クンカプの魚料理〜Kumkapi, Istanbul
 
クンカプの魚料理
〜 Kumkapi, Istanbul
 

   北に黒海、南に地中海。意外に国土の多くを海岸線で囲まれているトルコは海の幸も豊富だ。魚料理ならクンカプがいいというので、散歩がてら夕食に行くことにした。ホテルからは歩いてものの10分もかからない距離だ。
 石畳のプロムナードに面して、ショーケースを並べたレストランが延々と連なっている。ケースの中はいかにも獲れたてという大きな魚の数々。ご希望の食材をお選びいただければすぐに調理して差し上げますよというわけだ。
 カパル・チャルシュと同じで、これだけ店があると多過ぎて逆に選べない。少なくとも僕はそういうタイプだ。しかし、弟は違うようで、いつの間にか呼び込みの男のひとりと握手していた。その店に決めたらしい。捕まったのか、それとも心魅かれる何かがあったのか。いずれにせよ、決められなかった僕と妻は黙って後に続くしかない。
 まだ時間が早いせいか、他に客はいなかった。店内はさほど広くはないが、こざっぱりとして清潔感がある。とりあえず魚に合うだろうということで白ワインを頼み、配られた英語メニューを開いてみたが、僕たちの語学力では種類も調理法も皆目見当がつかない。
「盛り合わせとかないの、盛り合わせ」
「そうそう、せっかく来たんだから、いろんなネタが楽しめるのがいいよ」
 最も英語がましな弟を通訳に立てて交渉する。身振り手振りを交えて何やらやり取りしていたが、やがてウエイターが大きく頷いて去っていった。
「楽しみだね。どんなのが出てくるのかな」
 グラスを傾けながら待つことしばし。これまでの旅程を振り返りながら話に花を咲かせていると、白い調理服に身を包んだ男が太い両腕に大きな皿を抱えて現れた。
「ちょっとあんた、いったい何人分、頼んだのよ」
 テーブルにどすんと置かれた大皿に盛られていたのは山のようなフライだった。魚の種類こそ様々だが、どれもみなフライであることには変わりない。
「そりゃ、刺身が出るとまでは期待してなかったけど」
「いくら3人がかりだって、こんなにフライばかりじゃ飽きるに決まってるでしょ」
 しかし、食べ始めるとこれが美味い。さらりと揚げてあるので胃にもたれることもなく、次から次へと手が伸びる。基本的には白身魚が多く舌触りも上品だ。思わずワインが進む。
 やがて少しずつ周りの席が埋まってきた。流行っていないのではと入店時に心配していたが、どうやら人気店だったらしい。実は見る目があったのだと、弟のことを少し尊敬する。
 結局フライだけで満腹になってしまい、他の料理を注文することはできなかったが、充実したディナーだった。トルコ料理というとシシカバブのイメージばかりが先行しがちだが、サバサンドといい、川鱒の塩焼きといい、魚料理もなかなかいける。
 しかし、そんな好印象も、請求書をもらった途端、いっぺんに吹き飛んでしまった。予想していた値段と桁がひとつ違う。さてはボラれたか。外国人だと思ってなめられたのか。
「注文したのはお前なんだから、責任持ってディスカウントしろ」
 再び弟を交渉役に立てるが、期待に反して彼はあっさりと店の軍門に下ってしまった。
「盛り合わせ×3だったみたいよ。どうりで多すぎると思ったよ。ははは」
 ×3って言ったのは誰だ、と咽喉まで出かかったが、今となっては後の祭り。束になったリラ札を握り歯ぎしりする僕の横で、弟は店の男と再びがっちり握手を交わしていた。
 

   
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