きのこのワイン |
〜 Pasabag, Cappadocia |
これだけ奇岩が多いと、中にはあだ名がついているものもある。ふたこぶらくだ、ナポレオンの帽子、鳩のキス。「誰が名付けたのかは知らないが」とよく言うが、ここにあるものはみな「誰が名付けても」そのように見えるものばかりだ。自然が創ったそんな芸術品の数々を鑑賞しながら歩いていると、唐突に質問された。 「みなさん、お酒は飲みますか」 「ええ。まあまあ好きですけど」 アリさんはイスラム教徒なので当然飲まない。政教分離が国是なので法律上は問題ないのだが、多くの人々にとっては心理面で抵抗感があるのだろう。アルコールはもっぱら外国人旅行者が嗜むものとなっている。最初はそういう文化論的な話かと思った。 「では、ワインの試飲に行きましょう」 陶器と並んで、カッパドキアのもうひとつの名産がワインなのだそうだ。人類史におけるワイン作りの起源は古い。旧約聖書にも記述があるが、その主な舞台となったメソポタミアはここから目と鼻の先だ。ということは、周縁部に当たるこの地方でも黎明期から作られていたと考えるのが自然だ。 ワイナリーは古い倉庫のような建物だった。薄暗い空間の奥にバーのようなカウンターがある。僕たちに気づいた店の主人がすかさず後ろの棚からフルボトルを何本か出し、人数分のグラスを並べた。 テイスティングの割にはなみなみと注いでくれる。一口飲んで驚いた。これは美味しい。芳醇でフルーティ。かつ奥行きがある。残念ながら僕には蘊蓄を語るほどの知識はないが、少なくともこれまで飲んだ中では何本かの指に入る味だ。ブドウの種類が異なるという別のものも試してみるが、こちらも美味しい。意外な掘り出し物だ。 こんなものもあるよ、と奇岩そっくりのミニボトルに入ったセットも出してくれた。陶器で出来た瓶はキノコ岩の凹凸が立体的に彫り込んであり、なかなかリアルだ。 「ええー、こんなのもあるの」 「これ、容れ物だけでも充分お土産になるじゃない」 「お土産というより、自分たち用に何本か買っていきたい」 というわけで即決。赤のミニボトルのセットを買うことにする。値段を訊くと思いのほか安かったので、さらにもう1セット追加。 「こんなに荷物が増えて、持って帰れるかな」 「大丈夫、大丈夫。僕のスーツケース、まだガラガラだから」 そうだった。弟はお土産用にと荷物を半分も詰めずに来たのだった。これだから海外旅行初心者は、とその時は思ったが、意外に使える奴かもしれない。 ひとしきり試飲を楽しんだ後は、カッパドキアで最も有名な奇岩を見に行く。ワイナリーから車でほど近い場所にそれはあった。尾根を走る道路から見下ろす斜面に、すぐにそれとわかる「巨大なしめじ」が生えていた。 「妖精の煙突と名付けられています」 ベージュ色をした胴体の上にちょこんと載った黒い帽子。さっき買ったミニボトルにそっくりだ。ひょっとして、あの中にもワインがなみなみと入っていたりして。我ながら斬新な発想だと思ったが、ムスリムのアリさんには失礼な気がして口には出さないでおいた。 |
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