SF鳩の谷〜Uchisar, Cappadocia
 
SF鳩の谷
〜 Uchisar, Cappadocia
 

   いよいよ待ちに待ったオプショナルツアーのハイライト、カッパドキアの観光だ。丸一日かけて奇岩地帯の主な見どころを巡るのだ。この辺りはいくつもの尾根が重なった褶曲山地で形成されている。まずは高台に登り、幾重にも走る谷の全体を見下ろしてみる。
「何より色が違うよね。岩の色じゃないよ」
「ピンクっていうか、肌色っていうか、なんだか鶏のささみみたい」
「摘んだら裂けてきそう。食べられるんじゃないかって錯覚する」
 形についてはパンフレットやガイドブックである程度情報を仕入れていたが、色に関してはまったくノーマークだった。岩石といえば茶色とか灰色という固定観念を持っていた僕にしてみれば、そもそもこれらは岩石ですらない。逆立ちしても堅いとは思えないのだ。軽く触れただけで今にもボロボロと崩れてきそうだ。
「向こうに変わった山があるのがわかりますか」
 アリさんが指差したものはすぐにわかった。明らかに他の丘陵とは一線を画す、不自然なまでに尖った頂が屹立している。穴ぼこだらけの斜面に建物がびっしりと貼り付いていて、どこまでが天然の地形でどこからが人工物なのか区別がつかない。まるで改造を繰り返した挙げ句に機械と融合してしまったサイボーグみたいだ。稜線が直線的かつゴツゴツしているので、見方によっては巨大なロボットにも思える。なかなかSFチックな眺めだ。
「あそこはウチヒサールと言います。昔から岩壁に洞窟を掘って住居としていました。今は崩れると危険なので政府が立ち退きをさせていますが、中にはまだ住んでいる人もいます。近くまで行ってみましょう」
 そこで尾根沿いに走る道をしばらく行くと、ウチヒサールの麓に出た。さっき見ていた面の裏側に当たる。道端のすぐ脇で、槍のような岩が地面からこれでもかと突き出している。表面のあちこちに無数の穴が空いていた。近寄って見てみると、ひとつひとつの穴は意外に小さい。果たしてこれで人が住めるものなのだろうか。
「これらは鳩の巣穴です」
 エジプトで鳩料理が名物だったことを思い出した。多少油っこくて肉の量も少なめだったが、地元では高級食材としてもてはやされていた。きっと同じ文化があるのだろう。
「ああ、鳩を飼ってたんですか。食べるんですね」
「いいえ、違います。糞を取るのです。この辺りにはブドウ畑が多いのですが、そこで使う肥料にします」
 どこからともなく鳩がやって来ては、するりと苦もなく穴に潜り込んでいく。鳩の飼育を始めたのは中世のキリスト教修道士たちとのことだが、永らく時代を経た今でも、鳩小屋は立派に現役として使われている。
 観光地の常として土産物屋が多く出ていた。屋根代わりにテントを張っただけの簡素な店だ。まだ朝の比較的早い時間ということもあって、僕たち以外に観光客はいない。てっきり「安いよフレンド」攻撃を受けるものと身構えていたが、意外にもその気配はない。
 道を挟んだ反対側には観光ラクダもいた。こちらも客引きがいるが、あまり真面目に声を掛けてこない。商売っ気がないのか。値段次第では乗ってもいいと思っていただけに、少し拍子抜けだ。仕方がないので、店の軒先につながれたロバの頭を撫でただけで、次に向かうことにした。
 

   
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