ハーレム・ツアー〜Topkapi Sarayi, Istanbul
 
ハーレム・ツアー
〜 Topkapi Sarayi, Istanbul
 

   トプカプ宮殿の観光はもちろん有料だが、その中にあるハレム、すなわちスルタンの後宮を見学するにはさらに別料金がかかる。30分ごとに開催される人数限定のガイドツアーに参加しなければならないからだ。このツアーは説明言語別に英、仏、独、それにトルコ語の4コース。当然のことながら日本語はない。
「英語コースはさすがに人気だね。あの行列だと、あと2、3回は待つんじゃない?」
「トルコ語コースならすぐ入れるよ」
「並ぶのはかったるいけど、せっかくのガイドツアーなのに、説明が全然わかんないってのもどうかな」
 冷静に考えれば、僕たちの語学力ではそもそも選択肢はひとつしかない。いや、正確にはまったくないと言うべきか。仕方なく英語コースの最後尾に並んだが、弟はいざ知らず僕と妻の英語は日常生活にも事欠くレベルなのだから、説明についていけるか甚だ心許ない。
 待つこと数10分、幸運にも次の次のツアーに紛れ込むことができた。1回当たりの参加人数は思ったより多いようだ。
 入口を入ったところでガイドが説明を始める。建物の概要や歴史について話しているようだが、案の定よくわからない。周囲は金髪の白人がほとんどで、みなうんうんと頷きながら聞いている。それを見るたびにボディブローのように敗北感が募っていく。
 ハレムは単一の居城ではなく、いくつかの建物で構成された複合建築だ。観光客は路地のような空間を通りながら移動し、要所要所で立ち止まってはガイドによる説明を聞く。僕は途中からガイドの話を聞くことは諦めたが、イスラム様式で建てられた建物自体が珍しく、見ているだけでそれなりに楽しめる。
 最大の見どころである「スルタンの間」は特にそうだ。足を踏み入れた瞬間、天井が高く広い空間に思わず体育館と勘違いしてしまった。そして、壁を飾る装飾タイルが何と言っても素晴らしい。白い壁面を縁取るように、金や赤というイスラム世界では多用されない色を使ったモザイクが繊細に施されている。
 この雰囲気は磁器に似ている。それもマイセンではなく東洋の白磁だ。後で訪れた宝物館で景徳鎮の茶碗や茶器が数多く展示してあったのを見てようやく合点がいったが、おそらく中国の歴代王朝との交流が盛んに行われていて、その異国趣味を真似たのだろう。
 続く「皇子の間」のステンドグラスも美しい。こちらは青を基調としていて、射し込む光によって部屋全体が照らし出されるため、まるで海の中にでもいるかのように幻想的な空間となっている。しかし、その美しさとは裏腹に、ここで行われていたのは「幽閉」だったという。権力を脅かす存在となりうるスルタンの兄弟や息子を閉じ込めていたのだ。
 金角湾を見下ろすテラスに出たところでツアーは終了となった。これまで狭い路地や建物の中を歩いてきたため、視界が一気に開けるとなんだか解放された気分になる。と同時に、お腹も空いてきた。
 宮殿の敷地内に唯一あるレストランへ行くと、ドネルサンドが屋台の3倍の値段で売っていた。いくら他に飲食施設がないとはいえ、相当な暴利だ。しかし、展望テラスからの眺めは飛び抜けて素晴らしい。価格の半分以上は場所代なのだと渋々納得する。
 オスマン帝国のスルタンは毎日こんな環境の中で暮らしていたのだ。世界最高級の芸術と眺望。羨ましいと同時に、庶民にはかえって重荷に感じるような気もしてきた。
 

   
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幻想のトルコ
 

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