私の夢〜Sultanahmet, Istanbul
 
私の夢
〜 Sultanahmet, Istanbul
 

   歴史に登場するイスタンブール、すなわちローマ帝国時代のコンスタンティノープルは、現在スルタナメットと呼ばれる旧市街の2km四方ほどしかない区画を中心として成立していた。オスマン帝国時代にイスタンブールと改称された後も、この界隈は依然として街の核であり続け、それが故に、まさに世界遺産の名にふさわしい貴重な建造物の数々が密集して後世に残されることとなった。
 これだけ狭いエリアにこれだけの史跡が集中する場所は世界的にもほとんど例を見ない。あえて探せばエルサレム旧市街くらいだろうか。街全体がひとつの博物館のようなもので、丹念に見ていこうとすると時間がいくらあっても足りない。
 ひとまず入国初日に押さえたホテルにチェックイン。部屋に荷物を置いて、しばし休息を取る。さすがに長旅の疲れが出てきている。全身がだるいし寒気もする。しかし、行きたい場所は山ほどある。ここは作戦が必要だ。
「構想としては、今日が旧市街で明日が新市街って予定なんだけど」
「この体調だから、無理しないで優先順位の高いところから行くことにしよう」
「下手するとトプカプ宮殿だけで一日終わるかもしれないけど、その時はその時よ」
 方針決定。いざ出発だ。ホテルを出て石畳の坂道を登っていくと、両側に可愛らしい建物が現れ始めた。「オスマン調」と呼ばれる独特の造りをしたプチホテルだ。
 僕たちが泊るソクルル・パシャ・ホテルもそうなのだが、多くはペンションサイズの低層建てで、出窓とパステルカラーに塗られた壁が特徴的だ。設備面では新市街のシティホテルに劣るものの、旧市街の主な観光拠点には徒歩で行くことができるので利便性が高い。建物ごとに色彩が異なるのも見ていて楽しい。
 そんな一角の突き当たり、坂道を登り切ったT字路に面して、塀に囲まれた城塞のような建物があった。壁の色こそオスマン調のパステルな山吹色だが、他のホテルに比べると半端ではないほど敷地が広い。宮殿のような門に近寄って確認すると「フォー・シーズンズ」とある。さすが世界有数の高級ホテルチェーン、美味しい場所を押さえているものだ。
「げっ」
 路上に立ち止まってガイドブックを拡げていた妻が妙な声を上げた。
「1泊5万円だって」
「スイートじゃないの」
「ううん、一般の部屋。スイートなら20万円以上はしそうよ」
「どんな人が泊るんだろう。国賓とかかな」
「でも、私たちのような旅行者向けのガイドブックに載ってるのよ。それに、どう見たって観光のためにあるようなロケーションじゃない」
 確かに立地はこれ以上望むべくもない。夜にでもなれば、ライトアップしたアヤソフィアやブルーモスクが部屋に居ながらにして一望だろう。そう考えると、この場所で1泊5万円というのはむしろ割安なのかもしれない。
 そのとき天啓のように閃いた。今日から「このホテルに泊まれるような身分になること」を僕の夢とする。そうだ。そうしよう。いや、誰が何と言おうとそうする。そう決めた。
 これまで「あなたの夢は」と訊かれて答えに窮することが多かったが、これからはそんなことはない。ただし、どうやったら実現できるかなどと野暮なことは聞かないでほしい。
 

   
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