたスポーツマンである。
池田氏の後ろで立っている人が市川氏である。同じグループにいたが、私の先輩で良いこと、悪いこと、いろいろ教えてくれた人である。今月花王販売を定年退職するということだ。
左画像は左から石川、梶取、伊藤の3氏である。
石川氏と梶取氏は4から5名のセールスで構成されるグループの長であった。確か当時係長だと思う。(私のグループ長は平井氏である)それぞれのグループ、又個人で売上や達成率等で競争したものだ。私は可も無く不可も無いごく普通のセールスであった。但し返りだけはいつも最後で、遅くまで仕事をしていた。平岩課長(経理の責任書で今回は欠席)にはいつも早く帰社しろと怒られたものだ。私と日高氏(先輩で本多氏とトップを争っていた)がいつも遅いので平岩課長は帰れず、胃潰瘍になってしまった。悪いことをしたと反省している。そのようなことを思い出しながら先日楽しいひとときを過ごした。酒処「ほ」にぜひ一度お越し下さい。このホームページを見て来たと一言いうと生中1杯サービスになります。
15年7月13日(日)
昨年9月のこのページに書いた私の学生時代の日本一周の日記をデジタルデータにした。
日記をそのまま別ページに掲載する。
22歳の時のものなので、文章も拙いものであるし、内容も決して褒められたものでは無いが敢えてそのまま掲載する。
この2年をかけた自転車日本一周と、10年ほど前の100坪のドラッグストアさん(現在でも当社の最大のお得意さんの1つ)納品が私の「成せばなる」という自信を持たせてくれた人生最大の経験である。

日本一周西日本編
15年1月1日(水)
1日朝4時起床した。今日も家族は初日の出を見に行くのに付き合ってくれなかった。残念。どうせ曇りの予報なので見えないと嬉しそうに家内が言う。
私一人で5時に自宅をでた。行き先は例年通り佐白山の東側の石倉だ。真っ暗だ。途中50号国道を渡る。笠間稲荷があるので大分車がでていた。笠間にとってありがたいことだ。
佐白山の北側にある富士山(ふじやま)に上る。そこから佐白山の方に上る。途中大黒岩がある。そこを通り過ぎ中腹の駐車場まで行く。5時半到着。
曇りのせいでまだ暗い。それから上は暗くて行けない。外灯がぽつんと1つ辺りを照らしている。そこで持参したワンカップを飲み始めた。うーん、旨い。喉がなる。暗い中での一杯もおつなものだ。車が1台駐車場に入ってきた。家族のようだ。全員が私を見る。それはそうだ。真っ暗な寒い中で一人酒盛りしているのだから。燻煙卵が旨い。(右画像がそこにある外灯・クリックすると大きな画像がでます)
6時になり少し明るくなった。笠間城を目指して上る。途中佐白山トンネルがある。ここはテレビのアンビリーバボーにも紹介された心霊地域だ。怖い!!(^_^;)。しかしめげずに上る。笠間城の前の駐車場まできた。多少明るくなった。ここで15分ほど明るくなるのを待つ。
やっと明るくなった。笠間城の本丸の脇の細い道を通り石倉に出る。7時になっていた。
今日は曇りで初日の出は期待できないせいか、人はいなかった。程なくして家族連れが1組と高校生らしい若者5人、それから例年一緒に初日の出を見に来る河又さんとその連れの1人で合計しても10数人しか来なかった。今年は残念なことにとうとう初日の出は見えなかった。しかし私はそれでも良いと思う。
来るということに価値があると思うから。トップページにある初日の出の写真を掲載する。
2日の朝は前日夜に降った雪が積もっていた。しかし良い天気であった。
今日が元日ならば雪の初日の出を見られたかもしれない。残念である。
来年に期待したい。
歩いて下山して笠間稲荷に元朝参りをする。帰る途中、腹がすいたのですき家でビールを飲み牛丼を食べた。喉が渇いていたので非常にうまかった。
自宅に帰り部落の新年会に出席した。
夜に弟2人とその家族で飲んだ。楽しい1日である。しかし酒が抜けない。困ったものだ。

