祖国はアフガニスタン〜Ankara
 
祖国はアフガニスタン
〜 Ankara
 

   アンカラ駅に着いたところでオプショナルツアーは解散となった。イスタンブール行きの寝台列車は22:30発。自分も同じ列車に乗るのでそれまで付き合っても良いとアリさんは言ってくれたが、これ以上拘束するのも申し訳ない。とはいえ、しばらくどこかで時間をつぶさなくてはならず、アンカラきっての繁華街と案内されたクズライ地区に向かう。
 地図を見ると一目瞭然だが、ここはアンカラの「へそ」とでもいうべき場所だ。縦と横に街を貫くふたつの大きな通りが交差する、まさにその中心に位置している。幅の広い歩道に面して大きなビルが建ち並び、ネオンや広告の看板があちこちに掲げられている。交通量も多く、客待ちのタクシーが一車線を丸々占領している。
 この光景、日本とどこが違うのだろう。まるで銀座の路上に立っているみたいだ。金太郎飴のような街造りは霞ヶ関の官僚の専売特許かと思っていたが、近代化とは本質的に没個性を促すものなのかもしれない。
 だが、小路に足を踏み入れると哀愁を帯びた風情がそこかしこから漂ってくる。懐かしさと切なさが入り交じるあの独特の黄昏感。「首都とはいえ、イスタンブールに比べたら、全然田舎ですから」とアリさんは言っていたが、これがこの街本来の空気なのだろう。
 地元民向けの食堂でケバブ定食とラクの夕食をとり、しばし路地を散策する。けれども、時計の針は一向に先へ進まない。
「デパートなら夜9時までやってるって、アリさんが言ってたよね」
 大通りに戻り「GIMA」のネオンサインを目指す。この界隈のランドマーク的な存在である有名なデパートだ。さしずめ銀座四丁目交差点の三越といったところか。しかし、1階に入ってみるとエスカレーターは停まっており、フロアは人気もなく閑散としている。
「これって、明らかに店仕舞いした後でしょ。9時までってのはガセだったのかな」
 地下の食品売り場だけはまだ辛うじて営業を続けていたが、ほどなく「蛍の光」的なメロディーが流れ始めた。慌てて、夜食になりそうなお菓子をいくつかカゴに詰め込み、レジの列に並ぶ。
 前にいたのは背の高い兄ちゃんだった。鳥の巣が爆発したような天然パーマにロイド眼鏡という、かなり個性的なルックスをしている。その風貌が気になってちらちら見ていると、彼の方から話しかけてきた。
「日本から来たのかい。そいつは素敵だ」
 ハイテンションでフレンドリーな英語が好印象だった。
「ところで、あなたはどこから」
「ああ、僕はアフガニスタンから」
「アフガニスタン! そいつは凄い!」
 予想外の国名に心底驚いて、思わず大声を挙げてしまった。しかし、彼はそのオーバーなリアクションを歓迎の証と受け取ったらしい。僕の手を掴むと、嬉しそうにがっちりと握手をしてきた。僕も負けじと強く握り返す。
 たったそれだけのことだったのに、連帯感にも似た思いが芽生えてきた。友情と言い換えてもいいかもしれない。人と接するのに国籍や人種などを意識する必要はないのだと改めて感じた。言葉だって要らない。交わした手のひらから伝わってくるものがある。その発見が心地よかった。
 

   
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