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中国人「慰安婦」第1次訴訟 東京高裁判決 要旨

(平成16年12月15日判決言渡し)
東京高等裁判所平成13年(ネ)第3775号 損害賠償等請求控訴事件(第一審裁判所・東京地方裁判所平成7年(ワ)第15635号、平成13年5月30日判決)

判決要旨

控訴人(第1審原告)李秀梅外3名
被控訴人(第1審被告)国

第1 事案の概要

1 事案の要旨

本件は,中華人民共和国籍を有する女性である控訴人らが,第二次世界大戦中に,当時の中華民国内(現在の中華人民共和国の山西省)において,当時の日本軍 構成員らによって粒致及び監禁された上,繰り返し強姦されて,耐え難い精神的苦痛を被り,現在に至るまでその苦痛は継続していると主張して,被控訴人であ る国に対して,損害賠償(賠償額は,控訴人1人あたり2300万円)及び控訴人らを性的奴隷として心身に甚大な被害を与えたことについての謝罪広告を新聞 上に掲載することを求める事案である。
損害賠償2300万円の内訳は,まず,国際法又は当時の中華民国の民法若しくは日本法に基づき,控訴人らの被った精神的苦痛の賠償としてそれぞれ2000 万円の支払を求め,次に,国会議員が控訴人らの被害を賠償するための立法を行わなかったことが違法であるとして,控訴人らの被った精神的苦痛の賠償として それぞれ300万円の支払を求めるものである。

2 第一審裁判所及び当裁判所の判断(緒論)

第一審裁判所である東京地方裁判所は,平成13年5月30日,控訴人ら(第1審原告)の請求をいずれも棄却する旨の判決をし,当裁判所も,控訴人らの控訴をいずれも棄却する旨の判決(第一審裁判所と同様,砕訴くらの請求をいずれも棄却するのが相当)をする。

3 本件の主要な争点

主要な争点は,以下のとおりである。

  1. 控訴人ら主張の各事実(判決では,「本件各行為」といつている。)の有無
  2. 控訴人らの国際法に基づく損害賠償請求権の有無
  3. 控訴人らの中華民国民法に基づく損害賠償請求権の有無
  4. 本件に,いわゆる国家無答責の法理(公権力無責任の原則)が適用されるか
  5. 本件に,民法724条後段(除斥期間)が適用されるか
  6. 日中共同声明等で控訴人らの損害賠償請求権は放棄されたか
  7. 被害を賠償する立法をしないことは違法か

第2 当裁判所の判断とその理由の要旨

1 控訴人ら主張の本件各行為の有無について

概ね控訴人ら主張の各事実を認定した(詳細は,判決本文「第3 当裁判所の判断」の「1 本件各行為及びその背景事情等について」に記載のとおりである。)。

2 控訴人らの国際法に基づく損害賠償請求権の有無について

ヘーグ陸戦条約及び同内容を有する国際慣習法等の国際法規に基づく控訴人らの請求は,いずれも失当と判断する。その理由は,本判決の原審である東京地裁の判決54頁9行日から59頁2行目までに記載のとおりである。

3 控訴人らの中華民国民法に基づく損害賠償請求権の有無について

本件については,国際私法の規定である法例11条1項により中華民国民法が直接適用されることはなく,控訴人らの中華民国民法に基づく本件損害賠償請求 は,理由がないと判断する。その理由は,本件各行為は,日本軍の作戦及びその実施等と関連・付随して発生したものであり,本件において問題とされている法 律関係は,個人(私人)の私的利益の救済が問題とはされているものの,他方で,公法的性質が極めて強く,我が国の公益とも密接な関連を有するものであるこ とが明らかであるから,国際私法によってその準拠法を決定すべき法律関係とはいえない。すなわち,本件は,当時の我が国の政策の決定・実施,これに伴う日 本軍の作戦の策定実行という極めて公法的性質の強いものと関連・付随した日本兵等の不法行為について被控訴人の責任を問うものであって,私法による規律に 馴染みがたく,公法的性質がはなはだ強いものであり,また,「国家賠償」は,その適否についての判断が国による権限行使のあり方に重大な影響を及ぼすもの であるから,法例11条1項の適用を前提とすると,我が国の国家権力の発動の違法性等について,我が国を単なる一私人として他国の私法で裁くことと変わら ず,到底首肯できない。

