万国共通「旅の恥はかき捨て」〜Pamukkale
 
万国共通「旅の恥はかき捨て」
〜 Pamukkale
 

   足を踏み入れた途端、ヌルっとして指が泥に沈み込んでいく。泥は湯の花のように白く、きめ細かい。歩こうとすると、指と指の隙間を滑らかに撫でていく感触が何とも言えない。こそばゆいというか、気持ちいいというか、とにかくむずむずして思わず声が出る。
 水深は思ったより浅い。せいぜい足首が隠れるくらいだ。パンフレットやガイドブックの写真からは膝くらいの深さをイメージしていただけに、ちょっと拍子抜けがする。
 予想外という意味では、泥越しに足の裏に伝わってくる堅さもそうだ。冷静に考えれば、岩盤の上を歩いているのだから堅くて当たり前なのだが、何しろ見た目がマシュマロなだけに踏めば沈むだろうという先入観がある。それがそうではないものだから混乱してしまう。視覚と触覚が上手く結びつかないのだ。
 形といい大きさといい、パムッカレは棚田に似ている。入口から奥に向かってなだらかに下る斜面に、石灰棚が階段状に形成されているのだ。ひとつひとつの段差は平均すると5〜60cmくらいだろうか。けっこう高い。滑りやすいし、降りるのに気を使う。しかも先に行くほど段差がきつくなってくる。
「見て見て。あんなところにも人がいるよ」
 ほとんど断崖と言ってよい斜面を降りたところに白人のグループがいた。そこの石灰棚はとりわけ大きく、満々と青い水をたたえている。まるでプールだ。このシチュエーションをあらかじめ予想してきたのだろう。全員、見事なまでに水着姿だ。
 寒くないのだろうか。半袖で過ごせる程度には暖かいが、なにぶんまだ4月だ。山の上ということもあって風が吹くとかなり肌寒い。しかし、彼らはそんなことなどお構いなしに、腰まで水に浸かり、歓声を上げながらはしゃいでいる。
 その中にひとり、派手なビキニの女性を見つけた。これは格好の被写体だ。
「ハーイ、お姉さーん」
 僕の声に気づいた彼女は、頭上を見上げ、にこやかに手を振ってくれた。
「写真撮ってもいーい?」
「いいわよー。どうぞー」
「それじゃいくよー。はい、チーズ」
 出血大サービス。彼女は大きく両手を拡げ、ナイスバディもあらわに自信満々なポーズを取ってくれた。途端に仲間内から大爆笑が湧き起こる。本人も自分のしたことに気づいたのだろう、みるみる顔が真っ赤になり、やがて両手で覆ってしまった。「旅の恥はかき捨て」はどうやら万国共通だ。
 ひと通り歩き回った後、入口に戻ってみると、今度はレインコートに身を包んだご婦人がいた。韓国人だ。絨毯工場で見かけたグループの一員かもしれない。しかし、レインコートとは大げさな。よほど濡れるのが嫌なのだろうか。そう思っていた矢先だった。
 なんと彼女はいきなり石灰棚に横たわったのだ。これには度肝を抜かれた。しかも、寝そべったまま上機嫌でポーズまで取るではないか。まるでトド、いやマグロ、ああ、どう表現したらよいのだろう。これはもう「かき捨て」どころのレベルではない。第一、袖口や足首を縛らなければ、いくらレインコートを着たところで水が中に入ってくるではないか。
 周囲にいた欧米系の観光客もさすがに引いていた。どこかで「カミカゼ」という声がしたように聞こえたが、あながち空耳ではなかったかもしれない。
 

   
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