コリアン・ファッションショー |
〜 Aydin |
「アリです。改めましてよろしくお願いします」 一日ぶりの再会を経て、専用のワゴン車に乗り込んだ。3泊4日、オプショナルツアーの始まりだ。昨日もそうだったが、トルコの道路は良く整備されていて走りやすい。アリさんも人当たりの良い感じで自然と会話が弾む。仲間内のグループ旅行に来ているみたいだ。 「今日はパムッカレに行くだけなので、時間に余裕があります。近くに絨毯工場があるので寄ってみましょう。買わなくても全然構いません。見るだけです」 そこは工場というよりホームセンターのようなところだった。まず敷地の一角にある粗末な小屋を覗いてみる。ぐつぐつと沸騰する大きな寸銅鍋があり、傍らに立つおばさんが時々かき混ぜている。横に置かれた洗面器にはウズラの卵のようなものが山積みになっている。 「あれは何ですか」 「繭です。蚕って言ってわかりますか」 これは珍しい。日本もかつては養蚕業が盛んだったから、蚕を飼っているところや機織りの場面は記録映画などで見たことがあるが、繭から絹糸を抽出する工程は初めてだ。煮出すことで形が崩れ、ほぐしやすくなるのだという。 続いて隣接する大きな建物に行く。中に入ると、体育館のようにだだっ広い空間の壁一面に、見るも鮮やかな絨毯の数々が吊るされている。いわばショールームといったところか。 トルコ絨毯の価値はその繊細さにある。オールシルクという素材もさることながら、イスラム伝統のアラベスクをモチーフとしたデザインは隅々まで細工が行き届いていて、まさに芸術品と呼ぶにふさわしい出来映えを誇る。値が張るのも納得の素晴らしさだ。 見とれていると、丸めた絨毯を抱えた男たちがどこからともなく湧いてきて、次から次へとそれらを床に拡げ始めた。どれもみな4畳半から6畳大はある。 「それは日本円でだいたい300万円くらいです」 やっぱり。いくら見るだけで構わないと言われていても、値段を聞いてしまうとどうにも居心地が悪い。この場は妻と弟に任せ、僕は他の建物を探検することにした。 革製品の店を見つけた。どうやら施設の性格としては郊外型のショッピングモールに近いようだ。カフェテリアにはパッケージツアーらしき中高年の一団がいて、農協の慰安旅行といった雰囲気が感じられる。言葉から察するに韓国人だ。 彼らとともに椅子に腰掛けてしばらく休んでいると、突然、和やかな空気に不釣り合いなダンスミュージックが流れ始めた。全員の視線が中央の舞台に集まる。何だ何だ。いったい何が始まるというのだ。 花道を通って現れたのは、黒のドレスに身を包んだ明らかにモデルと思しきスタイル抜群の女性。そして、何ということか、彼女をエスコートしているのはコリアン・ツアーの一味のおじさんではないか。野良仕事よろしく首に巻いたタオルも凛々しい彼は、仲間たちからやんやの喝采を浴びながらステージの上をぎこちない仕草で歩き回る。 ツアーのイベントなのだろうが、まさか海外旅行に来て自分がファッションショーに出演するとは思いもよらなかっただろう。しかし、よりによって外国でそんな韓国人を見ることになろうとは、僕の方がもっと驚きだ。 こんな見せ物はそうそうない。早く妻や弟を呼んでこなければ。しかし、呆気にとられた僕は、ステージに釘付けになったまましばらく立つことができなかった。 |
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幻想のトルコ |
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