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〜外灘観光隧道 |
本場の中華料理を食べてみたいと思った。と言っても、ホテルや高級レストランのフルコースではない。普通の中国人が毎日口にする料理、日常的な庶民の食事のことだ。日本で言えばご飯に味噌汁、焼き魚に漬物。せっかくなら昼食はそういった類にしたい。 外灘に戻り、和平飯店の角を折れ、南京路に入る。両側に店がひしめいていて賑やかな通りだ。狭い歩道から人が溢れている。少し行くと横道の小路から美味しそうな匂いが漂ってきた。飲食店街らしい。何軒か覗いた挙句、ちょっと大きめの食堂に入ることにした。客席は二階で、壁一面のウインドーから通りの様子が眺められる。ランチタイムといった風情のサラリーマンやOL、あるいは学生らしい集団でほぼ満席だ。 メニューはすべて漢字で書かれてあった。当然といえば当然なのだが、これが読めそうで読めない。ご飯ものらしい、麺類らしいというところまでは想像できるのだが、何が入っているのか見当もつかない。難解四文字熟語のクイズをやっている気分になる。気配を察したのか、ウエイトレスが英語メニューを持ってきてくれた。なんだ、そんなものがあるんなら最初からくれよ。 結局、うま煮ご飯と焼きそばを頼むことにした。スープは要らないのかと訊かれる。たいてい付けるものらしい。選ぶのが面倒なので本日のスープにする。出てきた料理はどれも思ったよりボリュームがあった。文句なく美味しいが、やはり日本で食べる中華とは少し違う。微妙な臭みが鼻に抜ける。お湯の匂いだろうか。駄目な人は駄目かもしれない。それでも腹一杯の満足感に包まれながら南京路に戻り、午後は東方明珠塔を目指すことにした。 外灘から浦東に行く方法は三通りある。地下鉄、フェリー、そして地元の人はまず利用しない観光隧道だ。和平飯店の前の地下道を降りていくとチケット売り場がある。東方明珠塔や水族館などの入場と組み合わせた券が何種類もあって、どれが得なのかわからない。壁には広告パネルが並び、ポスターが貼られ、いかにもベタな観光地の雰囲気がありありだ。 片道切符を手に改札を通り、エスカレーターでさらに地下深くに降りていく。深海を思わせる、暗闇に光の演出を抜けた先には、見たこともない得体の知れない乗り物が僕たちを待っていた。銀色に輝く小さなカプセル。10人も乗れば一杯になってしまいそうなそれが、レールの上を次から次へと流れてくる。 案内の女性に促されるまま乗り込んだ。車内は基本的に立ち席。成田空港のシャトルと同じだ。空いているので一番前に行く。前面窓で見晴らしがいい。ネオン管が壁一面に巻かれたチューブのようなトンネルが、どこまでも果てしなく拡がっている。 扉が閉まり、カプセルがおずおずと動き出した。宇宙をイメージしたような効果音が聞こえてくる。進むにつれてイルミネーションが変化する。青から緑へ、赤から黄色へ。丸い輪が次々と現れては消え、続いて放射状に真っ直ぐ伸びる。トンネル全体が発光するように明るくなったかと思うと、今度は一転して暗くなる。 これが上海人の考える未来へのタイムトンネル……なのだろうか。感心するより先に失笑してしまう。乗らない地元民の気持ちもむべなるかな。施工もあまり丁寧ではなくネオン管がミミズのように曲がっている。壁はコンクリートが塗りっ放しで仕上げがしていない、スピードが遅いので、悲しいことに外の様子が冷静に観察できてしまうのだ。 「ギャグなのかな」 僕の問いかけに、笑いを堪えていた妻はとうとう吹き出した。馬鹿にしたわけではない。僕は僕で、この観光隧道が「世界三大ガッカリ」に推薦されたらきっと満場一致で優勝するだろう、と大真面目に考えていたのだ。何にせよ、一線を越えたものにはそれなりの価値があるのだ。 悪いことは言わない。上海に来たらぜひ一度乗ってみて欲しい。二度は乗らなくていいから。 |
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虹色の上海 |
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