東館山ゴンドラ山頂駅から岩菅山。小屋は高山植物園管理小屋。

職場の夏休みとした8月上旬、長年憧憬の的だった志賀高原の岩菅山、それも稜線縦走をと、テントを担いで東館山から上がってみた。

西日本に台風が接近しているなか、長野市周辺は空の過半を雲が占めるものの降雨はなかった。朝の長野電鉄を信州中野で乗り換え、終点の湯田中に着く。ここから長電バスで志賀高原の玄関口である蓮池へ。奥滋賀行きに乗り継いで発哺温泉で下車、4人乗りゴンドラリフトに乗り込んで東館山に上がった。

展望台に出てみると、雲が多いとはいえ2年前の訪問時と違って青空が見え、遠望する大沼池の湖面まで青く見える。ただ北信五岳の頭は全て雲の中で、戸隠連山の彼方に見えるべき北アルプスなどどこに何があるのかまるでわからない。もともと夏山なので午後に雨が降りがちな上に台風の影響も無視し得ず、できるだけ晴れ間が続くことを願うばかりだ。


東館山高山植物園にて

花盛りの高山植物園を下り、高天原リフト乗り場への径を右に分けて緩やかに登り返し、寺子屋スキー場へと出る。開けた草原から正面に岩菅山が大きい。幸いに山頂部にまで下がる雲はない。

スキー場上端に達すると樹林の中を階段道で登り出す。昨夜に雨が降ったからか、もとからこうかのか、ぬかるみが多い。通路のような径の脇に標識が立つだけの寺子屋峰を過ぎると、駆け下りてくる高校生くらいの若者に出会う。ひとりだけかと思っていたら次々と出会う。元気いっぱい、かつこちらに危険を感じさせない走り方をしているので好感が持てる。志賀高原で合宿をしている何かの運動部だろうか。赤石山方面との分岐にあたる金山沢ノ頭に着いて小憩していると岩菅山方面から後続がやってくる。山頂往復をしているらしい。

岩菅山へのルートに入ると、ぬかるみ続きだったのが多少は乾く。右手が開け、魚野川を底にする谷間が広く大きい。その上を右から左奥へと続く稜線は野反湖まで続くもので、眼前に重々しく高まるのが大高山だろう。野反湖西岸の山々はその裏側で、見えたとしても逆光で判別し難いに違いない。沸き立つガスの合間からは顕著に小さなコブを並べた山も見える。なんだろうあれは。

樹林が切れると、颯爽とした岩菅山が姿を現す。引き絞られた三角錐が空だけを背景に立つ。あれを最後に登るのは骨が折れそうだなと思いつつ、端正な山容に目を奪われて何度も撮影に足を止める。岩菅山本峰が圧倒的な姿で近づいてくるのはよいのだが、稜線の標高は下がっていく。いったん登ってまた少々下ると、展望はないもののやや開けた鞍部に出る。ここがノッキリと呼ばれる場所で、標識が立っていて左に下ればアライタ沢と教えている。

金山沢ノ頭から続く稜線から岩菅山を仰ぐ
金山沢ノ頭から続く稜線から岩菅山を仰ぐ

ここからようやく登り基調に転ずる。木々の合間を抜けると草原斜面のなかを行き、斜度が強まると岩の露出した荒れたルートになる。いよいよ最後の急登だ。ところどころに土留めされた階段があるのだが、あちこちで崩れている。浮き石も多く、足を滑らせて俯せに倒れかけすらした。荷が重いせいか暑いせいか、疲労には勝てず途中で長々と腰を下ろし来し方を眺めて休む。辿ってきた山道が稜線上に延びている。平日だからかまだ午下がりなのに人影が見あたらない。登り着いた山頂にも誰もいなかった。

人はいないが周囲の山は賑やかだ。相変わらず遙か彼方の北アルプスは雲の中だが、間近に見下ろす志賀高原の山々は明瞭で、最高峰の横手山が盟主然として大きい。志賀山や笠ヶ岳がただのコブにしか見えず、よほど大沼の上に盛り上がる赤石山のほうが重厚感がある。横手山の向こうには草津白根山が顔を出す。山裾の芳ヶ平がひときわ明るい。そのさらに彼方には浅間連峰が並ぶが、肝心の浅間山頂部は雲の中だった。

岩菅山頂部から志賀高原の山々
岩菅山頂部から志賀高原の山々

左奥に横手山。山頂石碑の後ろは寺子屋山と金山沢ノ頭の稜線。
金山沢ノ頭の上に双子山状の志賀山と裏志賀山が頭を出し、
その上に顕著な三角形の笠ヶ岳
横手山と笠ヶ岳の間に御飯山(手前)、四阿山(奥)。
横手山の左奥に草津白根山。芳ヶ平が明るい。
横手山の手前は赤石山。



