解説10:過 剰 虹  5

― 波動光学で分かる虹の特徴 ―

 

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波動光学による虹の方向と強さ:


 前項 解説9 で述べたように,雨滴球から出た光波の波面が3次式で近似できるという仮定の下に,デカルト光方向と 角 $\varepsilon$ をなす方向( $\varepsilon = \theta_{max} - \theta$ )に射出される光波の強さは,変数 $u$ , $z$ ,および $f(z)$ , $M$ を以下のように定義して, \[u =\bigg ( \bun{4h}{3a^2 \lambda} \cos \varepsilon \bigg ) ^{1/3}\times x' \quad\cdots\cdots\maru{5} \\ z = \bigg ( \bun{48 a^2}{h \lambda^2}\sin^2\varepsilon \cdot \tan\varepsilon \bigg)^{1/3} \quad\cdots\cdots\maru{6} \\ f(z) = \int _0^\infty \cos \bun{\pi}{2}(u^3 - z \, u) du \quad\cdots\cdots\maru{7} \\ M = 2k \bigg ( \bun{3a^2 \lambda }{4h \cos\varepsilon} \bigg )^{1/3} \quad\cdots\cdots\maru{8} \\ \bigg( ただし, \quad h=\bun{9}{4(n^2 - 1)}\kon{\bun{4 - n^2}{n^2 - 1}}\quad\bigg )\]  このとき,
   光の強度 $I \propto A^2 = M^2\,f^2(z) \quad\cdots\cdots\maru{9}$
で与えられます。

  $f^2(z)$ は $z$ の関数で,$z$ の増大とともに振動しながら徐々に減衰していく形の グラフ になります。
 一方 $z$ は $\maru{6}$ 式で与えられますが,過剰虹の現れるのは主虹の近傍ですから,デカルト光の方向からのずれ角 $\varepsilon$ はせいぜい $20^\circ$ 前後です。この範囲では $\bigg |\bun{\sin^2 \varepsilon \, \tan \varepsilon}{\varepsilon^3} - 1 \bigg| \lt 0.001$ なので, $\sin^2 \varepsilon \cdot \tan \varepsilon \kinji \varepsilon^3$ と近似できます。したがって $\maru{6}$ 式は, \[z = \bigg ( \bun{48 a^2}{h \lambda^2}\sin^2\varepsilon \cdot \tan\varepsilon \bigg)^{1/3} \\ \quad \kinji \bigg ( \bun{48 a^2}{h \lambda^2}\times \varepsilon^3 \bigg)^{1/3} \\ \quad = \kkon{3}{ \bun{48}{h}}\cdot \bigg(\bun{a}{\lambda}\bigg)^{2/3} \times \varepsilon \\ \quad = \kkon{3}{ \bun{48}{h}}\cdot \bigg(\bun{a}{\lambda}\bigg)^{2/3} \times ( \theta_{max} - \theta)\quad \cdots\cdots\Maru{10} \] と変形できます。これだけ準備すれば,光の強度 $I$ と散乱角 $\theta$ の関係をグラフに描くことができます。
 なお $\theta_{max}$ は,解説3:散乱角の詳細 で求めた (i) 式,\[\theta_{max} = 4 \, \arcsin\bigg(\kon{\bun{4 - n^2}{3n^2}}\bigg) - 2 \, \arcsin\bigg( \kon{\bun{4 - n^2}{3}}\bigg) \quad\cdots\cdots\kern0.5em\maru{\mathrm{i\,}} \]で与えられます。


波動光学で分かる虹の特徴:
 図6は波長 $\lambda \kinji 660 \mathrm{nm}$ (ほぼ赤色),屈折率 $n \kinji 1.331$ ,雨滴球半径 $a = 0.1 \mathrm{mm} $ についての光の強度比と散乱角 $\theta$ の関係のグラフです。


 光強度が極値をとる角度が何か所も現れました。光強度最大の第1極大の散乱角方向に主虹が見えることになります(この方向はデカルト光の方向と少しずれています。後述)。そして第2,第3,……の副極大の散乱角方向に,第1,第2,……の過剰虹が見えることになります。
 こうしたことは,幾何光学では導き出せなかったことがらです。

