石で出来てて大きいもの〜Ankara
 
石で出来てて大きいもの
〜 Ankara
 

   古代文明というと、とかくエジプトやメソポタミアばかりに注目が集まるが、アナトリア地方の果たした役割もまた、それらに匹敵するものがある。たとえば、歴史上最も早い時代に小麦を栽培した痕跡のひとつが見つかっているし、何といっても世界で初めて鉄器を使用したヒッタイト帝国の名は文明史に燦然と輝いている。巨大な神殿や都市こそないものの、人間の営みという点において意義深い遺跡が多い。いわば通好みの地域なのだ。
 そんなB級グルメのような出土品が多く収められているのがアナトリア考古学博物館だ。ここでは主に旧石器時代からギリシャ・ローマ以前、つまりこの地方が歴史の表舞台に登場するまでの楽屋裏を見ることができる。
「これは凄い」
「何が凄いの?」
「紀元前8000年だって」
「それって、どれくらい古いの?」
「うーん、エリコくらいかな」
 妻にとって、世界史に関する知識の多くは僕が出典だ。海外旅行に行った時や外国のニュースを見聞きするたびに話したことがベースになっている。だから断片的にはやたら詳しいことを知っている一方で、基本的なことがすっぽりと抜け落ちていたりする。
「わかった。私って、石で出来てて大きなものが好きなんだ」
 なんだ、そりゃ。何かを見て閃いたのだろうが、脈絡がよくわからない。確かにこれまでトルコ以外にもいくつかの遺跡に行ったことがあるが、歴史の知識に乏しい割には退屈していなかった。それは認めよう。しかし、この博物館に展示してあるもののほとんどは、青銅で出来ていたり、石であっても小さなものばかりだ。
 それはさておき、ここの一番の見どころと言えばやはりヒッタイト関連だろう。かねがね鉄器時代の始まりは教科書でもっと大々的に取り上げるべきだと思っていたから、僕的にはかなりポイントが高い。
「ヒッタイトって、誰?」
「世界で初めて鉄を使った人たち。それまではみんな青銅器しか持ってなかったところに、鉄器や戦車で攻め込んだから、連戦連勝だった」
「それがトルコ人の祖先?」
「今のトルコ人の祖先じゃないけど、その当時ここに住んでいた人たち」
 講義はこれくらいにして、後はそれぞれのペースで回ることにする。後にスケジュールが詰まっていないので、納得いくまでじっくりと見ることができた。
 館内を一周して入口ホールに戻ってくると、妻と弟は先に見学を終えて待っていた。入る時には気づかなかったが、正面に大きな動物の石像がある。熊のようだが、角度によってはパンダにも見える。
「ねえねえ、博物館に来た証拠に、これと一緒に写真撮って」
 石像の横に並ぶと、妻は嬉しそうにポーズをとった。しかし、見るからに最近の作品だ。遺物ではない。何かの記念に造ったオブジェなのだろう。
「いいけど、そいつがこの博物館に存在する必然性がよくわからない」
「いいの。だって、石で出来てて大きいんだもん」
 

   
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