華燭の宴〜Amman
 
華燭の宴
〜 Amman
 

   ペトラ、死海といった南部の観光を終えて、再びアンマンに戻ってきた。ヨルダンを巡る旅程もいよいよ終盤に入る。つい数日前のことなのに不思議と遠い過去のような気がする。入国したその日にホテルを焼け出された記憶も、今となっては懐かしい。
 当初の予定では初日と同じホテルに泊まるはずだった。しかし、火事のイメージはあまりにも悪い。旅行会社の責任で別のホテルが急遽手配されることになった。元のホテルからは宿泊料金を大幅にディスカウントするからと泣きつかれたそうだが、ツアーメンバーの意向も全員一致で「変更」だった。僕個人は、不祥事を挽回するためサービスが良くなるかも、という密かな期待も内心ではしていたのだけれど。
 新しいホテルは地中海的な明るさが感じられた。ロビーの天井は低いものの、大きく取られた窓や南国を思わせる花が開放感を演出する。片隅でビジネスマンと思しき紳士たちが話し込んでいた。真っ白なガラベーヤに身を包み、頭にはカフィーヤ。明らかにアラブ系だ。
「今日は結婚式があるんだね」
 あたりを探検していた妻が戻ってきた。なるほど、フロント脇のスケジュールボードに「21:00、Wedding Party」とある。イスラム世界での結婚式はモスクで行うのかと思っていたが、アンマンのような都会では想像以上に欧米流のライフスタイルが浸透しているのかもしれない。
「アラブの花嫁さんって、どんななんだろう。見れるといいな」
 妻の提案で、夕食へはカメラを持って降りることにした。
 案の定、僕たちが食事を終える頃からレストランの外が騒がしくなり始めた。チェックイン時と違ってロビーが大勢の人でごった返している。男は黒の礼服、女はきらびやかなドレスに派手な化粧。報道記者並みに大きなフラッシュが付いたカメラを首から提げた者も何人かいる。  ふと、その一角がどよめいた。次々とフラッシュが炊かれる。主役の登場だ。僕と妻も急いで輪の中に飛び込む。しかし、カメラマンたちはすぐにその場を離れ、階段を駆け上がり始めた。そうか、新郎新婦は階段を通って会場に向かうのか。彼らはそれを上から狙おうとしているのに違いない。後れを取ってなるものか。
 人込みの中から、ひときわ艶やかな純白のドレスが姿を現した。片手に可憐なブーケを抱え、父親だろうか、恰幅の良い紳士にエスコートされ、花嫁はゆっくりと階段を上がる。カメラマンの一員として、隣り合う男たちに並んで僕も何枚かシャッターを切る。列席者たちが後に続く。主役はいったん控え室に入り、式の開始を待つ。その間に会場を覗いてみることにした。
「日本から来た旅行者なんですが、ちょっと中を拝見させてもらってもよろしいですか?」
 ドア番をしている初老の男に尋ねてみた。既にほろ酔い加減なのだろう。頬が赤い。
「もちろんだ。遠慮せずに入ってくれ。わしゃ新郎の父だ。わしが許す。今日は無礼講だ」
 強く背中を押され強引に入れられてしまった。それどころか、入口に近いテーブルに着席までさせられてしまった。どうやら親族席らしい。周囲の人々が僕たちを見てひそひそと話し始める。こんな親戚いたかしら。でもオヤジが連れてきたんだろ。どっかの遠縁なんじゃないのか。言葉はわからないが、雰囲気がありありとそう語っている。
 会場は照明を落としていたが、ざっと見渡したところ来場者は200人を下らない。絢爛な花、豪華な料理。日本なら芸能人か政財界の大物の子息並みの扱いだ。まさに華燭の宴。やがて新郎新婦が入場すると、さっきのオヤジが戻ってきて僕の隣に腰を下ろした。
「今日は本当におめでとうございます。ところで、式は何時までやるんですか」
「そりゃ、朝までに決まってるよ。もちろん、最後まで楽しんでいってくれるんだろ?」
 上機嫌なオヤジはそう言って、がっちりと僕の肩を抱きかかえた。有無を言わせぬ強さだった。
 

   
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茫漠のヨルダン
 

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