15年1月2日(木)
笠間中学の同窓10名ほどで愛ちゃんで飲んだ。これもまた楽しい一時であった。2次会まで行き夜12時頃帰宅した。
15年1月3日(金)
今日は水戸一高の同窓会があった。昭和45年卒全学年での同窓会は4年に一度である。今回は全部で70名程度しか出席が無かった。前回は150名程度の出席があったので、それから考えると1/2程度である。45年卒は470名程度だと思う。寂しいものである。私と家内(一高の同級生)と今回は初めて夫婦で出席した。昭和45年卒のホームページに私と家内の写真と動画も掲載されている。これもまた旧交を懐かしんだ。3次会まで行ってしまった。家内は飲めないので2次会には出席しなかった。良かった。来られたらまずい。m(__)m
昨夜の同窓会の模様がもう掲載されている。大変なスピードだ。幹事さんご苦労様です。
情報の速さといえば、私の弟は新潟大学にいて研究しているが、ネットでの情報収集のためのホームページがあるお陰で研究スピードが飛躍的に早くなったと話していた。
((特にNCBI(ナショナルセンターバイオテクノロジーインフォメーション)というホームページは弟の一番利用しているサイトだそうだ。エキサイト翻訳ページで翻訳してみて下さい。先日弟から使い方を聞いたが、素人の私でさえ大変便利なサイトであることが推測できる。アメリカのものだがアメリカの底力をみた思いがした))
IT化をより積極的に進める必要を痛感した。
14年9月15日(日)
娘の運動会が先週あった。朝方多少雨が降っていた。
私は例により自転車で笠間中学校まで行った。距離で1.5キロ程度である。ワンカップを3つとつまみを2・3点そしてデジカメ持参である。デジカメが3倍ズームまでしかないので運動会の写真はつらい。今年も子供の確たる写真は取れないでしまった。
もっともワンカップが2つほど胃袋の中で暴れまわっている最中だったので指示命令系統が混乱していたのも事実である。
かろうじて娘と思われるショットを掲載する。後ろから3番目の一番小柄の顔左半分が見えているのがそれであるようだ。
娘は柔道部に入っている。中学校に入ってから始めたのであまり強くはないが、それでも2回戦 3回戦程度までは進出できるようになったようだ。親の欲目というわけではないが運動神経が良く足も速い。私に似た(^_^;)ようだ。選抜リレーに出て2着に入ったようだ。
子供がどんどん大きくなるのはうれしいようで寂しいものだ。どんどん私の知らない部分が増えてゆく。それが大人になる過程だと納得してはいるのだが。
お昼で運動会も雨のため中止になった。残念である。

自転車といえば私も学生時代に2ヶ月かけて日本一周をした。北海道と沖縄は行かなかったが、本州、四国、九州を回った。およそ6000キロである。だいたい1日100キロ走る。朝6時頃出発して途中休憩を入れて午後2時頃に次の宿泊地に到着する。宿泊は駅や公園やアーケード下などである。
以下30年前の自転車旅行とオートバイでの関西旅行の写真を掲載する。
30年前の写真なので画質が悪いのはご容赦を。画像をクリックすると大きな画像が出る。
順次日本一周の日記などもこの徒然のままにのページで掲載しようと思う。
カワサキZ2と花王和歌山工場 広島原爆ドーム 鹿児島湾と桜島
岩手 陸前高田市の海岸にて 国道一号線箱根峠最高地点 愛車と四国 吉野川
14年2月24日(日)
舞茸パワーを飲み始めて約3週間になる。私の場合は効果は4つあった。

 酒が強くなった。私は毎晩ビール500ml缶を2本飲むが、今までは寝不足のせいか2本飲むと食卓で居眠りしてしまうのが常であった。それが2本飲んでも意識がハッキリしている。これは人に話すと逆に悪いことだと口を揃えて言われる。それでなくても飲みすぎなので逆効果だと言われてしまう。困ったものだ。いずれにしても肝機能が向上するのは事実だ。
私の知り合いで肝臓の薬を飲んでいる人がこれを飲み始めて検査結果が良くなり薬の量を減らした人もいる。

