鉄道マニアに捧げるひとコマ |
〜 Tramvay & Tunel, Istanbul |
ガラタ橋を渡ったこちら側はいわゆる新市街と呼ばれるエリアで、行政機関やデパート、シティホテルなどが多く立地しているとされる。ドルマバフチェ宮殿を出て、つづら折りにうねる坂道を休み休み登っていくと、大型バスが何台も駐車している一角に出た。ぽっかりと穴が開いたようにその周辺だけ建物がない。新市街のへそ、タクシム広場だ。 「見て。チンチン電車がやって来たよ」 クラシックな外観をした可愛らしい車体がたった一両だけ、本当にチンチンと鐘を鳴らしながら走ってくる。同じ路面電車でも、旧市街のものと比べるとこちらはおもちゃと言っていいほど小さい。 「あれに乗ったら、その間は歩かなくて済むんだよね」 三人とも疲れがピークに達していた。当初の予定では、ヨーロッパ風の洒落たブティックが並ぶイスティクラル通りをウインドーショッピングしながら歩いて帰るつもりだったが、さすがにもうそんな元気はない。チンチン電車が広場に設けられたループ線で方向転換して来るのを待って乗り込む。 外見からして車内は当然狭いものと思っていたが、実際に乗ってみると想像以上だった。スピードも遅く、ときどき脇を歩いている人に抜かされる。しかしながら、ニスでピカピカに磨き込まれた木製の床や壁が年代を感じさせ、アンティークな郷愁を呼び起こす。実用性という点では疑問だが、テーマパークのアトラクションと考えれば、これはこれで成立しているように思う。 途中駅はなく、わずか数分の乗車で終点に着いた。意外なことに乗っていたのはほとんどが地元民だった。 歩いて坂を下り、新市街のランドマークとも言うべきガラタ塔へと向かう。もともと灯台として建てられたこの石造りの塔からは、イスタンブールの全貌を見下ろすことができる。ボスフォラス海峡を挟んで左にアジア、正面には金角湾、その向こうで旧市街の丘が右から海へと突き出している。素人目に見ても海上交易にかけてはこれ以上ない理想的な地形だ。 「この塔の下って、地下鉄が走ってるんだよね。乗ってみたいけど、戻るのは嫌だな」 「じゃあ、いったん坂の下まで降りて、そこから地下鉄で往復すれば」 イスタンブール名物の「世界で一番短い地下鉄」。その駅は鉄道というより洞窟を思わせるところだった。券売機で切符代わりのコインを買い自動改札を通り抜けると、薄暗いホームの先に鈍く光る緑色の車両が待っていた。 空いていたのでみな思い思いの場所に席を取る。ほどなくして動き出すと、背中がシートに押し付けられた。傾いているのだ。ガラタ塔からの下りが転がるほどの坂道だったことを思い出す。その逆を行っているわけだから、当然かなりの角度で登っていることになる。 こちらも終点まではものの数分。いったん駅の外に出てみたが、住宅ばかりで何もないのですぐに戻ってきた。駅員にとってはさぞかし不思議な客に見えたことだろう。 帰りの下りも面白かった。腰が浮き気味になるので、何かに掴まるか足の裏で踏ん張るかしなければならない。すべてがトンネルの中で繰り広げられるため、スピードは遅いもののなかなかにスリリングだ。 もう一往復してみたい気持ちもあったが、さすがに止めておいた。そこまでマニアな世界に足を踏み入れると、戻ってこられなくなりそうだったので。 |
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