本物のシルクロード〜Aksaray
 
本物のシルクロード
〜 Aksaray
 

   現在のトルコ共和国の主流を形成するテュルク族はもともと遊牧民族だ。発祥の地はユーラシア大陸の東であるモンゴル高原やシベリアで、それが長い年月の間に中央アジアの草原地帯に広まっていき、やがてアナトリア半島に落ち着いたのだ。
 なんだか羊を追って移動を繰り返すうちに気がつくと大陸の西端まで来てしまったみたいだ。実際にはそんな単純ではないのだろうが、歴史なんて案外そんな取るに足らないことの積み重ねで決まるものかもしれない。だから、というわけでもないのだろうが、今でも遊牧をしている人をときどき見かける。
「羊、発見!」
「またまた羊、発見!」
 車窓越しに妻がカメラを構える。なかなか思い通りの構図にならないらしく、新たな集団に出くわすたびにシャッターを切っている。フィルムがもったいないと思うのだが、本人はいたくご機嫌だ。羊がツボにハマっているらしい。
「カッパドキアまではもうしばらくかかるので、一度あそこで休憩します」
 今度は日本にもよくあるロードサイド型のドライブインだった。売店ではタブロイド判の新聞が何種類か売っていた。その中のひとつは露出度の高い女性の写真が一面にでかでかと掲載されている。いくら世俗主義が国是だとはいえ、国民の大半はイスラム教徒なのに問題ないのだろうか。近隣国なら間違いなく鞭打ちの刑だ。
「ああ、あれは不真面目な新聞です」
 アリさんが苦笑する。ということは、その程度には許容されているわけだ。これは話の種になると思い、記念に一部買うことにする。
 あとはカッパドキアを目指すのみ。しかしドライブインを出発して30分、再び車は道を外れ、路肩の砂利で停まってしまった。どうしたのだろう。故障だろうか。
「昔の隊商宿です。キャラバンサライと言います」
 目の前に大きく聳え立つ門があった。その先には城のように高い壁が延々と続いている。一見しただけでもかなりの規模であることがわかる。
「今と違って旅の足は馬でしたから、中には馬をつないでおく場所がたくさんありました。シルクロードって知ってますか」
「ええ、もちろん」
「この道がそうです」
 えっ、と絶句したまま、僕はしばらく動けなくなった。
 多くの日本人にとって、「シルクロード」という言葉の響きはある種の憧れを呼び覚ます。一度自分の足で歩いてみたいと願っている人も少なくないはずだ。もちろん僕もそのひとりだったのだが、こんなに唐突に、しかも簡単に実現してしまうとは。
 嬉しさが込み上げてくるものの声にならない。今でこそ舗装と砂利とで覆われているが、かつて幾多の遊牧民が、商人が、戦士たちが、いやいや、もしかしたらアレキサンダー大王やマルコポーロが踏んだかもしれないまさにその地面に僕は立っている。彼らと同じように旅をしている。
 道路はカッパドキアに向かって一直線に伸びていた。唐の長安まではあと何千、いや何万kmだろう。傾きかけた陽が僕たちの行く手を赤々と照らしていた。
 

   
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幻想のトルコ
 

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