 血圧が下がったようだ。正確に血圧を測定しているわけではないが、そのように感じる。

 キズの治りが早いようだ。私は花粉症の気があるのか鼻の粘膜が荒れる場合が多かった。しかしこれが無くなった。免疫力をつけるものなので花粉症には良くないように思われるが、逆に鼻の荒れがなくなり、呼吸も楽になった。

 少し太ってしまった。本来は舞茸パワーは痩せるという効能があるが私の場合は少し太ってしまった。
残念なことだ。

このような効果が出てきた。これで1ヶ月5800円(1個の価格で一ヶ月分)が高いか安いかは飲む人の必要性で判断して頂きたい。
この商品は売るのではなく「身体のことで困っている人を助ける」という発想が大切ではないかと思う。
 

13年12月24日(月)
今朝親戚の人からメールが届いた。そのなかで面白いものが添付されていたので、ここに掲載する。オリジナルに作成したものかどうか不明だが、この人はパソコンに詳しい人でパソコンの先生もしている。本人が作成したものと勝手に解釈して載せてみた。

話は変わるが、棚割ソフト 棚パワーへの商品マスタ登録をどうしたら合理化できるだろうか、今朝寝床で考えた。すると当社作成新製品情報をそのままコピーして、サイズ等棚パワー用必要項目をカタログなどを参考に作成し、CSV形式で保存して棚パワーに直接インポートしてしまおうと考えた。
そのためにインポートしやすいように「棚パワーインポート用簡単登録作成表」(私が付けたファイル名)を作ろうと思う。
以前「商品名等簡単登録作成表」を作って、大変な省力化ができた事がある。
仕事の醍醐味とはこういう事をいうのではないだろうか。今日作成しよう。これで1,000アイテムでも1日で棚パワーに商品登録ができるようになると思う。(画像までは無理だが)
13年8月27日(月)
ザ・ゴールという本を読んだ。エリヤフ・ゴールドラットというイスラエルの物理学者が著者だ。550ページにもなる大変大きいものだ。私は本は積読がほとんどで読了したことがあまりない。しかしこの本は2週間で読んでしまった。(私にとって2週間は大変なことだ。自分を誉めてやりたい(^_^;))    <出だしの文章はここをクリック>
一番この本を読んで感じたことは
工場のみんなの話し合いでどんどん良い方向に向かい始めて、喜々として取り組み最後には成功させたことだ。この会社の雰囲気が一番大切だと思った。
当社も良いことはすぐに実行するようにしている。すると社員もこれに反応してどんどん建設的な意見が出るようになり、効率化のスピードがおもしろいほど速くなる。みんなが競争するように良いアイデア・意見を提案してくる。そしてそれが実践され、やり易いようになると喜びになるようだ。会社の雰囲気は経営者の姿勢に一番依存すると思う。
当社でのボトルネックは私であるという事が分った。これを解決しなければならない。
13年8月27日(月)
プロジェクトX リーダーたちの言葉という本を読んだ。文藝春秋さんから8月に出版された本だ。みなさんご存知の方も多いと思うが、NHKで人気の番組のリーダーたちの言葉を本にしたものだ。感動の涙なくして読めない。