 図7,図8は,波長が $ 660 \mathrm{nm}$ (ほぼ赤), $ 510 \mathrm{nm}$ (ほぼ緑), $ 430 \mathrm{nm}$ (ほぼ青)の光に対して,雨滴球半径が図7では $ a= 0.2 \mathrm{mm}$ , 図8では $ a =0.05 \mathrm{mm}$ の場合について描いた光強度曲線のグラフです。



 これらのグラフを見比べることにより分かることは,まず,主虹のできる位置(散乱角)や光強度の広がりなどが,雨滴球の半径( $a$ )によって大きく違っていることです。つまり雨滴の大きさが,虹の位置や幅などに大きく関わっていることになります。これに対して幾何光学では主虹の位置は屈折率と衝突係数のみで決まり,雨滴の大きさは関係しませんでした。

 以下,上の2つのグラフから分かる虹の特徴を拾ってみましょう。
 
$\maru{1}$   主虹の高度はデカルト光の高度より少し低い。
 上のグラフにおいて,光強度が最大である第1ピークの散乱角方向に主虹ができます。
 一方,デカルト光とは,幾何光学から求められる光線密度最大となる方向で,主虹の方向を与える…としてきました。上記3つの波長の光に対するデカルト光の散乱角は,前述の(i) 式 $\theta_{max}$ を用いて,波長 $ 660 \mathrm{nm}$ の光に対して $\theta_{max} \kinji 42.4^\circ $ , $ 510 \mathrm{nm}$ の光に対して $\theta_{max} \kinji 41.6^\circ $ , $ 430 \mathrm{nm}$ の光に対しては $\theta_{max} \kinji 40.9^\circ $ となります。これらの値は衝突係数と屈折率のみに関係し,雨滴の大きさには左右されない値でした。
 ところが図7のグラフを見ると明らかなように,3つの波長の光のいずれについても,光強度最大となる散乱角はデカルト光の散乱角 $\theta_{max}$ よりは $1^\circ$ 弱ほど小さくなっています。雨滴半径がより小さい図8では,デカルト光からのずれはさらに大きくなっています。つまり,いずれの光についても,実際にできる主虹の位置は,幾何光学から求められる主虹の位置よりはやや低い位置になることがわかります。

$\maru{2}$   アレキサンダーの暗帯 に光が少しにじみ出る。
 幾何光学では主虹の赤と副虹の赤の間の領域(アレキサンダーの暗帯)には雨滴による散乱光は存在せず,このために「暗帯」になるとの結論が得られました。
 しかし図7,図8のいずれでも分かるように,光強度は徐々に減衰しており,ある値を境に突然プツンとゼロにはなっているわけではありません。アレキサンダーの暗帯にも僅かながら光がにじみ出ており,領域全体が完全な暗帯になっていないことになります。
 同様に副虹の内側にある赤虹部分も,アレキサンダーの暗帯に少しにじみ出ることになります。
 幾何光学では,光線の届く位置では明るく,届かないところは全く「暗い」ことになりますが,波動光学では一般に,光強度は徐々に変化していく…という結果になります。このことは光波に限らず,波動一般について言える事柄です。

$\maru{3}$   雨粒が大きいほど,虹の幅が狭くなる。
 上の両図を比較すれば明らかなように,光強度の半値幅(グラフの値が半分になる幅,グラフの広がり)は,雨滴球の大きさによって大きく違っています。雨滴半径 $a$ が大きいほど半値幅は狭くなっており,幅の狭い虹になることがわかります。このことは,前述の $\Maru{10}$ 式で $z$ の値が雨滴半径 $a$ の $2/3$ 乗に比例していることからもわかります。散乱角 $\theta$ の変化量に対する $z$ の変化量は,雨滴半径 $a$ が大きいほど大きくなり,したがって散乱角 $\theta$ がわずかにずれただけで $f(z)^2$ の値が大きく変わってしまい,光強度が大きく変化することになるからです。

