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海南島訴訟 東京地裁判決 要旨

平成13年(ワ)第14808号 謝罪文交付等請求事件

判決要旨

【判決日】平成18年8月30日午後3時
【法廷】103号法廷
【裁判官】裁判長裁判官 矢尾渉
     裁判官 梶智紀
     裁判官 亀村恵子
【当事者】別紙当事者目録記載のとおり

【主文】

  1. 1原告らの請求をいずれも棄却する。
  2. 2訴訟費用は原告らの負担とする。

【事案の概要】

本件は,第二次世界大戦当時海南島において同島を占領した旧日本軍兵士らにより拉致,監禁された上,従軍慰安婦として強姦された(以下「本件加害行為」と いう。)とする中華人民共和国国籍を有する女性ら又はその相続人が,被告に対し,本件加害行為によって著しい身体的・精神的苦痛を被ったとして,日本民法 709条又は715条に基づき慰謝料各2000万円の支払を求めるとともに,戦後被告が本件加害行為により低下した上記女性らの名誉の回復措置を講じるこ となく違法に放置したとして,同法723条1項,国家賠償法4条に基づき謝罪文の交付又は謝罪広告の掲載を,同法1条に基づき慰謝料各300万円の支払を それぞれ求めた事案である。

【理由の要旨】

1 本件加害行為について
第二次世界大戦当時海南島において同島を占領した1日日本軍の兵士によって拉致,監禁された上,継続的に暴行を受けて強姦されたとする原告らの本件加害行為についての主張は,大筋においてこれを認めることができる。

 

2 争点1(本件加害行為に日本民法709条及び715条が適用されるか。)について

 明治23年に公布された行政裁判法,裁判所構成法及び旧民法の立法経緯からすると,これらの法律は,少なくとも公権力の行使たる行為による損害については 国の賠償責任を認めないこととする方針の下に立案されたものと考えられ,その後,現行民法制定までの間に,このような立法方針が変更されたことをうかがわ せる証拠はない。そして,国家賠償法の立法経緯によれば,国家賠償法は,国家賠償法施行前の国の公権力の行使による損害については,現行民法の不法行為規 定が適用されないことを前提にして制定されたものであり,国家賠償法附則6項は,このような損害について同法を遡及的に適用しないことを明らかにしたもの である。

以上のような国家賠償法施行前の関係法令の立法経緯に照らすと,現行民法の不法行為規定は公権力の行使たる行為には適用されないものとして立法されたと 解するのが相当であり,憲法17条とそれに基づく国家賠償法の制定によって初めて国の権力的作用に基づく損害について国に賠償義務があるとする法制度が成 立したものというべきである。 本件加害行為は国の公権力の行使たる行為というべきであり,上記のとおり,このような行為には民法の不法行為規定の適用は ないというべきであるから,本件加害行為について,民法709条又は715条に基づき損害賠償を請求する原告らの請求は理由がない。

3 争点2(本件加害行為に基づく損害賠償請求権は,民法724条後段の期間が経過したことにより消滅したか。)について

 民法724条後段の20年の期 間の法的性格は除斥期間であり,その期間の起算点は,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時と解するのが相当である。
 本件加害行為による損害は,それが行われた時に発生したものと認められるから,仮に,原告らに民法709条又は715条に基づく損害賠償請求権が発生し たとしても,上記請求権については,本件加害行為の時から除斥期間が進行するというべきであって,本件加害行為の時から本訴の提起までに20年が経過して いる以上,上記請求権は,民法724条後段の除斥期間の経過により消滅したものというべきである

 

4 争点3(戦後被告が本件被害女性らの名誉回復措置を講じなかったことについて,被告に作為義務の違反があるか。)について
(1)行政不作為について
行政府の職務の本質は,立法府によって制定された法律の執行にあるところ,本件被害女性らに対し謝罪文を交付する等の救済措置を講ずべきことついて定め た法律は存しないし,現行憲法の規定から直接そのような義務が生じるということもできない。また,現行憲法13条,国家賠償法1条,ポツダム宣言,降伏文 書及びサンフランシスコ平和条約は,戦争被害者に対して被告の内閣に原告ら主張のような救済措置を講ずべき義務があることを一義的に定めたものではなく, これらを総合的に考慮しても,原告ら主張のような措置を講じる法的義務が被告の内閣に生じたということはできない。

国の公権力の行使によって危険な状態が作り出されたという先行行為がある場合において,人の生命や身体などに対する差し迫った重大な危険があることなど の要件が満たされる場合には,条理により,国に法的義務としての作為義務が認められる場合があり得るが,本件では,本件加害行為によって,本件被害女性ら の社会的評価の低下が生じたとはいえても,そのことから,その後本件被害女性らの社会的評価が新たに低下する差し迫った重大な危険が生じたということはで きないことなどからすると,被告の内閣が先行行為に基づく条理上の作為義務として名誉回復措置を執る義務があったということはできない。

(2)立法不作為について
国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民その他の者の権利に対応した関係での法的義務 を負うものではないというべきであるから,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行 い,あるいは,立法を行わないことが憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を怠る等,容易に想定し難いような例外的な場合でない 限り,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けないものというべきである。

戦争犠牲ないし戦争損害に対する救済措置についての立法をすべき義務が憲法上一義的に定められていると解することはできないから,そのような立法をしなかった国会議員の不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものではないというべきである。

(3) 以上のとおり,戦後被告の内閣又は国会が本件被害女性らの名誉回復措置を講じなかったことについて,作為義務の違反があるとはいえず,これに基づく原告らの請求は理由がない。

  以上

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