見え隠れする日本〜魯迅公園
 
見え隠れする日本
〜魯迅公園
 

  「ルーシュンゴンユエン」
「は?」
「だから魯迅公園だってば」
 通じない中国語をなんとかホテルのドアマンに訳してもらい、タクシーに乗り込んだ。今日は観光最終日。これまで行きそびれたスポットを重点的に回る予定を組む。まずは日本にもゆかりの深い文豪魯迅が活動の拠点とした界隈、魯迅公園から多倫路を訪ね歩くことにする。
 蘇州河を渡り四川北路を北へ。朝だというのに大勢の人々が繰り出している。大型スーパー、ファーストフード、カジュアルショップ、シネコンなど、概観も品揃えも日本にそっくりの店が道の両側に並び、どこまで行っても途切れることがない。このあたりはかつて日本人租界だった。その影響が形を変えて残っているのかもしれない。
 ほどなくして突き当たったT字路の先が公園だった。まず入口で敷地全体の略図を確認する。魯迅公園は広い。池あり、広場あり、遊園地もありと、隅々まで廻るとかなり時間を食いそうだ。比較的手近なところに魯迅記念館があったので覗いてみることにした。二階建てで、中に入るとホールの左に葉巻を手に腕組みをする魯迅の銅像がある。
「これは魯迅先生です。館内は撮影禁止なので、写真はここだけです」
 背後から初老の男性が話しかけてきた。なかなか流暢な日本語だ。記念館の関係者らしい。
「日本からですか。今日はちょうど魯迅先生の娘さんがいるので、ご案内しましょう」
 連れて行かれた先は館内のショップだった。若い女性がひとり、染物の製作実演をしている。彼女が作ったのだろうハンカチやスカーフの他、土産物がテーブル狭しと並べられていた。魯迅の親族かどうかは怪しいと思ったが、染物はデザインも洒落ていてなかなか素敵だった。
 展示は二階だった。魯迅の業績や遺品、著作の数々がパネルやショーケースで紹介されている。途中、幾人かがテーブルを囲んでいたので喫茶スペースかと思い近づいてみると蝋人形だった。魯迅と弟子たちの会合を再現したものらしい。とてもリアルに出来ており、他の客もみな驚いて立ち止まっていた。
 記念館から公園を大きく横切り、池を挟んで対角線の方向に魯迅の墓がある。けっこう距離がありそうだが、他にめぼしいポイントもないので頑張って行ってみることにした。
 太極拳をしているグループがいる。子供たちが風船を手に木立の間を走り回っている。ハスが池の水面を覆い、それを見ながら少女がシャボン玉遊びをしている。誰もがみな、毎日そうして暮らしているといった自然な佇まいで、思い思いに公園を散策している。
 少し首を傾げた魯迅の座像が見えてきた。その突き止まり、木々の緑に囲まれて墓碑がある。墓石の背後には花崗岩の壁があり、流れるような書体で「魯迅先生之墓」と記されている。筆跡は毛沢東の直筆によるものだ。その事実だけで、現代中国において魯迅がどれほど大切な存在であったかがわかる。
 墓前のベンチでしばらく休憩した後、外縁沿いの遊歩道を入口へと引き返した。隣接する虹口サッカー場のモダンなフォルムが間近に迫る。青い芝生が目に眩しい。池を囲む石畳の堤では、木洩れ陽の中、何組ものグループがゲームに興じていた。中でも人気なのは象棋(シャンチー)、すなわち中国将棋だ。日本将棋のように取った相手の駒を再び打つことはできず、ルール的にはチェスに似ているが、丸い駒が自軍と他軍で色分けされている盤上は軍人将棋のようでもある。
 虹橋地区に日本人街があるというが、このあたりも住むには良さそうだ。家族連れで駐在するならぜひお勧めしたい。公園の散歩から始まる休日。緑豊かな住環境。そして何より、奥様方に嬉しい買い物至便の四川北路が目と鼻の先の徒歩圏内なのだから。
 

   
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虹色の上海
 

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