悲劇は突然やってくる〜Dolmabahce Sarayi, Istanbul
 
悲劇は突然やってくる
〜 Dolmabahce Sarayi, Istanbul
 

   トプカプ宮殿より凄いという噂は本当なのだろうか。エミノニュからボスフォラス海峡に沿ってバスに揺られること10数分、それを確かめるために僕たちはここを訪れた。最後のオスマン帝国スルタンの王宮にして初代大統領ケマル・アタテュルク臨終の地、ドルマバフチェ宮殿だ。
 例によって、見学者は言語別に分かれたガイドツアーに参加する。昨日の反省を生かし、最初から迷うことなくフランス語ツアーの列に並ぶ。英語コースでさえ理解できなかったのだからどれを選んだところで大差はないが、トルコ語だと周りは現地人ばかりだし、ドイツ語はこれまでの人生でまったく接点がないので、これが最善なのだ。
 ガイドを務める若い男が僕たちを見つけて「おやっ」という顔をする。東洋人は珍しいのだろう。「英語ではないが大丈夫か」と訊かれたので胸を張って「イエス」と答えた。言った直後に後悔した。せめて「ウイ」にすべきだった。フランス語もできませんとわざわざ白状しているようなものではないか。しかし、これで男は事情を把握したらしく、苦笑しつつも他の客の方に向き直って説明を始めた。
 ところで、イスタンブールに数ある博物館の中でもここだけは全館撮影禁止だ。入場する際に壮麗な白亜の門の前にある守衛所にカメラを預けなければならない。何となく嫌な予感はしたのだが、仕方なく愛用の一眼レフにレンズ保護用のキャップを嵌め、ゴツい門番たちに渡した。
 悲劇はその直後に起こった。
 カメラを手にした門番たちは、まるでおもちゃを与えられた猿のようにレンズをぐりぐりと回し始め、やがてバキッと音を立ててカメラ本体から外してしまった。
「ぎゃー、何すんだ、この野郎」
 動転した僕を周囲の客が何事かと取り囲む。
「どうしてくれるんだ、壊れちまったじゃないか」
「オーケー、オーケー」
「オーケーじゃないよ。壊れたって言ってるだろ。ほら、ここ。見ろよ。どうしてくれるんだよ。ここが壊れたら、このカメラ、もう使えないんだよ」
 日本語で叫ぶが、当然、妻と弟以外は僕が何を言っているのかわからない。おかしな外国人が騒いでいるという以上の視線は向けてくれない。
 目の前が真っ暗になるとはこういうことか。これまでの海外旅行で数々の会心のショットをものにしてきた右腕ともいうべき愛機が、何の前触れもなく突然死してしまった。いや、殺されたと言っても過言ではない。
「続きは戻ってきてからやればいいじゃない。ほら、みんなもう行っちゃうよ」
 半ば放心状態に陥った僕を妻と弟が引っ張っていく。
 ドルマバフチェ宮殿は確かに素晴らしかった。フランスに行ったことのある妻は「ヴェルサイユより凄い」と言っていた。だから、フラッシュが年代物の調度品に与える影響を心配する気持ちもよくわかる。カメラを預けろというルールに異論を唱えるつもりはない。
 しかし、これだけは声を大にして言いたい。預けられたからには善良なる管理者の注意をもって職務を遂行するのが、人間としてのせめてもの礼儀ではないか。そう思いませんか、皆さん。
 

   
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幻想のトルコ
 

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