$\maru{4}$   雨粒が小さいと,虹は白っぽく薄くなる。
 図7(雨滴半径 $a = 0.2\mathrm{mm} $ )の場合,赤と緑の主虹の方向(それぞれの最大ピークの散乱角)ははっきりと分かれており,2つの色の違いはしっかりと判別できそうです。半面,青の主虹の位置に赤の第1過剰虹が重なっており,この位置ではその混合色として赤紫色の虹になります。
 一方図8(雨滴半径 $a = 0.05\mathrm{mm} $ )の場合,主虹の方向は3つの波長の光でほとんど重なっており,ほとんどの可視光がこの帯域で混じり合ってしまっていることになります。いろいろの波長の光が幅広く混じり合うとその混合光は白色光であり,特に色づいて見えないことになります。第1過剰虹以降についても同様のことが言えます。
 さらに $\maru{8}$ 式, $\maru{9}$ 式より,光の強度 $I \propto M^2 \propto a^{4/3}$ であるから,雨滴半径が小さいと虹の明るさが弱くなります。
 これらのことから,雨粒が小さくなるほど虹は白っぽくかつ薄くなり,はっきりしなくなります。霧雨のような細かい雨では虹が現れにくいのはこのためです。

(前述の『光の気象学』によれば,屈折光の幅を考えたとき, $M$ は $a^{7/3}$ に比例するというから,上記の傾向はさらに強く出ることになります。)


$\maru{5}$   赤の主虹は鮮明だが,赤の過剰虹は現れにくい。
 再度図7について吟味してみます。
 上に述べたように,赤の第1過剰虹と青の主虹の位置が重なっています。同様に,赤の第2過剰虹と青の第1過剰虹も重なっており,この部分も混合色として赤紫色になります。虹の写真に赤紫色の過剰虹が比較的何本も現れるのは,このような理由によると考えられます。
 これに対して赤の主虹の部分では,他の色の重なりはほとんどありませんので,赤の主虹は単独でしっかりと見えることになります。

$\maru{6}$   主虹の黄色は鮮やか…
 また図7において,赤( $ 660 \mathrm{nm}$ )の主虹の広がりの中に緑($ 510 \mathrm{nm}$ )の主虹の広がりがかなり食い込んでいます。光の場合,赤色光と緑色光が混じり合うとその混合色は黄色光に見えます。しかもちょうどこのあたりに黄色光本来の主虹ができますので,そのダブル効果で,虹の黄色は比較的幅広く,かつ鮮やかに見えることになります。

・・・・・・・等々 

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 以上は,光の波動論の観点から虹を考察したものですが,幾何光学では導き出せない事柄がいろいろと説明できることになりました。
 しかしながら,雨滴の形や大きさのばらつき,空気による光の減衰や散乱,…等々,その他の多くの要因が絡んでいるはずですが,ここではこれらについては一切無視しています。これらのことまで考慮すると,虹の成り立ちはとんでもなく複雑であることが分かります。
 雪の研究で有名な中谷宇吉郎博士は『虹』という話の中で,「” 虹は水滴の反射屈折によるスペクトル作用さ ”と言って,それ以上実際の虹を見ない人がある。そういう人には虹の美しさは分からない。学問によって眼をあけてもらうかわりに,学問によって眼をつぶされた人である。」と述べています。
 たかが『虹』,されど『虹』…,なかなか奥が深いようです。

 太陽光による大気光学現象には,虹以外にも数多く知られています。しかしそのいずれも,メカニズムを詳細に理解しようとすると,思いのほか骨が折れるかもしれません。




  虹の話   概要
  解説1(解説1:雨滴による虹散乱)
  解説2(虹の色と散乱角)
  解説3(散乱角の詳細計算)
  解説4(反射率)
  解説5(虹散乱での反射率)
   *** 以下,過剰虹 関連 *** 
  解説6(波動光学)
  解説7(過剰虹成因の概要)
  解説8(波面の式)
  解説9(虹の光強度の式)
  解説10(波動光学による虹)