見てはいけないもの〜Goreme, Cappadocia
 
見てはいけないもの
〜 Goreme, Cappadocia
 

   「見てはいけないもの」とはよくも名づけたものだ。トルコ語で発音すると「ギョレメ」。いかにも禁断の雰囲気を漂わせる妖しい響きをしている。しかし、その命名意図はおそらく反語だったのだろう。なぜなら、これほどまで鑑賞に値する景観は世界広しといえどもそう多くはないからだ。
 桃だろうか、淡紅色の花をつけた木がまばらに生える平原のそこかしこから、尖った岩が何本も突き出している。確かウルトラマンシリーズだったか、子供の頃のことなので定かではないのだが、こんなふうに地中から攻撃をする怪獣がいたような気がする。地上からは姿が見えないので、いつ、どこから襲われるか予測ができない。不意打ちに次ぐ不意打ちで、正義の味方がえらく苦戦していたことを覚えている。
 それを思い出したせいか、何となく不安になってきた。もしも今走っている道路の下から突然岩が生えてきたらどうしよう。車体ごと串刺しにされてしまうかもしれない。あるいは岩に乗り上げて横転してしまうかも。現実にはあり得ないこととわかっていても、つい疑心暗鬼に駆られてしまう。
 しかし、科学的な説明によれば、これら奇岩の成因はむしろ逆だ。気が遠くなるほど長い歳月の浸食によって柔らかい成分が削り去られた結果、堅い地層だけが取り残されたのだ。アメリカのグランドキャニオンなどと違って地表に出ている部分の方が圧倒的に少ないだけに、あたかも更地に岩が出現したかのような錯覚を与えるのだ。
「どっからどう見ても『たけのこの里』だよね」
「見て見て。あっちは『きのこの山』よ」
 そう。弟や妻がいみじくも指摘する通り、これら奇岩は日本人なら誰でも知っているあのお菓子にそっくりだ。灰色にところどころ茶色や黒が混じっているのも、なおさら砂糖生地にザラメやチョコをまぶしたみたいだ。
「食べられないのかな。ひょっとして、本当は食べられるんじゃないか」
「巨人がいたら、間違いなくおやつにしてるね」
「ほほう。日本にはこんな形のお菓子があるんですか。美味しそうですね」
 カッパドキアに行く機会があるなら、ぜひ持っていくことをお勧めする。ご本家の奇岩を眺めながらの味は格別に違いない。地元の人々にもきっと大ウケだろう。明治製菓がご当地スナックとして、この地方限定で販売してくれれば理想的なのだが。日本人以外の観光客にとっても定番のお土産になるはずだ。誰かそんなビジネスを始めないだろうか。日本に留学経験のあるトルコ人あたりが。
「どの岩も、同じあたりの高さで揃ったように線が入っているんですね」
「川が流れていたと考えられています。さっき見たように、この地方は谷が多いでしょう。山に降った雨や雪が川となって、岸辺をどんどん削っていったんですね」
 アフリカを出た人類が初めて小アジアに辿り着いた頃、カッパドキアは既に今とほとんど同じ景観をしていたはずだ。人智を超えた大自然の所作を目の当たりにした彼らは、どんな想いを抱いたことだろう。ひょっとして「禁忌を犯した」と感じた可能性はないだろうか。「見てはいけないもの」を見てしまったという畏れに苛まれたということはないだろうか。
 だんだんそんな気がしてきた。反語などではなく、むしろあまりにも素直な命名だったのかもしれない。
 

   
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