踊るイスラム |
〜 Konya |
13世紀、その頃はまだイスラム世界の片隅に過ぎなかった小アジアに、ひとりの異才が現れた。彼の名はメヴラーナ・ジェラレディン・ルミ。心を無にしてひたすら回転し続けることにより神との一体感を獲得するというその教義は、およそ僕たちの知っているイスラムからはほど遠い。 円筒の帽子を被り、円錐の衣装に身を包み、白一色に覆われながら、両手を水平に拡げて無言のまま回り続ける信者たち。今では限られた祭典の日にしか行われなくなってしまったようだが、その様子は想像しただけで不気味だ。 「要はトランスしてるってことだよね」 「イッちゃうための手段として、わざと目を回すってこと?」 「それにしても何をまた好き好んで」 「宗教によっては麻薬を使ったりもするじゃない。それに比べると健康的なんじゃないの」 「そうかな。貧血で倒れたりしないのかな」 そういえば以前、エジプトへ行った時に、ベリーダンスショーの前座でただぐるぐる回るだけの男を見たことがある。最初から最後まで同じ場所で、しかもかなりのスピードなのにまったくよろめくことなく回転し続けていた。当時はそういう「芸」だと思って見ていたのだが、もしかしたらあれがメヴラーナの踊りだったのかもしれない。 ともあれ、そんな人物の霊廟なので、恐山のようにおどろおどろしい場所なのかと思っていた。しかし、観光客で賑わう目の前のこの状況は宗教施設というよりむしろテーマパークに近い。柴又の帝釈天あたりを連想させる。 「今では博物館として公開されているので、誰でも自由に入ることができます」 最初の部屋にはショーケースがいくつか並んでいた。飾られているのはミニチュアの本。おそらくコーランの写本だろう。それにしても小さい。日本でも奈良かどこかで米粒に般若心経を書いたものを見たことがあるが、まさにあれと同じだ。ルーペ越しに覗くと細部までアラビア文字がきっちりと書き込まれている。 他の部屋にも、独特の絵柄に塗られた皿をはじめとする一風変わった小物の数々が置いてあったり、廊下の壁には昔の紙幣の柄を織り込んだ絨毯が掛けられていたりする。展示品は相当マニアックだが、逆にそれが僕たちの趣味に合っている。見ていて飽きない。 やがて吹き抜けとなった少し広い空間に出た。天井のあちらこちらからぶら下がっているシャンデリアがキラキラと眩い光を放っている。 「あれがメヴラーナさんのお墓です」 金属の柵で仕切られた向こうに、大きな柩がでんと置かれていた。背景の壁が、さすがにここだけは茶色と緑を基調とした重厚な色彩に塗られている。 「本人は今もあの中で眠っています」 アリさんは淡々と話したが、仮にも一宗教の開祖の霊廟がこんな扱いでよいのだろうか。いくら丁重な装備に護られているとはいえ、ハッキリ言ってこれではただの「見せ物」だ。それが証拠に、みなバシバシと容赦なくフラッシュを焚いて写真を撮っている。少なくとも僕だったら落ち着いて永眠などできない。 「エルサレムの聖墳墓教会とはえらい違いだね」 「まったくだ。あそこと違って、こっちは本物の遺体もあるっていうのに」 |
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