やってもうたの巻 |
〜 Avanos, Cappadocia |
昼食時、レストランで出されたチャイに思わず目が止まった。いや、正確に言うならば、チャイグラスを乗せた絵皿に一瞬にして心奪われてしまったのだ。 植物をモチーフとした幾何学模様のアラベスク。水色や黄緑などパステル調の色彩で描かれていて、鮮やかながらも繊細な優しさを感じさせる。材質は陶器だ。 「この近くを流れる川からは良い土が採れます。それを利用した陶器造りはカッパドキアの名産です。お昼ご飯を食べたら工房に行ってみましょう。実演を見ることもできますよ」 というわけで、アヴァノスという街にやって来た。 工房の扉を開けると、白く塗られた壁のいたるところに先ほど見たような絵皿が飾られていた。部屋の真ん中でおじさんがろくろを回しながら何やら格闘している。脇のテーブルには壺や瓶の形をした茶色い物体がいくつも無造作に置かれている。色付け前の仕掛品なのだろう。僕たちに気づくと、おじさんは作業の手を休め柔和な微笑みを見せてくれた。 「どうだい。ちょっとやってみるかい」 「え? いいんですか」 陶器造りは以前からやってみたいと思っていたので渡りに舟だ。まずはお手本を、ということで、おじさんが先程の続きを仕上げるのを見学する。 ぴんと背筋を伸ばし真剣な眼差しで一糸乱れぬその姿勢を見ていると、こちらもなんだか厳粛な気分になってくる。触れるか触れないかという微妙な手つき。ろくろの上で回る土がみるみる形を成していく。まるで魔法だ。最後は底の部分をナイフで切り取って、テーブルに載せて出来上がり。この後は釉薬を塗って釜に入れるだけだ。 「では、まずどなたからかな?」 「あ、やってみたーい」 すかさず妻が立候補した。汚れよけのために腰から下を前掛けで覆うと、勇躍、ろくろを回し始めた。出だしはいい感じで、意外にもけっこう上手い。これなら、と期待したのも束の間、ふとした弾みでバランスが崩れ、土は瞬く間に再起不能となってしまった。しかし、さほど難しそうには思えない。少し練習すれば誰にでもできそうだ。 続いての挑戦者は僕だ。妻を物差しにして考えれば、もう少し何とかなるのではないか。小学校の図画工作の時間で粘土が得意だったこともあるし。しかし、そんな淡い期待は開始後ものの5秒もしないうちにガラガラと音を立てて崩れ去った。 二、三度、触れたかと思った瞬間、土はまるで異次元に放り込まれた物体のようにありもしない形へと変形し、挙げ句の果てはろくろの台からも転がり落ちてしまったのだ。みんなの笑顔が引きつっている。「やってもうた」。自分でも痛い程によくわかった。 最後は弟だった。既にこの作業がどれくらい難しいものであるかを身をもって知っているだけに、妻も僕も、彼が派手に「ぶちかましてくれる」と期待したのは言うまでもない。 だが違った。意外にもなかなか崩れないし、多少ヨレてもすぐに持ち直す。そうこうしているうちに、だんだん湯呑みの形が出来上がってきた。おじさんも、これは見込みがあると思ったのか、最初は助言だけだったのが次第に実技指導までし始めた。 「悔しいけど、明らかに三人の中で一番上手だね」 「私たち、先生に声も掛けてもらえなかったもんね。ていうか、あなたの場合、声をかける暇すらなかったわよね」 |
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