鳥甲山

  和山から見上げる鳥甲山(右奧が山頂)

秋山郷は上越新幹線側から見ると苗場山の裏側にある谷底の集落の総称で、「秘境」イメージを期待して初めてここに足を踏み入れたのは1984年の秋だった。だが今や舗装道路とトタン葺き屋根となっているかつての秘境より、苗場山の反対側、中津川のすぐ上に紅葉し始めたばかりの大岩壁を見せる鳥甲山の方が強烈に迫るものがあった。「鷲が翼を広げたような」山と地元の郷土案内のチラシにあったが、ほんとうにその通り。いつかぜひ登りたい。そのとき泊まった和山温泉「仁成館」の娘さんが「あの山は何年も登ろう、登ろうと思っていた人がようやくここ秋山郷にやってきて、夏の日の朝早く一気に登っていく山なのですよ」と言っていたが、私も結局その通りの行動パターンになってしまった。
今回の泊まりは「仁成館」が満員だったので近くの温泉付き民宿「和山荘」だが、13年前の思い出に敬意を表して山に登る前日の夕方に仁成館の露天風呂に入りに行った。ここの内湯からの眺めもいいが、露天風呂から観る鳥甲の岩壁が最高の迫力であることを覚えているからだ。
翌日、夏とは言え山奥で肌寒い朝に和山温泉から登山口の狢平まで旅館「仁成館」の車に乗せてもらう。和山荘のご主人が前日のうちに仁成館の方に話をつけてくれたのだった。登山口からの登りは初めから急で面白いように高度をかせぐ。苗場の平頂が対岸に、その右手奥には左武流の鈍重な塊が、さらに右手には雑魚川右岸の山の上に岩菅が鍋蓋に似た特徴的な山容を覗かせている。
剃刀岩は「最大の難所」と言われるほどには怖くない。もっと恐ろしいところかと思っていたのだが、あれだけ鎖があれば普通の山歩きができる方なら問題なく通過できるだろう。そこまでに至る登山道の方にこそ、足がかりがなく鎖頼りのところがあってよほど緊張する。そういうところは足の置き場所をどこにするかが問題で、力任せに登ってみても疲れるだけだし、そんな登り方では危険でしようがない。
鳥甲山山頂直下は予想外のお花畑でニッコウキスゲが盛りだった。屋敷山への稜線にもマツムシソウほか名前のわからない花が10種近く咲いていた。山頂は串田孫一氏が1957年に登ったときは芝生だったそうだが今では樹木が茂っていて見通しは悪い。それでも落ち着いた感じがするのは、岩壁のヘリを歩くことから解放された安心感からだろう。このたたずまいが「平凡である」と評されることもあるが、あれだけの岩壁をまといつかせた山頂がこのようにつつましいところに奥ゆかしさを感じてもいいのではなかろうか。
下りの大部分の急さ加減には短いながら閉口する。全体にヤセ尾根だから登山道が細く、休憩できるところが少ない。ガレが足下に迫っているところが多く、眺めはよいがよそ見は禁物だ。この山は大人数で行く山ではなく、多くて四、五人までがちょうどよいところだと思う。因みに日曜だというのに、3人以上のパーティーは見なかった。静かでよかった。
夕暮れの苗場山頂から鳥甲山
苗場山山頂から鳥甲山
1997/7/20

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