魔法の絨毯〜Kapali Carsi, Istanbul
 
魔法の絨毯
〜 Kapali Carsi, Istanbul
 

   オスマン帝国時代の高名な建築家により設計され、数あるモスクの中でも壮麗さにかけては並ぶものがないとの誉れ高いシュレイマニエ・ジャミィ。その美しいシルエットを右手に眺めながら坂を登っていくと、カラフルな絵皿で飾られたアーケードの入口が見えてきた。実に4000店以上もが存在すると言われるイスタンブール最大のショッピング・モール、カパル・チャルシュだ。
 紅茶や香辛料など、買いたかったものはムスル・チャルシュであらかた手に入れることができたので特に用事があるわけではなかったが、有名な観光名所だから散歩がてらに覗いていこうということになったのだ。
「キラキラしてるね」
 銅や真鍮、銀や錫など、金属製の食器を中心として宝飾品も多く、それらがアーケードや店の灯りを反射するため、通り全体がきらびやかな印象を醸し出している。華やかな雰囲気に誘われて、ウインドーショッピングだけのつもりだった僕たちもつい、金色の洒落た模様が入ったチャイグラスのセットを買ってしまった。だいぶ値切ったつもりだったが、店主の笑顔を見ると原価はまだまだずっと低いのだろう。
 それにしても、さすが「グランド・バザール」と称されるだけあって、どこまで行っても終わりがない。まるでロールプレイング・ゲームの迷宮だ。下手に角を曲がろうものなら、たちまち迷子になりかねない。体力的にも限界だったので、これ以上の探検は諦めてホテルに戻ることにした。
 アーケードを出たところが小さな公園になっていた。木製のベンチに腰を下ろすと、砂漠に水がしみ込むように全身から力が抜けていく。思えば朝からずっと歩き詰めだった。今日の観光はもう終わりなのだから、ここでしばらく休んでいこう。
 気がつくと、目の前に絨毯を抱えた男が立っていた。やれやれ、市場から出たばかりだというのに、また捕まってしまったか。この街では外国人と見ると、必ず絨毯屋が声をかけてくる。そして言葉巧みに店に連れて行こうとするのだ。
 しかし、この男はいささか様子が違った。持っていた絨毯を地面に拡げると、今度はそれをふわりと回転させてみせた。
 その瞬間、僕たちの目は俄然釘付けになった。異なる絵柄が現れたのだ。客が食いついたことを察した男は、優雅な身のこなしで何度も絨毯を回し始めた。そのたびに新たな絵柄が現れる。いや、正確に言えば絵柄そのものは変わらないのだが、光の反射具合が変わるためにまったく別の模様に見えるのだ。
 これは面白い。子供騙しのからくりに過ぎないことはわかっているが単純に見て面白い。男の立ち居振る舞いもマジシャンのようで気が利いている。
 彼に勧められ僕たちも回してみることにした。絨毯の端を掴み、フリスビーを投げるようにスナップを利かせて放り投げる。何度か試しているうちにだんだん上手くなり、滞空時間が長くなってきた。自分の投げた絨毯が千夜一夜物語のように宙を舞うのだから、魔法使いになったようでなかなか気分がいい。
「絨毯を買う気はないけど、このパフォーマンスは買ってもいいな」
 僕の提案に妻も弟も賛成した。何度も投げられ砂まみれになった絨毯はお世辞にも綺麗とは言えなくなっていたが、僕たちは満足してお金を払った。みんな満面の笑顔だった。
 

   
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