その言葉


を掲載する。その中で一番心に残った言葉は「部下がついてくるかどうかは、リーダーが苦しんだ量に比例する」というものだ。
経営者はいくら大変な時でも将来に対する希望を表明しつづけなければならない。楽観論者でありつづけなければならない。考えが甘すぎると言われようが、うまくいくはずがないと否定されようが前に進まなければならない。
弱気になる時もあるが、この言葉には大変勇気づけられた。ぜひお読み頂きたい。
13年5月4日(金)
今年も笠間の陶炎祭
(ひまつりと読み笠間焼最大のイベントで約200名あまりの作家、窯元が出展する。他産地にない作り手参加のイベントが中心でお客様も一緒に楽しめる)
を見に行った。笠間焼協同組合が主催している。
今年は私と家内と娘のかおるの3人である。とうとう息子の正和は来なかった。残念だ。
今年は自転車で出かけた。大変な人手だった。昨年は愛用のデジカメを無くしてしまったので、今年は使い捨てカメラである。ゆえに写真は掲載できない。しかしいろいろな方がホームページ上で今年の陶炎祭を掲載しているのでそちらでこの雰囲気を感じていただきたい。以下グーグル検索でヒットした方のホームページです。
http://www.k-zakka.com/himaturi/himaturi.htm
http://www3.justnet.ne.jp/~shiiki/KASAMA.HTM
http://www.lares.dti.ne.jp/~garage9/himaturi.html
http://www.asahi-net.or.jp/~wr5k-mkym/kasama/himaturi.htm
またこの時期笠間のつつじまつりも佐白山で行われる。しかし今年は行かなかった。
いろいろなお店を覗いてみた。それぞれ個性があり、非常におもしろい。その個性は
形・大きさ・色・肌ざわり・女性的・子供向け・安さ・高級さ・素朴さ・洗練さ等々
同じ陶器でもこんなに違うものかと感動してしまった。また私にも欲しいと思うようなものも有った。
来店者もそれぞれ自分の感性でお店を選び陶器を購入している。商売の原点をみるような気がした。
私の親戚の人がやっているお店を見つけた。早速話し込んで又も酒を飲んで途中で寝込んでしまった。
カメラはなぜかポケットに入っていて無事だった。
13年4月23日(月)
やぎの目というホームページが本になった。
当社リンクのページコーヒータイムというジャンルで掲載したものだ。先日ある本を探して本屋にいったら2巻まで売っていた。面白いものは誰でも同じだと思った。でもって今日ここに掲載した。ご一読あれ。面白いですよ。
13年4月9日(月)
先週土日と2日間伊豆高原に家族旅行をした。3年ぶりの家族での泊りがけの旅行だ。
私が忙しくてなかなか時間が取れなかったが、下の子が小学校を卒業した記念に思い切って出かけた。車では大変なので電車で行くことにした。
一日目は伊豆オルゴール館ねこの博物館を見た。期待はしていなかったが、見学するとそれはそれなりに印象に残る展示であった。雨から雪になり寒かった。
早々に予約したペンションソフィアに行った。ご主人がねこの博物館まで車で迎えに来てくれた。有難い。また夕食にフランス料理がでた。私はフランス料理は良く知らないが、これも美味しかった。
2日目は良い天気に恵まれた。ご主人が伊豆しゃぼてん公園まで車で送ってくれた。これも感謝したい。富士山が遠くに見えた。結構広いので本来ならば一日かけて見ても良いと思う。それからリフトで大室山に上り景色を堪能した。山頂を一周したが、すばらしい眺めで久しぶりに命の洗濯ができた。
バスで伊豆高原駅まで行く予定だったが、桜並木が非常に綺麗なので、途中下車して歩いて駅に向かった。桜祭りの時期で満開だった。いろいろなイベントをやっていた。
検索は最近私はグーグルを使っているが、伊豆高原を調べていると伊豆高原ドールハウス博物館プッペンハウスというホームページを見つけた。不思議なページだ。大変画像が多く重いけれども非常にリンクが充実している。重いページにもかかわらず460万を超えるアクセスがある。私のホームページが目指す答えがこの中にあるように思えた。
又伊豆高原に行く機会があればこのプッペンハウスに行きたいものだ。
ペンションソフィア
雪の大室山
私と富士山
13年3月11日(日)
メールグループのついて
eグループというメールグループにあることから参加した。
以前自分でもあるグループを作ってみたが参加者がいなくてうまくいかなかった。
それはなぜかというと自分がその利用の仕方・便利さを理解していなかったのだと痛感した。また自分のメールに対する操作方法の未熟さにあったようだ。
何事もやって見なければその良さ、便利さは分らないものだとつくづく思った。

徒然のままに 13年1月〜2月分



徒然のままに 12年7月〜12月分



徒然のままに 12年3月〜6月分

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