似非アラブ人登場〜Desert Highway
 
似非アラブ人登場
〜 Desert Highway
 

   明け方の火事のせいもあり、出発したのはもう昼間近だった。アンマンの街を出てデザート・ハイウェイを一直線に南下する。シリアとの国境から紅海岸のアカバまでをつなぐ、ヨルダンの陸の大動脈だ。
 右を向いても左を見ても見渡すかぎりの礫砂漠。その中を道路に並行して線路が走っている。ヒジャーズ鉄道だ。オスマントルコ時代にはイスタンブールを起点にシリア・ヨルダンを貫いてメッカへと続いていた由緒ある鉄路だが、今は旅客営業はなく貨物専用となっている。リン鉱石を運ぶのだ。石油の出ないヨルダンでは外貨を稼げる鉱物資源が少ない。リンは肥料として輸出することができるため、この国の経済を支える貴重な柱となっている。日本の全農との合弁会社も設立されているという。
 一時間ほど走ったところで食事休憩となった。バスを降り強い陽射しから逃げ込むように扉を開ける。まず現れたのは土産物売り場だ。中東特有の水パイプ、死海の塩や泥を利用した化粧品類、壺や金物細工、Tシャツ。数え切れないほど多くの品々が、広く明るい空間に整然と並んだショーケースや壁のいたるところを埋め尽くしている。いかにも外国人観光客御用達だ。
 店員と思しき男と目が合った。店の奥から手招きしている。彫りの深い浅黒い顔に横一文字に生やした濃い口髭。カフィーヤと呼ばれるアラブ独特の布を頭に巻き、長パイプを口にくわえている。近寄っていくと、彼は有無を言わさず僕の頭にカフィーヤを巻き出した。ヨルダンに多い赤白チェックの柄だ。あれよあれよという間に留め金代わりの黒い輪も嵌められる。
 男はニヤニヤしながら鏡を示す。見てみろというわけだ。うーむ、ちょっと軟弱そうなのが玉にキズだが似合うと言えば似合う。もともと被りものは得意な方だ。満更でもないと思って振り返ると、隣で笑っていた妻もいつの間にか白いベールを被せられていた。
 仕上げにカメラを奪うと、男は僕たちふたりを並べてシャッターを押した。とても満足そうな表情をしている。それでいて一向に売り込む気配がない。ここまでしたのだから買えと迫られることを覚悟していたのだが、純粋にサービスとしてやっているようだ。アラブは客人をもてなすことにかけては有数の民族だが、その精神はこんなところにも生きている。
 昼食はキュウリやトマトを細かく刻んだサラダに鶏肉のグリルが添えられたピラフ。ピラフには好みでヨーグルトをかけ、ほぐした鶏肉と混ぜて食べる。典型的なヨルダン料理、なのだろうか。ピラフはあっさりしているが鶏肉にはしっかり味がついている。炭で焼いているのだろう。パリパリと香ばしい。日本人の口に合うこと請け合いだ。
 ホブスというアラブのパンもいける。中が空洞になっていて、ピタのように具材を好きなだけ詰めて食べる。中東版ファーストフードといったところだ。これも美味しくて、一枚、もう一枚と、つい調子に乗って食べ過ぎてしまう。
 食後、再び土産物売り場へ行くと、他のツアーメンバーも先程の店員に捕まり同じように変身させられていた。着せる方も着せられる方もどちらも楽しそうで、たちまち人気になる。あっという間に行列ができてしまった。
 少し離れたショーケースに面白いTシャツがあった。胸に絵柄が刺繍されている。極端な胴長にデフォルメされ、無数のこぶを持つ変テコなラクダ。名づけて「リムジンキャメル」。なかなか洒落たセンスだ。少々割高だったが思い切って買うことにする。もちろん自分用だ。Tシャツをお土産にすることは多いが、こんなクールな代物、人にあげるのはもったいない。
 カフィーヤにも未練はあったが、こちらは我慢することにした。何しろ旅は始まったばかり。まだ観光のひとつもしていないのだ。見るべきものや触れ合うべき人々が僕たちを待っている。似非アラブ人を気取るのはまだまだ早い。
 

   
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茫漠のヨルダン
 

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