心配かけしいのバカったれ

近藤 貞二

文章を書くことによって「パソコンやワープロの操作に慣れる」「読みやすい文章を書く」ということが目的で始めたおもちゃ箱も今回で16号になりました。
 パソコンには慣れましたけれど、読みやすい文章となるといささか疑問があるのです。いえいえ、疑問どころかすこしも進歩していない私があるのです。
 ときに「ややこれこそが名文」という文章にお目にかかることがあります。もちろん、そのような「名文」といわれるような文章と私の「駄文」とを比べるつもりはありませんけれど、すこしは気のきいた文章を書きたいとはいつも思うのです。が、所詮は素人、なかなかひとを引きつけるような文章が書けるわけでもなく、結果私の書く文章など稚拙にして乱文。文章と呼ぶにはおこがましく、あえていうなら単なる文字列なのであります。はい。

しかしですね、毎回おもちゃ箱に原稿を寄せてくださっている方なら分かっていただけると思うのですが、いくら稚拙な文章であったとしても定期的に書くとなると、そりゃもうけっこう大変なのです。最初の5回くらいまではよかったのですが、10回も越えると稚拙な文章どころか、文字列をつづるネタさえ底をつき、パソコンのキーボードを前に頭をかかえ込む日々が続くのです。

というわけで今回もグリコのキャラメル状態。
 「なーんじゃそれ!」ですか。つまり、お手上げ(ちょっと古かったかな)なのです。

しかし自分たちで決めたこと、ここは何とかしなければならない。無い知恵はしぼれないが、それでも何とかしなければならない。

とまあ、誰に言うとでもなくブツブツと言い訳めいたことを書きながら、やっとここから本題に入ることにしましょう。

じつは、いま私の家には二人の子どもがいるんです。いえいえ、誤解しないでください、私の子どもを隠していたわけじゃないですよ。姪っ子の子どもなんです。事情があって、半年ぐらい前から姪子夫婦と一緒に住んでいるのです。そのおかげで、現在私の家は、ちびっ子ギャングの襲来でとってもにぎやかです。

この二人の子どもですけど、二人とも男の子なんです。上が長男で下が次男なんですよ・・・なーんて、これはあたりまえでしたね。で、お兄ちゃんが2歳2カ月で優希(ゆうき)といい、弟は5カ月で勇大(ゆうだい)といいます。何だか弟の「勇大」の方が男らしくてたくましい感じがしますよね。
 下のちびはまだアブアブ言っているだけなのですが、お兄ちゃんの優希はかたことを話し始め、私たちの言うことをまねて話すのです。そして、私のことを「おじしゃん、おじしゃん」などと変な調子で呼ぶのです。そのうえ、私が目が見えないことを分かってか分からずか、私の手を引っ張って連れていってくれるのです。家では私が手を引かれたところなど見たことはないはずなのにおもしろいですね。
 でもねユーくん、おじさんのパソコンに触るのはやめてほしいなあ。これはユーくんのおもちゃじゃないんだからね。それとね、音声時計もおもしろがってピコピコ押さないでほしい。ついでにもうひとつお願いをすれば、おじさんが出かける準備をしているときは、そばでちょろちょろじゃまをしないでね。

3カ月ほど前、その優希に大変な事件が起きたのでした。
 私が仕事から帰ると、優希がぐったりとしてようすが変なのです。ちょっかいを出しても迷惑そうな感じで反応がありません。なんでも風邪をひいて熱があるらしく、今日は病院に連れていったのだという。それにしてもぐったりと元気がなく、いつもはあんなにうるさい優希も今晩は違っていました。
 子どもがぐったりして声も発しないような状態は、よほど危険な状態であるはずなのに…病院でもらってきた薬は飲ませたとはいうが、こんな状態でいいのだろうか?…?と、ちょっと心配しながら私は夕食を食べていました。

しばらくすると、突然に家族たちの様子が急変しました。
 「ユーキ、ユーキー!!・・・」と叫ぶ周りの大人たちの声に、何か優希に異変が起きたことは察知しましたが、何事が起きたのかすぐには理解できず、一瞬の間にいろいろなことが頭の中をかけめぐりました。
 しかし、ぐったりしていたことといい、周りの慌てふためいた叫び声といい、そして、そのわりには優希の泣き声が聞こえないことから、どうやら優希に大変なことが起きたことは理解しました。

急いでわが子の名を呼び叫んでいる姪の所へ行くと、声も出さずにぐったりと母親に抱かれた優希がいました。
どうも意識をなくして突然に倒れたようです。

姪は意識がない優希を抱いて、子どもの名前を狂ったように連呼して「おめめ開けてー!!おめめ開けてー!!」と叫んでいました。私も意識がない優希を前にしてあせりました。
 とにかく、声を出して泣いてほしい…。と願いながら、呼吸はしているのか、心臓はうっているのか…と、まず気になりました。
 何はともあれ優希の手首に触れて脈を観てみると、あせっているせいなのか脈が触れません。一瞬自分の顔が青くなったような気がしました。
 不安な気持ちで今度は、優希の背中に耳をくっつけました。万が一の時は、心臓マッサージでも人工呼吸でもしなければなりません。

しかし、どうやら心臓の鼓動は聞こえ、呼吸もしているようでした。熱のために引きつけを起こしたようです。
 ほっとして気づくと、義姉は受話器に向かって救急車の要請をしている様子で、優希の誕生日やらなんやら話してるところでした。

そんな、誕生日?!年齢?!そんなの後でもいいではないか、速く救急車が来てほしいと思いながら、とにかく、救急車が着くまでにできることはしなければと気持ちがあせるばかりでした。

消防署から私の家までは比較的近いのですが、救急車が到着するまでの時間の長かったのなんのって。救急車のサイレンが近付いて来るのを聞きながら、もっと速く走れんのかと叫びたい気分でした。
 でもありがたかったことは、消防署から折り返しの電話があり「子どもの体は動かさず、できるだけ顎を前に出した姿勢にするように」という指示をしてもらえたことでした。

間もなく救急車は到着して、優希はすぐに病院に搬送されましたが、幸いなことに意識は間もなくもどり、入院も1週間ほどですみました。
 入院中は元気過ぎたようで、姪が目を離していたときに、柵を外してあったベッドから落ちて大泣きしたこともあったそうです。

無事に退院できて、1週間ぶりに優希の元気な顔を見たときは、ボワーっとあふれそうになる涙をギューっとこらえてやりました。
 そして「優希君、みんながおまえのことを心配したんだぞ」と心の中でつぶやき、「心配かけしいのバカったれ…」とやっぱり心の中で怒鳴ってやりました。でも、元気になってよかったよかった。本当によかった。

以前には、足の指を骨折したこともあるのですよ。そのときは足を固定されてはいましたが、痛みさえなければ元気なもので、ギャーギャーワーワーわめいておりましたが、その声が聞こえるうちは安心しておれました。

それにしても、小さな子どもは何が起きるか分かりません。自分たちも子どものころされてきたように、今度は周りの大人が守ってやらないといけないと思いました。

子どもたちはかわいいと思うのですが、もしこの子たちが自分の子どもだったとしたら、どんなんだろうとよく思います。そして、けなげに母親をしている姪をみていると、確実に世代が代わっているのだと感じ、私はいままで何をしていたのだろうと自己嫌悪に陥ることもあります。

ところで、私から見た姪の子どもは何と呼ぶのでしょうか?ご存じの方、教えていただけませんか。
 お、し、ま、い。