アドレース! |
〜 Ankara |
考古学博物館を出て、ゆるやかに続く石畳の坂道を登っていくと、徐々に景色がセピアに染まり始める。建物の壁はところどころ剥げ落ち、いささかうらぶれた風情だが、昔どこかで見たような、そんな懐かしさが込み上げてくる。 「この辺りはアンカラ城と言います。アンカラの街で最初に造られたところです。でも今は壁くらいしか残っていません」 登り切ったあたりが小さな広場になっていた。それを取り囲むように、漆喰と木材で建てられた古い民家が並んでいる。 「あっ、羊」 妻が指差した先に年代物のトラックが停まっていた。大きな荷台に溢れんばかりの毛皮を積んでいる。周りには何人かの男たちが集まり、大声で議論を交わしている。 「取引の現場なのかな」 「あの羊毛、まだ剥いで持ってきたばかりって感じだよね」 「これから工場に行くんじゃない」 羊の卸売りが日常のひとコマになっている。さすが遊牧民の末裔だ。 広場からは路地がいくつか延びていて、進むに連れて細くなり、やがて車が通れないほど狭くなる。きっと造られた当時からほとんど変わっていないのだろう。 時間がゆっくり流れているように感じられるのは、これまでの毎日が慌ただし過ぎたことの裏返しだろうか。日本では仕事に追われ、トルコに来てからも多くの観光地を訪ねようと欲張り過ぎていたのかもしれない。こうして喧噪とは無縁の眺めに囲まれていると訳もなくホッとする。残りの人生をこんな界隈で暮らしてみるのも悪くないと、ふと思う。 角を曲がると、路地で遊んでいた子供たちが僕たちを見つけて集まってきた。ヨーロッパっぽいのから見るからにモンゴル系というのまで顔立ちは様々だが、みな一様にキラキラと瞳を輝かせている。 「ピクチャー!」 肩から下げていた僕のカメラを見つけて大合唱が始まった。待て待て、慌てるな。頼まれなくとも撮ってやるよ。ああ、それじゃ近づき過ぎだ。全員が入らないぞ。アリさんが気を利かせてくれて、フレームに収まるよう子供たちを引率する。 ようやく落ち着いたところで、ハイ、チーズ。 しかし、彼らの本領発揮はここからだった。 「アドレース!」 口々にそう叫びながら押し寄せてくる。 「アドレース! アドレース!」 最初は何を言われているのかわからなかったが、やがて住所の意味だと気づいた。撮った写真を送ってほしいので住所を書くと言っているのだ。その証拠に、全員、指がペンを持つ形になっている。 ざっと数えても10人は下らない。これだけの人数、プリントするのは構わないが、国際郵便で送るとなると切手代もバカにならない。せめて代表者ひとりにしてくれないものか。 「モテモテですね」 助けを求めて振り返ると、アリさんがニヤニヤしながら立っていた。 |
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