記憶力は維持できる
永田 敏男60歳を過ぎると、皆さん一様に「年をとったら、忘れっぽくなって困った」という話を良く聞きます。実際に脳の血流が極端に悪くなって痴呆性の記憶力低下も診断で発見されるようです。
それでは脳の衰えに甘んじて消極的に生きるか、あるいは、何かに挑戦して積極的に生きるかを、今まさに決断すべき年齢だろうと思います。
一方では、国会の老議員さんたちのどうどうたる演説を聞いたり、大学の老教授の理詰めの講演などを聞くと、本当に脳は衰えるのかと疑問を感じます。
もちろん、彼らの明晰な頭脳は我々の追随を許さない非凡なものだとは認識しています。しかし、記憶量の違いは大きいとしても、有と無ほど差があろうとは考えにくいのです。
脳への記憶は、まず、記憶の入り口、記憶の貯蔵場所、出口と、三つの構造からなり、あたかもパソコンに似ています。
記憶の入り口は、側頭葉(そくとうよう)といって、耳の上から中へ入ったところに海馬(かいば)という組織が有り、これが入り口になっています。
頭を打ったり、強いストレス刺激を受けると、この海馬は萎縮して機能が衰えるようです。衰えると記憶の入力ができなくなり、最近の知識がうまく取り入れられなくなってしまいます。
次に、記憶を蓄える場所ですが、脳の広い範囲に貯蔵されるようです。
皆さんご承知のように、左の脳の半球は、言語中枢とか、理性とかが働く場所になっています。右半球は、感情、画像、情緒などの機能を持っています。
この左右の記憶のバランスが悪いと、必要な記憶がすぐ出て来ないという事態が起きるようです。
さて、最後は出力です。記憶というのは、貯蔵されるときに、分類されて引き出しのように、それぞれ種類別に区分されて、関連の引き出しに貯蔵されるようです。
例えば、長島産といったら、野球の関係の引き出しに入るようです。インストールといったら、パソコン用語の引き出しに入るのではないかと思います。
以上のような仕組みになっていますが、それではどうして記憶は衰えるのでしょうか。一つには、左右の脳の半球が、うまくかみ合って記憶の出力をしないからです。
例えば、テレビを見ていて、「あの人、だれだったかなあ」と、なかなか名前が出て来ないことがあります。
これは、右の脳が画像を出してはいるのですが、左の言語がうまく取り出せないのです。
逆に、「長島さん」といわれると顔がちゃんと浮かんできます。これは、左から右への関連付けはスムーズに行くからです。ですから、できるだけテレビの映像を見て、いつも名前を口で言ってみるという訓練をすると、かなり記憶力は維持できるのです。
私たち視覚障害者の場合ですと、声を聞いて「あっ、長島産だ」ということも、同じ訓練だろうと思います。
この他、いろいろな人と話をするのも出力ですし、覚えた英語を発音してみるのも出力です。
外にも、指を使って音楽でも良いでしょうし、指を動かすだけでも、脳を刺激して衰えを防ぐこともできるということです。
例えば、一人じゃんけんといって、右手でぐう・ちょき・ぱー、と出したら、左手はその反対を出して、左右同時に行うという運動は、かなりの効果があるということです。
ともあれ、記憶力は衰えるのではなくて、蓄えられた記憶をいかに出す訓練をするかで、その衰えは防止できるようです。そして、脳の働きの重要なエネルギーは、ブドウ糖です。適当に甘いものを取るのも脳の働きを助けるようです。
初めに書きましたように、老いた議員さんや教授がスムーズに演説できるのは、常に記憶を出し続けていて、出す訓練が行き届いているからです。我々が積極的に生きるために、話をしたり、指を動かしたり、声を聞いたら、言葉に出して「あれは長島さんだ」などの訓練を怠らないことだろうと思います。
結論は、記憶力は衰えるのではなく、記憶を出すことが困難になるということです。しかし、それは訓練しだいで防止できるということです。
いつもながら、怪しげな文章で心配ですが、原稿の攻めを負うために、苦し紛れの記憶の出力ですので、間違っていたら、どうかホロをお願いします。