4 本件に,いわゆる国家無答責の法理(国家賠償法施行前は,国の行為のうち権力的作用により私人に損害が発 生したとしても民法の適用はなく,国の賠償責任を認めた法律もなかったことから,その損害について国の賠償責任を認めることはできないとされていたとの法 理)が適用されるか否か

当時の日本法においては,国家の権力的作用による損害についての損害賠償責任が認められていなかったのであり,本件各行為が,日本国の軍隊による戦争行為 とその作戦による権力的作用に付随して発生したことが明らかであるから,本件各行為については,不法行為として成立しないものといわざるを得ない(国家無 答責の法理が適用される)と判断する。その理由は,証拠によれば,戦前において,国家無答責の法理が存在していたことが認められ,国家無答責の法理の実質 は,損害賠償の規定の根拠となる実体法の規定を欠くというものであるから,日本軍もしくはその将兵等において,与えられた職務権隈の著しい濫用逸脱が仮に あったとしても,それ故に国家無答責の法理が排除される理由となる余地はなく,国家賠償法附則6項の適用を制限すべき事情ともならない。

5 本件に,民法724条後段(除斥期間)が適用されるか否か

本件各行為について,被控訴人の不法行為が仮に成立するとしても,控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求権は,民法724条後段の除斥期間の経過により消滅したものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

  1. 民法724条後段の20年の期間は,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図して,被害者側の認識の如何を問わず一定の時の経過によって法律関係を 確定させるために請求権の存続期間を画一的に定めたものであり,消滅時効ではなく除斥期間と解するのが相当である。
  2. 除斥期間の起算点とその経過
    不法行為に基づく請求権の除斥期間は,「不法行為ノ時」から起算されるが,本件各行為は1942年(昭和17年)から1944年(昭和19年)の間にそれ ぞれ発生し,そのころに損害も発生したから,不法行為は,遅くとも太平洋戦争が終結した1945年(昭和20年)8月15日には終了したものと認められ, 除斥期間は,遅くとも昭和40年8月15日の経過によって完成した。このことは,控訴人らの主張するPTSDが現在も継続して発生していることを考慮して も同様である。
  3. 除斥期間の適用制限
    控訴人らは,除斥期間の適用が著しく正義・公平に反するときは,条理上その適用が制限されるべきであり,本件には除斥期間の適用を妨げるべき特段の事情 (加害の残虐性,被害の重大性,加害者の救済義務の懈念や権利行使の妨害,被害者の権利行使の不可能であったこと等)があると主張するが,上記のとおり, 除斥期間は純然たる請求権の存続期間であるので,当該請求権の発生原因の如何にかかわらず,その期間の経過により当該権利は消滅し,中国国内における政策 的な諸事情,我が国と中国との国交正常化がされていなかった事情等によっては,除斥期間の適用を妨げる理由とはならないし,また,制度趣旨の全く異なる刑 事訴訟法の時効の停止規定を準用等することにも疑義があり,本件においては,除斥期間を制限する解釈を採用することは相当とはいえない。
6 日中共同声明等で控訴人らの損害賠償請求権は放棄されたか

被控訴人は,1972年(昭和47年)9月29日の日中共同声明5項で中華人民共和国政府は,中日両国民の友好のために,日本国に対する戦争賠償の請求を 放棄し,この宣言等により控訴人らの損害賠償請求権は放棄されたと主張する。しかし,この日中共同声明5項が中国国民個人の賠償請求権を放棄したと解する ことできない。

7 被害賠償の立法をしないことは違法か否か

当裁判所は,立法不作為に基づく控訴人らの請求は,いずれも失当と判断する。(その理由は,本判決の原審である東京地裁の判決66頁16行日から68頁20行日までに記載のとおりである。)

第3結論

したがって,控訴人らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。

東京高等裁判所第五民事部
裁判長裁判官 根本眞
裁判官 片野悟好
裁判官 小宮山茂樹

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