みんな、きいつけえや(a defense)

松尾 敏彦

視覚障害に関係なく、皆さんは自己防衛ってできますか? 考えたことありますか?

今年の5月29日に、大阪でたこ焼き屋をやっている従兄弟が強盗に襲われて入院しました。その出来事が切っ掛けで忘れかけていた私の恐怖感が甦ってしまい、なんとなく嫌な気持ちの毎日を過ごしております。
 身長180センチ、体重90キロ以上もある従兄弟は毎日のように閉店後に集金してから、深夜3時過ぎに帰宅しているので、たぶん、そのパターンを良く知っている数人組の犯行じゃないだろうかと思いますが、杲杲と明るいマンションの入口で、しかも、防犯カメラの正面という大胆な犯行でした。金属バットで頭を殴られる現場の状況は記録されていても、犯人たちの顔は覆面とヘルメットで判明しないとのことです。さいわい、一撃目で集金鞄を落としたので、軽い脳挫傷だけですみ、死に到ることなく助かり安堵しているしだいです。
 重役ばかりが居住しているマンションなので、防犯設備も不備のないようになっているはずだったという部分に大きな穴を開ける出来事になってしまい、居住者にも私にとっても完璧なセキュリティーの難しさを実感させられた事件となり増した。

私自身は6年前の12月に経験しております。午後9時30分過ぎに治療室から徒歩で15分ほど離れた自宅へ帰宅する途中でした。
ちょうど半分くらいの場所が50メートルほど暗くなっているので、人の気配に注意するのは当たり前で、なるべく車道沿いを歩くようにしておりました。
皮ジャンとジーンズ、左側にショルダーをかけて、いつものように交通量の多い道路を右側にして歩いていくと、5・6メートル左前方に人の気配を感じ、それまでに感じたことのない異様な気配に注意しながら、少しでも避けられるように道路沿いを早足で歩き続け、通り過ぎてホッとした一瞬でした。
左直ぐ後ろからの全身を凍り付かせる恐怖感と同時に「やられたっ」と感じ、その場に立ちすくんでしまいました。

後頭部を素手で殴られ、下腹部を数回蹴られて前のめりになったときにショルダーバッグを引っ張られたのですが、凶器による襲撃でなかったことが私を冷静にさせたようで、バッグを取られることなく投げ飛ばすことができました。長年柔道をやっていた反射的な動作なのですが、その時点では2度目3度目の襲撃にもかなり冷静に対応していたような気がします。運の良さもあって、100メートルほど離れた場所でスピード違反を取り締まっていたパトカーの警察官が、私と犯人との不自然な行動に気づいて助かりました。
軽い打撲程度で大きな怪我もないので、そのまま警察署での事情聴取、その後に現場検証と深夜1時まで重苦しい時間を過ごしました。
重苦しい気持ちと亢奮している気持ちが緊張感と混在して眠れない夜だったことを良く覚えています。

恐怖心に取り付かれた自分に気が付いたのは、眠いだけで、他になんの変わりもないように仕事を終了した午後8時でした。帰宅するのが恐いのです。理屈では判っていてもとても恐いのです。怪我もしていないにも関わらず恐いのです。徒歩で帰宅できる道は1本だけしかなく、前夜歩いた道路の反対車線側の歩道は1キロほどの暗い状況が続くので自転車でも通らないというのが当たり前になっているのです。
子供でもないのに1時間ほど考えた結果、取りあえず今日は市バスで帰宅しようと決めて、市バス、地下鉄、市バスと乗り継いで帰宅しました。
1週間ほど気持ちが吹っ切れなくてもやもやしながら苦悩していたのですが、仕事の終了時間を午後6時頃という人の多い時間帯にすることで恐怖心と戦うことに決めて、翌年3月になったくらいに7時、6月頃に8時と徐々に克服できるようにしていきました。
正確には、恐怖心を克服したというよりも日照時間の長さに助けて貰ったというのが正しいです。日照時間が短くなりはじめると、やはり心がざわめくのを感じる翌年でした。
しかし、恐怖心という強い物でなく、不安感といった程度だったので、強力なライトと防犯グッズの準備で年々忘れていったのです。そう、もう、すっかり忘れていたはずなのです。強盗や殺人のニュースは毎日のように聞いていてもなにも反応しない私だったのですが、従兄弟の事件を切っ掛けにして夕暮れからの人の気配に過敏になっているのが、なんとも悔しいものです。
幸か不幸か、住まいと治療室とが同じになった今は、自分が外出しない限り通勤による恐怖感を味わうこともありませんけど、思ったよりも根の深い精神的傷害に驚いています。
人に対して「気をつけてね」とか「注意しなさいね」と言えても、現実問題としてはどうしたら良いのでしょうね。


お ま け

大爆笑と冷や汗

警官A 「事情聴取や現場検証で帰宅が遅くなるのでご自宅に電話連絡されませんか?」
松尾  「はい」

警官A 「こちらの電話を使ってください」
と事務所内の電話まで案内して、電話を掛け、家族と話す松尾の言葉に驚く警官A
松尾  「あのさ、今、中川警察にお世話になっているから帰宅が遅くなるよ」

警官A 「ちょっ、ちょっちょっとまって、その言葉は誤解されるから言い直した方が良いですよ」
松尾  「何か間違えましたか?」

警官A 「ちょっと電話を変わって貰って良いですか」
と私の返事もそこそこに電話機を持っていった警官Aさん

警官A 「こちらは中川警察署ですが、松尾敏彦さんが帰宅途中に犯罪に巻き込まれて、怪我はありませんのでご心配は不要ですが、事情聴取などの手続があり、まだまだ帰宅できませんので電話をしていただいたということです。警察署にお世話になっているというのはそういう訳ですからくれぐれも誤解の内容にお願いいたします。操作が終了しだいお送りいたします。・・・」
松尾  「あー、そういうことですか。そうですね、警察にお世話になっているっていうと私が犯人みたいですよね」

私と警官Aさんとのやりとりを見ていた事務所の警官数人が大爆笑。私だけ冷や汗。