長いこと山頂で休憩していて、Tシャツ1枚では寒くなってきた。そろそろ小屋に入ろうと、荷をまとめて移動する。寝場所を確保し、今晩と明朝の水を確保すべく、折りたたみ水筒を手に小屋を出る。まずはガイドマップに従い、往路をさらに進んで、裏岩菅山へのほうへ、水が出ているだろう場所へと続きそうな分岐を探したが、見つからない。地図上は進行方向右側に水マークがあるが、深々と落ち込む沢筋へはほとんど絶壁の傾斜で、降りていけるものではない。登る途中に分岐があって見落としたかと、往路を少々下ってみたが、そのような分かれ道もない。山頂に戻って深く落ち込む谷間の沢筋のどこかに水場があるかと長いこと目を凝らす。もちろんわかりはしない。代わりに見えたのは、ササを分けて獣道を行く2頭のカモシカだった。しまいにはNetにつないで過去の山行記録を見た(泥縄としか言いようがない)。結果、山頂付近に水はない、と結論した。

稜線を縦走しようとすると、水場は翌日の幕営場所としているところまでない。そこまではコースタイムで6時間はかかる。盛夏の行程を水無しで行くのは無理なので、縦走は諦めることにした。何年も何年も前から計画していたというのにお粗末この上ない。幸い明朝に往路を下るまでの分はあるので、予定通り小屋には泊まることにした。それにしても日暮れまではまだ長い。持参のラジオをチューニングし、普段は聴かない番組に耳を傾ける。時刻が来たら天気予報を聞くことにしよう。今晩はコーヒーが飲めてあと2杯なので、時間を決めて淹れるようにしよう。

山頂無人小屋の室内
山頂無人小屋の室内

早々に寝たものだから日が変わる前に目が覚めてしまった。寝付けないので外に出てみると、雲はほぼ空一面、だが月のありかがわかるくらいには薄かった。期待した星空は皆無だったが、代わりに善光寺平の夜景が華やかだった。横手山方面にも一つ二つ明かりが見える。山頂の宿のものだろうか。しばらく眺めていたが、場所の当たりがつかなかった。

翌朝、外に出てみると、昨日の曇天はだいぶ晴れて、周囲に見える山々は朝の斜光に彫り深く精悍な面持ちだ。長野盆地側とは反対側が逆光気味でなおのこと影が濃く、とくに榛名山の鋸歯状に並ぶ小ピーク群が人目を驚かす。昨日ガスの合間に垣間見たのはこれだった。その左奥には赤城山が一回りくらい大きな山体を見せていた。

岩菅山頂から善光寺平方面を眺める。北アルプスは相変わらず雲のなか。
岩菅山頂から魚野川右岸の稜線を眺める。左に山体の大きいのが大高山、正面奥の小振りの三角形が小高山、台形の山頂部を持つダン沢ノ頭。左奥の彼方に榛名山。

さて下山だ。岩菅山頂から眺め渡す志賀高原の山々や善光寺平の眺望は名残惜しいが、なにせもうあと300mlくらいしか水分が残っていない。早々にゴンドラ山頂駅まで戻って心ゆくまで水分を摂らなくては。こうして下りだしたのだが、昨日からうって変わって好天で日差しが照りつけ暑いことこの上ない。水分が不足気味なのが心理的に堪える。こんなに好い天気なのに下る羽目になろうとはと思うと余計に愉しくない。木々の立つ金山沢ノ頭にようやく到着して日差しから逃れたものの、ブヨの襲来を受けて落ち着かない。まったく意気の上がらないことおびただしい。

寺子屋スキー場に出てブヨから解放され、安心して腰を下ろす。携帯電話が通じるようになったので本日に志賀高原近辺で泊まれる宿を探し出して予約した。よし今晩は温泉宿だ。風呂に入ってビールだ。多少は気を持ち直し、右手彼方に浮かぶ岩菅山と、その左手奥に姿を現している鳥甲山を仰ぎ見つつ草原を下る。

寺子屋スキー場から岩菅山(その奥に裏岩菅山)左奥に鳥甲山。ガレが見える山腹の左上のピークが山頂。左端の形佳いのは台倉山か。

一日ぶりに戻ってきたゴンドラ山頂駅では予定通り思う存分水分を摂取した。乗り場近くの自動販売機で清涼飲料水、二階にあるレストランで水とコーヒー。ここで昼食代わりに頼んだサンドイッチは、先年に食したのとは異なり、サラダやヨーグルトの付け合わせがなくなってサンドイッチ本体だけになっていた。山上のささやかな贅沢をと期待していたので残念だった。

今回は計画しながら果たせなかったが、山頂を越えて稜線を北上すれば秋山郷に出られる。登山口と下山口とに車を用意し、早朝に発って一日で周遊したという記録も見たが、山中に少なくとも一泊、できれば二泊して、改めて上信越の山々の姿を眺めつつ歩を進めたいところだ。いわばオンサイトでの縦走は不可になってしまったが、稜線がなくなってしまったわけではなし、今回のは偵察山行だということにして、またいつか予定を立てることにしよう。

2014/08/4-5


回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue

All Rights Reserved by i.inoue